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罵っていた方がらくだった……だと!?

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 それから穏やかに時は流れた。ハサミ事件以来リリスの姿を見ることはなかった。
 そして、今日はシュナイパーの卒業式。そのあとの卒業パーティーさえ終えてしまえば、エンディングとなる。まぁ、ここは現実だからその先も続くんだけど、子爵令嬢のリリスに関わるとしたら最後になるだろう。

 卒業式にもいなかったし、パーティーには来てないよね。なんて気を抜いた数分前の私を殴ってやりたい。

 シュナイパーの瞳を連想させる深い海のようなブルーのドレスを着て来ている。あれは『私はシュナイパールートを選択した』という自己アピールだろう。
 乙女ゲームでも実際、選択したキャラの瞳の色のドレスを着ていたしね。

「エリザベート。私と踊ってくれないか?」

 そう言う婚約者シュナイパーの手を取れば、視線で焼き殺されるんじゃないかってくらいの殺気を頂いてしまった。もちろん、その視線の人はリリスである。

「エリザベート、似合っているよ。きれいだ」
「ありがとうございます。それより見ました? シュナイパー様の瞳の色でしたね」

 ドレスのクオリティ的にシュナイパー様が用意したものではないだろう。
 実際、私はシュナイパー様が贈ってくれた深い海を思い出すブルーに金の繊細な刺繍が入ったドレスを着て、髪には金細工にブルーの宝石が入ったドレスに合わせた装飾を着けている。
 シュナイパーの髪と瞳の色をこれでもか! と纏わされているのだ。

 なんというか、私がシュナイパーの婚約者だと激しい自己主張をしているよう。正直、恥ずかしい。

「あぁ。迷惑な話だ。あいつのせいでエリザベートとの学園生活を楽しめなかった。私がどれだけ楽しみに……」

 最後まで言葉は紡がれることはなかった。けれど、赤く染まったシュナイパーの耳が、言うつもりはなかったのだと言っている。

 ……かわいい。
 あぁぁぁ。こんなこと男の人に思うのは失礼だけど、何これ? かわいい以外の何ものでもない。チラリとこちらを窺う視線も、ダンス中だから分かっちゃった動揺して一瞬だけ震えた手も、かわいいが過ぎる。

「毎週末は会っていたじゃないですか」

 くるりくるりと踊りながらも、ついイタズラ心で言えば、拗ねたような視線とかち合う。

「王妃教育の休憩時間にね。私はもっとゆっくりと会いたかったんだよ。それに、一生に一度の学園生活を好きな子と少しでも長く過ごしたいと願うのは当然だろう?」

 あ、やられた。また、あまい雰囲気になった。
 この雰囲気は苦手だ。どうしたらいいのか分からなくなる。
 そんな私を嬉しそうに見てくるシュナイパーも苦手。これなら、罵っていた時の方がらくだった。それも今更できなくなって、どう接していいのか分からずに流れる沈黙が嫌だ。
 だって、こんなの知らない。どろどろに私を甘やかそうとする、どこまでもあまいあまい視線なんか……。

「エリザベート、そろそろ観念して私の元に堕ちておいでよ」

 どろりとあまい蜜を耳から流されて、自分を作り替えられてしまいそうだ。 

「シュナイパー様……」

 これ以上、どうやったって早くならないだろう心臓の音が頭に響く。絡み取られた視線はそらすことも叶わない。
 けれど、その時間は永遠ではない。ダンスの終わりと共に体が離れる。残るのはあまやかな雰囲気と、高鳴る鼓動だけ。

「もう一曲、踊ろうか。婚約者殿?」

 婚約者だけが続けて二曲踊れる特権を使おうと誘われて、普段なら断るのに気が付いたら頷いていた。
 もう一度、ダンスを踊るためにシュナイパーの手は私の腰を支え、再び距離がぐんと近付く……はずだった。
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