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第二章 死竜の砦

第九話「絢爛たるローラ」

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「何ですの……それは?」

 ローラ先輩が身を乗り出して訊いてくる。
 早く答えを教えてと言わんばかりだ。
 セシリアたちも同様の反応だった。
 みんな俺の答えを待っている。

「要はエドガーのやる気を引き出してやればいいんです」
「それができるなら、すぐにしてますわ。現にわたくしもあらゆる手を試みましたけれど、エドガーの反応は芳しくありませんでしたのよ」

 俺の考えに落胆したかのように、ローラ先輩は首を横に振った。

「たとえば、まったく同じことを言うにしても、誰が言ったかでその反応は変わってきます」
「……どういうことですの?」

 エドガーはプライドが高い。
 許嫁のローラ先輩や平民の俺の言うことは素直に聞かないだろう。
 そして、エドガーと同等の爵位を持つ家柄となると、セシリアとブレンダだが、許嫁であるローラ先輩の言うことも聞かないなら結果は同じだ。
 となると、生徒では駄目だ。
 しかし、教師でも平民だと効果は薄い。
 だとしたら、貴族の教師……いや、もっと言うなら学院のトップ学院長ならどうだろうか。

「実は学院長からこういう件を相談されてまして――」

 俺は学院長から頼まれた死竜の砦の件を話した。
 セシリアたちも初耳だったので驚いていたが、顔を顰めたのはローラだった。

「死竜の砦!? まさか、あんな物騒なところへエドガーをやるつもりですの!? まったく信じられませんわ!」

 ローラ先輩は声を荒げて立ち上がった。
 周囲の客と店員に注目されているのに気付いて、ローラ先輩は口元を押さえながら着席する。

「いったい、何を考えていますの? あの場所は危険すぎますわ。それに、エドガーが行く理由がありません。そもそも、教師だってあそこへは近づきませんことよ」

 六年生のローラ先輩がここまで言うということは、死竜の砦はよほど厄介な場所と認識されているようだ。
 それと教師があの場所を避けていることも把握している。

「ローラ先輩、死竜の砦はいつ建てられたんです? 俺が入学した時にはもうありましたけど、あれは六年生のジェラルド先輩が建てたものと聞いています。ただあの先輩は三度目の六年生ですからね。いったい、死竜の砦はいつ建てられたんでしょう?」
「……あれは、わたくしが一年生の時ですからもう五年も前になりますわね」
「五年か。ということは、五年もの間、教師や生徒たちは手を焼いていたわけですか」
「そういうことになりますわ」
「死竜の砦の解体および、そこに常駐している死竜クラスの解散。これを成し遂げれば、ちょっとした英雄ですよね? なんせ五年もの間、誰も手出しできなかったんですから」

 そこで、ハッとしたようにローラ先輩の顔つきが変わった。

「それですわ! あなたは、エドガーに英雄になれと……そう言うんですのね。アルバート」
「……まあ、そこはローラ先輩の解釈に任せますよ。うまくいけば、エドガーが樹竜クラスのまとめ役として返り咲けるかもしれない。ついでに、自信をつけて臆病な性格も改善されればなお良しでしょう」
「エドガーが……英雄に……」

 つぶやきながら、ローラ先輩はその光景を想像したのか、うっとりした表情で胸の前で手を重ねていた。

「でもよ、無理だと思うけど。仮にエドガーがそれを成し遂げたら、またあいつ調子に乗るんじゃね?」
「ああ、確実にそうなるだろうな。でも、ロイド。おまえ、いまのエドガーを見てて清々すると本心から思うか?」
「いや……そこまでは思わねぇよ。同じ学院に通うやつだし……」

 あとは学院長直々に依頼されれば、エドガーもやる気を見せるかも知れない。
 そこは俺からブランドン先生とダリア先生を通して学院長に伝えればいいか。
 残る問題は、本当に死竜の砦を解体させる必要があるのかだ。
 そこを明確にしないと、いくら学院長の依頼だからって盲進するのはちょっと違う気がする。
 現に死竜の砦一階の商店を見る限りは、あの場にいた死竜クラスの生徒は活き活きしていたように感じる。
 俺はそれらを、この場にいる全員に説明した。

「死竜の砦の中へは入ったことありませんけれど、死竜クラスの生徒が恐喝まがいのことをしているのは何度か見かけたことはありますわね。わたくしが注意したら、たまたま下級生だったみたいで、すんなり引き下がりましたわ。でも、わたくしの知らないところでは泣いている生徒もいるはずですわよ」
「恐喝……か」

 ローラ先輩から貴重な情報が入る。
 しかし、それではまだ弱い。
 ジェラルドと事を構えるには理由が希薄すぎる。

「あとは……そうですわね。噂ですけれど、あの不良生徒は死竜クラスを一大勢力に仕立て上げて、学院側に対してよからぬことを企んでいるとか聞きましたわ」
「良からぬこと……ですか? それは何です?」
「わたしたちのウルズ剣術学院を支配することですわ。あの不良生徒は死竜クラスだけでは飽き足らず、学院全体にも魔の手を伸ばそうと考えているに違いありませんことよ!」
「ロ、ローラ先輩。少し落ち着いてください」

 熱くなってだんだんと声が大きくなっていくローラ先輩を、セシリアが慌てて制する。
 それにしても、ジェラルドはローラ先輩にえらく嫌われているようだ。

「ご、ごめんなさい、セシリア。こほん……少々取り乱してしまいましたわ」

 ローラ先輩は恥ずかしそうに座り直した。
 いまの話が本当なら一大事だ。
 しかし、そうなるともはや学院内の話では済まなくなる。
 軍や警察が介入し、名門ウルズ剣術学院の名は地に落ちるだろう。
 そうなっては俺の平穏な学院生活は永遠に夢のまた夢だ。
 だが、これは単なる噂話で、多分にローラ先輩の偏見も入り混じっているだろう。

「あなたの言いたいことはわかっていますわ。噂話では当てにならないと言いたいんでしょう? わたくしにお任せなさい。絶対にこの話が真実だという証拠を掴んで見せますわ」
「何かあてはあるんですか?」
「そうですわね……。そうだわ、冒険者に調べさせましょう」
「冒険者を雇って噂の真相を調査するんですか? でも、冒険者を雇うとなると、まとまったお金が必要になります」
「ふん、わたくしを誰だと思って? カプリチオ家のローラですわよ。あなたたちもできる範囲で協力お願いしますわ。必要経費はすべてわたくしが何とかします」

 さすが、侯爵令嬢。
 許嫁のエドガーのためなら、金は惜しまないか。
 まさに、絢爛たるローラ先輩だな。

「ローラ先輩、それに関して一つ問題が。冒険者ギルドに依頼を出すと、学院の内部事情が知られてしまいます。ですから口の固い冒険者と直接交渉しないといけません」
「その点は抜かりないですわ。知り合いの冒険者に頼みますの。ウルズ剣術学院の卒業生に」
「……なるほど」

 ウルズ剣術学院出身の冒険者なら、ある程度事情は把握しているか。
 取りあえず、噂の調査はローラ先輩に任せるとしよう。
 俺は俺で別の情報を集める。

 こうして、俺は情報集めの一端をローラ先輩にお願いした。
 喫茶店を出てローラ先輩と別れた後、セシリアたちから学院長から受けた依頼を何で黙ってたのと詰められた。
 まあ、すぐに行動を起こすには情報を足りなかったし、最悪ジェラルドと混み合いになることを考えれば、仲間に危険が及ぶことを容認できなかったのもある。
 そう正直に白状すると、もっと仲間を頼れと呆れられた。

 そして、もしエドガーが奮起して死竜の砦に向かうことになったら、当然俺も一緒に行くつもりだ。
 エドガーだけを危険に晒すわけにはいかないからだ。
 さて、この件はどうなるのか……。
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