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「初めは俺も信じませんでした。アニメやドラマじゃあるまいし、人の外見と中身が入れ替わるなんて話。でも彼女、川村泉は、俺と陽子しか知り得ない情報をいくつも知っていた。顔こそ違えど、喋り方や雰囲気は陽子そのものだったんです。彼女は言いました。自分は誘拐監禁されて、その際窓から見えた景色を頼りにこの場所を見つけたって。でも、嘘だ。この部屋に窓はない。彼女は最初から、俺をここに閉じ込めるつもりだったんですよ。だから——」
その時、話を遮るように洗濯機が乾燥終了の音を上げる。ビービーと大きめなその音にすら、東伍は嘲笑されている錯覚を覚えた。
身体の力が抜け、東伍はメスを握る腕を降ろす。それを見たジンもまた、広げた両手を下げた。
「あなたが言った通り、陽子が誘拐されたなんて事実は存在しないのかも。陽子は俺と別れたかっただけで、今もどこかで元気にしていて……でも、だったら言ってくれたらよかったのに。そう思いません? なにもわざわざプロポーズを受けた後、しかもクリスマスイブに姿を消したりしなくても。俺、そんなに甲斐性なかったんですかね」
「さあね。それか、あんたが実はとんでもなく極悪非道だった、とか」
「え?」
気の抜けた東伍の顔を一瞥しつつ、ジンは床に落ちた肉片を拾って流し台に乗せ、手を洗った。そうして、今度は乾燥の済んだ東伍の衣類を取り出すと、皺を伸ばすように手で挟む。
「だってそうだろう? こんな事をするには相当な恨みがなきゃ。心当たりないの? 過去に付き合った女性に酷いことしたとか、実は二股かけていたとか」
「俺はそんなことっ」
「じゃあ、逆パターン。その陽子って女には別に男がいて、プロポーズされた途端あんたが邪魔になったんだ。だから小瀬と女子高生を使って、あんたを消しに掛かった」
「そんな。大体、陽子と小瀬に何の繋がり、が……」
“私は彼に会った事があるわ”
東伍は思い出す。
「さっき陽子、昔精神科に通っていたことがあるって。小瀬にも会ったことがある、そう言っていました」
「へえ。昔って、いつ頃の話だろうね。僕は十五年間この場所にいるから、もしクリニックに通っていたのなら、顔を見れば思い出せるかもしれないけど」
はい、と服を差し出すジン。
「とりあえず、落ち着いたんなら着替えたら? お肉も食べないと勿体無い。命は大切にしなきゃね」
「で、でもその肉は」
「あのね。僕みたいな非力な男に、人間を解体するなんて力技が出来るわけないだろ? 僕は死んでる個体に触ることはできても、生き物はムリ。虫唾が走る。人を殺す、ましてや触れるなんて行為は論外だ」
殺すよりも触れる方が無理なのか、と変な疑問が湧いたが、流石の東伍も口には出さない。
少しくしゃくしゃなままのシャツとズボン、それから黒のカーディガンを羽織る東伍を横目に、ジンは話を続ける。
「炊事も掃除も洗濯も、一通りの家事は自分でできる。他人が調理したものは口にできないから、前までは二週に一度、ここに食材を届けてもらっていたんだ。肉はちゃんと冷凍処理したものだから、安心していい」
二週に一度。その言葉に、東伍の表情が晴れる。
「それなら待っていればその内、人がここにやってくるってことですよね? 最後に食材を届けてもらったのって、いつなんですか?」
ジンはフライパンに油をひき、コンロにセットすると火をつけ、塩胡椒した肉を投入した。
ジュっ、と焼けた表面から白い煙が上がると火を弱め、じっくり、丁寧に焼いていく。
「あ、あの。ジンさん?」
「二ヶ月前」
「え」
「だから、最後に物資を届けに人がやって来たのは二ヶ月前。その次に来たのは、あんただ」
仕切りも扉もない部屋に、肉の焼けるこっくりとした香りが充満する。
昼以降何も食べていない東伍にとって、この匂いは食欲をそそるものであるはずなのに、二ヶ月というワードをきいて吐き気すら覚えた。
その時、話を遮るように洗濯機が乾燥終了の音を上げる。ビービーと大きめなその音にすら、東伍は嘲笑されている錯覚を覚えた。
身体の力が抜け、東伍はメスを握る腕を降ろす。それを見たジンもまた、広げた両手を下げた。
「あなたが言った通り、陽子が誘拐されたなんて事実は存在しないのかも。陽子は俺と別れたかっただけで、今もどこかで元気にしていて……でも、だったら言ってくれたらよかったのに。そう思いません? なにもわざわざプロポーズを受けた後、しかもクリスマスイブに姿を消したりしなくても。俺、そんなに甲斐性なかったんですかね」
「さあね。それか、あんたが実はとんでもなく極悪非道だった、とか」
「え?」
気の抜けた東伍の顔を一瞥しつつ、ジンは床に落ちた肉片を拾って流し台に乗せ、手を洗った。そうして、今度は乾燥の済んだ東伍の衣類を取り出すと、皺を伸ばすように手で挟む。
「だってそうだろう? こんな事をするには相当な恨みがなきゃ。心当たりないの? 過去に付き合った女性に酷いことしたとか、実は二股かけていたとか」
「俺はそんなことっ」
「じゃあ、逆パターン。その陽子って女には別に男がいて、プロポーズされた途端あんたが邪魔になったんだ。だから小瀬と女子高生を使って、あんたを消しに掛かった」
「そんな。大体、陽子と小瀬に何の繋がり、が……」
“私は彼に会った事があるわ”
東伍は思い出す。
「さっき陽子、昔精神科に通っていたことがあるって。小瀬にも会ったことがある、そう言っていました」
「へえ。昔って、いつ頃の話だろうね。僕は十五年間この場所にいるから、もしクリニックに通っていたのなら、顔を見れば思い出せるかもしれないけど」
はい、と服を差し出すジン。
「とりあえず、落ち着いたんなら着替えたら? お肉も食べないと勿体無い。命は大切にしなきゃね」
「で、でもその肉は」
「あのね。僕みたいな非力な男に、人間を解体するなんて力技が出来るわけないだろ? 僕は死んでる個体に触ることはできても、生き物はムリ。虫唾が走る。人を殺す、ましてや触れるなんて行為は論外だ」
殺すよりも触れる方が無理なのか、と変な疑問が湧いたが、流石の東伍も口には出さない。
少しくしゃくしゃなままのシャツとズボン、それから黒のカーディガンを羽織る東伍を横目に、ジンは話を続ける。
「炊事も掃除も洗濯も、一通りの家事は自分でできる。他人が調理したものは口にできないから、前までは二週に一度、ここに食材を届けてもらっていたんだ。肉はちゃんと冷凍処理したものだから、安心していい」
二週に一度。その言葉に、東伍の表情が晴れる。
「それなら待っていればその内、人がここにやってくるってことですよね? 最後に食材を届けてもらったのって、いつなんですか?」
ジンはフライパンに油をひき、コンロにセットすると火をつけ、塩胡椒した肉を投入した。
ジュっ、と焼けた表面から白い煙が上がると火を弱め、じっくり、丁寧に焼いていく。
「あ、あの。ジンさん?」
「二ヶ月前」
「え」
「だから、最後に物資を届けに人がやって来たのは二ヶ月前。その次に来たのは、あんただ」
仕切りも扉もない部屋に、肉の焼けるこっくりとした香りが充満する。
昼以降何も食べていない東伍にとって、この匂いは食欲をそそるものであるはずなのに、二ヶ月というワードをきいて吐き気すら覚えた。
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