黒の魅了師は最強悪魔を使役する

暁 晴海

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第六章

羞恥プレイはノーサンキュー

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一分にも満たなかったのか、それとも数分以上だったのか。

時間感覚が麻痺していた俺は、ベルから与えられる治癒の心地良さに…ついうっかり、本当にうっかり!間も無く「恥ずか死ぬ」境地に立たされるとも知らず、心身を委ねてしまっていた。

「ン…ッ」

最後に俺の舌を軽く吸って、ベルはようやく深く重なっていた唇を解いてくれた。

「は……ぁ」

濡れた唇に空気が当たるのを少し冷たく感じながら、俺はやっと解放された安堵で吐息を漏らす。

とは言え、瞑っていた目を薄らと開けたものの、まだ脳はふわふわと軽い酩酊状態だった。

『あ…吸い込んだ空気が喉に染みない。嚥下も楽になってる、良かった…』

なんて呑気にぼーっと考えてたら、ベルにチュッと啄むようなキスされ、ついでに舌で下唇を舐められて、擽ったい痺れが意識を刺激した。そして、それとほぼ同時に降りて来た低音イケボ。

「誘い過ぎだろ、こんな熟れ顔しやがって…!くそっ、このまま喰っちまいてぇな……」

「!?」

瞠目すれば、凶暴かつ悩まし気に眉を顰めてる美貌がドアップで飛び込んできて、一気に覚醒…もとい我に返ってしまう。続いて、忘却出来ぬ公衆の面前でのヤラカシが…。

治癒行為とは言え、俺とベルがディープなキスをしていた事実が、一旦停止していた脳みそへ一気に流れ込んできたのだ。

「~~~っっ!!」

瞬時に顔を沸騰させ、言葉も発せられずパクパクと口を開閉する俺を、ベルはニヤニヤと可笑しそうに笑って見ていた。が、ついっと唇が触れるすれすれまで顔を寄せ、囁いた台詞で熱が更に上乗せとなる。

「ん?なんだユキヤ、お前まだ喉不調か?それとも…物足りないんだったら、もっとシてや……」

「わーっ!!なおってる!治ってるからっ!もういいから離せって!!」

ベルの不埒な言葉を叫んで掻き消し、ぶんぶんと力強く首を振る。そして必死に逞しい胸を押し、密着してる身体を剥がそうとするが、ベルはわざとらしくため息をついた。

「つれないな…ユキヤ。あれだけ俺に感じて縋っていたくせに」

「ばっ!?ちがっ!もっ…黙れってば!!」

正確には『ベルの魔力に感応してた』だっ!!絶対分かってやってるだろ、この性悪大悪魔!

くそぅ!治癒する方法は他にもあっただろうに、「あえて」エロい方法を甘んじて受け入れちゃうとか……!幾らダメージを負って、魔力体力思考が低下してたとは言え、駄目すぎるだろ俺ぇ!!

せめて触りで拒絶していれば…!ってか、誓約解除した覚えないのに全然仕事してないって、何なの本当に!?今だって嫌がってるのに、拘束全然解けないし!幾らなんでもここまでフリーって有りなのかよ!?

『……ん?』

なんか、「じーーっ」と音がする程の熱視線を斜め横から感じる……?

凄く嫌な予感がして、俺はベルから逃れようともがくのを一旦止めた。そして、視線を感じる方角をチラッと流し見れば……。

「「…………」」

ベルの張った結界の中、赤面したザビア将軍とシェンナ姫とばっちり目が合ってしまった。もうね、二人共目をこれでもかって位見開いてて、表情も「イケナイものを見てしまった」人独特のそれで……。

更に、俺と目が合ったら首元まで真っ赤になって、挙動不審気味に顔を逸らしたよザビア将軍。両手で顔を覆ってしまったシェンナ姫の羽耳も、パタパタとかつて無い程高速で羽ばたいてる。

「…………」

何も言わずとも、俺とベルの痴態(治癒行為だけど!)をしっかり目撃されてたの丸分かり過ぎて、顔から火を噴きそうな位恥ずかしくなった。

ってか、ザビア将軍ーッ!!ラウルやベルの残酷行為、シェンナ姫に見せないようにしてたよね?なのに何で俺達のキッ、…キスは見せちゃってるのっ!?

貴方は成人済みだけど、妹さん未成年だよ?色々と不味いでしょ!?

と、心の中でザビア将軍に突っ込んだ俺だけど。ふと、姫に回してただろう腕が弛んで、そのまま宙で固まってるのに気づく。

…これって、兄が動揺で腕を弛めたから心配になって顔を上げたら、衝撃のシーンが目に入っちゃったってパターンかな。うん、多分…いや絶対そうだ。……本気で居た堪れない……。

それと侍女ちゃん達だけど。真っ赤になってるのは主人達と同じ。でも、胸の前で祈るように手を組み、息も荒く……鼻血出してるのは何故だろう。しかも、瞬きもせずこっちをガン見する、彼女らの血走りカッ!と見開いたまなこたるや……!

『わぁ……』

真のお腐れ様BL廃だった前世の姉が、公式配信動画で推しカプを見ていた目とそっくり……。あ、『尊い…』って呟いて泣き出した。俺…もしかしなくても、彼女らを腐界にいざなってしまったのか、な…?

『マスター!黒の王に誑かされちゃダメー!!』

『キレー!マスターと黒の王おにあーい!!』

白の精霊ことフゥとコノハ俺の眷属たちは、完全に真逆な反応しながらザビア将軍とシェンナ姫の頭上で飛び跳ねてる。ありがとう。君らの無邪気さが、心のダメージをちょっとだけ癒してくれたよ…。

けど、俺達の行為を目撃してたのは将軍達だけじゃない訳で。

「ちっ…!煽りを少し抑えるべきだったか。矮小な蛆虫共が、どいつもこいつも下卑たツラ晒しやがって胸糞悪い…!」

俺と姫達の空気を読まず、ベルは周囲を見渡し忌々しげに舌打ちをしてる。そう、謁見の間には数多のギャラリーがいて、しかも玉座の間には国王と王太子がおわす訳で。彼らが一体どんな顔で俺達を見てるのか、それを確認する勇気など俺には無かった。

「ユキヤ、だからテメェは節操なしに誰彼構わず誑し込むんじゃねえ!」

「卑猥の権化に言われたかねーよっ!ふざけんな理不尽悪魔!!」

思わず黒蛇ベルの時と同じ掛け合いをしていた俺だったが、それも長く続かなかった。

『……ガ、ガァ……』

唸り声のようで鳴き声のような音が聞こえて、同時に禍々しい瘴気が膨れ上がる気配にハッとなる。弾かれるように前方を…ラウルを見れば、残骸と化した絨毯に蹲って震えていた。

「!?」

いや、震えているのではない。細かく振動している身体が、広げた翼と共にメキメキと音を立て、膨れ上がっていっていってるのか。更に噴き出した瘴気を幾重にも巻き付かせ、漆黒に染まった人型が変形していく……。

『なにが……!?』

膨れ上がっているのは身体だけではない、ラウルから放たれる膨大な殺気もだ。息苦しい位に濃厚なそれは、間違いなく俺達へと向けられている。

「ふん……。漸く『本体』を現したか」

瘴気と殺気を纏い、異形へと変わっていくラウルを目にして動揺する俺とは別に、ベルは予測していた事態とばかりに冷淡な表情を浮かべている。

『ーーガァアアアーーーッッ!!』

やがて、最も己の力が出せる『本当の姿』ーー大鴉へと変化した魔界の大伯爵グレートアールラウルは、魔力を乗せた咆哮でビリビリと空気を震わせた。

いつ襲いかかって来てもおかしくは無い。そんな状況に知らず強張っていた俺の頬を、ベルの長い指がすっと撫でた。優しい動きに驚いて顔を上げれば、凶暴な色に染まった双眼で大鴉を射抜いている。

「ラウル。渾身の蛮勇を晒すという、最後の情けを貴様にくれてやろう」

尊大かつ傲慢な王の声で言い放ち、ベルは煌く真紅で大鴉ラウルを睨めつけ、口角を上げた。
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