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三の姫
四十九、姫君
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「陰陽師のあなたが、なぜ私と話をしたがるのよ」
「そう言われるのも無理はありません。……以前、私から文を差し上げたのですが、ご覧になりましたか?」
保憲の問いに、すこし考える素振りをして、葵の君は首を横に振った。
「……いえ。記憶にないわ」
「そうですか。私ども陰陽師は、この宮中で起こるあやかし事件を追っています。この度も、その一環として参りました。——単刀直入にお聞きします。左大臣家の姫君が亡くなった事件に、あなたは関与していますか?」
「……っ! 兄上!」
あまりの言い方に、小春は思わず声をあげた。保憲は、気にせずに葵の君を見つめている。
「あなたも、頭中将さまと同じことをおっしゃる。……そう。私が疑われているということね」
保憲の視線を真っ直ぐに受け止め、葵の君は静かに言った。言葉は静かだが、わなわなと、真っ赤に塗られた唇が震えていた。
「私は、あの姫君とは無関係だわ。一度も会ったことがない。どうして、私を疑うのよ」
「左大臣家の姫君が、どのように亡くなられたのか、ご存知ですか?」
「……いえ」
「ご自身の持っていた釵子で、喉を貫かれたのです」
そこまでは知らなかったのか、葵の君は驚きに目を見開いた。元々青白かった顔色が、さらに蒼白になる。
「なぜ……」
「その理由を探るために、これまで私たちは動いてきました。左大臣は、姫君が亡くなったのはあやかしのせいだと」
「……」
「左大臣家の姫君は、頭中将さまと恋仲でした。そこから、何か手がかりを見つけられないかと、探しているうちにあなたにたどり着いたのです」
「要するに、私が姫君を恨んだってことを言いたいの? それは違うわ。だって——恨まれているのは、私の方よ」
そう言って、葵の君は震える手で頭中将を指さした。
「でなかったら、さっきからあなたの後ろに見えるそれはなんなの……?!」
葵の君に指を突きつけられた頭中将は、みるみるうちに顔色を青くした。
小春の目にも、見えていた。
——あの女が、頭中将の後ろで、渇いた音を立てて泣いていた。
泣き声は、掠れて聞こえない。
それでも、何故か泣いているのだと分かった。
「葵の君も、ご覧になっているのですか?」
小春は、葵の君に声をかけた。
彼女は、小春を縋り付くような目で見る。
「あなたにも、見えるの?」
「はい。彼女は、泣いていませんか?」
小春の問いに、葵の君は何度も首を縦に振る。
「今のところは、こちらに危害を加える恐れは低いです。……彼女に、心当たりはないのですね?」
保憲と同じように、小春も強いて静かに葵の君にたずねた。
「な、ないわっ! たしかに、私はあの子に頭中将さまを取られたと言ってもいいかもしれない。でも、それを恨んだことなど、一度もなかったわ——!」
それが葵の君の本心だということは、すぐに分かった。葵の君は、震えながら、それでも頭中将の後ろにいる女を見据えている。
「ごめんなさい……。あなたに、恨みなんて、ないのよ……。ぜんぶ、私が悪かったのだもの……」
葵の君の瞳からは、はらはらと涙がこぼれ落ちていた。
「そう言われるのも無理はありません。……以前、私から文を差し上げたのですが、ご覧になりましたか?」
保憲の問いに、すこし考える素振りをして、葵の君は首を横に振った。
「……いえ。記憶にないわ」
「そうですか。私ども陰陽師は、この宮中で起こるあやかし事件を追っています。この度も、その一環として参りました。——単刀直入にお聞きします。左大臣家の姫君が亡くなった事件に、あなたは関与していますか?」
「……っ! 兄上!」
あまりの言い方に、小春は思わず声をあげた。保憲は、気にせずに葵の君を見つめている。
「あなたも、頭中将さまと同じことをおっしゃる。……そう。私が疑われているということね」
保憲の視線を真っ直ぐに受け止め、葵の君は静かに言った。言葉は静かだが、わなわなと、真っ赤に塗られた唇が震えていた。
「私は、あの姫君とは無関係だわ。一度も会ったことがない。どうして、私を疑うのよ」
「左大臣家の姫君が、どのように亡くなられたのか、ご存知ですか?」
「……いえ」
「ご自身の持っていた釵子で、喉を貫かれたのです」
そこまでは知らなかったのか、葵の君は驚きに目を見開いた。元々青白かった顔色が、さらに蒼白になる。
「なぜ……」
「その理由を探るために、これまで私たちは動いてきました。左大臣は、姫君が亡くなったのはあやかしのせいだと」
「……」
「左大臣家の姫君は、頭中将さまと恋仲でした。そこから、何か手がかりを見つけられないかと、探しているうちにあなたにたどり着いたのです」
「要するに、私が姫君を恨んだってことを言いたいの? それは違うわ。だって——恨まれているのは、私の方よ」
そう言って、葵の君は震える手で頭中将を指さした。
「でなかったら、さっきからあなたの後ろに見えるそれはなんなの……?!」
葵の君に指を突きつけられた頭中将は、みるみるうちに顔色を青くした。
小春の目にも、見えていた。
——あの女が、頭中将の後ろで、渇いた音を立てて泣いていた。
泣き声は、掠れて聞こえない。
それでも、何故か泣いているのだと分かった。
「葵の君も、ご覧になっているのですか?」
小春は、葵の君に声をかけた。
彼女は、小春を縋り付くような目で見る。
「あなたにも、見えるの?」
「はい。彼女は、泣いていませんか?」
小春の問いに、葵の君は何度も首を縦に振る。
「今のところは、こちらに危害を加える恐れは低いです。……彼女に、心当たりはないのですね?」
保憲と同じように、小春も強いて静かに葵の君にたずねた。
「な、ないわっ! たしかに、私はあの子に頭中将さまを取られたと言ってもいいかもしれない。でも、それを恨んだことなど、一度もなかったわ——!」
それが葵の君の本心だということは、すぐに分かった。葵の君は、震えながら、それでも頭中将の後ろにいる女を見据えている。
「ごめんなさい……。あなたに、恨みなんて、ないのよ……。ぜんぶ、私が悪かったのだもの……」
葵の君の瞳からは、はらはらと涙がこぼれ落ちていた。
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