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「人格分裂ゲノム、pasmont。抗うつ薬の改良の過程で偶然にも生み出されたこの遺伝子は、組み込めば主人格の他に幾つもの人格形成が起きるという恐ろしい代物でした。祖父はその遺伝子研究に心酔し、自分に忠実な研究員だけを集め、人間が決して踏み込んではいけない領域にまで手を出していた。それが、人体実験です」
「まさか……その遺伝子が、きみに?」
東伍の言葉に泉は頷く。
泉の隣に座る凛子も、そばに立つ恭一も、そのことは既知であったのだろう。どこか悲しげな表情を浮かべていた。
「そんな、めちゃくちゃだ。家族に……自分の孫にそんな仕打ち」
「ええ。私も死んでいて、おかしくなかった」
「私も?」
東伍が泉の言葉端を拾う。
「薬は毒。容量用法を守らなければ、そのすべては人体にとって毒となります。では、その容量はどうして分かるのでしょう。試さなければなりませんね。ナノレベルで変化する遺伝子をどう組み込めば、理想通りの結果を見出せるか。検体Aは吐血、検体Bは意識障害。検体C、Dまで見て、母はそのデータを見ることをやめました。そうしてそのデータを、とある場所に隠すことに決める……私が見つけた日記には、そう綴ってありました」
すると徐に、泉はテーブル上の箱からひとつ、赤い宝石のついた木の鍵を取り出して眺めた。
「最初は、ほんの興味でした。見知らぬ箱を手に入れて、その中には変わった形の鍵。どこの扉が開くのか、そこにはなにが入っているのか。宝探しをするような感覚で、私は扉探しに夢中になります。そして遂に、鍵に合う一つ目の鍵穴を見つけた。今はもう機能していない鷹司製薬の第一ラボ、そこの母のデスクの引き出しに、今話した内容そのままの日記が入っていたのです」
もう後には引けなかった、そう泉は続ける。
「鍵の入った箱が枕元に置いてあったのが三年前。そして、母の日記を見つけたのが去年の夏頃です。それまで私は、自分の人格解離がなぜ起こるのかに頭を悩ませ続けていました。凛子からの情報や状況説明があるおかげで最小限の混乱で済んではいるものの、気がつけば服装が変わり、目覚めれば見知らぬ場所。でも、それが人工的に起こされたものであるならば、治す方法もあるのではないか、そう考えるようになりました。だから私は、ここにあるもう一方の鍵の先に隠された真実も、どうしても知りたくなってしまった」
泉は右手に赤い石の鍵を持ったまま、左手で黄色い石の鍵を取り出す。
「誰にも渡さないで——メモにはそうありましたが、私一人で鍵穴を探すには限界があると判断しました。なにせ日記の入った母の引き出しに辿り着くまでに、二年も掛かってしまいましたから。だから私は、私が唯一信頼できる親友とその父に協力を仰ぐことにした。日記の内容を伝えると、凛子はもちろん、恭一さんも快く私に手を貸してくださいました」
恭一は情報を集めるべく、便利屋として活動を始める。鷹司製薬が所有するラボ周辺にポイントを絞り、日記や記憶を頼りに美聖の行動範囲をピックアップしては、鍵穴のある金庫や扉を探した。
「そうして遂に去年の十一月。私たちは、黄色い石のついた鍵で開く鍵穴を見つけます」
その鉄鍵は、美聖がよく通っていた小さな居酒屋の下駄箱の鍵だった。
店主は寡黙で口数の少ない初老だったが、美聖の名前を出すと表情を明るくする。
「母はその居酒屋の常連だったそうで、最後に母が訪れた際、下駄箱の鍵を閉めたまま持ち帰ってしまったと言っていました。まあ、下駄箱は左上の隅であったし、その一つが閉まったままでも特に不自由しなかったからと、店主の方はそのままに。おかげで、私たちは下駄箱の中身を回収することができました」
「中には、一体何が」
東伍が息を呑む中、いつの間にか冷めた紅茶を回収した恭一が、新しい紅茶を運ぶと共に何かをテーブルに置く。
それは黄色に塗装されたUSBメモリと、一枚の紙だった。
「USBの中身は予想通り、研究データでした」
「研究ってさっきの、人格分解ゲノムとかいう?」
「はい。でも、それだけではありません。この紙を見てください」
東伍は紙を手に取ると、そこに羅列した英語を口に出す。
「パスデルナ……リナ、シータ?」
「祖父の研究は、私たちの想像をはるかに超えるところまで進んでいました。それらの新たなゲノムデータには、こう解説が続いています」
人格分裂ゲノム——pasmont
組み替え不可。適合者 1
人格消滅ゲノム——pasdelna
組み替え不可。適合者 1
人格再生ゲノム——rinatheta
組み込み可。尚、実験不可。
プロトタイプB——解析不可
実験協力施設
・斎木の森
・なぎさ総合病院
・丸井工業
「まさか……その遺伝子が、きみに?」
東伍の言葉に泉は頷く。
泉の隣に座る凛子も、そばに立つ恭一も、そのことは既知であったのだろう。どこか悲しげな表情を浮かべていた。
「そんな、めちゃくちゃだ。家族に……自分の孫にそんな仕打ち」
「ええ。私も死んでいて、おかしくなかった」
「私も?」
東伍が泉の言葉端を拾う。
「薬は毒。容量用法を守らなければ、そのすべては人体にとって毒となります。では、その容量はどうして分かるのでしょう。試さなければなりませんね。ナノレベルで変化する遺伝子をどう組み込めば、理想通りの結果を見出せるか。検体Aは吐血、検体Bは意識障害。検体C、Dまで見て、母はそのデータを見ることをやめました。そうしてそのデータを、とある場所に隠すことに決める……私が見つけた日記には、そう綴ってありました」
すると徐に、泉はテーブル上の箱からひとつ、赤い宝石のついた木の鍵を取り出して眺めた。
「最初は、ほんの興味でした。見知らぬ箱を手に入れて、その中には変わった形の鍵。どこの扉が開くのか、そこにはなにが入っているのか。宝探しをするような感覚で、私は扉探しに夢中になります。そして遂に、鍵に合う一つ目の鍵穴を見つけた。今はもう機能していない鷹司製薬の第一ラボ、そこの母のデスクの引き出しに、今話した内容そのままの日記が入っていたのです」
もう後には引けなかった、そう泉は続ける。
「鍵の入った箱が枕元に置いてあったのが三年前。そして、母の日記を見つけたのが去年の夏頃です。それまで私は、自分の人格解離がなぜ起こるのかに頭を悩ませ続けていました。凛子からの情報や状況説明があるおかげで最小限の混乱で済んではいるものの、気がつけば服装が変わり、目覚めれば見知らぬ場所。でも、それが人工的に起こされたものであるならば、治す方法もあるのではないか、そう考えるようになりました。だから私は、ここにあるもう一方の鍵の先に隠された真実も、どうしても知りたくなってしまった」
泉は右手に赤い石の鍵を持ったまま、左手で黄色い石の鍵を取り出す。
「誰にも渡さないで——メモにはそうありましたが、私一人で鍵穴を探すには限界があると判断しました。なにせ日記の入った母の引き出しに辿り着くまでに、二年も掛かってしまいましたから。だから私は、私が唯一信頼できる親友とその父に協力を仰ぐことにした。日記の内容を伝えると、凛子はもちろん、恭一さんも快く私に手を貸してくださいました」
恭一は情報を集めるべく、便利屋として活動を始める。鷹司製薬が所有するラボ周辺にポイントを絞り、日記や記憶を頼りに美聖の行動範囲をピックアップしては、鍵穴のある金庫や扉を探した。
「そうして遂に去年の十一月。私たちは、黄色い石のついた鍵で開く鍵穴を見つけます」
その鉄鍵は、美聖がよく通っていた小さな居酒屋の下駄箱の鍵だった。
店主は寡黙で口数の少ない初老だったが、美聖の名前を出すと表情を明るくする。
「母はその居酒屋の常連だったそうで、最後に母が訪れた際、下駄箱の鍵を閉めたまま持ち帰ってしまったと言っていました。まあ、下駄箱は左上の隅であったし、その一つが閉まったままでも特に不自由しなかったからと、店主の方はそのままに。おかげで、私たちは下駄箱の中身を回収することができました」
「中には、一体何が」
東伍が息を呑む中、いつの間にか冷めた紅茶を回収した恭一が、新しい紅茶を運ぶと共に何かをテーブルに置く。
それは黄色に塗装されたUSBメモリと、一枚の紙だった。
「USBの中身は予想通り、研究データでした」
「研究ってさっきの、人格分解ゲノムとかいう?」
「はい。でも、それだけではありません。この紙を見てください」
東伍は紙を手に取ると、そこに羅列した英語を口に出す。
「パスデルナ……リナ、シータ?」
「祖父の研究は、私たちの想像をはるかに超えるところまで進んでいました。それらの新たなゲノムデータには、こう解説が続いています」
人格分裂ゲノム——pasmont
組み替え不可。適合者 1
人格消滅ゲノム——pasdelna
組み替え不可。適合者 1
人格再生ゲノム——rinatheta
組み込み可。尚、実験不可。
プロトタイプB——解析不可
実験協力施設
・斎木の森
・なぎさ総合病院
・丸井工業
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