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第1章 前世を思い出した悪役令嬢は、皇太子の執着に気が付かない
第5話 イザベル、恐れおののく
しおりを挟む兄に手紙を書こうとしたイザベルだが、自身の激しい喉の乾きを自覚し、水を飲もうと周囲を見渡した。
すると、オニのような見た目をした女が目に入り、息を呑む。
その女は、妙に目鼻立ちがはっきりとしていて、顔が長細い。うねる金の髪に驚くような真っ白い肌。
何よりも翡翠色の目が恐ろしかった。
「ヒッッッ」
思わずひきつった声が出て仰け反れば、目の前の女も同じように動いた。
しばらくはそのまま動けずにいたイザベルだが、相手が動かないのを見てそっと動いた。すると、自分と同じ動きをするではないか。
(まさか、これは……)
気がついてしまった。気がつきたくなどなかった。
鏡をじっと見詰めた彼女は、その姿に絶望の底に叩きつけられたような気持ちであった。
(われは、このような姿を美しゅうと信じておったのか……)
震える手で鏡を触り、今世での自分の記憶に頭を抱えたいような気持ちになった。
(何という、醜女なのじゃ。
われの切れ長の細い目もふっくらした頬も豊かな長い黒髪もなくなってしもうた。何じゃ、この面妖な髪色は、しかもうねうねしていて気味が悪い。
絶世の美女と謳われた、われはもうおらぬのか……)
平安の姫、小夜として生きてきた彼女の美女というのは、オカメ顔のこと。
転生したこの世界と、日本の平安時代とでは美意識が大きく違っているのだが、前世の記憶に引っ張られている彼女はそのことに気が付かない。
むしろ、オカメ顔の方が残念ながら今世では醜女にあたる。
この国の一般的な美意識でみれば、イザベルが国一番の美女なのだ。
美しい白い肌、小さな顔に、ハッキリとした目鼻立ち。手足は細く長く、スタイルも申し分ない。
ブロンドの髪は美しく、少しつり上がった翡翠色の瞳は魅惑的だ。
彼女が微笑めば大概の男性は落ちるとさえ言われている。
今世においての絶世の美女である。だが、何度も言うようだが彼女の基準は平安。平安なのだ。
(恥ずかしゅうて、表にはもう出られぬ。ここは、気を患ったことにして、生涯をこの部屋で過ごすわけにはいかぬだろうか)
一瞬、そのような考えがもたげたが、自身が破滅へと追い込んでしまった人達をこのままに自分だけが楽な道を選んではいけない、と意識を切り替える。
(われは自身の罪を少しでも償わなくてはならぬのだ! いくら辛くても引き込もっているわけにはいかぬ。
じゃが、この顔で表に出るのものぅ……。
そうじゃ! 顔を隠せば良いのじゃ!!)
「それに、仮面をつけた令嬢なんて悪い噂がたつわ。それをきっかけに婚約破棄をすればいいのよ!!」
自身が既に悪い噂のオンパレードなことに何故か気が付かないイザベルは満足げに「くふ、くふふ……」と笑う。
名案ではなく迷案を素晴らしいアイディアだと確信したイザベルは、視界に入った水差しからコップに水を入れて一気に飲み干すと、机へと向かった。
そして筆と墨はなかったので万年筆を使ってまずは兄への手紙を書き、その後に絵を描いた。
(しかし、何と便利な世になったものじゃな。墨がなくとも書けるとは、妖術か何かではあるまいな……)
昨日まで毎日のように使っていたものにまで感心をしながら、一枚の絵を書き上げた彼女は満足げに笑った。
「さて、手紙と絵ができたことだし、メイドを呼ばなくちゃね」
しかし、従者を呼ぶということは顔をみられてしまう。彼女は少し躊躇ったが、顔の半分は扇で隠すのだから大丈夫だと自分を納得させて侍女を呼んだ。
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