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三
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「何を馬鹿なことを。なぜ私が愛する女を手に掛けると思うのか」
「ですが、貴方の剣からメリアンテ様の魔力の痕跡が残ってます」
皆の視線が王太子の腰にある剣に集まった。
「失礼します」
「おい、」
王宮騎士が王太子から剣を取り上げた。
剣を抜こうとしても上手く抜けない。
鞘から力任せに無理やり抜いて、赤黒い血がこびり付いている刃を確認した。
「…やはり、この血痕の魔力の残渣は、メリアンテ様の身体に残る魔力と同一ですね」
「はっ!?違う!私がメリアンテを斬るはずがないだろう!?」
「ならば、この剣で誰を斬ったのですか」
「それは、」
王太子は言葉を切った。
公爵の目があった。
ただの平民を斬ったことに後悔はない。
約束を果たさなかったことに僅かな後ろめたさはあった。
「ギルバート…なのですね」
沈黙の答えで、公爵は知った。
「…ならば、メリアンテを殺したのは、殿下です」
射殺さんばかりに睨みつけられる。
「何を言う」
「公爵、どういうことですか?」
王太子と魔導医は公爵に目を向けた。
「メリアとギルバートは、魔力の共有をしていました。
娘は…過去に泉で溺れた時、泉の魔物にメリアは魔力を作り出す器官ごと奪われました。魔力欠乏で死にかけていたメリアに己の魔力を流し込んで救ったのが…ギルバートでした」
「泉…」
泉と聞いて、王太子は平民がメリアンテを助けたというあの事故を思い出した。
きれいな泉があると、国内視察の途中に通りがかりに見かけて妃教育の一環として同乗していたメリアンテを泉に引っ張って連れて行ったのは王太子だった。
あれをきっかけにメリアンテの体調に不安が現れた。
王太子は、あの場所へメリアンテを連れていかなければよかったと考えたことは幾度もあったが…。
「ギルバートからの定期的な魔力の補給がなければ、メリアンテは魔力欠乏で衰弱します。
常にギルバートを側に置かねば命の危険のあるメリアンテを、王妃にするには無理がある為、婚約の辞退を何度も申し入れたのです」
公爵は冷たくなっていく娘の身体を擦り温めてやる。
そうすることで息を吹き返してくれる希望を抱かずにはいられなかった。
王太子には、作り話としか思えなかった。
メリアンテの側に平民を置くために必要な。
…しかし、何のために。
王太子の行き詰まった考えを他所に、魔導医は「なるほど」と頷いた。
「確かに、メリアンテ様のご遺体には魔力を生み出す器官がありませんでした。公爵の発言で納得致しました。
しかし…どうしてもっと早くその事を告げなかったのですか?」
そうだ。
もし、そんなこと知らされていればそれ相応の対処した。
今になってそんな馬鹿げた話をされても。
「…当時、助けられたメリアンテの状態を診たのは王宮の治癒師です。彼らはメリアンテを『異常なし』と判断しました。娘のことよりも、王太子を溺れさせたことの方が重大でしたから、娘の診断はおざなりだったのでしょう」
王太子は気を失っていた間のことは知らない。
引き上げられた王太子に群がっていた当時の従者らは、王太子と入れ替わりに泉に落ちたメリアンテを見てはいなかった。
近くに住むギルバートが、騒ぐ従者の声で、溺れるメリアンテに気づかなければ、溺れて泉の底に沈むか、もしくは魔物に食われて亡くなっていたと公爵は人伝に聞いた事を語る。
「そうですね…。きっと同行していた治癒師は外傷しか診ませんし、それ以外は治せませんから。…なるほど。王宮の治癒師が問題なしと判断したのなら、それを疑うような発言はできませんね」
ふんと魔導医は治癒師らに向かって鼻で笑う。
「我々に診せて貰えれば、適切に対処できたでしょうが」
「…我々とて知っていれば緊急処置程度は」
治癒師らが苦々しく魔導医を睨む。
今更知ったところで、全て遅いのだ。
「まぁ、なにより…メリアンテ様の状態を瞬時に把握して魔力を流したその平民は、魔術師として魔導医としても素質があったのでしょう。この国の、王宮の治癒師などよりも」
騎士の持つ、血に汚れた剣を見つめて魔導医はこぼした。
この国は一つ惜しい人材を失った、と。
王太子は動けなかった。
魔導医はさも当然のように話を勧めていく。
公爵の言葉を疑うような態度は見せていない。
まさか、本当に…?
公爵に抱かれたままのメリアンテはピクリとも動かない。
きつく父に抱かれ、苦しいと身じろぎも見せない。
これは現実なのか。
足元から冷えていくような感覚に陥った。
「ですが、貴方の剣からメリアンテ様の魔力の痕跡が残ってます」
皆の視線が王太子の腰にある剣に集まった。
「失礼します」
「おい、」
王宮騎士が王太子から剣を取り上げた。
剣を抜こうとしても上手く抜けない。
鞘から力任せに無理やり抜いて、赤黒い血がこびり付いている刃を確認した。
「…やはり、この血痕の魔力の残渣は、メリアンテ様の身体に残る魔力と同一ですね」
「はっ!?違う!私がメリアンテを斬るはずがないだろう!?」
「ならば、この剣で誰を斬ったのですか」
「それは、」
王太子は言葉を切った。
公爵の目があった。
ただの平民を斬ったことに後悔はない。
約束を果たさなかったことに僅かな後ろめたさはあった。
「ギルバート…なのですね」
沈黙の答えで、公爵は知った。
「…ならば、メリアンテを殺したのは、殿下です」
射殺さんばかりに睨みつけられる。
「何を言う」
「公爵、どういうことですか?」
王太子と魔導医は公爵に目を向けた。
「メリアとギルバートは、魔力の共有をしていました。
娘は…過去に泉で溺れた時、泉の魔物にメリアは魔力を作り出す器官ごと奪われました。魔力欠乏で死にかけていたメリアに己の魔力を流し込んで救ったのが…ギルバートでした」
「泉…」
泉と聞いて、王太子は平民がメリアンテを助けたというあの事故を思い出した。
きれいな泉があると、国内視察の途中に通りがかりに見かけて妃教育の一環として同乗していたメリアンテを泉に引っ張って連れて行ったのは王太子だった。
あれをきっかけにメリアンテの体調に不安が現れた。
王太子は、あの場所へメリアンテを連れていかなければよかったと考えたことは幾度もあったが…。
「ギルバートからの定期的な魔力の補給がなければ、メリアンテは魔力欠乏で衰弱します。
常にギルバートを側に置かねば命の危険のあるメリアンテを、王妃にするには無理がある為、婚約の辞退を何度も申し入れたのです」
公爵は冷たくなっていく娘の身体を擦り温めてやる。
そうすることで息を吹き返してくれる希望を抱かずにはいられなかった。
王太子には、作り話としか思えなかった。
メリアンテの側に平民を置くために必要な。
…しかし、何のために。
王太子の行き詰まった考えを他所に、魔導医は「なるほど」と頷いた。
「確かに、メリアンテ様のご遺体には魔力を生み出す器官がありませんでした。公爵の発言で納得致しました。
しかし…どうしてもっと早くその事を告げなかったのですか?」
そうだ。
もし、そんなこと知らされていればそれ相応の対処した。
今になってそんな馬鹿げた話をされても。
「…当時、助けられたメリアンテの状態を診たのは王宮の治癒師です。彼らはメリアンテを『異常なし』と判断しました。娘のことよりも、王太子を溺れさせたことの方が重大でしたから、娘の診断はおざなりだったのでしょう」
王太子は気を失っていた間のことは知らない。
引き上げられた王太子に群がっていた当時の従者らは、王太子と入れ替わりに泉に落ちたメリアンテを見てはいなかった。
近くに住むギルバートが、騒ぐ従者の声で、溺れるメリアンテに気づかなければ、溺れて泉の底に沈むか、もしくは魔物に食われて亡くなっていたと公爵は人伝に聞いた事を語る。
「そうですね…。きっと同行していた治癒師は外傷しか診ませんし、それ以外は治せませんから。…なるほど。王宮の治癒師が問題なしと判断したのなら、それを疑うような発言はできませんね」
ふんと魔導医は治癒師らに向かって鼻で笑う。
「我々に診せて貰えれば、適切に対処できたでしょうが」
「…我々とて知っていれば緊急処置程度は」
治癒師らが苦々しく魔導医を睨む。
今更知ったところで、全て遅いのだ。
「まぁ、なにより…メリアンテ様の状態を瞬時に把握して魔力を流したその平民は、魔術師として魔導医としても素質があったのでしょう。この国の、王宮の治癒師などよりも」
騎士の持つ、血に汚れた剣を見つめて魔導医はこぼした。
この国は一つ惜しい人材を失った、と。
王太子は動けなかった。
魔導医はさも当然のように話を勧めていく。
公爵の言葉を疑うような態度は見せていない。
まさか、本当に…?
公爵に抱かれたままのメリアンテはピクリとも動かない。
きつく父に抱かれ、苦しいと身じろぎも見せない。
これは現実なのか。
足元から冷えていくような感覚に陥った。
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