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第27話 なんであんなのが

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「まだ少し明るいな」
「そ、そうだね」

 日がのび、落ち切らない夕方。サングラス越しにこっちを向きながら喋るイヴェリスを隣に感じながら、駅までの道のりを歩く。

「……手でも繋ぐか?」
「え゛」
「ふっ――どっから声を出している」
「へ、変なこと言うから!」

 ふいに言われた言葉に、思わずイヴェリスの方を見てしまう。すると、またからかうようにイヴェリスが笑っていて、ムカつく気持ちと、過剰に反応し過ぎて恥ずかしい気持ちがぐちゃぐちゃに入り乱れる。

「お前は本当におもしろいな」
「おもしろくない!」
「怒るな」
「お、怒ってないけど」

 前から歩いて来る人たちが、すれ違う度にイヴェリス見たさにもう一度振り返る。いや、見るでしょこんなイケメン。見るよね、うん、見る。私だって見たいくらいなのに! 隣にいる私は直視ができずに、ただただ前だけを見ていた。

 駅の方までくると、人がだいぶ増え、イヴェリスへの注目度も集まってゆく。
 自分が見られているのを気付いているのか、気づいていないのか知らないけど。それよりも、彼の関心は明らかに『駅』に向かっていることだけはわかる。

「ん、これ」
「なんのカードだ?」
「これを、あそこの光ってるところにピッてして通って」
「なぜだ」
「この中にお金が入ってて、あそこにかざすと支払われるの」
「これでか!? ここに、金が?」
「ぷっ」

 目をまん丸くし驚くイヴェリスに、思わず笑いがこみあげる。

「先にやってみるから、真似してみて」
「わ、わかった」

 改札の前まで来て、お手本のためにイヴェリスを残しスマホをかざして改札を通る。それを見ながら、何が起こったかわからないと言った状態でポカンと立っているイヴェリスを、手招きで呼ぶ。
 そして、イヴェリスも少し緊張気味な顔をしながら、おそるおそる改札を通ってくる。

「で、できた! できたぞ!」
「シーッ!」

 よほど嬉しかったのか、少し大きな声を上げるもんだから、周辺に居たひとたちが一気にイヴェリスの方を見た。

「駅はすごいな! 」
「うん、わかったからちょっと落ち着こう」
「ああ、そうか、すまない」

 興奮すると、決まってイヴェリスは魔力がにじみ出てくるからフワッと甘い香りが辺りに漂いはじめる。

「デンシャをこんなに近くで見たのは初めてだ」
「ここから乗るからね」
「わかった」

 初めてコンビニに行ったときのように、高まる気分を抑えきれないといった感じで辺りをキョロキョロと見渡す。乗る電車がホームに入ってくると「おおっ」と、小さく歓喜の声をあげながら一歩あとずさった。

 ドアが開き、他の人と一緒に電車に乗り込む。歩いている時と違って、車内だとほとんどの人がスマホに夢中でイヴェリスの存在に気付いていないのが救い。

 ゆっくりと動き出す電車。声こそあげないものの、ドアにへばりついて流れる景色を楽しそうに見ている姿は、本当に5歳児だ。

「あの人かわいい」
「えーやば、スタイルよすぎ」

 近くに座っていた女子高生たちがイヴェリスの存在に気付くと、ヒソヒソと会話が漏れてくる。イヴェリスが褒められているのに、なぜか隣にいる私が誇らしい気分になってきて、ハッと『あんな彼氏いたら自慢する』と言っていた楓を思い出してしまった。

「イヴェ……じゃなかった、ナズナ、扉開くからそこ離れて」
「あ、ああ」

 外ではナズナって呼ぶことになっているけど、呼び慣れてなさ過ぎて逆に恥ずかしい。でもそれはイヴェリスも同じみたいで、私にナズナと呼ばれると少しくすぐったいような表情をする。

「次の駅で降りるよ」
「もう終わりか? もう少しここに居たい」
「また今度ね」

 山手線一周くらいしないと満足しなさそうなイヴェリスは、電車がホームに入るとドアの向こう側にいる人の多さに少し驚いていた。大きな駅っていうのもあるけど、ちょうど帰宅ラッシュの時間で、いつも以上に人がいた。

「人間が多いな」
「大丈夫?」
「ああ、問題ない」

 電車に乗ろうとする人たちが、電車から降りてくるイヴェリスを見る。
 まるでパリコレのように、その人たちを割って颯爽と歩くイヴェリスの姿に、女の人だけじゃなく、男の人の視線まで奪っていった。

 初めての土地、たくさんの人間。ずっと家にいたイヴェリスにとっては、興奮材料でしかない。右に左に雑多に行き交う人たちの中で、どう歩いていいのかわからないようで、彼はすぐに立ち往生してしまう。

「蒼、待ってくれ」

 さっきまでずっと嬉しそうな顔をしていたのに、今は私に着いてくるのでいっぱいいっぱいとでもいうように、困惑した表情で少し後をついてくる。私からは見失うことはないけど、イヴェリスはすぐに私を見失いそうになるのか、その度に不安気な声が後ろからとんできた。

「ここにいるよ」
「あまり離れないでくれ」
「ごめん。人間にもみくちゃにされてるのがおもしろくて」
「なっ」

 さっきからかわれたお返しとばかりにからかい返すと、イヴェリスは少しムッとした顔をする。

「ならば、こうすればいい」
「ちょっと」

 かと思えば、人が行き交う改札の前で、イヴェリスは強引に私の手を掴んできた。

「これで離れることはないだろ」
「なにそれっ」
「俺が迷子になったらどうする」
「飛んで帰ってくればいいでしょ」
「こんな人間が多いところじゃ無理だ」
「……い、今だけだからね」

 手を掴まれたことが、まるで迷惑とでもいうような雰囲気を出しながらも、内心は嬉しくて今すぐにでも握り返したい気分。コンビニに行く時に手を繋いだ時とは、明らかにドキドキの感覚が違う。今日のは間違いなく、嬉しいドキドキだ。

 一方的に掴まれるだけの手の握り方。あっちが手を離せば、この繋がりはすぐに解けてしまう。自分から握り返す勇気はないくせに、ずっと離さないでほしいなんて、自分勝手なズルい思いを押し付けて。

 この幸せが一生続けばいいのに――

 そんなことを考えながら赤信号を待っていると、後ろから聞こえてきた声に、ズキンと心が痛む。

「え、やば、イケメンすぎ」
「隣の彼女かな」
「いや、ないっしょ」
「でも手繋いでない?」
「うわ、マジだ。もったいな!」
「あのレベルならもっと可愛い子じゃない?」
「年齢的にも離れすぎでしょ。なんか同伴とかじゃない」
「あーホスト的な?」
「そそ」
「ありえる」

 勝手に一人で舞い上がっていたけど、王子様なのはイヴェリスだけで。周りから見たら、私はどこかの国のお姫様でもなんでもなくて、ただのモブだ。そう見られるのが普通だ。

“どうしてあんなのが”

 直接的に言われているわけでもないのに、皆からそう言われているような気がして――急に耐えられなくなってくる。

 信号が青になるのと同時に、掴まれている手を解こうと腕を引くと、いつのまにかこっちを見下ろしているイヴェリスと目が合って、離すどころかグイッと引き寄せられ、一本一本指を絡めるようにギュッと握り直された。

「蒼、まずは靴を買いに行こう」
「う、うん」

 それだけで胸がいっぱいになって、何も言えなくて
 ただ少し俯きながら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ
 その手を握り返してしまった――

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