27 / 105
異世界の残酷な洗礼編
026:祈り
しおりを挟む
◇◇◇
――深夜の馬小屋に一人の来客が訪れる。
深めにフードを被り、体型がすこし大きめの娘である桜だった。
「ふぅ……今日は結構もらちゃったな。戦極さん喜んでくれるといいんだけどな」
「喜ぶと思うよ。とくにサクラちゃんからのプレゼントならね?」
突然闇夜からの声。
驚いてその方向を見ると、フェリスが木々の隙間から覗いていた。
「うわ!? びっくりしたぁ~。なんだフェリスさんですか、脅かさないでくださいよ」
「あははゴメンね。今日も虫が変態さんを食べようとしたからね……ほら」
フェリスの足元には二人の死体があった。
その事実に桜は思わず尻もちをつき、持っていた袋を落としそうになるが、意思の力でなんとか抱え持つ。
「ヒッ……し、死んで……」
「ええそう、死んでいるわ。いい機会だから覚えておいてね? この国では人の命より、貴女が持っている袋のほうが重いの」
「そ、そんな! おかしいですよそんなのって」
フェリスは頷くと、悲しそうに空を見上げて口を開く。
「そうね、おかしいわよ。本当になんでこんな事になってしまったのか……」
「フェリスさん……」
フェリスの瞳からは涙が流れ落ちる。
蒼い月に照らされて、その瞳からこぼれ落ちる涙はとてもキレイに見えたが、同時に心の苦しさをも照らし出す。
そんなフェリスの心情を桜は理解すると、そのあと何も言えなくなるのであった。
「ごめんなさいね。さ、変態さんが待っているわ。行きましょう」
「はい。その、フェリスさんの気持ちも考えずにすみませんでした」
「いいのよ、そう言ってもらえるだけで気が楽になるからね。あ、起きてるみたいだよ」
戦極はボロボロの体をさすりながら、上半身を起こしている。
そして桜の姿をみると、痛みを忘れたように微笑みかけるのだった。
「おお桜! 今夜も来てくれたのかよ~、マジで感謝感激桜様!!」
「ち、ちょっと私をおがまないでくださいよ」
「えぇ? だって俺にはこのくらいしか、今はできないからな」
「もうそんな事はいいですって。さ、ケガを見せてください」
慣れたもので、桜は戦極のケガの箇所へと手をそえる。
そして意識を集中すると、昨日とは違いスペルを唱える。
「癒やしの光よ、この手に集まり彼の者を癒せ――ライトヒール」
「うぉ!? なんか昨日より光ったぞ。って、傷が……」
「すごいわねぇ、初級のヒールでほぼ全快じゃないのよ。昨日の事といい、やっぱり勇者てのは破格ねぇ」
「えへへ、今日ジョルジュ先生に教えてもらったの。私には攻撃よりまずはヒールが優先じゃろうって言われてね、がんばりました!」
そういうと桜はフンスと鼻息をはく。
その様子に戦極とフェリスは、思わずクスリと笑うが、立ち上がって桜へと礼を言う。
「桜、今日も本当にありがとうな。明日もなんとかいけそうだよ」
「い、いえ。そんな正面から言われたら恥ずかしいです……あ、そうだ。今日も食事をもって来ましたので、食べてみてください。料理長の自信作らしいですよ」
「おお! 昨日も美味かったが、今日は自信作か。じゃあいただきまっす!」
代わり映えしない携行食のようなものだが……。
ぬお!? 口に入れた瞬間、複雑な旨味が口の中に押し寄せる。
まずは肉の味がガツンと舌先をノックし、その後に野菜のコクと旨味がジワリと広がる。
こんな硬いビスケットみたいな感じなのに、こんな味を出せるなんて……料理長、あんたってやつぁ。
「戦極さん? え、泣いているんですか!?」
「だって美味いんだもん!!」
「ほらほら。サクラちゃんも困っているから、ちゃんと飲み込んでから話しなさいよね」
「う゛ん゛!!」
そんな戦極を見た桜は、歳上なのにかわいいなぁと思いつつも、この劣悪な環境にいつまでも置いてはおけないと思う。
だからこそ、明日のジョルジュからの授業にはぜひ参加してほしい。
「あの戦極さん、明日は先生の所へ行きませんか?」
「あぁ、明日は爺さんの所へといく予定だよ。心配してくれてありがとうな」
「そうですか、よかったぁ~。じゃあ明日迎えに来ますね」
そう言いながら桜は立ち上がる。
ぐるりと小屋の中を見てから、明日の事に桜が思いを馳せると、戦極が話す。
「頼むよ。帰り道は気をつけてな?」
「はい、では明日また来ますね」
桜は手を振り、三度振り向きながら去っていく。
その様子に戦極は手を振りかえし、見えなくなるまでずっと手を振る。
「いい娘ね」
「あぁ。桜がいなければ、俺は死んでいたかもしれない。本当に感謝しているよ」
だからこそ、桜たちは必ず日本へと連れて帰る。
ここまでしてくれたんだ、その恩には報いたい。
それに俺にはそんな事くらいしか出来ないからな。
さて、明日は爺さんか……。
大怪我はなさそうだが、問題は魔力が使えるかどうか、か。
「明日次第で、俺の残りの命も決まりそうな感じだな」
「変態さん……」
そんな戦極にかける言葉もなく、フェリスは言葉をつまらせるのだった。
◇◇◇
――翌朝。
桜が馬小屋へとやって来る。それを見た戦極は馬小屋の掃除をやめて桜へと手を振る。
だが右手が馬糞で汚れていたので、慌てて左手に切り替えたのが桜は見逃さない。
「ふふ、おはようございます戦極さん。別に汚れていても気にしませんよ」
「あはは……見えちゃったか。ちゃんと手を洗うから嫌わないでくれよな」
「もちろんですよ。さ、行きましょうか、ジョルジュ先生も待っていますよ」
「わかった。じゃあフェリス、あとは頼むよ」
「うんわかったよ。変態さん……がんばってね」
戦極は「あいよ~」と気負いなく返事をして、馬小屋から出ていく。
そんな後ろ姿を見て「どうか魔力が使えますように」と、フェリスは数十年ぶりに神へと祈るのであった。
――深夜の馬小屋に一人の来客が訪れる。
深めにフードを被り、体型がすこし大きめの娘である桜だった。
「ふぅ……今日は結構もらちゃったな。戦極さん喜んでくれるといいんだけどな」
「喜ぶと思うよ。とくにサクラちゃんからのプレゼントならね?」
突然闇夜からの声。
驚いてその方向を見ると、フェリスが木々の隙間から覗いていた。
「うわ!? びっくりしたぁ~。なんだフェリスさんですか、脅かさないでくださいよ」
「あははゴメンね。今日も虫が変態さんを食べようとしたからね……ほら」
フェリスの足元には二人の死体があった。
その事実に桜は思わず尻もちをつき、持っていた袋を落としそうになるが、意思の力でなんとか抱え持つ。
「ヒッ……し、死んで……」
「ええそう、死んでいるわ。いい機会だから覚えておいてね? この国では人の命より、貴女が持っている袋のほうが重いの」
「そ、そんな! おかしいですよそんなのって」
フェリスは頷くと、悲しそうに空を見上げて口を開く。
「そうね、おかしいわよ。本当になんでこんな事になってしまったのか……」
「フェリスさん……」
フェリスの瞳からは涙が流れ落ちる。
蒼い月に照らされて、その瞳からこぼれ落ちる涙はとてもキレイに見えたが、同時に心の苦しさをも照らし出す。
そんなフェリスの心情を桜は理解すると、そのあと何も言えなくなるのであった。
「ごめんなさいね。さ、変態さんが待っているわ。行きましょう」
「はい。その、フェリスさんの気持ちも考えずにすみませんでした」
「いいのよ、そう言ってもらえるだけで気が楽になるからね。あ、起きてるみたいだよ」
戦極はボロボロの体をさすりながら、上半身を起こしている。
そして桜の姿をみると、痛みを忘れたように微笑みかけるのだった。
「おお桜! 今夜も来てくれたのかよ~、マジで感謝感激桜様!!」
「ち、ちょっと私をおがまないでくださいよ」
「えぇ? だって俺にはこのくらいしか、今はできないからな」
「もうそんな事はいいですって。さ、ケガを見せてください」
慣れたもので、桜は戦極のケガの箇所へと手をそえる。
そして意識を集中すると、昨日とは違いスペルを唱える。
「癒やしの光よ、この手に集まり彼の者を癒せ――ライトヒール」
「うぉ!? なんか昨日より光ったぞ。って、傷が……」
「すごいわねぇ、初級のヒールでほぼ全快じゃないのよ。昨日の事といい、やっぱり勇者てのは破格ねぇ」
「えへへ、今日ジョルジュ先生に教えてもらったの。私には攻撃よりまずはヒールが優先じゃろうって言われてね、がんばりました!」
そういうと桜はフンスと鼻息をはく。
その様子に戦極とフェリスは、思わずクスリと笑うが、立ち上がって桜へと礼を言う。
「桜、今日も本当にありがとうな。明日もなんとかいけそうだよ」
「い、いえ。そんな正面から言われたら恥ずかしいです……あ、そうだ。今日も食事をもって来ましたので、食べてみてください。料理長の自信作らしいですよ」
「おお! 昨日も美味かったが、今日は自信作か。じゃあいただきまっす!」
代わり映えしない携行食のようなものだが……。
ぬお!? 口に入れた瞬間、複雑な旨味が口の中に押し寄せる。
まずは肉の味がガツンと舌先をノックし、その後に野菜のコクと旨味がジワリと広がる。
こんな硬いビスケットみたいな感じなのに、こんな味を出せるなんて……料理長、あんたってやつぁ。
「戦極さん? え、泣いているんですか!?」
「だって美味いんだもん!!」
「ほらほら。サクラちゃんも困っているから、ちゃんと飲み込んでから話しなさいよね」
「う゛ん゛!!」
そんな戦極を見た桜は、歳上なのにかわいいなぁと思いつつも、この劣悪な環境にいつまでも置いてはおけないと思う。
だからこそ、明日のジョルジュからの授業にはぜひ参加してほしい。
「あの戦極さん、明日は先生の所へ行きませんか?」
「あぁ、明日は爺さんの所へといく予定だよ。心配してくれてありがとうな」
「そうですか、よかったぁ~。じゃあ明日迎えに来ますね」
そう言いながら桜は立ち上がる。
ぐるりと小屋の中を見てから、明日の事に桜が思いを馳せると、戦極が話す。
「頼むよ。帰り道は気をつけてな?」
「はい、では明日また来ますね」
桜は手を振り、三度振り向きながら去っていく。
その様子に戦極は手を振りかえし、見えなくなるまでずっと手を振る。
「いい娘ね」
「あぁ。桜がいなければ、俺は死んでいたかもしれない。本当に感謝しているよ」
だからこそ、桜たちは必ず日本へと連れて帰る。
ここまでしてくれたんだ、その恩には報いたい。
それに俺にはそんな事くらいしか出来ないからな。
さて、明日は爺さんか……。
大怪我はなさそうだが、問題は魔力が使えるかどうか、か。
「明日次第で、俺の残りの命も決まりそうな感じだな」
「変態さん……」
そんな戦極にかける言葉もなく、フェリスは言葉をつまらせるのだった。
◇◇◇
――翌朝。
桜が馬小屋へとやって来る。それを見た戦極は馬小屋の掃除をやめて桜へと手を振る。
だが右手が馬糞で汚れていたので、慌てて左手に切り替えたのが桜は見逃さない。
「ふふ、おはようございます戦極さん。別に汚れていても気にしませんよ」
「あはは……見えちゃったか。ちゃんと手を洗うから嫌わないでくれよな」
「もちろんですよ。さ、行きましょうか、ジョルジュ先生も待っていますよ」
「わかった。じゃあフェリス、あとは頼むよ」
「うんわかったよ。変態さん……がんばってね」
戦極は「あいよ~」と気負いなく返事をして、馬小屋から出ていく。
そんな後ろ姿を見て「どうか魔力が使えますように」と、フェリスは数十年ぶりに神へと祈るのであった。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
【状態異常無効】の俺、呪われた秘境に捨てられたけど、毒沼はただの温泉だし、呪いの果実は極上の美味でした
夏見ナイ
ファンタジー
支援術師ルインは【状態異常無効】という地味なスキルしか持たないことから、パーティを追放され、生きては帰れない『魔瘴の森』に捨てられてしまう。
しかし、彼にとってそこは楽園だった!致死性の毒沼は極上の温泉に、呪いの果実は栄養満点の美味に。唯一無二のスキルで死の土地を快適な拠点に変え、自由気ままなスローライフを満喫する。
やがて呪いで石化したエルフの少女を救い、もふもふの神獣を仲間に加え、彼の楽園はさらに賑やかになっていく。
一方、ルインを捨てた元パーティは崩壊寸前で……。
これは、追放された青年が、意図せず世界を救う拠点を作り上げてしまう、勘違い無自覚スローライフ・ファンタジー!
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】
~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~
ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。
学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。
何か実力を隠す特別な理由があるのか。
いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。
そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。
貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。
オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。
世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな!
※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる