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第二章 死竜の砦
第十話「冒険者区の職人」
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四日後、ローラ先輩は早速いくつかの情報をもたらした。
肝心の噂の真相はまだ掴めていないが、その調査過程で有用な情報が手に入っていたのだ。
ローラ先輩を疑うわけじゃないが念には念をということで、彼女が雇ったという冒険者はブランドン先生を通じて素性を調べてある。
彼らは樹竜クラスの卒業生みたいで、歳はローラ先輩の二つ上のようだ。
つまり、ジェラルドとは同じ年にウルズ剣術学院に入学したことになる。
その年齢でCランク冒険者というのは、そこそこ優秀なのではないだろうか。
その冒険者がもたらした情報とは、
死竜の砦を設計した建築士の特定。
死竜の砦一階にある商店へ商品を卸した業者。
ジェラルドが密会していたという人物。
大きく分けてこの三つだ。
俺たちは分担して詳細を詰めることにした。
今日はセシリアと行動を共にする。
冒険者区ということでさすがに制服はマズいと思い、俺とセシリアは冒険者に扮するべく事前に着替えを済ませていた。
俺は剣士っぽい恰好。ただし、まだ明るいので町の中を剣を持ち歩くわけにはいかず、丸腰だ。
セシリアは先日とは打って変わって女剣士風。ただし、剣はない。
しかも、この装備はこの間俺の母さんが試着させていたうちの一つだった。
どうやら気に入って購入したらしい。
「どう? 似合うかな?」
「似合ってるよ。これで剣があれば本物の冒険者だな」
「ふふっ、ありがとう。ところで、アル。本当にここに入るの?」
セシリアが俺の腕を掴む。
「ああ、他のみんなもそれぞれ情報集めしているからな。俺とセシリアはこの冒険者区で情報を集める。心配しなくても日が暮れる前にはここを出るし、今日は訪ねる場所も決まっているから大丈夫さ」
「うん、わかったわ。アルがそういうなら……もし何かあったら守ってね」
「任せろ」
セシリアが気持ち身を寄せたので、花のような爽やかな匂いが仄かに香る。
俺たちはいま冒険者区を歩いている。
ローラ先輩が得た情報の一つに、死竜の砦の建築に携わった男がこの冒険者区にいると聞いたからだ。
界隈でも有名な才能のある建築士らしい。
俺は目的の場所に辿り着いて、中に入ろうとするとセシリアが腕を引っ張った。
「おっと……! セシリア?」
「アル……ここ酒場じゃない! この間みたいに酔っぱらいに絡まれて、アルが怪我するの見たくないわ」
「うん。でも周りを見てみなよ」
前回と違い、いまは夕方前で外は明るい。
通りを行き交いする冒険者も多いし、荒事に巻き込まれる心配は極めて低いと考えていた。
セシリアも酔っぱらいに怯えている様子はなく、あくまで俺が怪我をするようなことに巻き込まれるのを懸念しているようだ。
「今日は大丈夫だ。中に入ろう」
「え、ええ」
小さな酒場、テーブルが二つとカウンターに席が四つ。
客は一人しかいない。
カウンター席で酒を飲んでいた。
マスターの姿はないが、それも情報どおりだ。
恐らくカウンターで酒を飲んでいるこの男がマスターであり、目的の人物だ。
聞いていた特徴と一致する。
男の名はゲイリー・コンチェルト三十三歳。
子爵家の五男で建築士。
道楽でこの酒場を経営している。
建築士としての才能はあるが、普段はろくに仕事もしないで昼間から飲んだくれているらしい。
一応は貴族なので俺から声をかけるのは問題がある。
剣術学院内では身分の差は不問だが、外に出ると明確な身分の差が存在する。
このことも踏まえてセシリアにお願いしたというわけだ。
「あの、わたしセシリア・シンフォニーといいます。ゲイリー・コンチェルトさんで間違いないですか?」
セシリアに声をかけられたゲイリーは、こちらに振り返った。
そして、セシリアと俺を訝しげに眺める。
少し間があってから、ゲイリーは目を丸くした。
慌てたのか、酒の入ったグラスを倒してしまう。
セシリアがグラスを置き直して、カウンターにあった布巾で零れた酒を拭いた。
「驚かせてしまってごめんなさい。あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ……いや、です。シンフォニーって、あのシンフォニー家です……よね?」
ゲイリーが驚くのも無理はない。
シンフォニーという家名はウルズの町では一つだけだ。
すなわち、アステリア王国の将軍ダグラス・シンフォニーが当主の侯爵家だ。
「あの、そんなに改まらなくても大丈夫ですよ。わたしたちはただの剣術学院の生徒ですし、今日はゲイリーさんにお話があってきたんです」
「はあ……いったい何でしょう?」
「ウルズ剣術学院の敷地内にある死竜の砦を設計されたのは、ゲイリーさんだとうかがいました」
「……どこで、それを?」
ゲイリーが視線を泳がせる。
隠しておきたい話なのだろうか。
「ちょっとその辺の事情を調べさせてもらったんです。俺たちは死竜の塔の設計図が欲しいだけなので」
俺が言うと、ゲイリーはきみは誰だと尋ねてきた。
「アルバート・サビア。ウルズ剣術学院の生徒で、ジュラルド・セダムとも知り合いです」
「サビア……何だ平民の子か。セシリアさんと一緒だから大貴族の子息かと思ったよ」
ゲイリーは苦笑いした。
有名冒険者であるはずの親父や爺さんの知名度は結構低かったようだ。
まぁ、サビアなんて家名はどこにでもあるような平凡なものだし、冒険者の名前なんてその界隈でもなければこの程度のものだろう。
「ジェラルドの名前まで出されちゃ、言い逃れはできないな。ああ、あの砦は僕が設計した。それで間違いない」
「内部の構造がわかる設計図は残っていませんか?」
「あるけど。ジェラルドの許可がないと見せるわけにはいかないな」
そりゃそうだよな。
しかし、ジェラルドの許可を得るのは無理な話だ。
おまえの砦を攻略するから図面をくれなどと言えるわけがない。
「何とかなりませんか? わたしたち、どうしてもそれが必要なんです」
セシリアがお願いする。
平民で男の俺が頼むよりも、大貴族の綺麗なお嬢様にお願いされたほうが誰だって気分がいいだろう。
だが、ゲイリーは困ったように首を横に振った。
「設計図は渡せませんが、シンフォニー家のお嬢様に免じて話せる範囲で少しお話しましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
セシリアはゲイリーの手を取って、跳び上がって喜んだ。
ゲイリーは照れたように笑う。
セシリアはこれを無自覚でやっているが、たいていの男は勘違いしてしまうだろう。
俺も……多分そうだ。
「ねぇ、アル。ゲイリーさんとてもいい人よ」
「……ソウダネ」
俺は少しムッとした。
気を取り直して。
ゲイリーの話をまとめると、設計図は二十種類以上存在するらしい。
どの設計図も一階部分は共通していたが二階以上は異なっているらしく、しかもとんでもなく複雑な構造になっているという。
さらに、最終的にジェラルドがどの設計図を選択したかはわからないそうだ。
俺たちはゲイリーに礼を言い、酒場を出た。
こうなったら、実際に建築に携わった職人を当たるしかないな。
俺がそう考えていると、セシリアが立ち止まった。
「アル、あそこを見て。この間の酔っぱらい冒険者よ」
セシリアの視線を目で追うと、彼女の言うとおりこの間の酔っぱらいが前から歩いてきた。
俺はいま丸腰だ。
俺たち剣術学院の生徒は、学院外で剣を持ち歩くことはできない。
町の中で帯剣していいのは軍の兵士と警官、それと冒険者ギルドに登録している冒険者免許を持った冒険者だけに限られるからだ。
だから、もしあの酔っぱらいがまた絡んできて喧嘩になれば、俺が簡単に負けるのは火を見るより明らかだ。
そう考えていると、酔っぱらいが顔を上げて俺に気が付いた。
しばらく、互いに視線を交す。
すると、酔っぱらいは早足でこちらに向かって歩いてきた。
顔がこわばっている。
「アル、こっちに来たわ。お願いだから喧嘩は止めてね」
「ああ、わかってる」
酔っぱらいはセシリアの前で直立した。
そして、突然泣きそうな顔に豹変すると、深々と頭を下げた。
「姉さんっ! この間はすいませんでしたぁ!」
「…………え?」
セシリアは唖然としていた。
酔っぱらいはチラチラと俺の目を気にしている。
どうやら、俺のことを覚えてくれていたらしい。
相変わらず酒臭いが、まあいいだろう。
「兄さんにもこないだは迷惑かけちまったみたいで、ホントすいません!」
酔っぱらいは俺にも頭を下げた。
顔を上げた時、笑い顔が引きつっていた。
「わかったから。もう戻っていいよ」
「あ……じゃあ俺はこれで……」
酔っぱらいは再度俺とセシリアに頭を下げると、踵を返して来た道を戻ろうとした。
あ、確かこの酔っぱらいは情報に関してはまともなものを持っているんだったな。
もしかしたら有用な話もあるかもしれない。
そう思いついた俺は、酔っぱらいの背中に声をかける。
「あ、ちょっといいか?」
「ひいっ! は、はい? ……何でしょう?」
ゆっくり振り向いた酔っぱらいは泣きそうになっていた。
俺はかなりの恐怖を植え付けてしまっていたらしい。
悪いと思いながら、手招きして酔っぱらいを呼ぶ。
そして、五千ナールを差し出してウルズ剣術学院について何か知っていることはないか訊いてみた。
「五千ナールも!?」
「まあ、いいから取っといて」
口実としては、駆け出し冒険者の俺とセシリアは金になりそうな話を探していて、貴族が多く通う剣術学院には金の話が転がっていそうだと適当にでっち上げた。
セシリアが俺をジト目で見る。
よくこんな適当な話を思いつくわねって顔だ。
「ウルズ剣術学院ですか……あっ、これなんかどうですか?」
酔っぱらいの情報はためになった。
ローラ先輩の情報で、ロイドとハロルドに調べてもらっていることに関係するものだ。
俺は礼を言い、酔っぱらいを解放した。
セシリアはそんな酔っぱらいの背中を見届けてから、俺に振り返る。
「どうしたのかしら? この間と全然態度が違うんだけれど……」
「さあ、あいつをボコボコにした冒険者に、説教でもされたんじゃないか?」
肝心の噂の真相はまだ掴めていないが、その調査過程で有用な情報が手に入っていたのだ。
ローラ先輩を疑うわけじゃないが念には念をということで、彼女が雇ったという冒険者はブランドン先生を通じて素性を調べてある。
彼らは樹竜クラスの卒業生みたいで、歳はローラ先輩の二つ上のようだ。
つまり、ジェラルドとは同じ年にウルズ剣術学院に入学したことになる。
その年齢でCランク冒険者というのは、そこそこ優秀なのではないだろうか。
その冒険者がもたらした情報とは、
死竜の砦を設計した建築士の特定。
死竜の砦一階にある商店へ商品を卸した業者。
ジェラルドが密会していたという人物。
大きく分けてこの三つだ。
俺たちは分担して詳細を詰めることにした。
今日はセシリアと行動を共にする。
冒険者区ということでさすがに制服はマズいと思い、俺とセシリアは冒険者に扮するべく事前に着替えを済ませていた。
俺は剣士っぽい恰好。ただし、まだ明るいので町の中を剣を持ち歩くわけにはいかず、丸腰だ。
セシリアは先日とは打って変わって女剣士風。ただし、剣はない。
しかも、この装備はこの間俺の母さんが試着させていたうちの一つだった。
どうやら気に入って購入したらしい。
「どう? 似合うかな?」
「似合ってるよ。これで剣があれば本物の冒険者だな」
「ふふっ、ありがとう。ところで、アル。本当にここに入るの?」
セシリアが俺の腕を掴む。
「ああ、他のみんなもそれぞれ情報集めしているからな。俺とセシリアはこの冒険者区で情報を集める。心配しなくても日が暮れる前にはここを出るし、今日は訪ねる場所も決まっているから大丈夫さ」
「うん、わかったわ。アルがそういうなら……もし何かあったら守ってね」
「任せろ」
セシリアが気持ち身を寄せたので、花のような爽やかな匂いが仄かに香る。
俺たちはいま冒険者区を歩いている。
ローラ先輩が得た情報の一つに、死竜の砦の建築に携わった男がこの冒険者区にいると聞いたからだ。
界隈でも有名な才能のある建築士らしい。
俺は目的の場所に辿り着いて、中に入ろうとするとセシリアが腕を引っ張った。
「おっと……! セシリア?」
「アル……ここ酒場じゃない! この間みたいに酔っぱらいに絡まれて、アルが怪我するの見たくないわ」
「うん。でも周りを見てみなよ」
前回と違い、いまは夕方前で外は明るい。
通りを行き交いする冒険者も多いし、荒事に巻き込まれる心配は極めて低いと考えていた。
セシリアも酔っぱらいに怯えている様子はなく、あくまで俺が怪我をするようなことに巻き込まれるのを懸念しているようだ。
「今日は大丈夫だ。中に入ろう」
「え、ええ」
小さな酒場、テーブルが二つとカウンターに席が四つ。
客は一人しかいない。
カウンター席で酒を飲んでいた。
マスターの姿はないが、それも情報どおりだ。
恐らくカウンターで酒を飲んでいるこの男がマスターであり、目的の人物だ。
聞いていた特徴と一致する。
男の名はゲイリー・コンチェルト三十三歳。
子爵家の五男で建築士。
道楽でこの酒場を経営している。
建築士としての才能はあるが、普段はろくに仕事もしないで昼間から飲んだくれているらしい。
一応は貴族なので俺から声をかけるのは問題がある。
剣術学院内では身分の差は不問だが、外に出ると明確な身分の差が存在する。
このことも踏まえてセシリアにお願いしたというわけだ。
「あの、わたしセシリア・シンフォニーといいます。ゲイリー・コンチェルトさんで間違いないですか?」
セシリアに声をかけられたゲイリーは、こちらに振り返った。
そして、セシリアと俺を訝しげに眺める。
少し間があってから、ゲイリーは目を丸くした。
慌てたのか、酒の入ったグラスを倒してしまう。
セシリアがグラスを置き直して、カウンターにあった布巾で零れた酒を拭いた。
「驚かせてしまってごめんなさい。あの、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……大丈夫だ……いや、です。シンフォニーって、あのシンフォニー家です……よね?」
ゲイリーが驚くのも無理はない。
シンフォニーという家名はウルズの町では一つだけだ。
すなわち、アステリア王国の将軍ダグラス・シンフォニーが当主の侯爵家だ。
「あの、そんなに改まらなくても大丈夫ですよ。わたしたちはただの剣術学院の生徒ですし、今日はゲイリーさんにお話があってきたんです」
「はあ……いったい何でしょう?」
「ウルズ剣術学院の敷地内にある死竜の砦を設計されたのは、ゲイリーさんだとうかがいました」
「……どこで、それを?」
ゲイリーが視線を泳がせる。
隠しておきたい話なのだろうか。
「ちょっとその辺の事情を調べさせてもらったんです。俺たちは死竜の塔の設計図が欲しいだけなので」
俺が言うと、ゲイリーはきみは誰だと尋ねてきた。
「アルバート・サビア。ウルズ剣術学院の生徒で、ジュラルド・セダムとも知り合いです」
「サビア……何だ平民の子か。セシリアさんと一緒だから大貴族の子息かと思ったよ」
ゲイリーは苦笑いした。
有名冒険者であるはずの親父や爺さんの知名度は結構低かったようだ。
まぁ、サビアなんて家名はどこにでもあるような平凡なものだし、冒険者の名前なんてその界隈でもなければこの程度のものだろう。
「ジェラルドの名前まで出されちゃ、言い逃れはできないな。ああ、あの砦は僕が設計した。それで間違いない」
「内部の構造がわかる設計図は残っていませんか?」
「あるけど。ジェラルドの許可がないと見せるわけにはいかないな」
そりゃそうだよな。
しかし、ジェラルドの許可を得るのは無理な話だ。
おまえの砦を攻略するから図面をくれなどと言えるわけがない。
「何とかなりませんか? わたしたち、どうしてもそれが必要なんです」
セシリアがお願いする。
平民で男の俺が頼むよりも、大貴族の綺麗なお嬢様にお願いされたほうが誰だって気分がいいだろう。
だが、ゲイリーは困ったように首を横に振った。
「設計図は渡せませんが、シンフォニー家のお嬢様に免じて話せる範囲で少しお話しましょう」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
セシリアはゲイリーの手を取って、跳び上がって喜んだ。
ゲイリーは照れたように笑う。
セシリアはこれを無自覚でやっているが、たいていの男は勘違いしてしまうだろう。
俺も……多分そうだ。
「ねぇ、アル。ゲイリーさんとてもいい人よ」
「……ソウダネ」
俺は少しムッとした。
気を取り直して。
ゲイリーの話をまとめると、設計図は二十種類以上存在するらしい。
どの設計図も一階部分は共通していたが二階以上は異なっているらしく、しかもとんでもなく複雑な構造になっているという。
さらに、最終的にジェラルドがどの設計図を選択したかはわからないそうだ。
俺たちはゲイリーに礼を言い、酒場を出た。
こうなったら、実際に建築に携わった職人を当たるしかないな。
俺がそう考えていると、セシリアが立ち止まった。
「アル、あそこを見て。この間の酔っぱらい冒険者よ」
セシリアの視線を目で追うと、彼女の言うとおりこの間の酔っぱらいが前から歩いてきた。
俺はいま丸腰だ。
俺たち剣術学院の生徒は、学院外で剣を持ち歩くことはできない。
町の中で帯剣していいのは軍の兵士と警官、それと冒険者ギルドに登録している冒険者免許を持った冒険者だけに限られるからだ。
だから、もしあの酔っぱらいがまた絡んできて喧嘩になれば、俺が簡単に負けるのは火を見るより明らかだ。
そう考えていると、酔っぱらいが顔を上げて俺に気が付いた。
しばらく、互いに視線を交す。
すると、酔っぱらいは早足でこちらに向かって歩いてきた。
顔がこわばっている。
「アル、こっちに来たわ。お願いだから喧嘩は止めてね」
「ああ、わかってる」
酔っぱらいはセシリアの前で直立した。
そして、突然泣きそうな顔に豹変すると、深々と頭を下げた。
「姉さんっ! この間はすいませんでしたぁ!」
「…………え?」
セシリアは唖然としていた。
酔っぱらいはチラチラと俺の目を気にしている。
どうやら、俺のことを覚えてくれていたらしい。
相変わらず酒臭いが、まあいいだろう。
「兄さんにもこないだは迷惑かけちまったみたいで、ホントすいません!」
酔っぱらいは俺にも頭を下げた。
顔を上げた時、笑い顔が引きつっていた。
「わかったから。もう戻っていいよ」
「あ……じゃあ俺はこれで……」
酔っぱらいは再度俺とセシリアに頭を下げると、踵を返して来た道を戻ろうとした。
あ、確かこの酔っぱらいは情報に関してはまともなものを持っているんだったな。
もしかしたら有用な話もあるかもしれない。
そう思いついた俺は、酔っぱらいの背中に声をかける。
「あ、ちょっといいか?」
「ひいっ! は、はい? ……何でしょう?」
ゆっくり振り向いた酔っぱらいは泣きそうになっていた。
俺はかなりの恐怖を植え付けてしまっていたらしい。
悪いと思いながら、手招きして酔っぱらいを呼ぶ。
そして、五千ナールを差し出してウルズ剣術学院について何か知っていることはないか訊いてみた。
「五千ナールも!?」
「まあ、いいから取っといて」
口実としては、駆け出し冒険者の俺とセシリアは金になりそうな話を探していて、貴族が多く通う剣術学院には金の話が転がっていそうだと適当にでっち上げた。
セシリアが俺をジト目で見る。
よくこんな適当な話を思いつくわねって顔だ。
「ウルズ剣術学院ですか……あっ、これなんかどうですか?」
酔っぱらいの情報はためになった。
ローラ先輩の情報で、ロイドとハロルドに調べてもらっていることに関係するものだ。
俺は礼を言い、酔っぱらいを解放した。
セシリアはそんな酔っぱらいの背中を見届けてから、俺に振り返る。
「どうしたのかしら? この間と全然態度が違うんだけれど……」
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