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二
しおりを挟む「シャン。カイヤはどうした?」
十五年ほど時が過ぎた。 あれからセイジュたちはそれぞれの町に帰る事が出来た。 捕らわれていた他の子供たちも、身寄りのある子はその親元へ、無い子供たちは、その町の町長に預けられた。 町長は、それから多分預けられた子供たちの里親を探してくれただろうから、今はそれぞれの家庭で生活を営んでいる事と思う。セイジュはカイヤたちが居る町へ行った。 カシュとラージェニはそれを見届けた後、再び旅に出た。 ジャンとレシェンは、町にたどり着く前に、幌馬車を下りた。 「何処に行くの」と尋ねるセイジュに、ジャンは笑って「荒れ地に花を咲かせに行くんだ」と、冗談みたいな事を言う。
「また会える?」という問いにも「会えないほうが懸命だろう」と、小さく笑って手を振った。ジャンがそう言った意味は、判る。彼らがそこに居る理由は、邪気に汚された土地を浄化するためなのだから。 明るい褐色の瞳を持つ男と、その相棒。 セイジュが「有り難う」と言った時、ふわりと笑ってくれた。
不可思議な色の瞳が和んで、小さく首を振る。
あの脆い微笑が忘れられなかった。 災難が振りかかるのは嫌だったけれど、そんなのとは関係無しに、また会いたかった。 あの二人に。 それらの出来事が、町の警備隊にセイジュが剣術を習いはじめたきっかけだ。
現在では町を警護する警備隊の一人として籍を置いている。
「カイヤなら、町の外へ買い出しに行っているよ。時間だし、もうすぐ帰ってくる」
シャンは、この町に来た数年後、医者の家の助手となった。 今ではこのあたりではちょっと有名なお医者さんである。
「足りない薬でもあったのか?」
「うん。 この所、裂傷を抱えた怪我人が増えててね。 化膿止めが足りないんだ。 手術を安全に行うために、麻酔薬も必要だし。
……薬剤師であるカイヤは、余計に仕入れる必要があるって、馬車で出掛けた」
「そうか」
セイジュはそれから何時もの日課である町の外の見回りに出た。 町に出た時点で、血相を変えたカイヤと出会う。
「セイジュっ。 手伝えっ! 怪我人だっ」
馬車に乗せられた男たちは、四人。カイヤの話だと、他は死んでいたという。 止血をカイヤが行いながらセイジュが馬車の御者台に座り、手綱を操る。 カイヤと出会った場所は、町の目と鼻の先だったので、患者にとって幸いである。 なるべく身体に負担をかけない道を選びながら馬車を走らせると、町に程無く着いた。 そこから病院への近道を通って馬車を飛び下りる。 近くを通った人々に手伝ってもらい、馬車の怪我人を院内に運び込んだ。 運ばれていく怪我人の内、セイジュは一人に見覚えがあった。 我が目を疑う様に何度か瞬き、蒼白なまま震える声で呼びかける。
「……ジャン?」
何かの噛み傷なのか、下腹部の肉がごっそり持っていかれていた。 露となった傷口の生々しい様は、鮮血に染まった全身も相まって、目を覆いたくなるほど酷たらしい。 セイジュの呼びかけに、十五年ぶりに会ったジャンは、どす黒い顔色で、ぼんやりと目を開く。 辺りを暫く虚ろに見渡していたが、セイジュの顔を認めると微かに笑んだ。
「……よお、坊主。 大きくなったな……」
セイジュは、忙しそうに動き回るカイヤを見、次にシャンを見る。 シャンはジャンの診察をしていたが……痛ましげに首を横に振った。 セイジュは目を見開き、ジャンの閉ざされた未来を憂い、深く目を閉じる。
セイジュの様子に、ジャンは苦笑した。
「判っている。それより、あいつを頼む」
あいつと言われて、ジャンの傍らにいるはずの彼の相棒が居ない事に気付いた。
「なんで、わたしに?」
「俺にはさして知り合いが居ない。 任せる相手も居ない。 このままでは、あいつは一人ぽっちになってしまう……」
そう言って、一つ苦しげに息継ぎをすると、目を閉じた。
「……あいつは、実は“人”では無い。俺たちの呼び名を知っているだろう? 幻星剣士って。 それは、大地の聖霊と盟約を交わした俺の先祖が、聖霊から下賜された鉱物、幻星石を元に作りだされたものだからだ。 俺たちの呼称もそこから来た。 あいつは……レシェンはその鉱物自身なんだよ」
セイジュは驚いて目を見開いた。
「意思のある剣。 大地の聖霊の末裔。 自然の自浄作用の歯車の一つ。……俺は、あの剣を刀鍛冶だった親父から継承した。 親父はそのまた親父に継承されてね」
ジャンは再び目を開くと、セイジュの瞳を見つめた。
「……邪気を限りなく吸収する剣。 その邪気は剣によって浄化され、新しい命として大地に注がれる。……俺は、あいつが好きだった。 親父が彼女を扱っているのを見て育ったから、彼女と言葉が交わせる様になる事を夢見ていた。 だから、彼女を継承する事で、代償を背負う事も知っていたし、それはそれで構わないと思っていた」
「……代償?」
ジャンは聞き返したセイジュに一つ頷いて騒がしい院内の天井を見つめる。
「“人”じゃなくなること。……怪我さえ負わなければ、俺はどれだけ時を隔てようとも、死なないんだぜ? 俺、こう見えても優に三世紀は生きてるんだ」
頭の座りが悪いのか、ふらふらと頭を振る。
それが失血の為だとセイジュには判った。紙の様に白い顔色。もう、一息でも気を抜けば、この世から去ってしまいそうな儚さがある。
「……そのままにしておけばどうなる?」
ふと思いついた疑問。ジャンは目を細めた。
「邪気はあいつの糧だ。……そうだな、消滅するだろうな。そのまま放っておけば。だから、剣を継ぐ後継者が居ないようであれば、俺が死んだあと、剣を大地へ葬ってくれ。 大地に彼女を帰す事は、彼女を消滅から救う事になる。 大地に葬られた剣は、形を無くし、自然と一体化する。 彼女は元々大地から生まれた命なのだから」
セイジュは考え込んだ。色々思案していたが、一つ覚悟を決める。
「……ジャンは、わたしにそれらの選択を一任するのだな?」
ジャンは静かにセイジュの顔を見つめた。
「“契約”の仕方を教えてほしい」
ジャンは長々とセイジュを見つめていたが、嬉しそうに笑うと、冷たくなりかけた手をセイジュに延ばした。
「“レシェン”は俺がつけた“契約”の名だった。 だから、新しい絆を結ぶために、剣に“新しい名”を与えてやってくれ。 多分、俺が消えると安定を失い、暴走をはじめる。居場所は、この町の外れの森。……そこで、邪気と俺たちは戦っていたんだ」
セイジュがジャンの腕を取ると、ジャンはギュッと手を握り返す。 想いを託す様な力強さだった。
「ジャン?」
隣で何気なしに二人を振り返った看護婦が悲鳴を上げた。
「……頼んだぞ……」
痛ましげにセイジュはギュッと目を瞑る。
セイジュの目の前で、ジャンは笑みを浮かべたまま、砂に変じた。 そのままグズグズと身体崩していく。 悲鳴を聞きつけ、カイヤが駆けつけた。 形を崩し、ジャンは一掬いほどの砂の山と化す。
「セ、セイジュ?」
カイヤは呆然とその光景を見つめた。 回りにいた人達も、ざわざわとジャンの身体を横たえていたベットの回りに集まって来る。
セイジュは、ギッと顔を上げると、シャンの病院を飛び出した。
「セイジュっ!」
病院の入口に留めていた馬に跨がり、町の外へ駆けだしていく。
慌ててカイヤはセイジュを呼び止めるために病院を飛び出したが、既にそこにはセイジュの姿は無かった。
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