58 / 129
12月11日 Side涼3
しおりを挟む
部活からの帰り道。
最寄り駅の改札を出たところで、昨日のことを思い出していた。
『随分大きくなったじゃないか』
『うん』
『バスケやってるのか?』
『……うん』
『………』
『………』
会話が続かないからか、父さんは頭をボリボリかいた。
何年も会っていないし連絡すらなかった父に話すことなんて何もない。
楽しく会話なんてできるはずない。
『何しにきたの?』
ただ、私に会いにきたなんてことはないだろう。
最後に記憶しているあの頃より随分老けた顔をしている父を見る。
『あぁ。涼………俺のところに来なさい』
『え?』
何のことを言っているのかわからなかった。
『俺は今アメリカにいてね。生活も落ち着いている。向こうの学校もここよりレベルが高いが涼ならついていけるだろう。バスケだって本場だ。今よりもずっといい暮らしができる』
『え、いや……だって……』
急にそんなことを言われてもどうしたらいいのかわからない。
父さんのところに行く?アメリカ?
母のこともあるし、今決められるような話ではない。
『お前の将来のことを思ってのことだ。近々迎えに行くから準備しておきなさい。こっちでの仕事が残っているからそれが終わったら、俺と一緒にアメリカに行くんだ』
『で、でも……母さんが……』
『美月にはもう話してある』
『……母さんはなんて……』
『返事は貰えなかったが、どっちの暮らしがいいかなんて決まっているだろ』
連絡すると言って父はその場から立ち去った。
呆然と立ち尽くして、しばらくその場から動けない。久しぶりに会った父は私を連れてアメリカに行くという。
今よりも良い暮らしができる?私は別に今の暮らしに不満なんてない。
将来のことを思って?私の将来は私が決めるんじゃないの?
それからずっと昨日のことを考えてはいたが、学校ではできるだけ普通に振る舞っていた。誰にもこんな話なんてできるはずもなかった。
家に着いて、玄関のドアを開ける。
「ただい……ま」
家の中は電気がつけられ、リビングの扉から灯りが漏れていた。
今の時間はまだ母さんはお店にいる時間で私の他にこの家に誰かがいるなんて事あるはずがない。
できるだけ足音を立てずに静かにリビングの扉を開いた。
ソファに長い髪を下ろして座っている母さんがいた。
電気だけつけて、テレビや音楽もつけず頭を押さえて座る母さんは疲れた様子を見せている。
扉の開く音がしたからか母さんが振り返ってきた。
「涼………お帰りなさい」
「ただいま。母さんお店は?」
「ちょっと……体調が悪くて早めにしめたのよ」
「大丈夫?」
「うん。少し疲れてるだけだから、休めば大丈夫よ」
はぁっと息を吐いて、母さんは長い髪を払って片手で目元を覆った。
背負っていたリュックをダイニングテーブルの椅子に乗せて、冷蔵庫からお茶を取り出し2つのコップに注いだ。母さんの前にあるローテーブルにお茶を置いて私は床に座った。
「あの人……」
小さく母さんの口からこぼれるように呟いた。
「涼のところにも行ったの?」
父さんのことを言っているんだとすぐにわかった。
「うん。昨日会った」
「………なんて言われたの?」
「俺のところに来いって」
「………そう」
「でも、私行かない。アメリカなんて遠いし、今更父親の元に行きたいなんて思わない」
「…………」
ずっと母さんは片手で目元を覆ったまま俯いている。
はぁ……と母さんは深く息を吐いた。
「涼。あの人のところに行きなさい」
「え………」
「私のところにいるよりずっと良い暮らしができるわ。家のこともやらなくて良くなるし、バスケだって思う存分できるわよ」
「え、いや、私バスケできなくても良いし別に今の暮らしでも―――」
「疲れたのよ。もう……最近さらに忙しくなってきちゃったし、ここまで大きくなるまで育てたんだから十分じゃない。私も好きに遊びたいわよ。でも、あなたがいると頑張って働かないといけないじゃない?ずっとやってきたんだからもう私も休もうと思うのよ子育て。解放されたいのよ」
母さんの口からスラスラと出てくる言葉を私は静かに聞いていた。
疲れた。遊びたい。解放されたい。
それはそうだ。母さんだって人間だ。好きに遊びたいし、休みたい時だってある。幼かった私をここまで女手一つで育ててくれたんだ。
私のワガママでこれ以上母さんを苦しめるのは違う。
「………わかった」
それでも、込み上げてくるものがあって私は立ち上がると、椅子に乗せてたリュックを手に取り自分の部屋に入った。
母さんはずっと俯いたまま片手で目を覆っていた。
部屋に入った瞬間ポタポタと溢れてくる涙が止まらなかった。
リュックがドサッと床に落ちる。
フラフラと歩いてベッドに顔を埋めた。ベッドが涙を吸い取って、布団が私の声を抑えてくれる。
声を上げて泣くなんて何年もしていなかった。
それほどまでに母さんとの生活は満足していた。お店が休みの日には一緒に買い物だって行ったし、たまに作ってくれる料理も大好きだった。
お店に行けば、母さんが笑って迎えてくれるし、たまに揶揄ってくることがあっても最後は愛情があるって感じていた。
両手で布団を強く握りしめた。濡れていくベッド、顔を押し付けて止まらない涙を止めようとする。声も抑えつけるが引き攣った声が喉から漏れる。
泣いたって仕方ない。母さんの為だ。母さんにここまで育ててくれてありがとうと言わないといけない。
でも、今だけは………流れる涙をとめられない
最寄り駅の改札を出たところで、昨日のことを思い出していた。
『随分大きくなったじゃないか』
『うん』
『バスケやってるのか?』
『……うん』
『………』
『………』
会話が続かないからか、父さんは頭をボリボリかいた。
何年も会っていないし連絡すらなかった父に話すことなんて何もない。
楽しく会話なんてできるはずない。
『何しにきたの?』
ただ、私に会いにきたなんてことはないだろう。
最後に記憶しているあの頃より随分老けた顔をしている父を見る。
『あぁ。涼………俺のところに来なさい』
『え?』
何のことを言っているのかわからなかった。
『俺は今アメリカにいてね。生活も落ち着いている。向こうの学校もここよりレベルが高いが涼ならついていけるだろう。バスケだって本場だ。今よりもずっといい暮らしができる』
『え、いや……だって……』
急にそんなことを言われてもどうしたらいいのかわからない。
父さんのところに行く?アメリカ?
母のこともあるし、今決められるような話ではない。
『お前の将来のことを思ってのことだ。近々迎えに行くから準備しておきなさい。こっちでの仕事が残っているからそれが終わったら、俺と一緒にアメリカに行くんだ』
『で、でも……母さんが……』
『美月にはもう話してある』
『……母さんはなんて……』
『返事は貰えなかったが、どっちの暮らしがいいかなんて決まっているだろ』
連絡すると言って父はその場から立ち去った。
呆然と立ち尽くして、しばらくその場から動けない。久しぶりに会った父は私を連れてアメリカに行くという。
今よりも良い暮らしができる?私は別に今の暮らしに不満なんてない。
将来のことを思って?私の将来は私が決めるんじゃないの?
それからずっと昨日のことを考えてはいたが、学校ではできるだけ普通に振る舞っていた。誰にもこんな話なんてできるはずもなかった。
家に着いて、玄関のドアを開ける。
「ただい……ま」
家の中は電気がつけられ、リビングの扉から灯りが漏れていた。
今の時間はまだ母さんはお店にいる時間で私の他にこの家に誰かがいるなんて事あるはずがない。
できるだけ足音を立てずに静かにリビングの扉を開いた。
ソファに長い髪を下ろして座っている母さんがいた。
電気だけつけて、テレビや音楽もつけず頭を押さえて座る母さんは疲れた様子を見せている。
扉の開く音がしたからか母さんが振り返ってきた。
「涼………お帰りなさい」
「ただいま。母さんお店は?」
「ちょっと……体調が悪くて早めにしめたのよ」
「大丈夫?」
「うん。少し疲れてるだけだから、休めば大丈夫よ」
はぁっと息を吐いて、母さんは長い髪を払って片手で目元を覆った。
背負っていたリュックをダイニングテーブルの椅子に乗せて、冷蔵庫からお茶を取り出し2つのコップに注いだ。母さんの前にあるローテーブルにお茶を置いて私は床に座った。
「あの人……」
小さく母さんの口からこぼれるように呟いた。
「涼のところにも行ったの?」
父さんのことを言っているんだとすぐにわかった。
「うん。昨日会った」
「………なんて言われたの?」
「俺のところに来いって」
「………そう」
「でも、私行かない。アメリカなんて遠いし、今更父親の元に行きたいなんて思わない」
「…………」
ずっと母さんは片手で目元を覆ったまま俯いている。
はぁ……と母さんは深く息を吐いた。
「涼。あの人のところに行きなさい」
「え………」
「私のところにいるよりずっと良い暮らしができるわ。家のこともやらなくて良くなるし、バスケだって思う存分できるわよ」
「え、いや、私バスケできなくても良いし別に今の暮らしでも―――」
「疲れたのよ。もう……最近さらに忙しくなってきちゃったし、ここまで大きくなるまで育てたんだから十分じゃない。私も好きに遊びたいわよ。でも、あなたがいると頑張って働かないといけないじゃない?ずっとやってきたんだからもう私も休もうと思うのよ子育て。解放されたいのよ」
母さんの口からスラスラと出てくる言葉を私は静かに聞いていた。
疲れた。遊びたい。解放されたい。
それはそうだ。母さんだって人間だ。好きに遊びたいし、休みたい時だってある。幼かった私をここまで女手一つで育ててくれたんだ。
私のワガママでこれ以上母さんを苦しめるのは違う。
「………わかった」
それでも、込み上げてくるものがあって私は立ち上がると、椅子に乗せてたリュックを手に取り自分の部屋に入った。
母さんはずっと俯いたまま片手で目を覆っていた。
部屋に入った瞬間ポタポタと溢れてくる涙が止まらなかった。
リュックがドサッと床に落ちる。
フラフラと歩いてベッドに顔を埋めた。ベッドが涙を吸い取って、布団が私の声を抑えてくれる。
声を上げて泣くなんて何年もしていなかった。
それほどまでに母さんとの生活は満足していた。お店が休みの日には一緒に買い物だって行ったし、たまに作ってくれる料理も大好きだった。
お店に行けば、母さんが笑って迎えてくれるし、たまに揶揄ってくることがあっても最後は愛情があるって感じていた。
両手で布団を強く握りしめた。濡れていくベッド、顔を押し付けて止まらない涙を止めようとする。声も抑えつけるが引き攣った声が喉から漏れる。
泣いたって仕方ない。母さんの為だ。母さんにここまで育ててくれてありがとうと言わないといけない。
でも、今だけは………流れる涙をとめられない
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる