シンデレラの継母に転生しました。

小針ゆき子

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本編

04 思わぬ結末

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 アッカー氏は、私の実家であるウォーターハウス侯爵家お抱えの弁護士だった。
 アッカー氏が義弟のトムリンソン男爵から預かっていた手紙に経緯が書いてあった。
 義弟は私の手紙を受け取ると、弁護士の選定をしながらウォータハウス家に連絡をとった。
 というのも、私が再婚して男爵領を離れた直後にウォータハウス家から私の現状を訪ねる手紙が届いていたという。
 異母弟のベンジャミンの母、つまり私の継母である前侯爵夫人は、半年ほど前に怪我をしてから車椅子の生活で、現在ではほとんど自室から出ない引きこもりの生活をしているらしい。
 ベンジャミンは私を屋敷内に招くことこそできないが、こっそり支援するだけならと義弟にコンタクトを取ったのだ。
 私が裕福な商家に嫁いだと聞いて一度は連絡を取ることをあきらめたようだが、義弟から私が嫁ぎ先を逃げ出したことを聞き、弁護士の選定や生活費の工面を侯爵家でしたいと申し出た。
 まさか義弟もウォータハウス侯爵直々に私を訪ねると思っていなかったのか、ベンジャミンの訪問については一切書かれておらず、もし侯爵家との話が決裂したらまた連絡をほしいという内容で締めくくられていた。
 事実を知れば、あとでひっくり返るだろう…気の毒な義弟だ。

 「姉さん、こんなに痩せて…苦労したんだね」
 「痩せているのは元からよ。あなたは…ずいぶん背が伸びたのね」
 ベンジャミンと会うのは私がトムリンソン男爵家に嫁いだ時以来であるし、言葉を交わしたのはもっと昔だ。
 継母は私とベンジャミンが会うのを許さなかったが、幼いベンジャミンが数度だけ、周囲の目を盗んで私が住んでいた離れに忍び込んだことがある。
 その時のベンジャミンは、今のティファニーよりも小さかった。
 「祖父の血が出たみたいだよ。そんなことより大変だったね…」
 「当主のあなたがこんなところに来るなんて…。護衛はちゃんとつけているの?」
 「そんなこと気にするなんてやっぱり貴族の女だね。大丈夫、ちゃんといるよ」
 「娘たちに会わせたいけど、あなたが侯爵だと知られれば騒ぎになってしまうわね」
 幼い時もそうだったが、私とベンジャミンは腹違いとはいえ容姿が良く似ていた。
 茶色の髪はともかく、父から受け継いだすみれ色の瞳は珍しいから、親族なのが一目瞭然だ。
 「だったら母方の従弟だと言って紹介しておくれよ。姪たちには是非会いたいんだ」
 「分かったわ。それで、離婚には協力してくれるのよね?」
 「もちろんだよ」
 こうして私は心強い味方を得た。
 あとはバーノンが戻ってくるのを待ち、離婚の話を進めるだけだった。

 ガルシア家がある町を飛び出してから二か月半が過ぎた。
 アッカー弁護士とウォーターハウス侯爵の訪問の後、私たち母子はトムリンソン男爵領にある小さな屋敷に居を移していた。
 そして予定より遅れて屋敷に戻ってきたバーノンが、ようやく事態を知ってトムリンソン家にコンタクトを取ってきた。
 アッカー氏が用意した面会の場で夫と久しぶりに対面する。
 バーノンの目は血走っていて、私を恨めしそうに睨んできた。
 よくも騒ぎを起こしてくれたな、と顔に書いてあるが、私は何も悪いことはしていない。
 すました顔で無視を貫いた。
 「ガルシアさん、先ほどご説明した通りです。ケイトリン夫人はガルシア家では生活できないと判断され、離婚を望んでおられます」
 「…二人きりで話をさせてもらえませんか?」
 「お断りいたしますわ」
 私はすかさず口を挟んだ。
 「アッカー氏の前でできない話なら、聞くつもりはありません」
 「夫婦の問題だぞ」
 「その夫婦の問題に、町の人たちが割り込んできましたわ。ありもしない冤罪を着せてね」
 「本当に冤罪なのか?」
 「あら、どういうことかしら?」
 「エラはひどく痩せていた。君に怯えてもいた。本当は私とマシューの目の届かないところで…」
 「痩せていたのは食事を出したのにエラが拒んだからで、怯えていたのは彼女の演技です。でも別に信じなくていいですわ。赤の他人の私より、血を分けた実の娘の言い分を信じたいのはわかりますもの」
 「赤の他人って…君は僕の妻だぞ」
 「だったら少しは私の言い分を聞く努力をなさったら?端から信じようとしなかったくせに、何が夫婦です?何が私の妻よ!?それともあなたにとっての妻は、何をされても自分の言う通りに動き、やってもいない罪を被る奴隷のことなの?」
 「馬鹿なことを…!」
 「とにかく、エラとはこれ以上一緒に住めません。幼い娘に怪我をさせておいて、こちらから促さないと謝罪もしないような町で暮らすのもごめんです。エラのためを思うのなら、私と離婚してください。エラは私に怯えているのでしょう?」
 「それは…まだ慣れていないから」
 「そんなの私の知ったことではないわ。あなたがきちんと彼女に言い聞かせなかったからよ。大体、慣れていなければ私や義姉たちを陥れてもいいって言うの!?」
 「陥れるなんて言い掛かりだ。エラはまだ7歳だぞ」
 「でもありもしないいじめをさもあるかのように町で吹聴して回ったわ。そのせいでティファニーは怪我をしたのよ。それでも私たちに、エラのために耐えろというの?嫌よ、お断り!冗談じゃないわ。私たちは生贄じゃない」
 「生贄なんて…」
 バーノンが絶句したところで、アッカー氏が咳ばらいをした。
 私は浮かしかけていた腰を椅子に戻し、用意されていた紅茶を口に含む。
 あーあ、冷めてるわ。
 「ガルシアさん、夫人の言い分はひとまず分かったと思います」
 「…はい」
 「夫人はすぐに離婚に応じるのなら、婚姻期間も短いことだし、慰謝料も養育費も請求しないとおっしゃっています」
 「慰謝料」のところでバーノンは何か言いかけたが、結局口を閉じた。
 「原因となった事件はガルシアさんが屋敷を留守にしている間に起ったことで、混乱されていることでしょう。ひとまずお屋敷に戻り、お嬢様とお話し合いをされては?」
 「エラと、ですか?」
 「ちなみにお嬢様は、夫人について何かおっしゃられていましたか?」
 「それは…」
 バーノンが口ごもる。
 私がいかに悪い継母かを語ったのだろう。
 証拠は何もないけどね。
 でもエラが私たちと暮らしたくないと言えば、バーノンは離婚に一気に傾く。
 がんばれエラ。
 「お嬢様の意見も聞き、判断されることをお勧めします。三日後、また私の方から伺います。今日はこの辺で…」
 バーノンは納得がいかなそうだったが、私の一歩も引かない様子に諦めて場を後にした。

 用意された馬車に乗り込むバーノンの後ろ姿を窓から眺める。
 会うのは今日で最後になるかもしれない。
 愛がない再婚だったが、家族になれると思ったからこそ夫に選んだ人だ。
 まさか夫婦間に全く関係のない、彼の連れ子の存在で離婚を切り出すことになるとは思わなかった。
 でも仕方がない。
 彼と私は守る者が違う。
 バーノンはエラと仕事。
 私はヴァレンティーナとティファニー。
 もっと彼との関係を深める時間があれば違ったのかもしれないが、エラが町の人間…多人数を使ってこちらを害そうとしては、それもかなわない話だった。
 聞けば私たち母子が町を脱出したことは、バーノンが数日前に町に戻るまでは表ざたにならなかった。
 エラとマシューは平然とあの屋敷に住み、居もしない私たちに相変わらずひどい仕打ちをされているように振舞っていたようだ。
 さすがに町長は疑っていたようであるが。
 その話を聞いた時、やはり離婚しかないと思った。
 エラとの…「シンデレラ」との縁を切らなければならない。

 しかし数日後、アッカー氏が思わぬ知らせを持ってやってきた。
 約束通りガルシア邸を訪ねると、なんとバーノンは新たな旅に出てしまったという。
 留守を預かっていたエラとマシューにも、急な仕事ができたからと詳細を言わなかったらしい。
 …逃げたな。
 愛娘と妻の板挟みになり、奴は逃亡という選択をしたようだ。
 私は無駄足を踏ませてしまったアッカー氏に頭を下げ、バーノンが再び商談を終えて戻ってくるのを待つことにした。
 私としても、半年で離婚というのは外聞が悪い。
 すでに安全な生活は確保できているし、別居期間が長ければ長いほど離婚は成立しやすくなる。
 この状況を好意的に受け止めることに決め、離婚後の仕事探しに心を砕くことにしたのだった。


 さらに事態が転じたのはそれから三か月後、再婚から約10か月が経とうとしている日のことだった。
 その頃私は、礼儀作法の家庭教師をしていた。
 商家のお嬢様が準男爵の家に嫁ぐことになり、急遽貴族の礼儀作法を仕込まなければならないということで、短期とはいえいいお値段のお仕事をさせていただいていた。
 数日ぶりに仮住まいしている家に戻れば、すでにアッカー氏が中に通されていた。
 一瞬バーノンがあの町に戻ってきたのかと思ったが、様子がおかしい。
 ヴァレンティーナとティファニーが戸惑った顔をしていた。
 「ケイトリン夫人、落ち着いて聞いてください…」
 私はすっかり忘れていた。
 「シンデレラ」の父親はどうなったか。
 どうして「シンデレラの継母」は継子を虐げるのか。
 「バーノン・ガルシア氏が、事故に巻き込まれてお亡くなりになりました」
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