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33話 冬がきた

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「待ってください!」
 
 呉服屋さんを出たところで、声がした。
 
「本当に、本当にありがとうございました」

 深く深く頭を下げて、清さんは言った。
 白樹は、私を地面へと降ろしてくれる。その間も清さんは頭を下げたまま。顔を上げる気配がないので、私は清さんの前にしゃがんだ。
 驚いたように少しだけ顔を上げた清さんと視線が交わる。

「あなたが信じてくれたからです」

 しっかりと目を見て言う。気持ちが伝わるように。

 私の声は掠れていて、鼻声だ。目が熱くて、瞬き一つで涙が溢れ落ちてしまいそう。ぐちゃぐちゃで、カッコ悪い。
 でも、それは私だけではない。大きく首を横に振る清さんもまた、私以上に泣いていた。

「いいえ! 花さんのおかげです。また母の笑った顔が見れるなんて思ってもいませんでした……」

 ぽたり、ぽたりとしずくが落ちていく。
 泣きながら笑う彼女に、私の視界もより一層滲んだ。

「よかった……」

 本当によかった。たくさん言葉にしたい気持ちはあるけれど、それ以外の言葉は見つからない。

 何度も何度も清さんはお礼を言ってくれたけれど、お礼を言いたいのは私の方だった。

「お母さんのところへ戻ってあげてください。きっと待っていますよ」
「本当にありがとうございました。このお礼は必ず致します。して頂いたことに比べたら、大したことはできませんが、必ず!!」

 そう言い残して、清さんはお家に入っていった。とてもとても立派な、もう穢れに覆われていない呉服屋さんの中に。
 私はというと、再び白樹に抱えられる。

「自分で歩けるよ」
「俺がしたい。俺のために、大人しくしていてくれ」

 懇願こんがんするかのような声。
 白樹の首に手を回してギュッと抱きつく。

「ありがとう」

 また一つ、涙が溢れた。


 ***


 冬が訪れた。窓の外は雪が降り積もっている。

 穢れによって心が病んでしまった清さんとお母さんは、浄化をした後から少しずつ、元気だった頃と同じ生活へと戻っていったらしい。
 穢れによる後遺症もないようで、見合い相手を次々と見つけてくるから困っていると清さんが言っていた。
 それでもどこか幸せそうで「今度こそ素敵な人を見つけます」と笑っていた。

 私はというと、毎日ひたすらに何かを作っている。それが組紐のこともあれば、お守りやたすきのこともある。

「花様、少しは休まれてください」
「ここまでやったら休憩するね。ありがとう」

 恋々が心配してくれるのは嬉しい。
 けれど、清さん家の呉服屋さんに卸させてもらう着物関連のアクセサリー作りもあるし、春に向けても万全の準備を整えておきたいのだ。

 何故、春に向けて準備万端にするかというと、春は一年で一番穢れによって凶暴化した獣が増える季節なのだそう。

 現に、冬になって穢れによって凶暴化する獣は大幅に減っている。
 白樹や善くん、あっくんも討伐に行くことは週に一回あるかないかになった。
 今は春に向けて、討伐隊の新規入隊希望者へ入隊試験をしたり、新人さんを鍛えたり、討伐隊の人たちと共に鍛練に励んでいたりする。
 冬になると凶暴化した獣が減る原因は、冬眠が関係しているのではないか……と言われているけれど、はっきりとした理由は分かっていないらしい。

 凶暴化した獣は、春先から一気に増えてくるので、泊まり込みで討伐に行くと言っていた。


「恋々ー。私も春の討伐には連れてってもらえるかな……」
「どんな手を使ってでも同行できるように致します」
「いやいやいや! 無理にとは言わないよ!?」

 羽織紐にガラスビーズを通しながら、まるで雑談のように話しかければ、恋々の中の過激派部分がひょっこりと顔を出した。
 それを慌てて制止すれば、ころりと藍色のビーズが一つ絨毯じゅうたんへと転がり落ちていく。


 今使っているビーズは、深緑と藍色。くもりガラスのような質感で、何ともお洒落なもの。
 それを、いぶし銀の糸で細く編んだ紐に組み合わせると、渋くてカッコいいと男性に一番人気の羽織紐の完成である。
 この羽織紐は、清さんのお家で販売される予定だ。

 ビーズだと組紐を編むのに比べて穢れを弾く力自体は弱い。けれど、ふわふわと浮遊している穢れ避けにはなることが分かった。
 討伐には行かない市井で暮らす人たちであれば、十分に穢れ対策となるので、販売してもらうことになったのだ。
 得られた利益は、穢れの討伐で怪我をした隊員や、亡くなった隊員のご家族への支援として使われることになっている。


「花様は、遠慮のし過ぎですよ。もっと、思ったことを言っていいんです」

 落ちてしまった藍色のビーズを拾ってくれた恋々は、少し寂しそうな顔をした。けれど、それも見間違いかと思うほど一瞬で、その感情を笑みでコーティングしてしまう。

「ありがとう。遠慮はしてないよ。いつもみんなに助けてもらってる。恋々にも」
「もったいないお言葉です。……花様は、討伐に行きたいんですよね?」

 どこか納得していないような雰囲気。けれど、本当に遠慮しているつもりなんかないので、どうしていいのか分からない。

「行きたいとは思ってるよ。だけど、私は戦えないし、足手まといになるのは分かっているから無理は言えない。森の穢れを直接浄化したいとは思ってるんだけどね……」

 あの穢れをどうにかしないと、いつまで経っても状況は変わらない。それどころか、悪くなっていく気がする。
 だから、どうにかして森には行きたいけれど──。

「足手まといとかは、考える必要はありませんよ。戦う必要もありません。花様が行かれる場合は、私も参りますので」

 何故か、恋々の表情が明るい。というか、生き生きしている。

「恋々も来てくれるの? そうしたら、護衛を増やさないと──」
「護衛など不要です。私がお守り致します!!」

 ん? 恋々が私を守るの?

 
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