シンデレラの継母に転生しました。

小針ゆき子

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18 辺境伯令息の初恋(ジュリアン視点)

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 僕はジュリアン・クルーガー。
 北の辺境伯、クルーガー家当主の三男として生を受けた。
 父ウォルターは逞しく憧れの人で、王家の血を引く母は気高く美しくいつも優しかった。
 兄二人も末っ子の僕を可愛がってくれ、僕はのびのびと育った。
 北の辺境とはいえ気候はそれほど厳しくなく、王都ほど裕福でなくとも不自由は感じずに成長した。
 当主になる可能性が限りなく低い三男の僕は当主としての教育を受けることもなく、のほほんと毎日を過ごしていたが、そんなわけにもいかなくなったのが10歳の時だ。
 4歳年上の長兄が馬から落ちて頭を強く打ち、数日後に亡くなってしまったのだ。
 次期当主として育てられていた長兄の死に家族は打ちのめされた。
 だが不幸は続く。
 半年後には屋敷の馬車の車輪が外れ、中に乗っていた母が投げ出されて全身を強く打って亡くなった。
 相次ぐ家族の死も癒えて来たかに思われた一年半後、今度は次兄が倒れた。
 食事の後に腹を抱えて苦しみだしたのだ。
 健康体だった次兄は丸二日苦しみ続け、医師の治療の甲斐なく亡くなった。
 こうして僕はクルーガー家の跡取りとなってしまった。

 次兄の葬儀が終わった次の日、僕は父の執務室に呼び出されていた。
 「ジュリアン、今日からお前に護衛を付ける。決して一人で外出するな。毒見役もつける。食事には十分気を付けろ」
 「…父上」
 「モーリスには悪いことをした。まさか連中が毒を使うとは…。あんなに苦しんで…可哀そうに」
 父が言葉を詰まらせた。
 それだけで僕は悟った…次兄は毒で殺されたのだ。
 「犯人は分かっているのですか?」
 「分かっている。二年も前からな」
 二年前…長兄と母の死も同じ連中の仕業ということだ。
 「伯父上たちですね」
 「糸を引いているのは前夫人だ。まだ自分の息子を当主にする夢を諦めきれないらしい」

 しかし警戒していたにも関わらず、今度は父が命を落とすことになった。
 連中はあろうことか、蛮族が国境を侵したことに乗じて父を闇討ちしたのだ。
 同時に僕の護衛も買収され暗殺されかけたが、父が密かに連絡を取っていた友人の部下が間に合い、僕だけは命拾いをした。

 「ジュリアン…」
 「父上」
 「ジュリアン…私の息子…。護ってやれなくてすまない」
 王都の騎士に護衛されて駆け付けた僕の無事を確認すると、虫の息だった父はそのまま意識を失った。
 そして二度と目覚めることはなかった。

 父の死はすぐには発表されることはなかった。
 口の堅い神父を呼んで簡単な葬儀を行うと、僕は騎士たちと共に王都に向かうことになった。
 「まずは王宮で国王陛下に謁見し、父上の代わりにこの戦いの褒賞を代理で受け取っていただきます。そしてジュリアン様はこのまま王都で次期当主としての勉学に励んでください」
 「…クルーガー領はどうなるんですか?」
 「ご安心を。英雄のウォルター・クルーガーを手にかけた卑怯者たちの好きにはさせません。幸い北の蛮族どもは国境の向こう側へ逃げ帰りました。クルーガー領はしばらく落ち着くでしょう。それまでは国王陛下の勅命を受けた者が代理で治めます」
 「前夫人やその実家が黙っているでしょうか」
 「黙らせます。大した地位も実力もない家です。国王の勅命に逆らうことはできません。…まあ、逆らったら逆らったで調査が進めやすくなりますが」
 その言葉で僕は前夫人の一味に対する調査が続けられていることを知った。

 父を含め北方の戦いに参加した兵たちを労うための夜会に、僕は父の代理として参加した。 
 国王陛下から直にお言葉をかけられ、勲章と褒賞を受け取る。
 そのまま僕は騎士の格好に変装させられ、ラドルファス大公に初めて引き合わされた。
 「父上のことは残念だった。すまなかった、私たちが手をこまねいているうちにこんなことになってしまい…。辛い思いをしたね、ジュリアン」
 ラドルファス大公は痛ましそうに僕を見た。
 「前夫人とその実家の調査は進んでいる。もう少し時間が欲しい」
 「…分かりました」
 自らの手で仇を討ちたいが、子供の僕には何もできない。
 ラドルファス大公を信じるしかなかった。
 「明日からは大公家で暮らしてもらうことになる。家庭教師の女性を今日はパートナーとして連れてきている。馬車の中で紹介しよう」
 僕は騎士の格好のまま会場に戻った。
 どこぞの伯爵令嬢がラドルファス大公のパートナーの女性に突っかかるというアクシデントはあったが、ラドルファス大公をはじめ侯爵や伯爵が出てきて、失礼な令嬢とその父親を見事に追い払った。
 会場の意識はラドルファス大公のパートナーであるケイトリン・ウォーターハウス侯爵令嬢に向けられ、僕はまるで彼らの護衛であるかのように自然に彼らの後ろに付いた。
 そして彼らに続いて馬車に乗り込めば、ケイトリン嬢が驚いた様子で僕を見つめた。
 大公は彼女には何も話さなかったようだ。
 彼はいたずらに成功した子供のような顔で笑い、ケイトリン嬢の肩を引き寄せた。
 「紹介するよ、ケイトリン。君の新しい生徒のジュリアンだ」


 ケイトリン嬢は、若く見えるが何と二人の子持ちだということだった。
 すみれ色の珍しい瞳をしていて、白いかんばせは文句なしの美形だった。
 家庭教師ということで佇まいは落ち着いていて、僕はどことなく亡くなった母を思い出した。
 大公…アーロン様が僕の身の上を簡単に話し終えると、ケイトリン嬢は少し神妙な顔をしたものの、
 思わぬことを質問してきた。
 「ジュリアン様…。ジュリアン様はどの教科が得意なのですか?」
 「…は!?」
 僕は目を見開いた。
 てっきり「お気の毒」とか「お可哀そうに」と言われるかと思っていたので、一瞬何を聞かれたのか理解できなかった。
 「ジュリアン様の好きな教科と苦手な教科を教えてください。今日からジュリアン様は私の生徒なのですから、色々把握しておきたいのです」
 ケイトリン嬢…いや、ケイトリン先生は僕に同情するよりも、明日からの授業の方に気持ちを向けることにしたようだ。
 建設的といえば建設的だが、小難しいことをあまり考えない性格ともとれる。
 「歴史が得意です」
 しばらく考えてそう答えればケイトリン先生は美しく微笑んだ。
 その笑い方は、やはり母に似ていた。

 ラドルファス大公のお屋敷は、まるで要塞のような立派な造りだった。
 素直にそのまま口に出せば、アーロン様は「実は先日、賊に入られたんだよ」と苦々しく教えて下さった。
 ナイフを持った気狂いの女が警備の隙をついて侵入し、アーロン様のご令嬢とケイトリン先生が襲われたらしい。
 しかし怪我の功名とでもいうべきか、それを口実に警備を堂々と厳重にできたので、僕を引き取る準備がすぐに整えられたという。
 次の日の朝。
 僕は学友となるグリフィン様とマルゲリータ様に引き合わされた。
 「グリフィン・ラドルファスです。初めまして。お兄様ができてうれしいです」
 グリフィン様は赤い髪と緑の瞳が印象的で、はきはきと挨拶をしてくれた。
 僕より二歳年下らしいが、ずいぶんしっかりしている。
 「マルゲリータ・ラドルファスでございます。よろしくお願いいたします」
 アーロン様譲りの金髪碧眼のマルゲリータ様は、まさに深窓の令嬢という言葉がふさわしい美姫びきだった。
 スカートをつまんで優雅に、でも可愛らしく淑女の礼をする。
 後ろにいたケイトリン先生が「よくできましたね」という顔でにこにこしていた。
 早速授業が行われた。
 前半はグリフィン様とマルゲリータ様の外国語の復習を横目で見て、後半は我が国と周辺の隣国の歴史を共に学んだ。
 そのまま皆で昼食を取り、午後は自由時間となった。
 グリフィン様はご友人に誘われているとのことで外出され、僕はマルゲリータ様に邸内を案内してもらった。
 一通り案内が終わると、テラスでお茶を頂くことになった。
 お茶を用意してくれたのは、マルゲリータ様とほとんど歳の変わらない二人の侍女であることに驚いた。
 10歳未満の侍女は全くいないわけではないが、大公家ほど家格の高い家ではしっかり教育され、躾けられた者でないと屋敷の中に入ることすらできない。
 恐らく家族がこの屋敷の中で働き、自分たちも住み込みで働いているのだろう。
 「せっかくですから紹介しますわ。私の専属侍女のヴァレンティーナとティファニーです」
 「専属ですか?」
 まだ社交デビューをしていないマルゲリータ様のために、今から教育しているのだろう。
 ヴァレンティーナは艶やかな黒髪の、少しきつい顔立ちの美少女だ。
 対するティファニーは茶色の髪で、柔らかな雰囲気の少女だった。
 「二人はケイトリン先生の娘さんですのよ。元は男爵家のご令嬢で、色々頼りになりますの」
 「ケイトリン先生の?ああ、二人お子さんがいるって…でもまさかこんなに大きいなんて」
 ますます驚いた。
 あの美しいケイトリン先生にこんなに大きなお嬢さんがいるなんて。
 でもよくよく見れば、ヴァレンティーナは顔立ちがケイトリン先生に似ているし、ティファニーの瞳を覗き込めばあの美しいすみれ色だった。
 「ヴァレンティーナでございます。どうぞよろしくお願いいたします」
 「てぃ、ティファニーです…。よろしくお願いいたします」
 「こちらこそよろしく。可愛らしいレディにお会いできて光栄です」
 僕はヴァレンティーナの手を取ると、持ち上げてキスをする仕草をする。
 実際には手の甲に唇は触れないのがマナーだ。
 ヴァレンティーナの次に、隣にいたティファニーの手を取ろうとするが…。
 「ぴゃあっ!」
 ティファニーは飛び上がって姉の後ろに隠れてしまった。
 ぴゃあって…。
 「申し訳ありません、ジュリアン様。妹は男の人が苦手で…」
 「い、いえ…。こちらこそ驚かせてしまったようで済みません」
 確かに貴族が侍女に対してする礼ではない。
 ティファニーはまだ8歳だということなので特に不愉快には思わなかったが、「男の人」といっても僕はまだ12歳だ。
 そのことは少し心の隅に引っかかった。

 ラドルファス大公邸に引き取られてから半年ほど経った日のこと。
 僕は13歳の誕生日を迎えていた。
 僕が大公邸にいることはまだ秘されているため、屋敷の人たちがささやかではあるがお祝いをしてくれた。
 好物のミートパイを焼いてもらい、グリフィン様とマルゲリータ様からはプレゼントを貰った。
 ラドルファス大公様は留守だったが、ケイトリン先生がパーティーを取り仕切ってくれ、楽しい時間を過ごすことができた。
 「…あれ、お花を活けてくれたのかい?」
 たらふく食べて部屋に戻れば、花瓶が増えて、真新しい花が飾られていた。
 侍女服を着た女の子が脇に花を並べ、丁寧に花瓶に刺していたことが分かる。
 この部屋を担当してくれている侍女かと思いきや、思いのほか体が小さいことに気が付いた。
 「あれ?君は…」
 「ぴゃあっ!」
 だから、ぴゃあって…。
 「ティファニーだよね?ケイトリン先生の娘さんの。この部屋の担当じゃないのにどうしたの?」
 「ふぁっ、あっ、はっ…あのっっ」
 「落ち着いて、責めてるんじゃないから」
 そういえば、パーティーにはケイトリン先生もヴァレンティーナもいたのにティファニーは見なかった気がする。
 この花瓶の花の凝り具合を見るに、パーティーには参加せずに花を活けていたようだ。
 「とても綺麗だね、ありがとう」
 「…いいえ」
 「僕のお母様もお花を活けるのが上手だったよ」
 ティファニーがはっとした顔をする。
 「もしかして、ケイトリン先生に教わったの?」
 「…いえ、侍女長様に教えていただきました」
 「そうだったんだね。…どうしてパーティーに出なかったの?」
 「そういったところが苦手で…。ジュリアン様に何かプレゼントしたかったんですけど、大したものは買えないし。庭師さんが切ってくれた花をもらったんですけど、直接渡す勇気がなくて…だからパーティーの間、ジュリアン様のお部屋に入る許可を侍女長様にいただいたんです。夢中になって、時間がかかってしまって…」
 「ふふっ」
 「えっ?」
 「ああ、ごめんごめん。君がそんなにたくさんしゃべっているのを聞いたの初めてだったから」
 「…」
 ティファニーは真っ赤になって俯いてしまった。
 するとノックの音がして扉が開かれ、侍女長が入ってきた。
 まさか僕が部屋の中にいるとは思わなかったのだろう、驚いた顔をしている。
 「ジュリアン様、申し訳ありません。もうお戻りになられてたなんて…」
 「いいんだよ、ティファニーから事情は聞いたから」
 「まあ、綺麗に生けたのねティファニー」
 「とっても素敵なプレゼントだよ。ありがとう、ティファニー」
 「い、いえ…」
 「侍女長も気を使ってくれてありがとう。庭師にも会ったら礼を言っておくよ」
 ティファニーと侍女長は残っていた花や道具を片付けて部屋を出て行った。

 その日から僕はティファニーのことがすごく気になり始めた。
 最初は好意というよりも、どうして男の人がそんなに苦手なのかなという興味が勝っていた。
 そこでまずはマルゲリータ様と二人きりになった時にそれとなく聞いてみた。
 「ティファニーって男の人が苦手らしいけど…。でも執事長や他の使用人の男性とは普通に話せてるみたいだよね?なんだか僕だけ避けられているみたいだよ。もしかして嫌われているのかなぁ?」
 「そんなことないですわ!ティファニーは…その、あなたくらいの男の子が苦手なの」
 「僕くらい?歳の頃がってこと?」
 「王都にくる前に住んでいた町で、男の子に取り囲まれて怪我をさせられたのですって。だから…」
 「どうしてそんな目に?」
 「ケイトリン先生の二番目のご主人の連れ子がとんでもないほら吹きだったんだそうよ。町の人たちに、自分たちはケイトリン先生と娘たちにいじめられているって嘘をついて、それを信じた人たちが、一人で買い物に来ていたティファニーを…」
 「それは確かに酷いな」
 「あ、このことは内緒よ。お願い」
 「分かってるよ。安心して」
 男の子に襲われた、なんて、邪推しようと思えばいくらでもできる。
 ティファニーはこの屋敷で侍女としての教育を受けているが、今はウォーターハウス侯爵家に籍があるのだ。
 万一おかしな噂が立てば、彼女の将来にかかわるだろう。
 僕は軽々しく質問したことを後悔した。

 それからティファニーの姿を見かけると、目で追うようになった。
 ティファニーは美人できびきびと動く姉のヴァレンティーナに比べると、自分は平凡な顔で物覚えが悪いと思っているらしい。
 でも僕から言わせれば8歳にしてはかなりしっかりしているし、貴族の血を引くだけあって他の侍女にはない気品がある。
 顔立ちだって十分可愛らしいと思う。
 ヴァレンティーナは間違いなく美少女だが、吊り上がった目が気の強そうな性格に見え、大分損をしている気がする。
 ティファニーは最初こそ態度がぎこちなかったが、根気強く挨拶したり話しかけたりしているうちに次第に笑顔も見せてくれるようになってきた。
 この頃からすでに、僕は辺境伯の当主になってもなれなくてもティファニーを手元に置きたいと考えるようになっていた。

 大公家に来てから半年が経とうとしていたころ、待ちに待った知らせが僕の元に届いた。
 ウォルター・クルーガーとその家族を殺害した容疑で、前夫人と伯父たちが逮捕されたのだ。
 ラドルファス大公様は約束を守ってくださった。
 彼らは容疑を否認したが、動かぬ証拠と証人を揃えられ、重い処罰が下された。
 前夫人と伯父たちは貴族の身分をはく奪された上、死刑。
 前夫人の実家も悪事に積極的に加担していたということで、爵位と領地を取り上げられ、国外に追放された。
 僕はようやく堂々と大公屋敷の外に出ることができるようになったのだった。
 「おめでとう、ジュリアン」
 「ありがとうございます、大公閣下。全て閣下のお力添えのおかげです」
 「いいや、実際に動いてくれたのはシュトロハイム伯爵やその配下の騎士たちだ。それに国王陛下や王太后様もこの件にはとても心を砕いておられた」
 「恐れ多いことです。皆様にはこれから御恩をお返ししたいと思います」
 「それにはまず領主としての教育だな。さすがのケイトリンもそちらの知識はないから、その方面の教師を選ばなくては…。グリフィンもそろそろ年頃だし、ちょうどいいか」
 ラドルファス大公様は領地を持つことも政治にかかわることもできないが、グリフィン様は成人と共に公爵位を賜り、領地も与えられることになっている。
 「それに君が次期辺境伯になるとなれば、縁談も舞い込むだろうな」
 「…」
 「浮かない顔だな。気になる子でもいるのかい?」
 「いえ…。でも、せめて成人して爵位を継いでから考えたいと思います」
 大公様は頷いた。
 今から焦って婚姻を結んだとしても、その令嬢の実家の状況が変わったりすれば破談になる可能性がある。
 ただでさえ僕の足場は危ういのに、トラブルを抱え込みたくはない。
 それでも頭の隅にはティファニーの顔が過っていた。 

 さらに二年後、15歳で成人した僕は、正式に爵位を継ぎ、とうとうクルーガー辺境伯になった。
 こうなれば大公屋敷に世話になり続けるわけにはいかない。
 僕は辺境伯領へ向かうことになった。
 代理で領地を守ってくれた者たちから一刻も早く引継ぎを受ける必要があるからだ。
 領主としての勉学も、並行してやっていかなくてはならない。

 屋敷を出る日を前日に控え、僕は荷物の確認をしていた。
 二年半前は身一つで王都に来たが、年が経るにつれ、いつの間にか私物が増えている。
 「失礼いたします」
 処分するものや持っていくものを整理していると、侍女が休憩のお茶を持ってきてくれた。
 だがそれはこの部屋の担当ではなく…。
 「ティファニー…」
 彼女はもうすぐ11歳になるが、初めて会った時のふんわりした雰囲気はそのまま、女性らしく成長していた。
 特に胸が成長著しい。
 ケイトリン先生もヴァレンティーナもスレンダーな体型なのに、ティファニーはむっちりと出るところは出ている豊満な体つきになっていた。
 彼女と二人っきりという状況に、僕の動悸が激しくなる。
 「ティ、ティファニー…」
 「ジュリアン様、少し休憩なさってください。これはマルゲリータ様からのお菓子ですわ」
 「あ、ありがとう…。いただくよ」
 視線を逸らしながらそういえば、ティファニーは手際よくお茶の準備をしてくれる。
 「グリフィン様から聞きました。襲名の儀はとてもご立派だったと…。遅くなりましたが、クルーガー伯爵位の襲名、おめでとうございます」
 「あ、うん…」
 「明日には発たれてしまうのですね。寂しいです」
 「…」
 「会ったばかりの頃、ジュリアン様には色々失礼な態度を取ってしまって…。でもジュリアン様は笑って許してくださいました。まるで昨日のことのようです」
 「…」
 お茶の準備が整った。
 黙りこくっている僕に対し、ティファニーは綺麗に礼をする。
 「それでは、私は失礼いたします」
 「…、待って!」
 踵を返してドアノブに手をかけようとしていたティファニーをとっさに呼び止める。
 「あの…」
 「はい…」
 「手紙を、書くから。ティファニーに」
 グリフィン様でもマルゲリータ様でも、ケイトリン先生でもなく。
 「だから、その…」
 「はい。私もジュリアン様にお手紙を書きます」
 「本当に?」
 「本当です」

 さよならは言わなかった。
 見送りの場にティファニーは用事を言いつけられていたらしく来なかったからだ。
 だからこそ、ケイトリン先生や侍女長が最後にティファニーを寄越してくれたのだろう。
 いつか辺境伯として立派に務めをこなせるようになったら、ティファニーを領地に招待しよう。
 その決心が実るには五年以上の月日を待たねばならないことを、まだ幼い僕は知らなかった。
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