婚約破棄と溺愛のアンソロジー[短編集]

イアペコス

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瑠璃色の瞳に誓う、永遠の愛を

第三章:後悔の影、王子の真実

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リリアンナが穏やかな日々を取り戻しつつある頃、王都ではセバスティアンが焦燥に駆られていた。

イザベラとの婚約は、彼の人生に輝きをもたらすはずだった。彼女の華やかさ、社交界での立ち回りの上手さは、確かに彼の野心を満たすものに見えた。しかし、共に過ごす時間が増えるにつれ、彼はイザベラの浅はかさと強欲さに気づき始めていた。

彼女が求めるのは、高価なドレスや宝石、そして公爵夫人という地位だけ。セバスティアンが政治や経済の話をしても欠伸を噛み殺し、彼が本当に大切にしている古い書物の価値を理解しようともしない。

ふと、彼の脳裏にリリアンナの姿が浮かぶ。いつも静かに彼の話を聴き、的確な意見を述べた彼女。彼の書斎にある難解な歴史書を、彼よりも深く読み込んでいた知性。彼女が入れる紅茶の、絶妙な香り。

失って初めて、自分がどれほど大きなものを手放してしまったのかを、セバスティアンは痛感していた。彼女の存在は、まるで空気のように当たり前で、そして不可欠なものだったのだ。あれは愛ではなかったかもしれない。だが、安らぎと信頼に満ちた、かけがえのない時間だった。

「リリアンナに会わなければならない」

衝動に駆られたセバスティアンは、誰にも告げずにクラインフェルト領へと馬を走らせた。

彼がリリアンナの屋敷を訪れた時、彼女は庭でカイと楽しそうに笑い合っていた。その光景は、セバスティアンの胸に鋭い痛みを走らせた。彼が一度も引き出すことのできなかった、心からの笑顔。それを、あんな素性の知れぬ男が、いとも簡単に……。

「リリアンナ!」

セバスティアンの声に、リリアнナは驚いて振り返った。その顔には、喜びではなく、明らかな困惑と警戒の色が浮かんでいた。

「セバスティアン様……どうして、こちらに?」
「君に会いに来た。話がある」

セバスティアンは、カイを睨みつけながら言った。カイは何も言わず、ただ静かにリリアンナの隣に立ち、彼女を守るようにその背に手を添えた。その些細な仕草が、セバスティアンの嫉妬の炎に油を注いだ。

「君は誰だ。平民が軽々しく伯爵令嬢に触れるな」
「俺はカイエン。彼女の友人だ」

カイは落ち着き払った声で答えた。その動じない態度に、セバスティアンはますます苛立ちを募らせる。

「リアナ、二人だけで話がしたい」
「……お断りしますわ。私にはもう、あなたと話すことなどございません」

リリアンナのきっぱりとした拒絶に、セバスティアンは愕然とした。いつも彼の言うことを従順に聞いていた彼女は、もうどこにもいなかった。

「頼む、リアナ! 私は間違っていた。君がいなければ駄目なんだ。君の大切さに、ようやく気づいた。どうか、私とやり直してはくれないだろうか」

彼はプライドを捨てて懇願した。しかし、リリアンナの瑠璃色の瞳は、冷ややかに彼を見つめるだけだった。

「あなたが気づいたのは、私の大切さではありませんわ。あなたの思い通りになる便利な女がいなくなった、その不便さに気づいただけでしょう」

その時、カイが静かに口を挟んだ。
「彼女をこれ以上傷つけるのはやめてもらおうか。君に、その資格はない」
「黙れ、平民が! お前のような男に、彼女の何が分かる!」

激昂したセバスティアンは、カイの胸ぐらを掴もうとした。その瞬間、カイが身につけていたペンダントが、彼のシャツの襟元からこぼれ落ちた。

それを見たセバスティアンは、息をのんで凍りついた。

そのペンダントは、隣国アストリアの王家の紋章――『双頭の獅子』が刻まれた、特別な意匠のものだった。そして、それはアストリアの王位継承権を持つ者だけが身につけることを許される、証だった。

「お、前は……まさか……アストリアの……」

セバスティアンの声が震える。アストリアには、数年前に忽然と姿を消した王弟がいたはずだ。堅苦しい宮廷を嫌い、自由を求めて国を飛び出したと噂されていた、風変わりな王子。

カイ――いや、カイエン・レグルス・アストリア王子は、静かにペンダントをシャツの中に戻すと、セバスティアンを真っ直ぐに見据えた。

「俺の正体が何であろうと、リリアンナを愛する気持ちに変わりはない。だが、君は違うだろう、ヴァルツブルク公爵子息。君は、俺が王子だと知った今、別の理由で彼女を取り戻したいと思ったのではないか?」

図星を突かれ、セバスティアンは言葉に詰まった。もしリリアンナが隣国の王子の寵愛を得ているのなら、彼女を取り戻すことはヴァルツブルク家にとって計り知れない利益となる。彼の心に、そんな醜い計算が働いたことを、カイは見抜いていた。

リリアンナもまた、カイの正体に驚き、目を見開いていた。旅の絵描きだと思っていた愛する人が、実は一国の王子だったなんて。

しかし、彼女の心は揺らがなかった。彼が王子であろうと平民であろうと、彼が自分を救ってくれた優しいカイであることに変わりはない。彼女が愛したのは、彼の身分ではなく、彼の魂そのものだったからだ。
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