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二の姫
三十四、玉藻
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「え……?」
思わず気が抜けた声が漏れた。信じられない気持ちで忠行を見つめる。
あの、いつも厳格な忠行が自分を褒めている——?
これは夢じゃないかと、小春は自分の頬を思いっきりつねったが、じんじんと頬が痛むだけ。
これは現実なんだ。
当たり前のことに気づいて感動さえ覚える。
「なにやってるんだ」
忠行の呆れ声に、小春はてへへと頭をかいた。まさか、夢だと思ったなんて忠行の前では言えない。
「いや、なんでもありません」
「まさか、俺が褒めるのが珍しいからって、夢だと思ったんじゃあなかろうな」
「い、いいえ!」
内心ぎくりとしたのを悟られぬよう、小春は何度も首を横に振る。
「……まぁ良い。晴明は、このあやかしについて、どこまで知っている?」
「そうですね。妖狐のあやかしで、人を喰らうとしか。かなり力の強いあやかしだとは思っていますが……」
「こいつはな、唐から渡ってきたあやかしだ」
「と、唐から?!」
驚く小春に、忠行はただ頷く。
唐といえば、荒海を越えた先にある国だ。ついこの間まで、ごく限られた者しか、渡ることは許されなかったはずだ。その唐から渡ってきたあやかしだなんて、忠行から聞いただけでは想像もつかないのが本音だった。
「そうだ。お前がよく食べてる唐菓子も、最初は唐から渡ってきたんだぞ」
「そ、それは知ってます! って、父上なんでそのことを!」
「安倍家ではお前の菓子好きは有名らしいな」
たしかにお菓子は好きだ。
でもそれは保憲と一緒に食べるから美味しいのであって、一人で食べる分にはそこまで食い意地が張っているわけではない……はずだ。
「そんなに食い意地がはってますか」
しょぼんと肩を落とすと、がははと豪快に忠行が笑い声をあげる。
「育ちざかりだからな。仕方ない。食べないよりは食べるほうがいいぞ。健康な身体があってこそ、陰陽道を扱えるものだからな」
どこか嬉しそうな面持ちの忠行。こんな風に上機嫌なのは珍しい。
いつもは仕事に追われてばかりで、気が張っているのかもしれない。
「それでだ。お前の使役したあやかしは、唐からやってきた狐のあやかしだ。唐では、妲己と呼ばれていた」
「妲己……」
つぶやく小春に、忠行は頷く。
「妲己は、遠い昔、殷の時代に生まれたあやかしだ。女好きで有名な殷の王に取り入り、贅沢三昧をした。王は妲己の言いなりとなり、妲己が欲しいと言ったものはすべて与え——妲己が殺せと言えばどんな部下だって躊躇なく殺した」
小春は思い出す。
玉藻は、朝顔の君に憑いていたとき、「辛い人生から救ってやる」という話をしていた。取り入った王が何でもすべて叶えてくれる生活をしていたのならば、今こうして慎ましく生きている朝顔の君の人生が辛いものに見えてしまうのかもしれない。
「それで、妲己がなぜここに?」
「……それがな。妲己の言いなりになった王はどうなったと思う?」
「……殺された、のでしょうか?」
「そうだ。どこの骨とも分からぬ怪しい美女にうつつを抜かし、政治を疎かにした王は、忠臣からも民からも反発された。このまま王位につかせておくわけにはいかない。そう判断された王は、殺され、ひとつの国が滅びたんだ」
ごくりと小春は唾を飲み込んだ。
それでは、玉藻のせいで一つの国が滅びたということになる。
そんなあやかしを、自分が使役したというのか。信じがたい事実に、小春は目が回るような気持ちだった。
小春とは違って楽しそうな忠行は、先ほどの呪符を小春の目の前にぶら下げた。
「じゃ、いっちょ喚んでみようか」
思わず気が抜けた声が漏れた。信じられない気持ちで忠行を見つめる。
あの、いつも厳格な忠行が自分を褒めている——?
これは夢じゃないかと、小春は自分の頬を思いっきりつねったが、じんじんと頬が痛むだけ。
これは現実なんだ。
当たり前のことに気づいて感動さえ覚える。
「なにやってるんだ」
忠行の呆れ声に、小春はてへへと頭をかいた。まさか、夢だと思ったなんて忠行の前では言えない。
「いや、なんでもありません」
「まさか、俺が褒めるのが珍しいからって、夢だと思ったんじゃあなかろうな」
「い、いいえ!」
内心ぎくりとしたのを悟られぬよう、小春は何度も首を横に振る。
「……まぁ良い。晴明は、このあやかしについて、どこまで知っている?」
「そうですね。妖狐のあやかしで、人を喰らうとしか。かなり力の強いあやかしだとは思っていますが……」
「こいつはな、唐から渡ってきたあやかしだ」
「と、唐から?!」
驚く小春に、忠行はただ頷く。
唐といえば、荒海を越えた先にある国だ。ついこの間まで、ごく限られた者しか、渡ることは許されなかったはずだ。その唐から渡ってきたあやかしだなんて、忠行から聞いただけでは想像もつかないのが本音だった。
「そうだ。お前がよく食べてる唐菓子も、最初は唐から渡ってきたんだぞ」
「そ、それは知ってます! って、父上なんでそのことを!」
「安倍家ではお前の菓子好きは有名らしいな」
たしかにお菓子は好きだ。
でもそれは保憲と一緒に食べるから美味しいのであって、一人で食べる分にはそこまで食い意地が張っているわけではない……はずだ。
「そんなに食い意地がはってますか」
しょぼんと肩を落とすと、がははと豪快に忠行が笑い声をあげる。
「育ちざかりだからな。仕方ない。食べないよりは食べるほうがいいぞ。健康な身体があってこそ、陰陽道を扱えるものだからな」
どこか嬉しそうな面持ちの忠行。こんな風に上機嫌なのは珍しい。
いつもは仕事に追われてばかりで、気が張っているのかもしれない。
「それでだ。お前の使役したあやかしは、唐からやってきた狐のあやかしだ。唐では、妲己と呼ばれていた」
「妲己……」
つぶやく小春に、忠行は頷く。
「妲己は、遠い昔、殷の時代に生まれたあやかしだ。女好きで有名な殷の王に取り入り、贅沢三昧をした。王は妲己の言いなりとなり、妲己が欲しいと言ったものはすべて与え——妲己が殺せと言えばどんな部下だって躊躇なく殺した」
小春は思い出す。
玉藻は、朝顔の君に憑いていたとき、「辛い人生から救ってやる」という話をしていた。取り入った王が何でもすべて叶えてくれる生活をしていたのならば、今こうして慎ましく生きている朝顔の君の人生が辛いものに見えてしまうのかもしれない。
「それで、妲己がなぜここに?」
「……それがな。妲己の言いなりになった王はどうなったと思う?」
「……殺された、のでしょうか?」
「そうだ。どこの骨とも分からぬ怪しい美女にうつつを抜かし、政治を疎かにした王は、忠臣からも民からも反発された。このまま王位につかせておくわけにはいかない。そう判断された王は、殺され、ひとつの国が滅びたんだ」
ごくりと小春は唾を飲み込んだ。
それでは、玉藻のせいで一つの国が滅びたということになる。
そんなあやかしを、自分が使役したというのか。信じがたい事実に、小春は目が回るような気持ちだった。
小春とは違って楽しそうな忠行は、先ほどの呪符を小春の目の前にぶら下げた。
「じゃ、いっちょ喚んでみようか」
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