彼の世界、彼女の能力

銀河星二号

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森に棲む研究者

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「こっち。この先」
 敦子が静夫を連れて来たのは、町の外れにある鬱蒼とした森の中だった。
 木の葉の敷かれた一本の小径を二人が進んで行くと、木々の向こうに緑色の屋根の洋館がだんだんと見えてきた。
 どうやらあれが大学研究室の別棟らしい。
「あっちゃん、あそこ?」
「そのはずだけど……聞いてる分には」
 近づいて見てみると、洋館の壁には蔦が激しく絡まり、壁にはひびが入っていた。
 足元には落ち葉が三十センチぐらい深々と積もっている。
 木の窓枠はくすんで乾いて節目がくっきりと刻まれていた。
 有り体に言えば廃墟然としている。
「確か……壁に蔦って夏に涼しいんだったかな……」
「へー、シー君良く知ってるねー」
「うろ覚え」
「なーんだ」
「まあ、これはそういうのじゃ無いとは思うけど。……とりあえず中に入ってみよう」
 静夫は洋館のドアに手をかけて押した。
 ギィーという音と共にドアは開いた。
 中は暗かった。
 二人はそっと洋館の中へ入った。
 目が慣れてくると二階のある玄関ホールと、薄暗い一階の廊下が奥へと続いているのが見えてきた。
 廊下の天井には電球があるようだが、点いてはいなかった。
「なんか怖くない?あっちゃん?ここでいいの?場所違わない?」
「大丈夫だよ」
 廊下を奧へ奥へと歩いていくと、一つの白いドアが見えてきた。
 小窓から灯りが漏れている。
 近付いて見ると、ドアに「笹乃研究室」と書いてある札が貼ってあった。
 敦子はそのドアの前に立ち、そっとノックして名乗った。
「敦子です」
 するとドアが開き、一人の白衣の女性が出て来た。
 女性は二人を見ると笑いかけてきた。
「どうも、ボクが笹乃です。笹乃涼子」
 ボクと言った彼女は短髪黒髪の女の子で、なぜか敬礼をしていた。
 研究者らしく白衣を着ているのだが、目立っていたのはその胸の大きさ。
 静夫は思わずジッと彼女の胸に見入ってしまった。
 敦子は静夫の尻をつねった。
「ィててっ!あっちゃん!痛いって!」
「……見てるんだもん」
 敦子は気を取り直して涼子に軽く手を振って挨拶をした。
「涼子ちゃん、久しぶり。こっちが話してたシー君」
「……どうも、神原静夫です」
 静夫は少しバツが悪そうに挨拶をした。
 涼子は静夫に近づくと、正面に立って静夫を見上げた。
 静夫と涼子は頭二つ分ぐらいの身長の差があった。
「君、背高いね」
「百八十は無いんですけど。七十七ぐらいだったと思います」
「ふぅん」
 涼子は下から興味深げに静夫の顔を左右から交互に見た。
「で、何か?話があると聞いたのだけれど」
「あの……セミのことで」
「セミ……?」
 涼子は少し目を見開き、驚いた表情をしたが、すぐに話を続けた。
「まあ、茶でもいれよう。かけたまえ。そこにテーブルらしき物があるから……そこに」
 涼子が指差した先には、古めかしくシンプルな、理科室にあるような、ごつい白いテーブルがあった。
 二人が椅子に座り、周りを見渡すと、周りには棚が幾つも並んでいた。
 棚に標本やら薬剤やら色々な物が見えた。
 三十センチぐらいあるカブトムシの標本もあった。
 辺りにはアルコールの匂いがそこはかとなく漂っている。
 しばらく二人がそれを眺めていると、涼子がお茶を淹れて持ってきた。
「どーぞ」
 涼子がお茶を配り終わって席に着いたのを見計らうと、静夫は話を切り出した。
「あの……早速ですけど」
「何かな?」
 涼子はニッコリ笑ってテーブルに身を乗り出して来た。
 顔と胸が大変近い。
「あ、あの……セミって……天候と関係ありますか?」
「……天候?うん、まあ雨だとあまり鳴かないかな。ほら、日光の明るさに反応するから」
「いえ、あの……妙なことを聞くと思いますけど、セミが鳴くと……雨が降ると言うことはありませんか?」
 涼子は、しばらく静夫の顔を見つめたまま固まった。
 そして上を向いてしばらく考え、右を向いて再考し、左を向いて熟考し、こう言った。
「……いや無いが?そんな話は初耳だな。メモしておこう。いい研究対象だ。まさかとは思うがなかなか面白い」
 敦子はジト目でニヤリとしながら、ほら言わんこっちゃ無いと言う顔で静夫を見ている。
 静夫は敦子を無視しつつ、なおも話を続けた。
「それに……最近この辺で見かけるセミ、鳴き声にどうも違和感があるんです!何か知ってませんか?」
 涼子は静夫の両手を突然はっしと掴んだ。
「……君もそれに気付いていたとは!……しょうがない、ボクの知っていることを話そう」
「は?」
「実はボクもね、何か鳴き声がおかしいセミがいるなと思って、最近調べ始めていたんだ」
「そうなんですか!」
「ボクはね、あれは新種のセミだと思うんだ!シー君!君もそうは思わないかい?」
「……新種?あぁ、その可能性もありますね」
 涼子は静夫の手を放すと、手を広げ、うっとりとした表情でこう話し出した。
「多分、あれは外来種……外国船から入って来た南方のアブラゼミの亜種だろう。それが在来種と交尾……あ、いや交配して」
 涼子は一瞬固まった。
 何かを高速で考えているらしい。
「……待て待て涼子。もしかしたら突然変異もありうるじゃないか!こう、気候が天候が大変化で地磁気が渦巻いて!そう、地磁気がスパイラルに遺伝子に影響した可能性……!」
 そう言って、はたと我に帰ると、静夫の方に向き直った。
「それで、シー君!」
「……あの、神原と呼んでください」
「それでは神原君、二人とも意見が合ったことだし、ここは一つ、二人でサンプルを一緒に捕まえに行こうではないか!」
「捕まえに!?セミを?行きましょう!是非!」
「そうか!ありがとうーっ!」
 そう言って涼子は静夫に抱きついた。
 そして目を瞑って両手で静夫の腰のあたりを愛おしそうに撫で始めた。
 静夫は何やら腰の位置がおぼつかなくなった。
「いや、ボク一人だとなかなか捕まらなくてね。人手が欲しいと思っていたとこだったんだよ」
「は、はあ……」
「き、君、網は……得意かな?」
「ふ、普通に使えますけど……あの……」
「何かな?」
「か、体が反応して……あの……胸が……」
 涼子はそう言われてぱっと静夫から離れた。
「な、何か固い物が当たると思ったら……きききき、君って奴は……」
「す、すいません……」
 二人はお互いにもじもじとしている。
 敦子は呆然と目と口を開いたまま、静夫と涼子を交互に何度も見返した。
「シー君、あたしも行くから!虫取り!」
 次の日。天候は晴れだった。
 一行は町の中央にある小山の雑木林にやってきた。
 陽光の下、さわさわと木々の葉が揺れている。
 三人は木々の間を縫うように歩いた。
 周りを見回すとセミがミンミンジージーオーシーツクツク鳴いている。
 涼子はふと立ち止まると辺りを見渡した。
「あれは……ミンミンゼミ。こっちは……普通のアブラゼミ。……しかし今日はセミが多いな神原君」
「多いですね……今日は天気もいいし暑いし、よく鳴いてますね」
「そうだな……ところで、敦子ちゃん、その格好は虫取りには少し向いてないのでは?もっとこうワイルドでネイチャーな感じがいいぞ?この私のように」
 敦子は体のラインがぴっちり出る、太ももぐらいまでの短めの白いワンピースを着て来ていて、頭にはつば広帽子を被っている。
 涼子はと言うと、サファリパンツにハイソックス、茶色のタンクトップ、そしてサファリハットを被っていた。
 ついでに言うと静夫はティ-シャツにジーンズ、頭に黒のバケットハットという格好である。
「だって……負けてらんないし!そんな凶悪ウェポンに負けませんよーだ。我に対抗策あり!」
 敦子は涼子を指差し、静夫の腕にパッとひっついた。
 涼子は腰に手を当てつつ、こう言った。
「まあ、いいけどね。藪の中に虫いるから、あまり生足で入らない方がいいよ敦子ちゃん。じゃ、二人とも後ろ付いてきてー」
 しばらく三人は森を探索した。
 セミは当然のように山ほどいたが、目的の変わったセミは見つからなかった。
「いないな……普通のセミばかりじゃないか」
「涼子さん、この先の開けた場所に大きなクヌギの木があるんです。そこへ行ってみましょう」
「ほほう。では行ってみようか」
 しばらく森を進むと視界が開け、広い場所に出た。
 そこは丸い広場のような場所で、地面には一面の草が広く生い茂り、中央に大きなクヌギの木が生えていた。
 高さは四十メーター程はあるだろうか。
 三人はクヌギの木の近くまで行き、木を見上げた。
「これは大きいな。神原君」
「僕も初めて見た時は驚きましたよ」
「場所は……地図によると神社の裏あたりかな?」
「あ、そうなりますね」
「ああ、ここ、さわちんの家の裏なのかー」
 近づくと、妙に金属がかった一匹のセミの声が聞こえてきた。
「いたっ! あのセミの声です! この高周波の混じった音!」
「セミの習性から言って、クヌギの木にとまっているはず。探せ神原君! 敦子ちゃん!」
 三人はクヌギの巨木を丹念に探した。
 しばらくすると静夫が声を上げた。
「いましたよ、涼子さん!あそこ!」
 静夫が指差した先に、一匹のセミが木にとまっていた。
「見つけたな神原君」
 涼子はしばらく観察した後こう言った。
「……ぱっと見アブラゼミだが。見たまえ、羽の色が違う。薄い青紫色だ。なかなか美しいな」
「そう言われて見ると確かに色が違いますね」
「これは大発見かも知れないぞ」
「あっ! 飛びましたよ!」
 セミは飛び立つと、奇妙なジグザグの軌道を描いて飛んだ。
「妙な飛び方をしているな……」
 そして、セミは涼子の近くに生えていた低木に止まった。
「神原君、あ、網を!」
「は、はい……」
「いいか、丁寧に、かつ電光石火で網を被せるんだ。いいな!」
「……はい!」
 静夫はジリジリとセミに近付いた。セミは動かない。
「そこだ!」
 静夫はバッと網を被せた。しかし網の中には何もいなかった。
「あれ?確かに被せたと思ったんだけど」
「神原君、後ろだ!」
 見ると、セミは静夫の後ろをフラフラと飛んでいて、隣にあった木にとまった。
「こんどこそ!」
 静夫はそっと近づくと、渾身の力を込めて網を振った。
 その瞬間、蝉の声、いや周囲の音全てが静寂に包まれたように感じられた。
 静夫が網をかぶせたままでいると、夏の喧騒がまた元に戻ってきた。
 そして、そっと網の中を見てみると、一匹のセミが入っているのが見えた。
「採ったー!」
 セミは網の中でジージージリジリと鳴いている。
「網の上からそっと掴むんだ神原君! 捕獲! 確保ー!」
「は、はい」
 静夫が網の上からセミを押さえ込もうとすると、セミから電撃が走った。
「アチッ!」
「あっ! シー君大丈夫?」
 端で眺めていた敦子が駆け寄る。
「あ、うん、何か電気が一瞬走っただけ」
 そしてセミは動かなくなった。
 声も出していない。
「今のはなんだい? 神原くん?」
「セミから電撃? 何ですかね」
「電撃? 新しいな。ウナギのようなものかな」
 静夫は網をそっと掴み、裏返してセミを取り出したが、セミは動かなかった。
 しかし、妙なことに気付いた。
 それは確かにセミの形をしていたが、作り物のようなのだった。
「これは……作り物?」
「なんだと? 新種では無いのか……」
 静夫は捕まえた蝉をつついた。コンコンと金属音がした。
「金属ですね。羽は……良く分からないですけど、透明なフィルムのような材質で出来ていて……やはり作り物です」
「誰かの悪戯か? たちが悪いな」
 その時、木の上から一人の男の声がした。
「ハッハッハッ! どうやら気付いたようだね、君達!」
 見上げると、クヌギの木の上に一人の男が太陽を背負って、シルエットになって立っていた。
 それはこの間の商店街に現れた、シルクハットの男だった。
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