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正妻戦争(13)

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 俺は、思わず唾を呑み込んでいた。
 ベックもセフィも二人とも神妙そうな表情を見せてきたからだ。
 何か重い病気なのだろうか? と心配せずには要られない。
 椅子に座りながら俺は思わずコブシを握り締めていた。
 俺の様子を見たセフィが、「ハッキリとは言えないけどね」と、前置きとも呼べる言葉を紡いできた。
 
「もしかしたら獣人特有の病気かも知れないね……」
「ま、まさか――!? 命に関わる病気なのか?」
「それは分からないね。一度、そのリルカって娘に会って容態を見ないことには何とも――」
「そうか……」
 
 俺は、セフィの言葉を聞いて言い淀む。
 それと同時に、最悪の想定をしてしまった。
 俺みたいにモテない男が、リルカのような美少女を妻にしたこと自体、奇跡に近いのだ。
 
 ――そう。
 今までが順調に物事が進み過ぎていたのだ。
 
「そう落ち込むことはないさ! 一度、リルカって娘を連れてきなよ!」
「ああ、分かった……」
「そうすっよ! 旦那! 元気を出してくださいよ!」
 
 二人が俺を元気づけてくれていることは、俺でも分かる。
 つまり、それだけリルカは危険だというのだろう。
 俺は二人の話を話半分に聞いたあと、宿屋へ一人戻った。
 
 
 
 ――どうやって戻ったのか覚えていない。
 俺は呆然と部屋の扉を開ける。
 すると、リルカが俺のベッドでお腹を押さえて寝ていた。
 やはり二人の言うとおりに命に関わる病気なのだろう。
 リルカの容態を見ないと分からないと言っていたが気休めに過ぎないというのは、察しの悪い俺でもわかってしまう。
 
「……リルカ」
 
 俺は、下着姿になるとベッドで横になった。
 もちろん隣にはリルカが寝ている。
 俺は、彼女の頭を撫でながら眠りについたが、何度もリルカが死んでしまう夢を見て殆ど寝ることが出来なかった。
 ベッドの上で座ったまま、リルカの頭を撫でていると、「旦那! 大変ですぜ!」と、ベックが慌てた様子で部屋に入ってくる。
 
「どうかしたのか?」
 
 俺としては、リルカ以上に大変なことなんて無い。
 とても淡白な反応をしたと思う。
 
「それがですね! 旦那が言っていた正妻戦争ですが今日の正午から日が暮れるまで行うらしいんですよ!」
「……リルカが、こんな容態なのにか?」
 
 俺の妻が命に関わる病気かも知れないというのに、よく正妻戦争なんてバカな事をしていられるものだ。
 俺は自分でも信じられないくらい苛立っていることに気がつく。
 
「旦那……」
「分かっているさ――。獣人の掟とか言うんだろう? 正直、そろそろ、その掟ってのがむかついてきたところだ」
「旦那!?」
 
 一瞬、殺気を放ってしまった。
 本能からだろう。
 ベックは俺から距離をとっていた。
 
「すまない……」
「――い、いえ……。それで、詳しい症状を知りたいって姉さんが、カンダの旦那の奥さんを連れてきてほしいと――」
「分かった」
 
 俺は、リルカを抱き上る。
 リルカは、薄く瞼を開けると俺の胸元の服を強く握り締めてきた。
 彼女も気がついているのだろう。
 自分が病を患っているということを――。
 
「大丈夫だ――」
 
 俺は、リルカを抱き上げたまま宿屋から出てベックの馬車に乗せる。
 
「旦那、これを――」
 
 リルカを馬車に乗せたあと、ベックが透明な液体が入った瓶を差し出してきた。
 俺は、ベックから透明な液体の入った瓶を受け取る。
 
「それは、旦那の姿を一時的に偽装する薬らしいんですよ」
「俺の姿を偽装?」
「そうです。旦那の姿を一日だけ、自分が思い描いた誰かの姿に変えることが出来るらしいんですよ!」
「……なるほど――。セフィは……」
 
 俺がリルカと分かれないようにと、短い寿命でも一緒に居られるようにと、戦って勝って来いと言うわけか……。
 
「旦那……、何か勘違いしていま――「いいんだ!」……え!?」
 
 俺は、ベックが元気付けようとしてくれた言葉を遮る。
 もう覚悟は出来ている。
 セフィが、俺に薬をベックと通して渡してきたということは、そういうことなのだから。
 
「俺は、お前達の思いを無駄にはしない!」
 
 俺は、リルカを見ながら透明な液体が入っている薬瓶を飲み干す。
 そして、景気づけに空になった瓶を地面に叩きつけて割る。
 後ろからベックが、「ガラス瓶は高いのにいいいい」と、言う声が聞こえてくるが後で弁償すれば問題ない。
 
 俺は自分の姿がリルカそっくりに変わった事に、セフィの薬師としての実力を垣間見た。
 ただ、これからのことを考えて、すぐに意識を切り替える。
 
 いまから俺は、リルカの代わりに正妻戦争に出るのだから。
 たとえ、正妻戦争に勝ったとしてもリルカと一緒に暮らせる時間は短いだろう。
 だからこそ! おれは! 負けるわけにはいかないのだ!
 
「ベック、リルカのことは任せたぞ!」
「旦那! わかりました!」
 
 俺は、ベックが答えてきたのを聞いたあと、ニードルス伯爵が居る建物へと走り出した。
 
 
 
 ――ニードルス伯爵と会話した建物。
 
 その前に到着したときには、すでにニードルス伯爵だけではなく、山猫族や狼族の女性達、そしてエルナや女神ソルティが待っていた。





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