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1986年
クラブエスナ、冬子
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薄紫の着物から、透き通るほど白い肌が覗けば、それに映える紅い唇。切れ長な目、瞳は深い緑色に見えた。
「あら。今夜は肌寒い風が吹きますのに、随分腕白なお召し物ですね」
「わんぱく……」
アンクが意味を考えていると、女性は自ら名乗った。
「クラブエスナ、ママの冬子と申します。此処はお酒と優美な時間を提供する場所。もしお気に召しましたらどうぞ、お席にご案内致しますよ」
「しかし、先ほど迷惑になると言われたばかり。それに私は神殿には出入り禁止故、中に進むわけには——」
「周りの目が気になるのでしたら、どうぞ奥に。少しばかりお話し致しましょう?」
アンクは冬子の後に続き、店の中央を突っ切る。注目を浴びていることをひしひしと感じながらも、案内された扉を潜った。
そこにはL字型のテーブルがひとつ、それからクリーム色のソファーがあった。アンクは壁際に飾られた絵やアイテムに気を取られながらも、椅子に座る。
「少し、お待ちくださいね」
冬子が部屋を出ていくと、残されたアンクは頭を抱えた。同時におしぼりを手に取る。
「意味がわからぬ。濡れて丸まっているこの布から、なぜ花の香りがするのだ? それにこのテーブル、木のように見えて木ではない……木目の感触がないぞ」
アンクがあたふたしていると、冬子が黒服を引き連れてやってきた。
「お飲み物は、普段何を? 焼酎でよろしいのかしら」「ショウチュ?」
聞きなれない単語に、首を傾げるアンク。それを見て、冬子は黒服に指示をすると、男はお辞儀をして部屋を出て行った。部屋には冬子と二人きりだ。
「とりあえず。乾杯、しましょうね」
冬子はグラスに氷と焼酎を入れるとかき混ぜ、その上からミネラルウォータを注ぐ。アンクはその様子を、食い入るように見つめていた。
「どうぞ」
「水……ではない。アルコールかな」
「お口に合えば良いのですが」
アンクは恐る恐るグラスに口をつける。喉に感じる熱に、思わず眉をひそめた。
「これは……なかなか変わった味だな。この入れ物は一体なんだ? 色もなく、向こうの景色も透けて見える。どうして水を留めておけるのだ」
グラスをいろんな角度から眺めるアンクに、冬子は嬉しそうにクスクス笑った。
「あなた、まるでタイムスリップしてきたみたい」
「タイムスリップ?」
「遠い昔から来たみたい、って意味です」
アンクは頭をフル回転させ、冬子に質問を投げかける。
「この国の名は?」
「日本」
「そなたは人間か?」
「はい、人間です」
冬子はまたクスクス笑う。同時に何かを思いついたように、両手を合わせた。
「あなたの格好を見てピンときたの。私ね、古代エジプトの文明や、装飾に興味があって。ほら、転生? その為に死んだ後も身体をミイラにして残しておくなんて、命に対して凄い執着だと思いません?」
冬子は棚に飾られている胸像を手で示した。
「私が一番好きなのは、やっぱりネフェルティティ。絶世の美女でありながら頭も良く、王を裏で操っていた強い女性よ」
アンクは勢いよく立ち上がった。その胸像の顔は、どう見てもジェロスだったからだ。
(ジェロス様がミイラに……亡くなられたのか? 身体は何処だ)
戸惑いながら辺りを見回すアンクを横目に、冬子は話を続ける。
「あとはファッションね。化粧や装飾はもとより、それらが似合うようにパックしたり、身を清めたりセルフプロデュースを怠らないの。これはほんの一部なんだけど——」
冬子は持ってきた袋から、本や集めた装飾をテーブルの上に広げていく。手に取った本をペラペラめくると、アンクは勢いよく立ち上がった。
「オシリス! なぜそなたがこんなところに!」
「あら。今夜は肌寒い風が吹きますのに、随分腕白なお召し物ですね」
「わんぱく……」
アンクが意味を考えていると、女性は自ら名乗った。
「クラブエスナ、ママの冬子と申します。此処はお酒と優美な時間を提供する場所。もしお気に召しましたらどうぞ、お席にご案内致しますよ」
「しかし、先ほど迷惑になると言われたばかり。それに私は神殿には出入り禁止故、中に進むわけには——」
「周りの目が気になるのでしたら、どうぞ奥に。少しばかりお話し致しましょう?」
アンクは冬子の後に続き、店の中央を突っ切る。注目を浴びていることをひしひしと感じながらも、案内された扉を潜った。
そこにはL字型のテーブルがひとつ、それからクリーム色のソファーがあった。アンクは壁際に飾られた絵やアイテムに気を取られながらも、椅子に座る。
「少し、お待ちくださいね」
冬子が部屋を出ていくと、残されたアンクは頭を抱えた。同時におしぼりを手に取る。
「意味がわからぬ。濡れて丸まっているこの布から、なぜ花の香りがするのだ? それにこのテーブル、木のように見えて木ではない……木目の感触がないぞ」
アンクがあたふたしていると、冬子が黒服を引き連れてやってきた。
「お飲み物は、普段何を? 焼酎でよろしいのかしら」「ショウチュ?」
聞きなれない単語に、首を傾げるアンク。それを見て、冬子は黒服に指示をすると、男はお辞儀をして部屋を出て行った。部屋には冬子と二人きりだ。
「とりあえず。乾杯、しましょうね」
冬子はグラスに氷と焼酎を入れるとかき混ぜ、その上からミネラルウォータを注ぐ。アンクはその様子を、食い入るように見つめていた。
「どうぞ」
「水……ではない。アルコールかな」
「お口に合えば良いのですが」
アンクは恐る恐るグラスに口をつける。喉に感じる熱に、思わず眉をひそめた。
「これは……なかなか変わった味だな。この入れ物は一体なんだ? 色もなく、向こうの景色も透けて見える。どうして水を留めておけるのだ」
グラスをいろんな角度から眺めるアンクに、冬子は嬉しそうにクスクス笑った。
「あなた、まるでタイムスリップしてきたみたい」
「タイムスリップ?」
「遠い昔から来たみたい、って意味です」
アンクは頭をフル回転させ、冬子に質問を投げかける。
「この国の名は?」
「日本」
「そなたは人間か?」
「はい、人間です」
冬子はまたクスクス笑う。同時に何かを思いついたように、両手を合わせた。
「あなたの格好を見てピンときたの。私ね、古代エジプトの文明や、装飾に興味があって。ほら、転生? その為に死んだ後も身体をミイラにして残しておくなんて、命に対して凄い執着だと思いません?」
冬子は棚に飾られている胸像を手で示した。
「私が一番好きなのは、やっぱりネフェルティティ。絶世の美女でありながら頭も良く、王を裏で操っていた強い女性よ」
アンクは勢いよく立ち上がった。その胸像の顔は、どう見てもジェロスだったからだ。
(ジェロス様がミイラに……亡くなられたのか? 身体は何処だ)
戸惑いながら辺りを見回すアンクを横目に、冬子は話を続ける。
「あとはファッションね。化粧や装飾はもとより、それらが似合うようにパックしたり、身を清めたりセルフプロデュースを怠らないの。これはほんの一部なんだけど——」
冬子は持ってきた袋から、本や集めた装飾をテーブルの上に広げていく。手に取った本をペラペラめくると、アンクは勢いよく立ち上がった。
「オシリス! なぜそなたがこんなところに!」
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