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九谷焼の湯呑みと菜月のこと②
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私がもたもたしているうちに旬兄さんは土間をぬけて奥の座敷にあがり込んでいた。畳の上に腰を下ろすなり
「それで…。どうすんだよ、その子のことは?」と旬兄さんはいきなり口を開いた。
話しながら旬兄さんが何気に手を伸ばした先は湯呑みが並んだ飾り棚で10数個ほど並んだ中から手に取ったのは九谷焼の松竹梅文鳥。それを掌でくるりんと回してから手元にコチンと音をさせて無造作に置いた。
(あんた、それがなんぼするんか分かっての狼藉か)
顔を顰めて目を細めただけで私はそんな言葉はとりあえず口の中でモゴモゴさせた。
その子って?
澤野菜月とかいう子
紗那夢から聞いたんや?
うん、まぁ
と頷く旬兄さんに「おしゃべり紗那夢」と小さくツッコミを入れる。
「黙ってるのも友情やろけどそれってリスクは結構高いやろ」
おそらく旬兄さんは暗に親に言ってあげろ、さもなければ静観しろと言っていた。なんでこの人が菜月の事に食いついてきたのかそれは分からないけど、だいたいが風の靡くままにふらふらと生きてる様な人やから、何かが何処かに刺さって気まぐれの虫が疼いただけに違いない。
「そやけど私が菜月と同じ立場やとしたら…」
それだけ言って私は唇をかんだ。
それにしてもこの人の現れるタイミングはなんでいつもこんなに絶妙なんやろ。年に何回かふらっと表れては消えるだけの人やのにいつもこの音羽屋の節目の節目のシーンには必ず顔を出してくる。
「同じ立場やとしたら?」
「絶対黙っててほしい。だから黙っててくれる人間にしか喋れへん」
「だから彼女もそう思ってる違いないという事を言いたいんやな?」
九谷焼の湯呑をその掌に乗せて手持無沙汰にコロコロと弄るその姿を見ながら
(ま、それは保険かけてあるし)と聞こえないくらいの音量で私は小さく呟く。
「とりあえずお茶でも入れよか?その湯呑みに」
湯呑みの方へ顎をくいっと突き出すようにしてそう言うと、
「そやな 貰おか。あっ、そやそや出町ふたばの豆餅とか色々貰うてたんや」
と旬兄さんは土間の隅に目をやる。
「ちょっと取ってくれるか?その中の大きなビニール袋に入ってるから」
「誰に貰ったん?」
「うん… まぁそれはええやろ 」
「もしかして朱雀旬ファンの学生さん?女子なん?、あぶないなぁそれって」
──毎日、マールブランシュのモンブランとか鶴屋吉信の羊羹とか志津屋のパンプキタルトとか、教壇の上に並んだらその気はからっきしないアイツもふらふらと靡いても不思議やないしな
紗那夢が言うところのそれが日々の誘惑で、モテる旦那を選んだこれも宿命やなと何故か嬉しそうに愚痴ってた佐那夢の顔が目に浮かぶ。
ちょうど私の足元に置かれたリュック。これを背負って毎日京大まで自転車で通ってるやなんてにわかには信じ難い。
「何入ってんのこれ?」
リュックの中をまさぐる私に「生活道具一式。いつ何時、どこからお呼びがかかるか分からへん仕事やからな」と旬兄さん。
「ふーん、やっぱりそうなんや」
(この一年、顔を向き合わせてまともに夕飯食べた事ないし。勿論ベッドインも…) 姉の沙那夢に近頃ラインでよくこぼされる事実はどうも間違いないようだ。
「やっぱりって何だよ」
「やっぱりはやっぱりやん」
この人は沙那夢の女としての危うさを未だに分かってない。日々嫁とちゃんと向き合ってないのはやっぱりやし、沙那夢の事も自分の事もさっぱりわかってないのもやっぱりやし、やっぱり過ぎて呆れてる。そういう意味のやっぱりや。
「こんな音羽屋に寄る時間があるねんやったら…いう話やん」
意外に重たい出町ふたばの豆餅の袋をバサッと音を立てて置いた私は眉間に皺を寄せながら小さくため息をついた。
そんな私を見て「こんな音羽屋か…」と小さく呟く旬兄さん。
周りを何気にゆるりと見渡したあと右手で弄ぶ問題の湯呑みに目を落とした。
「こんな高価な九谷焼の逸品を無造作に置いとく骨董屋。ほんとにこんな音羽屋だよな」
「ちょっ、ちょっと待ち、分かってたん?」
「思わずポケットに入れかけたわ」
そう言って辺りに響くほどにハッハとドヤ顔で笑った。
「来る度にサラダに目利きの無さをからかわれるから、最近勉強しだしたんだよ。大学ってとこはその手に詳しいのはいっぱいるから講釈してくれる人間には事欠かない」
してやったりの顔で天井を見上げながらニヤつきが止まらないアラサー男の私の義兄。
「なんなん?その相変わらずのジワるさ。そういうとこ結婚する前からぜんぜん変わってへんわ。ほれ、罰としてお茶は自分でいれるいれる」
私が茶葉の入った急須を目の前に差し出すと「ハイハイ」と小首を振って立ち上がるとポットのある土間へと足を向けた。
菜月からはこの週末、産婦人科に行く予定やから付き合うてとメールが来てた。処置するには親の承諾は要らないらしいけど相手の男性の同意と同伴は必須らしい。ただ、何と予想できる候補が3人ほど居てそれも3人とも連絡先が分からず連れていくのは無理無理やからそこをどうしようかと思案中らしかった。
「ほんまにあんなに可愛い顔して何をやってんのやら」
おそらく知り合いの男の中から年齢的にも自分と釣り合いの取れて責任能力もあるそこそこ大人のめぼしい人間を片っ端から連絡しまくってる菜月の姿が想像できた。自分のスキャンダルを世に言いふらしてるのと同じ事やのに。
「そんな男すぐ言うておる訳ないし、何とかせんと」と思案顔でテーブルに顎を乗せて肩肘をつくとお茶を煎れて戻ってきた旬兄さんと目が合った。
「あっ」
「うん?」
「旬兄さん今何歳?」
「今年で27やけど」
「職業は?」
「なんや今更?」
「ええから早よ」
「大学に食べさせてもうてる」
「もーええから、それをちゃんと言うて、大学の?」
「准教」
「27で大学の先生 、背もそこそこ高くて見る人が見たらイケメン」
「なんやそれ?」
「旬兄さん、明日用事は?」
「あるっちゃあるし、ないっちゃ…」
「決まりや!!」
「何がや?」
──菜月、明日、朝起きたらちゃっちゃっと用意して保険証だけ持って10時に河原町の大丸の前まで来て。絶対やで。男連れて待ってるから
時間はお昼の2時、ラインを送るも既読はつかない。週末の午後はおそらくお昼寝の睡眠だけは赤ちゃんみたいな葉月やから。
傍らでうだうだ言うてる往生際の悪い旬兄さんは今から説得や。
「それで…。どうすんだよ、その子のことは?」と旬兄さんはいきなり口を開いた。
話しながら旬兄さんが何気に手を伸ばした先は湯呑みが並んだ飾り棚で10数個ほど並んだ中から手に取ったのは九谷焼の松竹梅文鳥。それを掌でくるりんと回してから手元にコチンと音をさせて無造作に置いた。
(あんた、それがなんぼするんか分かっての狼藉か)
顔を顰めて目を細めただけで私はそんな言葉はとりあえず口の中でモゴモゴさせた。
その子って?
澤野菜月とかいう子
紗那夢から聞いたんや?
うん、まぁ
と頷く旬兄さんに「おしゃべり紗那夢」と小さくツッコミを入れる。
「黙ってるのも友情やろけどそれってリスクは結構高いやろ」
おそらく旬兄さんは暗に親に言ってあげろ、さもなければ静観しろと言っていた。なんでこの人が菜月の事に食いついてきたのかそれは分からないけど、だいたいが風の靡くままにふらふらと生きてる様な人やから、何かが何処かに刺さって気まぐれの虫が疼いただけに違いない。
「そやけど私が菜月と同じ立場やとしたら…」
それだけ言って私は唇をかんだ。
それにしてもこの人の現れるタイミングはなんでいつもこんなに絶妙なんやろ。年に何回かふらっと表れては消えるだけの人やのにいつもこの音羽屋の節目の節目のシーンには必ず顔を出してくる。
「同じ立場やとしたら?」
「絶対黙っててほしい。だから黙っててくれる人間にしか喋れへん」
「だから彼女もそう思ってる違いないという事を言いたいんやな?」
九谷焼の湯呑をその掌に乗せて手持無沙汰にコロコロと弄るその姿を見ながら
(ま、それは保険かけてあるし)と聞こえないくらいの音量で私は小さく呟く。
「とりあえずお茶でも入れよか?その湯呑みに」
湯呑みの方へ顎をくいっと突き出すようにしてそう言うと、
「そやな 貰おか。あっ、そやそや出町ふたばの豆餅とか色々貰うてたんや」
と旬兄さんは土間の隅に目をやる。
「ちょっと取ってくれるか?その中の大きなビニール袋に入ってるから」
「誰に貰ったん?」
「うん… まぁそれはええやろ 」
「もしかして朱雀旬ファンの学生さん?女子なん?、あぶないなぁそれって」
──毎日、マールブランシュのモンブランとか鶴屋吉信の羊羹とか志津屋のパンプキタルトとか、教壇の上に並んだらその気はからっきしないアイツもふらふらと靡いても不思議やないしな
紗那夢が言うところのそれが日々の誘惑で、モテる旦那を選んだこれも宿命やなと何故か嬉しそうに愚痴ってた佐那夢の顔が目に浮かぶ。
ちょうど私の足元に置かれたリュック。これを背負って毎日京大まで自転車で通ってるやなんてにわかには信じ難い。
「何入ってんのこれ?」
リュックの中をまさぐる私に「生活道具一式。いつ何時、どこからお呼びがかかるか分からへん仕事やからな」と旬兄さん。
「ふーん、やっぱりそうなんや」
(この一年、顔を向き合わせてまともに夕飯食べた事ないし。勿論ベッドインも…) 姉の沙那夢に近頃ラインでよくこぼされる事実はどうも間違いないようだ。
「やっぱりって何だよ」
「やっぱりはやっぱりやん」
この人は沙那夢の女としての危うさを未だに分かってない。日々嫁とちゃんと向き合ってないのはやっぱりやし、沙那夢の事も自分の事もさっぱりわかってないのもやっぱりやし、やっぱり過ぎて呆れてる。そういう意味のやっぱりや。
「こんな音羽屋に寄る時間があるねんやったら…いう話やん」
意外に重たい出町ふたばの豆餅の袋をバサッと音を立てて置いた私は眉間に皺を寄せながら小さくため息をついた。
そんな私を見て「こんな音羽屋か…」と小さく呟く旬兄さん。
周りを何気にゆるりと見渡したあと右手で弄ぶ問題の湯呑みに目を落とした。
「こんな高価な九谷焼の逸品を無造作に置いとく骨董屋。ほんとにこんな音羽屋だよな」
「ちょっ、ちょっと待ち、分かってたん?」
「思わずポケットに入れかけたわ」
そう言って辺りに響くほどにハッハとドヤ顔で笑った。
「来る度にサラダに目利きの無さをからかわれるから、最近勉強しだしたんだよ。大学ってとこはその手に詳しいのはいっぱいるから講釈してくれる人間には事欠かない」
してやったりの顔で天井を見上げながらニヤつきが止まらないアラサー男の私の義兄。
「なんなん?その相変わらずのジワるさ。そういうとこ結婚する前からぜんぜん変わってへんわ。ほれ、罰としてお茶は自分でいれるいれる」
私が茶葉の入った急須を目の前に差し出すと「ハイハイ」と小首を振って立ち上がるとポットのある土間へと足を向けた。
菜月からはこの週末、産婦人科に行く予定やから付き合うてとメールが来てた。処置するには親の承諾は要らないらしいけど相手の男性の同意と同伴は必須らしい。ただ、何と予想できる候補が3人ほど居てそれも3人とも連絡先が分からず連れていくのは無理無理やからそこをどうしようかと思案中らしかった。
「ほんまにあんなに可愛い顔して何をやってんのやら」
おそらく知り合いの男の中から年齢的にも自分と釣り合いの取れて責任能力もあるそこそこ大人のめぼしい人間を片っ端から連絡しまくってる菜月の姿が想像できた。自分のスキャンダルを世に言いふらしてるのと同じ事やのに。
「そんな男すぐ言うておる訳ないし、何とかせんと」と思案顔でテーブルに顎を乗せて肩肘をつくとお茶を煎れて戻ってきた旬兄さんと目が合った。
「あっ」
「うん?」
「旬兄さん今何歳?」
「今年で27やけど」
「職業は?」
「なんや今更?」
「ええから早よ」
「大学に食べさせてもうてる」
「もーええから、それをちゃんと言うて、大学の?」
「准教」
「27で大学の先生 、背もそこそこ高くて見る人が見たらイケメン」
「なんやそれ?」
「旬兄さん、明日用事は?」
「あるっちゃあるし、ないっちゃ…」
「決まりや!!」
「何がや?」
──菜月、明日、朝起きたらちゃっちゃっと用意して保険証だけ持って10時に河原町の大丸の前まで来て。絶対やで。男連れて待ってるから
時間はお昼の2時、ラインを送るも既読はつかない。週末の午後はおそらくお昼寝の睡眠だけは赤ちゃんみたいな葉月やから。
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