婚約破棄と溺愛のアンソロジー[短編集]

イアペコス

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銀の瞳の辺境伯は、捨てられた薬師令嬢を離さない

第一章:偽りの終焉

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きらびやかなシャンデリアの光が、磨き上げられた大理石の床に乱反射する。王宮の夜会は、着飾った貴族たちの喧噪と、甘美な音楽、そして芳しい花の香りで満たされていた。

その喧噪の中心で、わたくし、セレスティン・フォン・クラインフェルターは、一人立ち尽くしていた。目の前には、婚約者であるジュリアン・ド・ヴァロワ公爵子息。その隣には、彼に寄り添うように立つ、燃えるような赤いドレスをまとったイザベラ・ロッセリーニ男爵令嬢がいた。

「セレスティン、すまないが、君との婚約は破棄させてもらう」

ジュリアンの声は、氷のように冷たく、無慈悲に響き渡った。周囲のざわめきが、ぴたりと止む。好奇と侮蔑と、そしてわずかな同情の視線が、ナイフのように突き刺さる。

「君のような地味で退屈な女には、もううんざりなんだ。薬草いじりばかりしている陰気な女より、このイザベラのような華やかで情熱的な女性こそ、俺にふさわしい。そうだろ?」

彼は勝ち誇ったようにイザベラの腰を抱き寄せ、その唇にこれ見よがしにキスを落とした。イザベラは、恍惚とした表情でジュリアンを見上げ、そして勝利者の笑みをわたくしに向けた。

「そういうことですわ、クラインフェルター嬢。ジュリアン様が本当に愛しているのは、わたくしですの。あなた様は、ご自分の立場をわきまえるべきでしたわね」

ああ、やはり。
心のどこかで、ずっと前から分かっていたことだった。ジュリアンがわたくしを愛していないことも、彼が求めるものがクラインフェルター伯爵家の財産と後ろ盾であることも。彼の瞳が、わたくしを通り越して、その後ろにあるものしか見ていないことにも、気づいていた。

それでも、父が決めた婚約だったから。家のためになるのならと、自分の心を偽り続けてきた。彼が時折見せる甘い言葉や笑顔に、ほんの少しだけ期待してしまっていた愚かな自分もいた。

けれど、もう終わり。

不思議と、涙は出なかった。胸を締め付ける痛みよりも、むしろ、重い枷から解き放たれるような、奇妙な解放感が全身を包んでいた。

わたくしはゆっくりと背筋を伸ばし、震えそうになる声を抑え、できる限り穏やかに、そしてはっきりと告げた。

「ヴァロワ公爵子息。あなたのそのお言葉、確かに承りました。わたくしとの婚約破棄、謹んでお受けいたします」

予想外の反応だったのだろう。ジュリアンは一瞬、虚を突かれたような顔をした。わたくしが泣き喚き、彼にすがりつくとでも思っていたのかもしれない。

「あなた様が『真実の愛』を見つけられたのでしたら、わたくしなどがとやかく言う資格はございません。どうぞ、その愛を存分に育んでくださいませ。イザベラ嬢、あなたも。公爵子息様の隣は、さぞかし居心地が良いことでしょう」

嫌味のつもりはなかった。ただ、事実を述べたまで。けれど、それはどんな罵倒よりも、彼らのプライドを傷つけたようだった。ジュリアンの顔が怒りで赤く染まる。

「なっ……!なんだその態度は!捨てられる女のくせに、偉そうに!」
「偉そうになどしておりませんわ。ただ、これ以上、あなた方のお幸せな時間を邪魔するわけにはまいりませんので。これにて失礼いたします」

わたくしは、集まる視線から逃れるように、静かにカーテシーをしてみせると、毅然と背を向けた。一歩、また一歩と、出口へ向かう足取りは、不思議なほど軽かった。

もう、彼の顔色を窺う必要はない。
もう、好きでもないドレスを着て、興味もない会話に相槌を打つ必要もない。
これからは、自分のためだけに時間を使える。大好きな薬草の研究に、もっと没頭できる。

夜会の喧騒を背に、冷たい夜風が頬を撫でる。
セレスティン・フォン・クラインフェルターの、偽りに満ちた日々の終焉。
そして、本当の人生の始まりだった。
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