氷の王子

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12話

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 いつものように大地が保健室でさぼって寝ているとまた担任に起こされた。

「お前の辞書には反省する、懲りるという文字はないのか」
「……辞書自体が難しいからねえよ」
「馬鹿ものが。サボるなって言ってるんだ!」

 ぐっすりと眠っているところを叩き起こしつつ担任はだらんとした大地をベッドから引きずり出した。

「あれだ、センセー。今回は俺の心が病気なのー。だから保健室で休んでるの間違ってねえし」
「心が病気の割に物凄く穏やかそうに寝てたぞ」

 担任は有無を言わさずといった感じで大地を歩かせてきた。渋々歩きつつ大地はあくびをする。
 大抵いつも夜はゲームをしたりネットしたりしない時はぐっすりなのだが、昨夜は珍しく寝つきが悪かった。それもこれも零二のせいだと大地は思い、そしてそのせいでまた思い出し顔が熱くなる。

「……お前、ほんとに具合悪いのか? 珍しく。顔が赤いぞ」

 だがそれを担任に見られ、大地は余計赤くなった。

「ちげぇよ! あ、いや違うくない。具合悪い」
「……どっちなんだ」
「俺だってわかんねーよ……!」

 どっちだと担任に言われ、思わず大地は強い口調で言い返していた。
 実際わからないのは具合云々ではない。しかし当然といえば当然だが、自分の言葉に対しての答えだと思った担任は微妙な顔をして呆れている。

「具合が悪いかどうかもわからないのかお前は……。まあいい。なら授業に出ろ。そんでやっぱり具合が悪いなら、ちゃんと先生に言ってから保健室にもう一度向かえ」
「……うぃっす」

 担任に連れられて教室に戻ってくる大地という光景は珍しくもないので相変わらず教室がざわつくことはない。だが授業が終わると隣の席の圭悟が怪訝な顔をして近づいてきた。

「お前、具合でも悪いのか?」
「……眠いだけ」
「ならいいけど。ほら、飯食うぞ。今日はどこで食う?」
「んー……いつもんとこじゃねえ空き教室とか」

 大地が言うと怪訝そうな顔をしながらも「了解」と圭悟は頷いた。
 隣のクラスの勝一と三人で使えそうな空き教室に向かう途中、大地は零二を見かけた。だが駆けつけることもできずに足を速めた。

「そいやさっき氷王子いたよな。珍しいなお前が走ってかねえの」

 弁当を食べながら勝一が言ってくる言葉に、大地は「んー」と曖昧に頷いた。

「何かあったのか?」
「……うん……その、あの、……ああくそ! あんな、俺……、その、零二にキスされた……」

 圭悟に聞かれて、どのみち相談しようと思っていた大地はどう言えばと考えつつも結局ストレートに告げる。その言葉に二人は最初ポカンとしていた。
「え、マジでか!」
「氷王子が……? 一体何があったんだ」
「えっと、わかんねえ。いや、その……」

 どこから説明すればいいかわからない大地は結局、前日にSNSでやりとりしていた相手と思われる男に襲われかけたところから説明した。それを聞いた時は二人からもお叱りを受けた。

「お前バカかと思ってたけど本当にバカなんじゃねえの? 何考えてんだ」
「ほんとにな! 何でそんな無防備なことするんだよ」
「え、ちょ、待って。何でお前らにまで怒られんの俺」

 予想外といった表情をした大地に特に勝一が憤慨した。

「ざけんな。ったく! 怒るに決まってんだろ。お前ほんっとバカじゃね? だいたいSNSの誰かもわかんねえ相手と、んな人通りもねえようなとこで夜に待ち合わせする自体間違ってんだろが」
「え、だって零二かなって思ったし……つか俺も男だし、そんなの警戒する?」
「大地、今時どんなヤツがいるかわからないんだぞ? 多少喧嘩慣れしてる俺ですら、無防備にそんな場所に一人で夜出向いたりしない」

圭悟は勝一よりは淡々とだが、諭すように言ってきた。

「そうなの?」
「氷王子が助けにこなかったらお前、何されてたと思ってんだよ! 圭悟がもし大地みたいなことしたら俺、すげぇ怒りまくんぞ、相手だけじゃなくて圭悟にもな!」
「……俺を例えに出すな。でもうん、大地。氷王子の対応はほんとしっかりしてるけどな、絶対かなりお前に呆れたと思うよ」
「……そっか……」

 だから家に行った時、最初は無言だったし暫くしてもところどころで呆れられたのだろうかと大地は思った。

「でも待て。だからって何でちゅーなんだよ! 意味わかんねえのは変わらねえよ……!」
「あー。どんなキスされたんだよ」

 勝一が聞いてくる。二人には、こうこうこういうことがあった挙句にいきなりキスしてきた、としか言っていない。さすがに大地でもキスの内容を詳しく言えるはずもなかった。

「そ、れはその、何かその……ちゅーっつったらちゅーだろ!」
「……へーぇ?」

 大地の反応に何故か勝一がニヤニヤしてくる。

「おい、さすがに今はからかってやるなよ。なあ大地、キスされた時に何も言われなかったんか?」
「別に……、あーっと、本とか以外でアイツが興味持ってるものを教えるとかなんとか……?」
「あー」

 何もないと言いかけて思い出した大地の言葉を聞いて、今度は圭悟がニヤつきはしなくても微妙な顔をしてきた。

「あーって、何だよ」
「いや。何つーか、お前幼馴染に大事にされてんなーっとな」
「は? ちゅーでか!」
「いやまあ色々」

 圭悟が言うと大地は鼻根筋――付け根のあたりをくしゃりとする。

「何変な顔してんだよ」

 勝一が言いながら苦笑してきた。

「だって俺より圭悟のがわかってるみたいでおもしろくねえ」
「ていうかわからないんだったらなんで本人に聞かないんだよ」
「それ俺も思う。お前普段無駄に喋りかけてんだろ」

 二人に言われ、大地は微妙な顔をした。

「ええ? だっていきなりちゅーされて動揺したしなんか居たたまれないからそのまま家に帰ったんだよ……!」

 少し赤くなりながらもムッとして言うと二人の微妙な顔が生ぬるい表情へと変わっていった。

「何だよ……」
「とりあえずあれだ、俺らに聞いてもわかる訳ないだろ」
「わかってそーだっただろ現に……!」
「いいから本人に聞け」
「そうだな、本人にちゃんと聞くのが一番じゃね」

 それがどうにもやりにくいからこうして二人に聞いたというのに、と大地はへの字口になる。

「どのみちこのままだったらまた氷王子と前みたいに喋らなくなると思うけど、それでもいいなら好きにしろよ」
「あ! それは嫌だ……!」

 そういえばそうか、と今さら気づいたような顔をした大地を、二人はさらに生ぬるい表情で見ていた。
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