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第3章 贈ったオカメのその先に

第43話 ルイスの過去

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「ずっと気になってたんですけど、殿下はいつからベルリンにしゅ……好きだったんですか?」

 危うく執着と言いかけたリリアンヌはギリギリのところで、言い直すことに成功した。
 そんなリリアンヌを他所に、ルイスは前世でのイザベルとの出会いへと想いをせる。



 前世でのイザベル、小夜とルイスはあまり顔を合わせたことはない。
 小夜が認識しているのは、婚約の儀式で一回、今でいうデートで三回、あとは小夜が死ぬ時で一回だ。

 焦らなくても、婚姻さえすれば毎日会える。帝であったルイスはそう信じていたが、それが叶うことはなかった。

 (小夜の住む屋敷の離れにいた時期があったが、イザベルはもう覚えていないだろうな……)


 あれは、帝である彼がまだ幼かった頃。後継者争いにより毒を盛られて生死をさ迷った。
 命の危機は脱したものの、食べ物を食べることが怖くなった彼は、ほとんど食物に口をつけられなくなり、養生目的でこっそりと小夜の家に預けられた。

 幼かった帝はぼんやりと過ごし、三月みつきほど経ったが、食べることへの恐怖は消えず、最低限の食事と水のみしか取り込まない体は骨が浮き出ていた。

 その状況をうれいた小夜の父は、苦肉の策で小夜を彼のもとへと向かわせた。子供同士であれば警戒心を抱かせないと思ったからである。

 ただ、小夜には何も教えず、離れにある祖母の形見であるフジのかんざしを取りに行くように頼んだのだ。怪しまれないように、あくまでも自然に出会うようにと。


「藤の簪のぅ。どこにあるのじゃろうか。探せと申されても離れは広い。今日だけで見つかるとは思えぬ。これは、連日探しに行くしかあるまいのぅ!!」

 まだ7歳の小夜は独り言を言いながら離れへと訪れた。いつもは絶対に御付きの者がいるが、今日は一人で行っても良いと父からの許可が出たためご機嫌である。

 普段はしずしずと開ける引き戸の扉も勢いよく開け放ってみる。


 バーーーーンッッ。


 大きな音に、小夜は快感で震えた。

「われは自由じゃあぁぁぁぁ!!」


 その叫び声と戸の音に幼い帝は別の意味で肩を震わせた。

 そして、恐る恐る何事かと覗き見た先に満面の笑みの少女がいた。その姿はあまりにも楽しそうで彼は見惚れ、興味を引かれた。

 久々に心を動かされた瞬間であった。

 声をかけようと思ったが、自身の正体がバレることに躊躇ちゅうちょしてしまう。

 何かないか……そう見回せば、壁にかけられている狐の面が目に入る。そして、躊躇ためらいもせずに、その面をつけると少女の前へと静かに姿を現した。

 その瞬間の小夜の間の抜けた表情といったら……、あんぐりと可愛らしい口が開かれ、正に目が点になるという表現がピッタリであった。


「何者じゃ?」
「…………」


 狐の面をした少年に小夜は話しかけるが、彼は言葉を紡ぐことができない。心臓ばかりが忙しなく、焦る気持ちとは裏腹にハクハクと空気が口から漏れるばかりだ。

 その様子に小夜は首を傾げながらも近付いてきて、狐の面へと手を伸ばした。


「なぜ顔を隠しておる?」
「──────っぅあっ!!」


 伸ばされた手は面を掴むことなく、宙をきる。少年は逃げるようにしゃがみこみ、ガタガタと震え、その姿に小夜はたくさんの涙を瞳からこぼした。

 手を避けられたのがショックだったのもある、自身に怯えられたのが悲しかったのもある。
 だが、何よりも、面に手を伸ばされたことだけで、怯える少年があわれで仕方がなかった。

 まだ哀れだと思う感情を知らない小夜はぽたぽたと溢れる涙に名前をつけられず、狐の面の少年にどう接すれば良いのか分からなかった。

 それでも、小夜はもう一度手を伸ばし少年のパサついた髪を撫でた。彼の体が震えていた振動なのか、はたまた小夜の手が震えていたのか……。


「すまなかった。その面を外そうとはもうせぬ」


 隣にしゃがみ、何度も何度も飽きることなく撫で続けた。いつしか少年の震えは止まり、撫でていた小夜の手を取った。

「……悪かった」

 何についての謝罪なのか、小夜は首を小さく捻る。そして──。

「そういう時は、ありがとう、って言うんじゃよ!」

 ニカリと笑った。それは姫がする表情ではなかったが、少女の笑顔に彼は狐の面の下で頬を染めた。

「ぁりがと……」

 掠れて、耳を澄まさなければ聞こえないような声だ。それでも小夜は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑うから、彼も面の下で自然と口角が上がるのを感じた。


 こうして、小夜の父の目論見もくろみ通りに出会った二人は、急接近することとなる。
 小夜は初めての同世代の友達に喜び、彼は裏表のない小夜へと惹かれていく。



「今日はアケビじゃーーー!!」

 元気一杯に扉をまたもやバーーーーンッッと開けて小夜がやってくる。最初は食べることを躊躇ちゅうちょしていた彼も、目の前で美味しそうに食べる小夜につられて食べるようになっていた。


「……口元のみ開いた半仮面まで持っておるとは、余程、顔を見られたくないんじゃのう」

 都合の悪いことには返事をしない彼を小夜はじろりと睨む。

「聞いておるのか? コノハ殿!」
「……コノハ?」
「そうじゃ。顔のみならず、名すら教えてくれぬのでは不便でならぬ。そこで、われが名付けたのじゃ!!
 名前なしのナナシでは嫌じゃろ? じゃから、狐の面から考えたのじゃよ。ほれ、狐は木の葉を使って化けるじゃろ?」

 どうだ! と言わんばかりの小夜の表情にコノハと呼ばれた彼は口元に笑みを浮かべた。

「良い名だな」


 コノハとして小夜と過ごした時間が彼にとって人生で一番楽しい時であり、小夜にとっても同じであった。

 だが、先帝が崩御ほうぎょしたことでその平穏も終わりを告げる。藤の花が咲き乱れる季節にコノハは小夜の前から姿を消した。
 それは、小夜とコノハが出会ってからおよそ一年後のことであった。





※藤の花の花言葉
 「優しさ」「歓迎」「決して離れない」
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