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1986年

目覚めるとそこは

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 頬に衝撃を感じたアンクは、ゆっくり瞼を開ける。誰かに叩かれたようだ。

「よかった、生きてる。あんた酔っ払いか?」

 思いの外近いところに顔があったことに驚きながらも、アンクは只々瞬きを繰り返す。

「変な仮装して。どっちにしても、こんなところに寝られちゃ困るよ。どいたどいた!」

 男は箒で掃き出すように、アンクをつついた。

「あわ! すまぬ、ここはどこだ」
「すまぬ? ……けったいな奴。ここは新宿だよ」

 男は面倒くさそうにそう答えると、建物の中に消えて行った。アンクは立ち上がる。そして同時に、床に違和感を覚えた。

「冷たい……」

 裸足の足元に広がる地面は、土ではない。

「これは……鉄板か? それとも鉛——」

 
 ブォン、ダダダダっ!

 
 響く重低音に顔を上げると、アンクは目の前の現象に首を傾げる。

(気のせいか。何かが物凄いスピードで、通り過ぎて行ったような)

 アンクは音のする方へと向かい、ペタペタと足を進める。その間、左側に並ぶ建物の引き戸が開き、何人か人が出入りした。

「ごちそうさん、また来るよ!」

 頬を赤く染める人々からは、微かにアルコールの香りがする。彼らは怪訝な眼差しでアンクを見ていた。

(変わった着物だ……ここは洞窟? あれは空か? 夜空に見えるが、星はない。あ、また何か通り過ぎたぞ)

 アンクは引き寄せられるように、道の端まで歩みを進める。そしてその先に広がっていた光景に、口をあんぐり開けた。
 
 光るネオン。整備された道に、タクシーのブレーキランプが並ぶ中、その横をオートバイがすり抜ける。無数の笑い声に、タバコの煙。店先に並ぶテレビに映る映像。
 
 アンクは眼球を動かし続けるも、その異様な世界に情報処理が追いつかなかった。

(シンジュク……ここは一体……)

 その時、幾分見慣れたドレスを纏った女性が、建物から出て来た。アンクは慌てて声をかける。

「すまぬが、少し訊いても良いか」

 女性はアンクに気付くと、足元から頭までをゆっくり見た。

「わお、凄い格好。仮装パーティーでもしてらしたの?」

 ドレスの女性は、アンクの尖った耳に触れる。

「これ凄い、本物みたい。どうなってるのかしら」

 アンクはいきなり触れられたことに警戒心を強め、一歩引いた。

「こ、ここは一体何処だ」
「新宿ですわ」
「それは先ほど聞いた」
「ああ、ここ? ここはクラブ。お兄さんもしかして、こういう場所は初めて? あ! 緊張してそんな格好して来たとか。裸足はちょっとインパクトあるけど……まあいいわ、入って」

 アンクは促されるまま、あれよあれよと建物に入る。その先に広がっていた景色に、アンクは再び阿保みたいに口を開けた。そしてある結論に辿り着く。

 
「まるで神殿……そうか! これはジェロス様の催しか!」

 
 突然の声に、店内の注目がアンクに集まる。するとそそくさと近づいて来た女性が、小声で囁いた。

「ちょ、ちょっと典子さん。こんな方、他のお客様のご迷惑になる。すぐにお引き取り頂きなさい」
「そう? あの人の服、ママの趣味でなんか見たことあるし、高価そうな宝石の耳飾りつけてるし、なんか面白いかなって」
「面白くない! あんなゴツゴツな耳飾り、ルビーやサファイヤに見えるのも、きっとまがいものよ! 怪しすぎるわ!」

 揉める女性たち。その後ろから近づいて来る影に、場内が小さく沸いた。

 
「一体、何の騒ぎかしら」
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