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玻璃(はり)の庭で、龍は乙女を愛しすぎる
第三章:鳥かごの扉、そして龍の真意
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セシリアの変化は、外見だけではなかった。カレイドは彼女に最高の家庭教師をつけ、経済学、帝王学、美術史、そして数カ国語を学ばせた。
「君には、ただ美しいだけの人形になってほしくない」カレイドは言った。「君自身の知性と才能で、世界と渡り合えるようになってほしい。私がそのための土台となろう」
彼の言葉通り、セシリアは驚異的な速さで知識を吸収していった。もともと持っていた聡明さが、適切な環境を与えられたことで開花したのだ。
ある日、セシリアはカレイドの書斎で、彼が進めている事業の計画書を偶然目にした。それは、彼女の故郷であるエルスハイム子爵領周辺の、寂れた鉱山を再開発するプロジェクトだった。
「カレイド様、これは……」
「ああ、気づいたか」カレイドは穏やかに言った。「あの地域は、良質な鉱脈が眠っているにもかかわらず、技術と資金の不足で打ち捨てられている。私が投資し、最新の技術を導入すれば、多くの雇用を生み、地域全体が潤う」
「ですが、なぜ私の故郷に……?」
「君の故郷だからだ」彼はきっぱりと言った。「君が愛した土地が寂れていくのを、私は見過ごせない。君の父上、エルスハイム子爵にも話は通してある。事業の責任者として、彼を立てるつもりだ」
セシリアは胸が熱くなった。これは、ただのプレゼントではない。彼女の家族と故郷の未来を考えた、深い配慮だった。
「ありがとうございます……カレイド様」
「礼を言うのはまだ早い」カレイドはセシリアの手を取り、一枚の設計図を広げた。「この再開発の中心に、君のための施設を建てたい。君が学んだ知識を活かせる場所だ」
設計図に描かれていたのは、鉱山で働く人々の子供たちのための学校と、地域の文化振興のための図書館だった。
「私が……これを?」
「君に、このプロジェクトの責任者になってほしい。学校のカリキュラムを考え、図書館に置く本を選び、地域の人々の声を聞く。君自身の力で、何かを成し遂げてみてほしいのだ」
それは、セシリアが心のどこかでずっと求めていたものだった。与えられるだけの幸せではなく、自らの手で何かを創り出す喜び。
「やります……!私、やってみたいです!」
セシリアの瞳が、決意の光で輝いた。その瞬間、彼女を閉じ込めていた見えない鳥かごの扉が、ゆっくりと開き始めたのを感じた。
しかし、二人の穏やかな日々を快く思わない者たちがいた。アルバスとイザベラだ。
アルバスは、カレイドの急な台頭と、自分の影響力が相対的に落ちていくことに焦りを感じていた。彼はカレイドの素性を躍起になって調べさせ、その正体を知って戦慄する。
カレイド・アシュフォードは、表向きは新興の事業家だが、その裏では大陸の金融市場を牛耳る「龍」と呼ばれる謎の人物だったのだ。アルバスの父、グレイヴンガルド公爵が進めていたいくつかの国策事業が、ことごとくカレイドの金融戦略によって失敗に追い込まれていた。
「おのれ、アシュフォード……!セシリアを奪っただけでなく、我が家の邪魔までするとは!」
アルバスは、セシリアを取り戻すことが、失墜した自分のプライドと家名を回復する唯一の道だと信じ込み、卑劣な計画を立てた。
数日後、エルスハイム領の視察に訪れていたセシリアの元に、アルバスが現れた。
「セシリア!会いたかった!」
「アルバス様……。何のご用ですの?」セシリアは冷ややかに応じた。
「誤解なんだ、セシリア!あの夜のことは、すべてヴァロワ家のイザベラに唆されてやったことなんだ!本当は今でも君を愛している!」
アルバスは必死の形相でセシリアの腕を掴んだ。
「アシュフォードに騙されているんだ!奴は君を利用しているだけだ!君の家の領地を乗っ取るために、君を手元に置いているに過ぎない!さあ、私のところへ戻ってきておくれ。もう一度、やり直そう!」
その時、彼らの間に、静かだが重い声が響いた。
「その汚い手を、私の宝から離してもらおうか」
振り返ると、そこにカレイドが立っていた。その黒曜石の瞳は、絶対零度の怒りに燃えていた。
「アシュフォード……!」
「グレイヴンガルド公爵子息。君は二度も過ちを犯した。一度目は、至宝の価値を見誤り、手放したこと。そして二度目は、その至宝に再び触れようとしたことだ」
カレイドが一歩前に出ると、アルバスはまるで巨大な龍に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「セシリアは、誰にも利用されてなどいない。彼女は自らの意志で、自らの才能を開花させようとしている。君のような男には、到底理解できんだろうな」
「な、何を……!」
「君の家は、もう終わりだ」カレイドは冷酷に宣告した。「不正な蓄財、政敵への陰謀、そのすべてを私は掴んでいる。明日には、すべてが公になるだろう。君は公爵家の地位も、財産も、未来も、すべて失う」
アルバスは顔面蒼白になり、その場にへたり込んだ。
カレイドはアルバスには目もくれず、セシリアに向き直った。彼の瞳には、先ほどの怒りはなく、ただ深い愛情と、ほんの少しの不安が浮かんでいた。
「セシリア。君は、自分の翼で飛ぶ準備ができた。私が作ったこの鳥かごは、もう君には必要ないだろう」
彼は、自らがセシリアを甘やかし、束縛していたことを自覚していたのだ。
「私は君を愛している。だが、私の愛が君を縛り付ける枷になるのなら……君が望むなら、どこへでも行くといい。君の幸せが、私の唯一の願いだ」
それは、カレイドにとって最大の賭けであり、最も純粋な愛の告白だった。
セシリアは、カレイドの言葉に静かに首を振った。そして、彼の胸にそっと顔をうずめた。
「いいえ、カレイド様。私はどこへも行きません」
彼女は顔を上げ、濡れた瞳で、しかしはっきりとした口調で言った。
「あなたが与えてくれたのは、鳥かごではありません。飛ぶための翼と、飛び立つ勇気です。私が飛びたい空は、あなたの隣にしかありません」
彼女はアルバスに言われたからではなく、カレイドに守られたからでもなく、自分自身の意志で、自分の居場所を選んだのだ。
「私は、あなたを愛しています。あなたの愛が、時に息苦しいほど重いことも知っています。でも、その重さごと、私は受け入れたい。あなたの隣で、あなたと共に生きていきたいのです」
その言葉を聞いた瞬間、カレイドの完璧な表情が崩れた。彼はセシリアを力強く抱きしめ、その肩に顔をうずめた。その体は、かすかに震えていた。
絶対的な力を持つ「龍」が、愛する女性の前で、初めて見せた弱さだった。
「君には、ただ美しいだけの人形になってほしくない」カレイドは言った。「君自身の知性と才能で、世界と渡り合えるようになってほしい。私がそのための土台となろう」
彼の言葉通り、セシリアは驚異的な速さで知識を吸収していった。もともと持っていた聡明さが、適切な環境を与えられたことで開花したのだ。
ある日、セシリアはカレイドの書斎で、彼が進めている事業の計画書を偶然目にした。それは、彼女の故郷であるエルスハイム子爵領周辺の、寂れた鉱山を再開発するプロジェクトだった。
「カレイド様、これは……」
「ああ、気づいたか」カレイドは穏やかに言った。「あの地域は、良質な鉱脈が眠っているにもかかわらず、技術と資金の不足で打ち捨てられている。私が投資し、最新の技術を導入すれば、多くの雇用を生み、地域全体が潤う」
「ですが、なぜ私の故郷に……?」
「君の故郷だからだ」彼はきっぱりと言った。「君が愛した土地が寂れていくのを、私は見過ごせない。君の父上、エルスハイム子爵にも話は通してある。事業の責任者として、彼を立てるつもりだ」
セシリアは胸が熱くなった。これは、ただのプレゼントではない。彼女の家族と故郷の未来を考えた、深い配慮だった。
「ありがとうございます……カレイド様」
「礼を言うのはまだ早い」カレイドはセシリアの手を取り、一枚の設計図を広げた。「この再開発の中心に、君のための施設を建てたい。君が学んだ知識を活かせる場所だ」
設計図に描かれていたのは、鉱山で働く人々の子供たちのための学校と、地域の文化振興のための図書館だった。
「私が……これを?」
「君に、このプロジェクトの責任者になってほしい。学校のカリキュラムを考え、図書館に置く本を選び、地域の人々の声を聞く。君自身の力で、何かを成し遂げてみてほしいのだ」
それは、セシリアが心のどこかでずっと求めていたものだった。与えられるだけの幸せではなく、自らの手で何かを創り出す喜び。
「やります……!私、やってみたいです!」
セシリアの瞳が、決意の光で輝いた。その瞬間、彼女を閉じ込めていた見えない鳥かごの扉が、ゆっくりと開き始めたのを感じた。
しかし、二人の穏やかな日々を快く思わない者たちがいた。アルバスとイザベラだ。
アルバスは、カレイドの急な台頭と、自分の影響力が相対的に落ちていくことに焦りを感じていた。彼はカレイドの素性を躍起になって調べさせ、その正体を知って戦慄する。
カレイド・アシュフォードは、表向きは新興の事業家だが、その裏では大陸の金融市場を牛耳る「龍」と呼ばれる謎の人物だったのだ。アルバスの父、グレイヴンガルド公爵が進めていたいくつかの国策事業が、ことごとくカレイドの金融戦略によって失敗に追い込まれていた。
「おのれ、アシュフォード……!セシリアを奪っただけでなく、我が家の邪魔までするとは!」
アルバスは、セシリアを取り戻すことが、失墜した自分のプライドと家名を回復する唯一の道だと信じ込み、卑劣な計画を立てた。
数日後、エルスハイム領の視察に訪れていたセシリアの元に、アルバスが現れた。
「セシリア!会いたかった!」
「アルバス様……。何のご用ですの?」セシリアは冷ややかに応じた。
「誤解なんだ、セシリア!あの夜のことは、すべてヴァロワ家のイザベラに唆されてやったことなんだ!本当は今でも君を愛している!」
アルバスは必死の形相でセシリアの腕を掴んだ。
「アシュフォードに騙されているんだ!奴は君を利用しているだけだ!君の家の領地を乗っ取るために、君を手元に置いているに過ぎない!さあ、私のところへ戻ってきておくれ。もう一度、やり直そう!」
その時、彼らの間に、静かだが重い声が響いた。
「その汚い手を、私の宝から離してもらおうか」
振り返ると、そこにカレイドが立っていた。その黒曜石の瞳は、絶対零度の怒りに燃えていた。
「アシュフォード……!」
「グレイヴンガルド公爵子息。君は二度も過ちを犯した。一度目は、至宝の価値を見誤り、手放したこと。そして二度目は、その至宝に再び触れようとしたことだ」
カレイドが一歩前に出ると、アルバスはまるで巨大な龍に睨まれた蛙のように動けなくなった。
「セシリアは、誰にも利用されてなどいない。彼女は自らの意志で、自らの才能を開花させようとしている。君のような男には、到底理解できんだろうな」
「な、何を……!」
「君の家は、もう終わりだ」カレイドは冷酷に宣告した。「不正な蓄財、政敵への陰謀、そのすべてを私は掴んでいる。明日には、すべてが公になるだろう。君は公爵家の地位も、財産も、未来も、すべて失う」
アルバスは顔面蒼白になり、その場にへたり込んだ。
カレイドはアルバスには目もくれず、セシリアに向き直った。彼の瞳には、先ほどの怒りはなく、ただ深い愛情と、ほんの少しの不安が浮かんでいた。
「セシリア。君は、自分の翼で飛ぶ準備ができた。私が作ったこの鳥かごは、もう君には必要ないだろう」
彼は、自らがセシリアを甘やかし、束縛していたことを自覚していたのだ。
「私は君を愛している。だが、私の愛が君を縛り付ける枷になるのなら……君が望むなら、どこへでも行くといい。君の幸せが、私の唯一の願いだ」
それは、カレイドにとって最大の賭けであり、最も純粋な愛の告白だった。
セシリアは、カレイドの言葉に静かに首を振った。そして、彼の胸にそっと顔をうずめた。
「いいえ、カレイド様。私はどこへも行きません」
彼女は顔を上げ、濡れた瞳で、しかしはっきりとした口調で言った。
「あなたが与えてくれたのは、鳥かごではありません。飛ぶための翼と、飛び立つ勇気です。私が飛びたい空は、あなたの隣にしかありません」
彼女はアルバスに言われたからではなく、カレイドに守られたからでもなく、自分自身の意志で、自分の居場所を選んだのだ。
「私は、あなたを愛しています。あなたの愛が、時に息苦しいほど重いことも知っています。でも、その重さごと、私は受け入れたい。あなたの隣で、あなたと共に生きていきたいのです」
その言葉を聞いた瞬間、カレイドの完璧な表情が崩れた。彼はセシリアを力強く抱きしめ、その肩に顔をうずめた。その体は、かすかに震えていた。
絶対的な力を持つ「龍」が、愛する女性の前で、初めて見せた弱さだった。
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