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121話
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どこにいるのだろうかと思った。何もわからなかった。ようやく楽になったとだけはわかった。
ほっと息を吐き、どこもかしこも真っ白でどこが道なのかすらわからないまま進む。どう進んでいるのかさえわからないままひたすら進んだ。とにかくこのまま進めばいいのだと無意識に理解している感じだったが、突然に痛みを感じた。それまではただの光の玉のようなもので個体としての意識すらなかったのだが、痛みにより自分という存在がここにあるのだと自覚する。
自己を意識すると、何が痛いのかわかった。頭と心臓だ。どう痛いのかはだがわからなくて苛立ちを覚えた。これは怒りかと自分の脳が納得したとたんに悲しいという感情を知った。
切なくて苦しくて、だから痛い。
では何故悲しいのだろうかと思っていると、誰かの顔が浮かんだ。とても綺麗で優美な様子に嬉しくなる。なんて綺麗なのだろうと思い、その綺麗な人にもう会えなくなるのかもしれないと心が訴えてきて、改めて悲しさを覚えた。
いや、違う。会えなくなるのではない。これからも見守ろうと思えば見守っていられる。
そうだ、確か自分はもう駄目だから……せめてそうしようと心に決めたのだったとそして思い出した。
それを思い出すと早かった。
何故心に決めたのか。相手がとても大切だからだ。たまらなく大事で、だからこそ楽なまま進むこともできずに今ここに不快であろうが留まり、そして思い出せた。
秋星──
そうだ。俺は殺されかけた。いや、もう死んだのかもしれない。そしてあの世か何かへ移動するところだったのかもしれない。
邦一はようやく思い出した。とたんに自分の体が明確になっていく。現実ではないのだろうか。確かに引き裂かれてボロボロの肉片のようになりつつあった体は元のままだ。
ここはどこなのだろう。もしかして、やはりあの世とやらへの道中なのだろうか。
それなら三途の川とか花畑とかはないのかと視線をさ迷わせるも、真っ白のまま何も見えない。
もしかして……まだ俺は死んでいないのか……?
ハッとしたところでようやく遠い先に微かな人工的な明かりが見えた。近づいていいものかわからなかったが、このままでは埒があかない。
そちらへ向けて歩いていると、周りがほの暗くなってきた。なんとなく普通に生きていた時の黄昏時を思う。いや、黄昏時から夜の帳が降りはじめる頃だろうか。夜よりは明るく、だが夕方と言うには闇の色をしている──
大きな湖の先に森が見える。人工的な灯りはそちらから見えるようだ。
そういえば普段当たり前のように耳にしている何らかの音が何もない。湖なら水がせせらぐ音が、森なら葉の擦れるような音が聞こえてもおかしくない筈なのに、無音だ。邦一は今さらながらにふるりと震えた。青のような藍のような風景の色に、その人工的な灯りはなおさらやけに懐かしく暖かそうに見えた。
さらに進もうとすると「向こうへは行かないほうがいいよ?」と声をかけられた。振り向くと綺麗な顔立ちをした青年がニコニコと邦一を見ている。あんたは、と話しかけようとして邦一は着ているTシャツに微妙な顔になった。
「……なんでしゃぶしゃぶ?」
白いシャツに達筆で「しゃぶしゃぶ」と書かれている。
「これ? カッコいいよね。迷い込んだ人がくれたんだ」
確かに見た目も外国人のようだが、お前は日本語を知らない外国人そのものかと突っ込みたくなり、生きていた頃のことを変な形でじわじわと思い出している自分を自覚する。
「アンタ、誰」
「君は俺を知らないほうがいいよ」
「何で」
「何でも。俺は珍しく正しいことしか言ってないよ」
「珍しくって何……」
「いいから。来た道ひっ返すといいよ」
「って言われても、来た道がわからないんだけど……」
困惑しながら言えば、ニッコリと笑われた。
「君には大切な人、いるんだよね」
何を、と戸惑いながらも邦一は頷いた。
「じゃあその人のことひたすら思い出して。大丈夫、戻れるよ。……あいつらに連れられてない時点で君は魂が完全に離れた訳じゃない」
あいつら? とポカンとした後で、邦一はピンときた。
「俺、生きてるのか」
「だろうね。悪いけど、俺にはあまりそっちの世界は見えないんだ。まぁ、君の場合は多分本当に魂が離れようとしたところで無理やり繋ぎとめられたっぽい」
「どういう意味?」
「さぁ? それは君が思い出して。このままだと俺たちのお仲間にすらならずに消えちゃうだけだよ」
ほら、とおかしなTシャツを着た青年は指差してきた。邦一はそちらを見る。
「俺はここまでしか教えてあげられない。後は自力で頑張って」
「あの──」
よくわからないまま礼を言おうと邦一が振り向くと、もうそこに青年は存在しなかった。信じるか信じないかとなれば、信じるしかない。服のセンスは最悪だが、悪い人には思えなかった。
邦一は灯りとは反対の、差された方向に歩き出す。大切な人をひたすら思い出したら大丈夫と言っていた。
大切な人……秋星……。
そういえばもう駄目だと思いながら、秋星の声を聞いたような気がする。助けに来てくれたのだろうか。邦一は後ろ髪にそっと触れる。
どうやってとか、この際どうでもいい。最後に会えていたのなら嬉しいと思った後に「最後じゃない……俺は生きてる、はず……」と呟く。確信はまだ自分の中ではない。それがはっきりすればここから脱することができるだろうか。
……そういえば、アイツの声を聞いた。
いや、アイツって誰だよ?
自分の中で押し問答をしながら歩き続ける。
……あれだ。
…………猫?
そうだ、臨太郎だ。
思い出した。一気に記憶が溢れてくる。
秋星、俺、思い出した……! 俺、お前が泣くかもしれないと思うと耐えられなくて……お前を見守るだけじゃ嫌で……死にかけながら臨太郎と契約、したんだった。俺は……もう人間じゃ、ない……だから……、だから──
生きてる……!
ほっと息を吐き、どこもかしこも真っ白でどこが道なのかすらわからないまま進む。どう進んでいるのかさえわからないままひたすら進んだ。とにかくこのまま進めばいいのだと無意識に理解している感じだったが、突然に痛みを感じた。それまではただの光の玉のようなもので個体としての意識すらなかったのだが、痛みにより自分という存在がここにあるのだと自覚する。
自己を意識すると、何が痛いのかわかった。頭と心臓だ。どう痛いのかはだがわからなくて苛立ちを覚えた。これは怒りかと自分の脳が納得したとたんに悲しいという感情を知った。
切なくて苦しくて、だから痛い。
では何故悲しいのだろうかと思っていると、誰かの顔が浮かんだ。とても綺麗で優美な様子に嬉しくなる。なんて綺麗なのだろうと思い、その綺麗な人にもう会えなくなるのかもしれないと心が訴えてきて、改めて悲しさを覚えた。
いや、違う。会えなくなるのではない。これからも見守ろうと思えば見守っていられる。
そうだ、確か自分はもう駄目だから……せめてそうしようと心に決めたのだったとそして思い出した。
それを思い出すと早かった。
何故心に決めたのか。相手がとても大切だからだ。たまらなく大事で、だからこそ楽なまま進むこともできずに今ここに不快であろうが留まり、そして思い出せた。
秋星──
そうだ。俺は殺されかけた。いや、もう死んだのかもしれない。そしてあの世か何かへ移動するところだったのかもしれない。
邦一はようやく思い出した。とたんに自分の体が明確になっていく。現実ではないのだろうか。確かに引き裂かれてボロボロの肉片のようになりつつあった体は元のままだ。
ここはどこなのだろう。もしかして、やはりあの世とやらへの道中なのだろうか。
それなら三途の川とか花畑とかはないのかと視線をさ迷わせるも、真っ白のまま何も見えない。
もしかして……まだ俺は死んでいないのか……?
ハッとしたところでようやく遠い先に微かな人工的な明かりが見えた。近づいていいものかわからなかったが、このままでは埒があかない。
そちらへ向けて歩いていると、周りがほの暗くなってきた。なんとなく普通に生きていた時の黄昏時を思う。いや、黄昏時から夜の帳が降りはじめる頃だろうか。夜よりは明るく、だが夕方と言うには闇の色をしている──
大きな湖の先に森が見える。人工的な灯りはそちらから見えるようだ。
そういえば普段当たり前のように耳にしている何らかの音が何もない。湖なら水がせせらぐ音が、森なら葉の擦れるような音が聞こえてもおかしくない筈なのに、無音だ。邦一は今さらながらにふるりと震えた。青のような藍のような風景の色に、その人工的な灯りはなおさらやけに懐かしく暖かそうに見えた。
さらに進もうとすると「向こうへは行かないほうがいいよ?」と声をかけられた。振り向くと綺麗な顔立ちをした青年がニコニコと邦一を見ている。あんたは、と話しかけようとして邦一は着ているTシャツに微妙な顔になった。
「……なんでしゃぶしゃぶ?」
白いシャツに達筆で「しゃぶしゃぶ」と書かれている。
「これ? カッコいいよね。迷い込んだ人がくれたんだ」
確かに見た目も外国人のようだが、お前は日本語を知らない外国人そのものかと突っ込みたくなり、生きていた頃のことを変な形でじわじわと思い出している自分を自覚する。
「アンタ、誰」
「君は俺を知らないほうがいいよ」
「何で」
「何でも。俺は珍しく正しいことしか言ってないよ」
「珍しくって何……」
「いいから。来た道ひっ返すといいよ」
「って言われても、来た道がわからないんだけど……」
困惑しながら言えば、ニッコリと笑われた。
「君には大切な人、いるんだよね」
何を、と戸惑いながらも邦一は頷いた。
「じゃあその人のことひたすら思い出して。大丈夫、戻れるよ。……あいつらに連れられてない時点で君は魂が完全に離れた訳じゃない」
あいつら? とポカンとした後で、邦一はピンときた。
「俺、生きてるのか」
「だろうね。悪いけど、俺にはあまりそっちの世界は見えないんだ。まぁ、君の場合は多分本当に魂が離れようとしたところで無理やり繋ぎとめられたっぽい」
「どういう意味?」
「さぁ? それは君が思い出して。このままだと俺たちのお仲間にすらならずに消えちゃうだけだよ」
ほら、とおかしなTシャツを着た青年は指差してきた。邦一はそちらを見る。
「俺はここまでしか教えてあげられない。後は自力で頑張って」
「あの──」
よくわからないまま礼を言おうと邦一が振り向くと、もうそこに青年は存在しなかった。信じるか信じないかとなれば、信じるしかない。服のセンスは最悪だが、悪い人には思えなかった。
邦一は灯りとは反対の、差された方向に歩き出す。大切な人をひたすら思い出したら大丈夫と言っていた。
大切な人……秋星……。
そういえばもう駄目だと思いながら、秋星の声を聞いたような気がする。助けに来てくれたのだろうか。邦一は後ろ髪にそっと触れる。
どうやってとか、この際どうでもいい。最後に会えていたのなら嬉しいと思った後に「最後じゃない……俺は生きてる、はず……」と呟く。確信はまだ自分の中ではない。それがはっきりすればここから脱することができるだろうか。
……そういえば、アイツの声を聞いた。
いや、アイツって誰だよ?
自分の中で押し問答をしながら歩き続ける。
……あれだ。
…………猫?
そうだ、臨太郎だ。
思い出した。一気に記憶が溢れてくる。
秋星、俺、思い出した……! 俺、お前が泣くかもしれないと思うと耐えられなくて……お前を見守るだけじゃ嫌で……死にかけながら臨太郎と契約、したんだった。俺は……もう人間じゃ、ない……だから……、だから──
生きてる……!
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