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銀の瞳の辺境伯は、捨てられた薬師令嬢を離さない
第三章:不器用な溺愛
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辺境伯様――カイエン様を屋敷に運び込んだことで、父や使用人たちは大騒ぎになった。けれど、彼の威圧感の前に誰も逆らうことはできず、結局、一番日当たりの良い客室で、彼を療養させることになった。
「おい、薬師。薬はまだか」
「はい、ただいま。これは痛み止めと化膿止めの薬です。少し苦いですが、我慢してくださいね」
「……ふん」
カイエン様は、ぶっきらぼうな態度を崩さない。けれど、わたくしが差し出す薬を素直に飲み干し、手当の間も大人しくしている。まるで、大きな猛獣が、主人の言うことだけは聞いている、というような感じだった。
彼の傷は数日で快方に向かったが、彼は一向に屋敷を出て行こうとしなかった。
「傷が癒えるまで、ここに滞在させてもらう。お前は俺の薬師だと言ったはずだ。俺の許可なく、どこへも行くな」
そう宣言すると、彼は我が物顔で屋敷の中を歩き回り始めた。そして、わたくしが父から与えられていた小さな薬草園を見るなり、眉をひそめた。
「なんだ、この貧相な庭は。これでは、ろくな薬も作れんだろう」
「……これでも、父がわたくしのためにと……」
「話にならん。おい、執事を呼べ」
カイエン様は父の執事を呼びつけると、とんでもない命令を下した。
「この屋敷の裏庭を全て更地にして、巨大なガラスの温室を建てろ。国中から最高の土と種を集め、どんな薬草でも育てられる環境を整えろ。費用は全て俺が出す」
執事も、話を聞いていた父も、あんぐりと口を開けている。わたくしも、もちろん驚いて言葉も出なかった。
「か、カイエン様!そこまでしていただかなくても……!」
「黙れ。これはお前のためではない。俺が最高の薬師を雇うための、必要経費だ」
彼はそう言ってそっぽを向いてしまうが、その耳がほんのり赤く染まっているのを、わたくしは見逃さなかった。
それからというもの、カイエン様の「必要経費」は、とどまるところを知らなかった。
ある日は、王都で一番のデザイナーを呼びつけ、「こいつに似合うドレスを、ありったけ作れ」と命じた。
またある日は、山のような宝石を運び込ませ、「お前の好きなものを選べ。いや、全部やろう」と言い放った。
「こんな高価なもの、いただけません!」
「俺の薬師が、みすぼらしい格好をすることは許さん。これも必要経費だ」
その口癖には、もう慣れてしまった。
彼の傍若無人な振る舞いは、屋敷中に知れ渡ったが、不思議と彼を悪く言う者はいなかった。なぜなら、彼の行動は全て、わたくしを思ってのことだと、誰もが気づいていたからだ。
ある夜、わたくしは書斎で薬草の調合をしていた。集中していて、背後にカイエン様が立っていることに気づかなかった。
「……まだ起きていたのか」
「あ、カイエン様。すみません、夢中になってしまって」
「……無理はするな。お前が倒れたら、俺が困る」
彼はそう言うと、わたくしの肩に、温かいブランケットをそっと掛けてくれた。そして、テーブルの上に置かれていた、わたくしが試作した甘いハーブクッキーに目を留めた。
「……これは?」
「安眠効果のあるハーブを練り込んだクッキーですの。よろしければ、一ついかがですか?」
「……甘いものは好かん」
そう言いつつも、彼はクッキーを一つ手に取り、口に運んだ。そして、ほんの少しだけ、その険しい表情を和らげた。
「……悪くない」
「本当ですか?よかった」
わたくしが心から微笑むと、カイエン様は一瞬、息を呑んだように固まり、そして慌てたように視線を逸らした。
「……もう寝ろ。明日も早いんだろう」
「はい。おやすみなさいませ、カイエン様」
書斎を出ていく彼の大きな背中を見送りながら、わたくしの胸は、ぽかぽかと温かくなっていた。
冷酷非情の辺境伯。
けれど、本当の彼は、誰よりも不器用で、優しい人。
そして、わたくしは、そんな彼に少しずつ惹かれ始めている自分に気づいていた。
「おい、薬師。薬はまだか」
「はい、ただいま。これは痛み止めと化膿止めの薬です。少し苦いですが、我慢してくださいね」
「……ふん」
カイエン様は、ぶっきらぼうな態度を崩さない。けれど、わたくしが差し出す薬を素直に飲み干し、手当の間も大人しくしている。まるで、大きな猛獣が、主人の言うことだけは聞いている、というような感じだった。
彼の傷は数日で快方に向かったが、彼は一向に屋敷を出て行こうとしなかった。
「傷が癒えるまで、ここに滞在させてもらう。お前は俺の薬師だと言ったはずだ。俺の許可なく、どこへも行くな」
そう宣言すると、彼は我が物顔で屋敷の中を歩き回り始めた。そして、わたくしが父から与えられていた小さな薬草園を見るなり、眉をひそめた。
「なんだ、この貧相な庭は。これでは、ろくな薬も作れんだろう」
「……これでも、父がわたくしのためにと……」
「話にならん。おい、執事を呼べ」
カイエン様は父の執事を呼びつけると、とんでもない命令を下した。
「この屋敷の裏庭を全て更地にして、巨大なガラスの温室を建てろ。国中から最高の土と種を集め、どんな薬草でも育てられる環境を整えろ。費用は全て俺が出す」
執事も、話を聞いていた父も、あんぐりと口を開けている。わたくしも、もちろん驚いて言葉も出なかった。
「か、カイエン様!そこまでしていただかなくても……!」
「黙れ。これはお前のためではない。俺が最高の薬師を雇うための、必要経費だ」
彼はそう言ってそっぽを向いてしまうが、その耳がほんのり赤く染まっているのを、わたくしは見逃さなかった。
それからというもの、カイエン様の「必要経費」は、とどまるところを知らなかった。
ある日は、王都で一番のデザイナーを呼びつけ、「こいつに似合うドレスを、ありったけ作れ」と命じた。
またある日は、山のような宝石を運び込ませ、「お前の好きなものを選べ。いや、全部やろう」と言い放った。
「こんな高価なもの、いただけません!」
「俺の薬師が、みすぼらしい格好をすることは許さん。これも必要経費だ」
その口癖には、もう慣れてしまった。
彼の傍若無人な振る舞いは、屋敷中に知れ渡ったが、不思議と彼を悪く言う者はいなかった。なぜなら、彼の行動は全て、わたくしを思ってのことだと、誰もが気づいていたからだ。
ある夜、わたくしは書斎で薬草の調合をしていた。集中していて、背後にカイエン様が立っていることに気づかなかった。
「……まだ起きていたのか」
「あ、カイエン様。すみません、夢中になってしまって」
「……無理はするな。お前が倒れたら、俺が困る」
彼はそう言うと、わたくしの肩に、温かいブランケットをそっと掛けてくれた。そして、テーブルの上に置かれていた、わたくしが試作した甘いハーブクッキーに目を留めた。
「……これは?」
「安眠効果のあるハーブを練り込んだクッキーですの。よろしければ、一ついかがですか?」
「……甘いものは好かん」
そう言いつつも、彼はクッキーを一つ手に取り、口に運んだ。そして、ほんの少しだけ、その険しい表情を和らげた。
「……悪くない」
「本当ですか?よかった」
わたくしが心から微笑むと、カイエン様は一瞬、息を呑んだように固まり、そして慌てたように視線を逸らした。
「……もう寝ろ。明日も早いんだろう」
「はい。おやすみなさいませ、カイエン様」
書斎を出ていく彼の大きな背中を見送りながら、わたくしの胸は、ぽかぽかと温かくなっていた。
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けれど、本当の彼は、誰よりも不器用で、優しい人。
そして、わたくしは、そんな彼に少しずつ惹かれ始めている自分に気づいていた。
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