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八
侯爵は夜会の会場で、床に張り付いたままの息子を見つめていた。
今まではなんとも思っていなかった。
似ているなどと思ったこともなかった。
息子が伴侶に望んだ伯爵令嬢のヒルデを、大人しく控えめな令嬢位にしか思っていなかった。
天真爛漫なララージャとは、似ても似つかない。
それが違ったと気づいたのは、たった今。
ララージャが誰にでも見せていた、男を魅了する笑顔を、ヒルデは向けた。
たった一人の婚約者だけに。
縁もなかった辺境伯の子息グリフォリオンを憎々しく、羨ましく思う。
あの笑顔が自分だけに向けられたならー…
『これであの子は逃げ切れたわね。辺境伯の息子なら安心だわ』
侯爵の耳に懐かしい声が聞こえた。
『アンタの息子と結婚なんて絶対に認めない』
侯爵はぐるりと周囲を見回すが、声の主は見えない。
ぶわりと鳥肌が立つ。
『私を殺したアンタと可愛い姪が義親子になるなんて認めない』
二十年間、誰にも疑われたことはなかった。
ララージャは無理心中した男に殺された、と。
『死ねば誰のものにもならないから、とかなんとか言ってたようだけれど』
侯爵を魅了し続けた愛らしい声が、耳元に近づいてくる。
『無理心中に見せかけるために、アンタが殺した男。可愛い姪の幸せを見届ける為、現世に留まる私にずっと付き合ってくれているのよ。ね?』
『ああ。俺はなんで殺されたのか当時はわかんなかったけれど。好きだったララージャをこんなに長い間独り占めさせてくれた事は感謝してます。ララは到底手の届かない高嶺の花でしたから』
『ふふ、そうね。二十年もずぅっとふたりきりだもの』
ありえない。
ララージャの声と、男爵家の子息だった男の声が聞こえてくる。
侯爵が、想うあまりに手にかけた女と、その罪を着せた男の声。
二人を殺めた直後ならまだしも…二十年も経ってこのような幻聴が聞こえるなんて。
それも、恨み言ならまだよかった。
憎悪でも、思われていたのならば。
リップ音の後に、絡み合うような粘着音が聞こえる。
幻聴だ。
そんなわけがないのに。
既に亡くなっているはずの愛した女の甘い声が聞こえてくるなんて。
『生者に、ふれることは…んっ…出来ないけど』
『霊体同士なら触れ合える。ねぇ?ララ』
愛した女が、啼きながら愛しげに殺した男の名を呼ぶ声が耳にまとわりつく。
『好き、…ル愛してる』
『俺もだよ』
侯爵は急に叫び、その場で倒れた。
鬱々とララージャの名を呟くようになった侯爵と、夜会での失態を犯したビリョークらを揶揄うように、『侯爵家は悪女病に侵されたのだ』と噂されるようになった。
今まではなんとも思っていなかった。
似ているなどと思ったこともなかった。
息子が伴侶に望んだ伯爵令嬢のヒルデを、大人しく控えめな令嬢位にしか思っていなかった。
天真爛漫なララージャとは、似ても似つかない。
それが違ったと気づいたのは、たった今。
ララージャが誰にでも見せていた、男を魅了する笑顔を、ヒルデは向けた。
たった一人の婚約者だけに。
縁もなかった辺境伯の子息グリフォリオンを憎々しく、羨ましく思う。
あの笑顔が自分だけに向けられたならー…
『これであの子は逃げ切れたわね。辺境伯の息子なら安心だわ』
侯爵の耳に懐かしい声が聞こえた。
『アンタの息子と結婚なんて絶対に認めない』
侯爵はぐるりと周囲を見回すが、声の主は見えない。
ぶわりと鳥肌が立つ。
『私を殺したアンタと可愛い姪が義親子になるなんて認めない』
二十年間、誰にも疑われたことはなかった。
ララージャは無理心中した男に殺された、と。
『死ねば誰のものにもならないから、とかなんとか言ってたようだけれど』
侯爵を魅了し続けた愛らしい声が、耳元に近づいてくる。
『無理心中に見せかけるために、アンタが殺した男。可愛い姪の幸せを見届ける為、現世に留まる私にずっと付き合ってくれているのよ。ね?』
『ああ。俺はなんで殺されたのか当時はわかんなかったけれど。好きだったララージャをこんなに長い間独り占めさせてくれた事は感謝してます。ララは到底手の届かない高嶺の花でしたから』
『ふふ、そうね。二十年もずぅっとふたりきりだもの』
ありえない。
ララージャの声と、男爵家の子息だった男の声が聞こえてくる。
侯爵が、想うあまりに手にかけた女と、その罪を着せた男の声。
二人を殺めた直後ならまだしも…二十年も経ってこのような幻聴が聞こえるなんて。
それも、恨み言ならまだよかった。
憎悪でも、思われていたのならば。
リップ音の後に、絡み合うような粘着音が聞こえる。
幻聴だ。
そんなわけがないのに。
既に亡くなっているはずの愛した女の甘い声が聞こえてくるなんて。
『生者に、ふれることは…んっ…出来ないけど』
『霊体同士なら触れ合える。ねぇ?ララ』
愛した女が、啼きながら愛しげに殺した男の名を呼ぶ声が耳にまとわりつく。
『好き、…ル愛してる』
『俺もだよ』
侯爵は急に叫び、その場で倒れた。
鬱々とララージャの名を呟くようになった侯爵と、夜会での失態を犯したビリョークらを揶揄うように、『侯爵家は悪女病に侵されたのだ』と噂されるようになった。
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