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朱雀旬
しおりを挟む店に着くと、もう中は灯りが灯っていた。古いながらも毎日しっかりと乾拭きされた桧作りの四枚戸。その引き戸の一つが開け放され、締め切られた生なりのカーテンが中から外へとそよそよと吹く風に靡いていた。
菜月の電チャリを店の脇に止め、しっかりとチェーンでロックしてからおそるおそるカーテンの隙間からなかを覗き見る。
店のなかはほの暗く、防犯用につけている間接照明だけが足元を照らしている。奥へと続く通り庭には居間からの蛍光灯の明かりがほんのりと漏れていた。
間口が三間ほどの侘助堂だが奥行きは二十間は優にある。鰻の寝床と呼ばれることの多い京の町屋。入り口から裏口まで続く「通り庭」に沿って、店の間、台所、奥の間へと奥へ深く続いている。
音羽屋の佇まいは見てくれも中も150年前の昔と何も変わらない。
古いものにキラキラとしたベールを被せて、いかにもな佇まいを与える。レトロモダンでアンティーク風、そんな言葉を並べれば先人たちから脈々と受け継がれてきた京の町並みも変えること許される。
そんな今の京都の風潮をじっちゃんは頑なに否定する。
(古いもんは古いまんまがええ。自然に朽ちていく姿の侘びをさびに変えていくのんが京都に住んでるもんの定めや。)
そのじっちゃんの言葉どおり、創業以来の150年の垢はそれなりに落としてきてはいるものの、店構えは両脇のべんがら格子と引き戸にガラスを入れられた以外は砂利道が敷かれ馬車が走っていた頃の文明開化の時代と何も変わってはいない。
京の町を守る。
洛中でも特に町屋が多く軒を並べる姉小路の人達は人一倍強いそんな想いが強い。
「なにやってんだ、お前?」
振り向くと大きなメロンを二つ両脇に抱えて朱雀旬が笑っていた。
グレーのスエットパーカーにスエットパンツ。足元はコンバースのバスケットシューズ。姉と結婚してから三年、私はまだこの格好以外の朱雀旬を見たことがない。無造作に羽織った薄茶色のジャケットは大学で講義のある時しか着ない、いわば彼の唯一の正装だ。
「ちょっとぉ、店開け放したまま、何処行ってたん?」
「向かいの花幻さんだよ、これ買いに」
メロンの端から覗く仏壇用の切り花。
「ばあちゃんの?」
その言葉に軽く頷きながら、持っていたメロンを私の胸に押し付けてくる。
「見舞いだってさ、じいさんの」
※※※
「動いたんだってな、あの人形」
先に入った彼のそんな言葉を追うように、覚悟を決め、おそるおそる足を踏み入れた奥の間(居間)には幸いにも人形はいなかった。
おそらくこの目の前の人が気を効かして元に戻してくれたんだろうと勝手に思った。
( 口数が少なくて愛想もなくてやな奴に見えるけど、変なとこに 良く気が利く。
そこにやられるんだよね、女どもは)
と、他人事のように姉の差南無はよくそう言う。
女としての経験値が浅い私には分かるようでわからないような話。
だけど、とりあえず目の前の不安が一つなくなったことにほっとする。
「動いたとはかぎれへんし。じっちゃんが運んで来たのかわからへんし」
「それはないな」
「何で?」
「初めはじいさんが動かしたとしても二回目はどう説明するんだ」
「二回目?じゃあ・・・」
「少なくとも俺じゃない、動かしたのは」
朱雀旬の端正な横顔に笑みが浮かぶ。てまりやの生姜の天婦羅をお皿に乗せながらまるで鼻唄でも歌い出さんばかりの口許だ。
「なんかむかつく・・」
「なにが?」
「なんか嬉しそう、旬兄さん」
「・・・」
「なんか知ってんの?あの人形のこと」
「・・・・」
「知ってるんや・・・」
それは俺が沙南無と結婚する前の、今からちょうど二年ほど前のことだった。
彼女と付き合い始めて挨拶代わりにこの店に訪れてから、俺は仕事の帰りにはちょくちょくとここに顔を出すようになっていた。
そしていつものように鶴さんのところで買ってきた酒の肴をつまみに晩酌をしていた時のこと。
いつもより何故か酒の進む爺さんがちょっと心配になりながらも機嫌良さげに飲むその手酌の手を止められないでいた。
もう日は変わっていたと思う。しこたま飲んで足元も覚束なくなった爺さんがよろよろと立ち上がり土蔵の方へと足を向けた
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