51 / 58
三の姫
四十八、殿上人
しおりを挟む
「小春、どうしたんだ?」
はっと気づくと、小春の先を歩いていたはずの保憲が目の前にいた。心配そうな面持ちで、小春を見つめている。
「なにか、見えたのか?」
保憲の言葉に、小春は隠さずうなずいた。まだ上手くは言えないけれど、今の光景が鍵になるという核心があった。
「頭中将さまの背中に、女の人が見えました。白檀の香りが漂って……。許してって、聞こえました」
保憲にだけ聞こえるように、小さな声で要点だけを伝える。
それを聞いただけで、保憲には検討がついたのだろう。
「左大臣家の姫君だろうか」
静かにそうつぶやく。小春は素直にわからないと答えた。頭中将に憑いているだけで、そう決めつけてしまうのはまだ早い。ただ、十中八九そうだろう、と思っている自分がいた。
「あやかし、と言っていいのかわかりません。彼女から、敵意は感じませんでした」
「たしかに、あやかしの気配はしなかったな。……気をつけよう。もし、彼女があやかしに変化したら、憑かれている頭中将が真っ先に狙われるだろう。ともすれは、恋敵であっただろう葵の君も狙われるかもしれない。どちらも守れるように、気は抜くな」
「はい」
力強くうなずく。
朝顔の君のとき、小春は誓った。
もっと、多くの人を守れる自分になりたいと。あれから、玉藻を仲間にした。陰陽師として、すこしではあるが、強くなった自信がある。
小春は胸元に忍ばせている呪符に手を伸ばした。そこから玉藻の気配を感じながら、心を落ち着けるために吸って吐いてを繰り返す。
式神として使役している相手との間には、特殊な繋がりができる。小春も、玉藻を使役してからというもの、どこかしこで玉藻の気配を感じていた。おそらく、小春が玉藻を喚びだすときに使う呪符を通じて、玉藻も外の様子を見ているのだろう、と小春は思っている。
葵の君に通された部屋のなか、葵の君と向き合うかたちで、小春たちは座る。
葵の君は、先ほどより顔色が悪く、体調が優れないように見えた。
「……保憲殿。でしたよね? あなた方がこの屋敷にいらっしゃったのはなぜですか?」
「それは——」
「頭中将さまは黙っててくださる?」
口を挟もうとしていた頭中将は、ぴしゃりと葵の君に言われて口をつぐむ。
「あなたには後でたっぷりお話がありますので、すこし静かにしていてくださるかしら」
凍てつくような葵の君の視線に、小春も思わず体を震わせた。
瑠璃色と単青の襲を纏った葵の君は、歳を重ねた女性らしい落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。心地よく低い声が、ぴしりと空を震わせている。
それと相対する頭中将が身につけている深みがある葡萄染の狩衣も、上品で色気のある頭中将に映えていた。
「私たちがここに来たのは、葵の君に聞きたいことがあったからです」
そんな高貴な2人が醸し出す雰囲気のなか、怖気付くことなく、保憲が語り出した。
はっと気づくと、小春の先を歩いていたはずの保憲が目の前にいた。心配そうな面持ちで、小春を見つめている。
「なにか、見えたのか?」
保憲の言葉に、小春は隠さずうなずいた。まだ上手くは言えないけれど、今の光景が鍵になるという核心があった。
「頭中将さまの背中に、女の人が見えました。白檀の香りが漂って……。許してって、聞こえました」
保憲にだけ聞こえるように、小さな声で要点だけを伝える。
それを聞いただけで、保憲には検討がついたのだろう。
「左大臣家の姫君だろうか」
静かにそうつぶやく。小春は素直にわからないと答えた。頭中将に憑いているだけで、そう決めつけてしまうのはまだ早い。ただ、十中八九そうだろう、と思っている自分がいた。
「あやかし、と言っていいのかわかりません。彼女から、敵意は感じませんでした」
「たしかに、あやかしの気配はしなかったな。……気をつけよう。もし、彼女があやかしに変化したら、憑かれている頭中将が真っ先に狙われるだろう。ともすれは、恋敵であっただろう葵の君も狙われるかもしれない。どちらも守れるように、気は抜くな」
「はい」
力強くうなずく。
朝顔の君のとき、小春は誓った。
もっと、多くの人を守れる自分になりたいと。あれから、玉藻を仲間にした。陰陽師として、すこしではあるが、強くなった自信がある。
小春は胸元に忍ばせている呪符に手を伸ばした。そこから玉藻の気配を感じながら、心を落ち着けるために吸って吐いてを繰り返す。
式神として使役している相手との間には、特殊な繋がりができる。小春も、玉藻を使役してからというもの、どこかしこで玉藻の気配を感じていた。おそらく、小春が玉藻を喚びだすときに使う呪符を通じて、玉藻も外の様子を見ているのだろう、と小春は思っている。
葵の君に通された部屋のなか、葵の君と向き合うかたちで、小春たちは座る。
葵の君は、先ほどより顔色が悪く、体調が優れないように見えた。
「……保憲殿。でしたよね? あなた方がこの屋敷にいらっしゃったのはなぜですか?」
「それは——」
「頭中将さまは黙っててくださる?」
口を挟もうとしていた頭中将は、ぴしゃりと葵の君に言われて口をつぐむ。
「あなたには後でたっぷりお話がありますので、すこし静かにしていてくださるかしら」
凍てつくような葵の君の視線に、小春も思わず体を震わせた。
瑠璃色と単青の襲を纏った葵の君は、歳を重ねた女性らしい落ち着いた上品な雰囲気を醸し出している。心地よく低い声が、ぴしりと空を震わせている。
それと相対する頭中将が身につけている深みがある葡萄染の狩衣も、上品で色気のある頭中将に映えていた。
「私たちがここに来たのは、葵の君に聞きたいことがあったからです」
そんな高貴な2人が醸し出す雰囲気のなか、怖気付くことなく、保憲が語り出した。
0
あなたにおすすめの小説
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる