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「……なあ、ジン。俺はこんな女の口からでなく、お前の口から事実が聞きたい。説明してくれないか」
「説明? なにを、どこから? 悪いけど、今の東伍にそんな猶予は残されちゃいない。こうしている今も、頭の痛みは強くなっているんじゃない?」
「大丈夫。わかっている。だけど、俺の記憶が問いかけてくるんだよ。お前の潔癖はいつからだ? いつからジンは、他人と関わることを避けて引きこもるようになった?」
ジンの顔色が変わる。
「小瀬メンタルクリニックの地下室と、児童養護施設斎木の森の地下室。この二つの部屋が作られた目的はなんだ? いくつも鍵を設置した通路が張り巡らされ、一つはここ第四ラボに繋がる。こんな凝った設計の建物が造られた理由をジン、お前なら説明できるんだろう?」
「……言いたくない」
「二つの地下室の内装を模した理由はなんだ。あの部屋にあった冷蔵庫の中身は、本当にただの食材だったのか?」
「……」
「美聖さんが隠した資料。そこに書いてあった研究の協力施設は、なぎさ総合病院と斎木の森の他に確か、もう一つ名前があったよな」
「やめろ」
「それは丸井工業。お前の父親である丸井滋は鷹司慶三の口車に乗り、経営する大手プラントエンジニアリング会社を利用してとんでもない罪を重ねてきたんだ」
「やめてくれ」
「おこぼれってなんだ? 美聖さんの最後を映したあの映像の先には何が起きた? 研究の犠牲になった人たちは、いったいどこに消えたんだ!」
東伍の叫びに小瀬は狼狽え、フロアはサーバーの稼働音が気になるまでに静まり返った。
五体の繭、そのうち小春が入っているカプセルを前に立ち尽くす恭一と凛子。
夏川千紗子の人格を宿した自分自身と対峙する、鷹司泉。
痛みの増していく頭を東伍が押さえれば、その動作をトレースするようにジンも頭を抱え、やがて——苦痛の表情で、口を開く。
「……手の汚れが、落ちないんだよ」
虚無に落ちたジンの瞳は、震える両掌を映していた。
「医者ってすごいよな、ソウ。切り刻んでも縫い合わせたら、人は目を覚まして生き返る。血濡れに染まった手も誰かを助けた勲章で、患者の家族には感謝されてさ。僕も最初は、自分がそんなヒーローになった気分でいたんだ。嘘じゃないよ? 悪いことをしている意識はなかった」
ジンは開いた両手を握りしめる。
「台車に乗っかって運ばれて来るんだよ、人が。ソウの父親の病院から、斎木の森から……そして、この研究所からあの地下通路を通って、幾つもの死体がうちの工場に運ばれてきた。父さんと僕はそれを夜な夜な解体して、薬品に漬けて、高温で熱して。そうすると、鷹司製薬が金を払ってくれる。本業の製造をこなすより遥かに高額な報酬が手に入るんだ。何も知らない母さんは笑顔で、我が家は明るく、豊かだった」
「でも、お前は自分のやっていることへの不信感を日に日に募らせていったんだな」
東伍の言葉に、ジンは頷く。
「大義名分だと思っていた。鶏肉や豚肉が、パック詰めされて生鮮コーナーに綺麗に陳列される過程を人が想像しないことと同じで、誰かがやらなければならないことなんだと僕は理解していた。嫌悪感や罪悪感を抑えながら、人の嫌がる作業を率先して行う、正にヒーロー。進歩には、犠牲がいる。それが父さんの口癖だった」
真実から目を逸らしたくて、ジンは絵に没頭する。薬を多飲し、時に狂ったように暴れて、他人の手が自身に触れるのが怖くて仕方がなかった。
そんなある日。なぎさ総合病院経由で、ついに夏川千紗子が斎木の森へとやってくる。
「限界なんてとうに過ぎていたよ。加えて、新たに現れた夏川千紗子の異常性。当時斎木の森で働いていた小春さんが失踪したことも重なって、僕の中で張り詰めていたなにかがブッツリ切れてしまったんだ。小春さんに懐いていた僕がしつこく所在を聞けば、僕は施設の地下に閉じ込められてしまった。そのあと地下室を抜け出し、連れ戻されて帰ってきた時には、夏川千紗子の存在が斎木の森で確たるものになっていた」
ジンは横目に陽子を見るが、当の本人はどこ吹く風で素知らぬ顔。
「千紗子は、俺や施設に集まった子供達に簡単な通称をつけ仲を深めると、その中心になって注目を集めていた。その頃から何故か、父さんの工場に運ばれてくる死体の数も減り始めて、僕はほっとして……だけど、もう手遅れだった。洗っても洗っても、僕の手は真っ赤に染まったまま。濃く、生ぬるい血がこびりついて離れない。だから僕はあの部屋で絵を描き続けた。僕の手についているのは血なんかじゃない、絵の具に違いない。そう誤魔化すことで、かろうじて正気を保っていられたんだ」
初めは無理に入れられたものの、ジンは自ら小瀬メンタルクリニックの地下に身を置くことを選択する。
「工場へつながる地下通路への扉は、気づけば鍵がかかったまま固く閉ざされた。僕はたまに斎木の森へと顔を出し、基本的にはあの地下での生活を主にして、二週に一度の食料、週に一度の清掃で満足したよ。時々、エレベータに乗って降りてくる死体を処理させられたけど、それでも前に比べればよほどマシな生活を送れていたから。だけど千紗子が十六歳になった頃、同級生の男女二人を斎木の森に連れてきたことで、僕の束の間の平穏は終わりを告げた」
「男女、二人……」
「一人は小林陽子。そしてもう一人は東伍、お前だ」
「説明? なにを、どこから? 悪いけど、今の東伍にそんな猶予は残されちゃいない。こうしている今も、頭の痛みは強くなっているんじゃない?」
「大丈夫。わかっている。だけど、俺の記憶が問いかけてくるんだよ。お前の潔癖はいつからだ? いつからジンは、他人と関わることを避けて引きこもるようになった?」
ジンの顔色が変わる。
「小瀬メンタルクリニックの地下室と、児童養護施設斎木の森の地下室。この二つの部屋が作られた目的はなんだ? いくつも鍵を設置した通路が張り巡らされ、一つはここ第四ラボに繋がる。こんな凝った設計の建物が造られた理由をジン、お前なら説明できるんだろう?」
「……言いたくない」
「二つの地下室の内装を模した理由はなんだ。あの部屋にあった冷蔵庫の中身は、本当にただの食材だったのか?」
「……」
「美聖さんが隠した資料。そこに書いてあった研究の協力施設は、なぎさ総合病院と斎木の森の他に確か、もう一つ名前があったよな」
「やめろ」
「それは丸井工業。お前の父親である丸井滋は鷹司慶三の口車に乗り、経営する大手プラントエンジニアリング会社を利用してとんでもない罪を重ねてきたんだ」
「やめてくれ」
「おこぼれってなんだ? 美聖さんの最後を映したあの映像の先には何が起きた? 研究の犠牲になった人たちは、いったいどこに消えたんだ!」
東伍の叫びに小瀬は狼狽え、フロアはサーバーの稼働音が気になるまでに静まり返った。
五体の繭、そのうち小春が入っているカプセルを前に立ち尽くす恭一と凛子。
夏川千紗子の人格を宿した自分自身と対峙する、鷹司泉。
痛みの増していく頭を東伍が押さえれば、その動作をトレースするようにジンも頭を抱え、やがて——苦痛の表情で、口を開く。
「……手の汚れが、落ちないんだよ」
虚無に落ちたジンの瞳は、震える両掌を映していた。
「医者ってすごいよな、ソウ。切り刻んでも縫い合わせたら、人は目を覚まして生き返る。血濡れに染まった手も誰かを助けた勲章で、患者の家族には感謝されてさ。僕も最初は、自分がそんなヒーローになった気分でいたんだ。嘘じゃないよ? 悪いことをしている意識はなかった」
ジンは開いた両手を握りしめる。
「台車に乗っかって運ばれて来るんだよ、人が。ソウの父親の病院から、斎木の森から……そして、この研究所からあの地下通路を通って、幾つもの死体がうちの工場に運ばれてきた。父さんと僕はそれを夜な夜な解体して、薬品に漬けて、高温で熱して。そうすると、鷹司製薬が金を払ってくれる。本業の製造をこなすより遥かに高額な報酬が手に入るんだ。何も知らない母さんは笑顔で、我が家は明るく、豊かだった」
「でも、お前は自分のやっていることへの不信感を日に日に募らせていったんだな」
東伍の言葉に、ジンは頷く。
「大義名分だと思っていた。鶏肉や豚肉が、パック詰めされて生鮮コーナーに綺麗に陳列される過程を人が想像しないことと同じで、誰かがやらなければならないことなんだと僕は理解していた。嫌悪感や罪悪感を抑えながら、人の嫌がる作業を率先して行う、正にヒーロー。進歩には、犠牲がいる。それが父さんの口癖だった」
真実から目を逸らしたくて、ジンは絵に没頭する。薬を多飲し、時に狂ったように暴れて、他人の手が自身に触れるのが怖くて仕方がなかった。
そんなある日。なぎさ総合病院経由で、ついに夏川千紗子が斎木の森へとやってくる。
「限界なんてとうに過ぎていたよ。加えて、新たに現れた夏川千紗子の異常性。当時斎木の森で働いていた小春さんが失踪したことも重なって、僕の中で張り詰めていたなにかがブッツリ切れてしまったんだ。小春さんに懐いていた僕がしつこく所在を聞けば、僕は施設の地下に閉じ込められてしまった。そのあと地下室を抜け出し、連れ戻されて帰ってきた時には、夏川千紗子の存在が斎木の森で確たるものになっていた」
ジンは横目に陽子を見るが、当の本人はどこ吹く風で素知らぬ顔。
「千紗子は、俺や施設に集まった子供達に簡単な通称をつけ仲を深めると、その中心になって注目を集めていた。その頃から何故か、父さんの工場に運ばれてくる死体の数も減り始めて、僕はほっとして……だけど、もう手遅れだった。洗っても洗っても、僕の手は真っ赤に染まったまま。濃く、生ぬるい血がこびりついて離れない。だから僕はあの部屋で絵を描き続けた。僕の手についているのは血なんかじゃない、絵の具に違いない。そう誤魔化すことで、かろうじて正気を保っていられたんだ」
初めは無理に入れられたものの、ジンは自ら小瀬メンタルクリニックの地下に身を置くことを選択する。
「工場へつながる地下通路への扉は、気づけば鍵がかかったまま固く閉ざされた。僕はたまに斎木の森へと顔を出し、基本的にはあの地下での生活を主にして、二週に一度の食料、週に一度の清掃で満足したよ。時々、エレベータに乗って降りてくる死体を処理させられたけど、それでも前に比べればよほどマシな生活を送れていたから。だけど千紗子が十六歳になった頃、同級生の男女二人を斎木の森に連れてきたことで、僕の束の間の平穏は終わりを告げた」
「男女、二人……」
「一人は小林陽子。そしてもう一人は東伍、お前だ」
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