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CASE:3
運
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「このメールが管理者である相澤千聖様から江畑マリア様へと届いた数日後。段田慎之介様はサイトの投稿を確認し、筑田恵を殺害します。その罪を背負わされて、早船暁人氏は家庭裁判所すら経ずに少年刑務所へ。ですがその諸々の詳細を江畑様が知るのは結局、随分あとのことに。江畑様は逮捕されてしまうので」
「逮捕? 一体何の罪で」
「殺人の罪です」
俺は予想の斜め上を攻め続ける芹の言動に夢中になっていた。
「え? いや……ちょっと頭が混乱して。江畑マリアは、誰を殺したんです?」
「江畑様が殺してしまったのは、お母様です。サイトに書き込みをする数時間前、お母様と口論の末に家を飛び出したあの時。江畑様に突き飛ばされたお母様は棚の角に頭をぶつけて、そのまま帰らぬ人に」
運が悪い、と芹は続ける。
「江畑様は早船暁人氏とは違い、少年刑務所には入りませんでした。彼女には殺害の意図がなかった上、不慮の事故との見方もあったようで。勾留されてから2週間後には、一時的に児童養護施設へと送られました」
「養護施設ってことは、江畑マリアの引き取り手は誰も居なかったんですか?」
「ええ。彼女の父親は既に他界済みで、他に頼る親戚や身内もなかった。まあ、たとえ他に目ぼしい引き取り手があったのだとしても、逮捕された理由が理由ですから……敬遠されてしまったのかもしれませんね」
芹は哀しそうに目を細める。だが大袈裟に顔を伏せるその動作が、俺には演技のようにも見えて。何となく、馬鹿にされている気分になった。
「江畑様は高校を退学しました。あなたがお持ちのその本にあるように、権堂様やその他多数の記者に追いかけ回され、とうとう彼女は地元を離れることになります。それからしばらくは倉庫での仕事や内職で生計を立てながら絵を続け、ひっそりと暮らしていたようです。凄いですよね。彼女は運命を受け入れ、腐ることなく日常を繰り返した。江畑様には、現世を生き抜く力がありました」
芹は顔の前で両手を広げると、音の立たない拍手のモーションをわざとらしく行う。
「さらに一念発起した彼女は高卒認定を取得しその後、見事芸大に合格。明るい未来に向かって一歩ずつ、着実に更生の道を拓きつつあった。若い人は切替えも早いですからね。江畑様の中で、早船暁人という存在は既に風化しかけていた」
伏せた芹の頭が、ゆっくりと上を向く。恍惚に潤いを纏いながら揺れる眼球。その遠くを見る芹の瞳には、過去の映像が映っているのだと、俺は思った。
記憶を愉しむかのように、口元は満足げに弧を描く。
「しかし。彼女は再び復讐心に火を灯します。私が送ったメッセージによって」
「なんで」
なんでそんな無慈悲な真似をしたのか。そう口をついて出そうになったのを、俺はすんでで止めた。
世界を清くクリーンに浄化するため。芹は自身の目的を、権堂薫著書の本でそう語っている。
つまり、芹がこれまでに語った大柳佐和子・段田慎之介・江畑マリアは、女子高生ラブホテル殺害事件の詳細を明らかにするために必要不可欠な人員だった。そして更には、彼らは野中海里を導くための餌にすぎない。
芹はただ、自身の目的を遂行しているだけ。救世主などではない。
俺が言葉を止めたことで、芹は過去に引っ張られていた意識を現在へと戻す。そうして俺に顔を向ければ、柔らかな笑顔で次の言葉を待った。
「なんで、とは?」
「いや、なんでも。要するに、あなたは江畑マリアの怨みの矛先を大柳佐和子、段田慎之介、そして相澤千聖に向けることに成功した。江畑マリアを利用して野中海里を誘き寄せる段階に着手するわけですね。だって、野中海里のアパートに江畑マリアを仕向けたの、芹さんでしょう?」
芹はフっと、小さく息を吐く。
「ずいぶん先を急ぐのですね。野中海里に焦点を当てる前に、まずは相澤千聖様についてのお話をしようかと思ったのですが」
「あ、ああ」
「飛ばしましょうか? 私は別に、それでも構いませんが」
「いや」
相澤千聖。彼女はたしかに、ラブホテルの事件や館に集まった人間同士の関わりにおいて、印象が薄い。それでも——
「闇サイトの管理人である彼女の話も一応、聞いておきたい、です」
芹は満足げに二度、頷く。
「かしこまりました」
「逮捕? 一体何の罪で」
「殺人の罪です」
俺は予想の斜め上を攻め続ける芹の言動に夢中になっていた。
「え? いや……ちょっと頭が混乱して。江畑マリアは、誰を殺したんです?」
「江畑様が殺してしまったのは、お母様です。サイトに書き込みをする数時間前、お母様と口論の末に家を飛び出したあの時。江畑様に突き飛ばされたお母様は棚の角に頭をぶつけて、そのまま帰らぬ人に」
運が悪い、と芹は続ける。
「江畑様は早船暁人氏とは違い、少年刑務所には入りませんでした。彼女には殺害の意図がなかった上、不慮の事故との見方もあったようで。勾留されてから2週間後には、一時的に児童養護施設へと送られました」
「養護施設ってことは、江畑マリアの引き取り手は誰も居なかったんですか?」
「ええ。彼女の父親は既に他界済みで、他に頼る親戚や身内もなかった。まあ、たとえ他に目ぼしい引き取り手があったのだとしても、逮捕された理由が理由ですから……敬遠されてしまったのかもしれませんね」
芹は哀しそうに目を細める。だが大袈裟に顔を伏せるその動作が、俺には演技のようにも見えて。何となく、馬鹿にされている気分になった。
「江畑様は高校を退学しました。あなたがお持ちのその本にあるように、権堂様やその他多数の記者に追いかけ回され、とうとう彼女は地元を離れることになります。それからしばらくは倉庫での仕事や内職で生計を立てながら絵を続け、ひっそりと暮らしていたようです。凄いですよね。彼女は運命を受け入れ、腐ることなく日常を繰り返した。江畑様には、現世を生き抜く力がありました」
芹は顔の前で両手を広げると、音の立たない拍手のモーションをわざとらしく行う。
「さらに一念発起した彼女は高卒認定を取得しその後、見事芸大に合格。明るい未来に向かって一歩ずつ、着実に更生の道を拓きつつあった。若い人は切替えも早いですからね。江畑様の中で、早船暁人という存在は既に風化しかけていた」
伏せた芹の頭が、ゆっくりと上を向く。恍惚に潤いを纏いながら揺れる眼球。その遠くを見る芹の瞳には、過去の映像が映っているのだと、俺は思った。
記憶を愉しむかのように、口元は満足げに弧を描く。
「しかし。彼女は再び復讐心に火を灯します。私が送ったメッセージによって」
「なんで」
なんでそんな無慈悲な真似をしたのか。そう口をついて出そうになったのを、俺はすんでで止めた。
世界を清くクリーンに浄化するため。芹は自身の目的を、権堂薫著書の本でそう語っている。
つまり、芹がこれまでに語った大柳佐和子・段田慎之介・江畑マリアは、女子高生ラブホテル殺害事件の詳細を明らかにするために必要不可欠な人員だった。そして更には、彼らは野中海里を導くための餌にすぎない。
芹はただ、自身の目的を遂行しているだけ。救世主などではない。
俺が言葉を止めたことで、芹は過去に引っ張られていた意識を現在へと戻す。そうして俺に顔を向ければ、柔らかな笑顔で次の言葉を待った。
「なんで、とは?」
「いや、なんでも。要するに、あなたは江畑マリアの怨みの矛先を大柳佐和子、段田慎之介、そして相澤千聖に向けることに成功した。江畑マリアを利用して野中海里を誘き寄せる段階に着手するわけですね。だって、野中海里のアパートに江畑マリアを仕向けたの、芹さんでしょう?」
芹はフっと、小さく息を吐く。
「ずいぶん先を急ぐのですね。野中海里に焦点を当てる前に、まずは相澤千聖様についてのお話をしようかと思ったのですが」
「あ、ああ」
「飛ばしましょうか? 私は別に、それでも構いませんが」
「いや」
相澤千聖。彼女はたしかに、ラブホテルの事件や館に集まった人間同士の関わりにおいて、印象が薄い。それでも——
「闇サイトの管理人である彼女の話も一応、聞いておきたい、です」
芹は満足げに二度、頷く。
「かしこまりました」
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