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第二章
冥界
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瞬間移動したアンクは、再び海の中で目を開ける。
(?!! 国が沈んでおる! 一体、何が……)
神殿。それに巨大な三角錐の墓が、幾つか見えた。村はなく、おそらく神殿内にあったであろう、無数の宝石が海底を埋めていた。
アンクはギュッと目を瞑る。国が沈んだということは、当然民も死んだということなのだ。海水で腐敗の進む中、底に重なる人間の中には知った顔もいくつかあった。アンクは彼らを墓のそばに丁寧に並べ、呪文を唱える。すると魂の核が海中に数多浮かび上がり、アンクはそれをかき集めた。
(まだ間に合うか……彼らの魂を冥界に送らねば。天空の扉は、どこだ)
アンクは瓦礫を退かす。人々の腐敗状況から見て、国が海に沈んだのは最近だとアンクは思った。そして同時に、己の無力さを悔いる。不老不死、瞬間移動。命を生み出せても、ひとりでは成り立たない。神と呼ばれるには力が無さすぎるのだと。
アンクはなんとか天空の扉を見つけ出すと、目を閉じて祈った。
“創造主ラーよ。その扉を開き給え”
真っ白な空間に頭を突っ込む。水中でバタバタと足を動かしていたのが、いつの間にか地に足をつけていた。アンクは道を進みながら、考えを巡らせる。
冥界を訪れるのは数百年ぶりだ。昔は霊魂崇拝の儀などという堅苦しいものはなく、毎日好きな時に、好きなだけ魂を冥界に持っていくことが可能だった。
オシリスの記憶の中で裁きの間と呼ばれていた場所、そこは以前『正義の間』と呼ばれていた。生前に凶悪な罪を犯した者や、薬物で魂を穢した者は、楽園へは逝けない。正義の間は、その彷徨う魂を管理する場所だった。
その頃は、正義の間への道中にホルス神やメンチュ神、まして蜘蛛のアンはいなかった。その為、汚れた魂は正義の間の隅に重ねられ、自然と朽ちるのを待つだけだったのだ。
アンクは歩みを進めながら、オシリスの記憶に見た炎の池や鉄杭の門を探した。だがそれらは見つかることなく、すぐに最後の門まで辿り着く。扉を開けると、真っ白な光の先に四つの影が見えた。
「ほう、アンクではないか。久しぶりだのう」
アンクは片膝をつく。
「お久しゅうございます、ラー神様。本日は私が持つこの魂を、どうか楽園へお導き頂きたく参りました」
ラーは傅くアンクを見ると、顎を触りながら目を細めた。
「アンクよ、随分大量に持ってきたな。処理の間待つのも退屈ぞ、こちらでやっておく故、そなたは先へ進み帰るといい」
「いえ、私のことはお気になさらず」
「帰れと申すに」
「見届けまする」
食い気味に返事をしたアンク。顔を上げると、そのまま言葉を続ける。
「マアト神、アヌビス神。私がここに居ることに、何か問題がありますか」
ふたりはなにも言わない。目の前に構える天秤は、些か覇気がないように思えた。
「私が知っている正義の間とは、随分雰囲気が変わりました。天秤はくたびれ、部屋の隅には朽ちるのを待つ魂もない。ここへ連れられた魂は、本当に楽園へ導かれているのでしょうか」
ラーはたまらず声を上げた。
「説明する義務はない。創造主の我が下がれと言っておる、問答無用に下がりゃあ!」
「そなたの真の姿を見せよ!」
「な、なんだと?!」
ラーの姿をしたそれは、一歩、また一歩と後ろへ距離を取った。アンクは立ち上がり、鋭い視線を向ける。
「ずっと考えていた。私が知るメンチュ神は守護の神、人の心臓を喰らうような邪神なはずはない。それにホルス……ホルスなどという神は聞いたことがないのだ。あの後光、声色。姿形は違えど、あのホルスという神はラー神様とお見受けしたぞ!」
その時。
「ウゥゥゥゥゥ……」
気配を感じたアンクは、顔を上げた。頭上から大きな唸り声と共に、巨大な黒い塊が降ってきたのだ。
(?!! 国が沈んでおる! 一体、何が……)
神殿。それに巨大な三角錐の墓が、幾つか見えた。村はなく、おそらく神殿内にあったであろう、無数の宝石が海底を埋めていた。
アンクはギュッと目を瞑る。国が沈んだということは、当然民も死んだということなのだ。海水で腐敗の進む中、底に重なる人間の中には知った顔もいくつかあった。アンクは彼らを墓のそばに丁寧に並べ、呪文を唱える。すると魂の核が海中に数多浮かび上がり、アンクはそれをかき集めた。
(まだ間に合うか……彼らの魂を冥界に送らねば。天空の扉は、どこだ)
アンクは瓦礫を退かす。人々の腐敗状況から見て、国が海に沈んだのは最近だとアンクは思った。そして同時に、己の無力さを悔いる。不老不死、瞬間移動。命を生み出せても、ひとりでは成り立たない。神と呼ばれるには力が無さすぎるのだと。
アンクはなんとか天空の扉を見つけ出すと、目を閉じて祈った。
“創造主ラーよ。その扉を開き給え”
真っ白な空間に頭を突っ込む。水中でバタバタと足を動かしていたのが、いつの間にか地に足をつけていた。アンクは道を進みながら、考えを巡らせる。
冥界を訪れるのは数百年ぶりだ。昔は霊魂崇拝の儀などという堅苦しいものはなく、毎日好きな時に、好きなだけ魂を冥界に持っていくことが可能だった。
オシリスの記憶の中で裁きの間と呼ばれていた場所、そこは以前『正義の間』と呼ばれていた。生前に凶悪な罪を犯した者や、薬物で魂を穢した者は、楽園へは逝けない。正義の間は、その彷徨う魂を管理する場所だった。
その頃は、正義の間への道中にホルス神やメンチュ神、まして蜘蛛のアンはいなかった。その為、汚れた魂は正義の間の隅に重ねられ、自然と朽ちるのを待つだけだったのだ。
アンクは歩みを進めながら、オシリスの記憶に見た炎の池や鉄杭の門を探した。だがそれらは見つかることなく、すぐに最後の門まで辿り着く。扉を開けると、真っ白な光の先に四つの影が見えた。
「ほう、アンクではないか。久しぶりだのう」
アンクは片膝をつく。
「お久しゅうございます、ラー神様。本日は私が持つこの魂を、どうか楽園へお導き頂きたく参りました」
ラーは傅くアンクを見ると、顎を触りながら目を細めた。
「アンクよ、随分大量に持ってきたな。処理の間待つのも退屈ぞ、こちらでやっておく故、そなたは先へ進み帰るといい」
「いえ、私のことはお気になさらず」
「帰れと申すに」
「見届けまする」
食い気味に返事をしたアンク。顔を上げると、そのまま言葉を続ける。
「マアト神、アヌビス神。私がここに居ることに、何か問題がありますか」
ふたりはなにも言わない。目の前に構える天秤は、些か覇気がないように思えた。
「私が知っている正義の間とは、随分雰囲気が変わりました。天秤はくたびれ、部屋の隅には朽ちるのを待つ魂もない。ここへ連れられた魂は、本当に楽園へ導かれているのでしょうか」
ラーはたまらず声を上げた。
「説明する義務はない。創造主の我が下がれと言っておる、問答無用に下がりゃあ!」
「そなたの真の姿を見せよ!」
「な、なんだと?!」
ラーの姿をしたそれは、一歩、また一歩と後ろへ距離を取った。アンクは立ち上がり、鋭い視線を向ける。
「ずっと考えていた。私が知るメンチュ神は守護の神、人の心臓を喰らうような邪神なはずはない。それにホルス……ホルスなどという神は聞いたことがないのだ。あの後光、声色。姿形は違えど、あのホルスという神はラー神様とお見受けしたぞ!」
その時。
「ウゥゥゥゥゥ……」
気配を感じたアンクは、顔を上げた。頭上から大きな唸り声と共に、巨大な黒い塊が降ってきたのだ。
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