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夜明けのセラフィナイト
序章:偽りの終焉
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王都の夜を彩る、年に一度の大夜会。シャンデリアの光が宝石のように降り注ぎ、着飾った貴族たちの喧騒が音楽と混じり合っていた。その華やかな輪の中心から少し離れたテラスで、リリアンジェ・フォン・クラインフェルター伯爵令嬢は、目の前の婚約者の言葉を信じられない思いで聞いていた。
「──というわけだ、リリア。君との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう」
婚約者であるカシウス・ド・モンフォール侯爵次男は、完璧に磨き上げられた靴の爪先を眺めながら、まるで今日の天気の話でもするかのように軽く言った。その声には、長年婚約者であった彼女に対する配慮など微塵も感じられない。
「……カシウス様、なぜ、ですか? 私が何か、至らないことでも……?」
震える声で尋ねるリリアンジェに、カシウスは心底うんざりしたというように溜息をついた。
「至らないことだらけさ。君は地味だ、リリア。花や草ばかりいじって、何の飾り気もない。俺の隣に立つには、あまりにも華がないんだ。俺はもっと、俺に相応しい女性と歩むべきだと気づいたんだよ」
その言葉は、冷たい刃となってリリアンジェの胸を突き刺した。彼の言う「相応しい女性」が誰なのか、彼女にはすぐにわかった。カシウスの視線の先、ひときわ華やかな輪の中心で女王のように微笑む、イザベラ・ヴァン・デル・ローゼン公爵令嬢。その燃えるような赤いドレスは、カシウスの瞳の色と同じだった。
「そんな……私たちの婚約は、両家の合意のもと、幼い頃に……」
「古い約束だ。時代は変わるし、人の気持ちも変わる。そうだろ?」
カシウスが肩をすくめたその時、軽やかな足音が近づいてきた。
「あら、カシウス様。まだこんな地味な方とお話をされていたの?」
イザベラが扇で口元を隠しながら、嘲るような視線をリリアンジェに向ける。その瞳は、彼女の存在そのものを見下していた。
「イザベラ嬢。今、終わったところだよ」
カシウスはイザベラの手を取り、その手の甲に恭しく口づける。その親密な仕草が、リリアンジェの最後の希望を打ち砕いた。
周囲の貴族たちが、遠巻きにこちらを窺っているのがわかる。同情、好奇心、そして侮蔑。様々な感情の視線が、リリアンジェに突き刺さる。顔から血の気が引き、指先が氷のように冷たくなっていく。
「クラインフェルター伯爵令嬢。あなたには気の毒だけど、これが現実よ。カシウス様は、もっと広い世界へ羽ばたくべき方。あなたは、あなたの居場所に帰りなさいな。そうね……あなたの好きな、土の匂いがする田舎の庭にでも」
イザベラの言葉に、周囲からくすくすという笑い声が漏れた。
もう、ここにはいられない。
リリアンジェは、唇を強く噛みしめ、溢れ出しそうな涙を必死にこらえた。背筋を伸ばし、震える足で一礼する。それが彼女に残された、最後のプライドだった。
「……お二人の、ご多幸をお祈りしております」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、弱々しかった。
彼女は踵を返し、その場から逃げるように立ち去った。背後でカシウスとイザベラの勝ち誇ったような笑い声が聞こえたが、もう振り返ることはできなかった。
「──というわけだ、リリア。君との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう」
婚約者であるカシウス・ド・モンフォール侯爵次男は、完璧に磨き上げられた靴の爪先を眺めながら、まるで今日の天気の話でもするかのように軽く言った。その声には、長年婚約者であった彼女に対する配慮など微塵も感じられない。
「……カシウス様、なぜ、ですか? 私が何か、至らないことでも……?」
震える声で尋ねるリリアンジェに、カシウスは心底うんざりしたというように溜息をついた。
「至らないことだらけさ。君は地味だ、リリア。花や草ばかりいじって、何の飾り気もない。俺の隣に立つには、あまりにも華がないんだ。俺はもっと、俺に相応しい女性と歩むべきだと気づいたんだよ」
その言葉は、冷たい刃となってリリアンジェの胸を突き刺した。彼の言う「相応しい女性」が誰なのか、彼女にはすぐにわかった。カシウスの視線の先、ひときわ華やかな輪の中心で女王のように微笑む、イザベラ・ヴァン・デル・ローゼン公爵令嬢。その燃えるような赤いドレスは、カシウスの瞳の色と同じだった。
「そんな……私たちの婚約は、両家の合意のもと、幼い頃に……」
「古い約束だ。時代は変わるし、人の気持ちも変わる。そうだろ?」
カシウスが肩をすくめたその時、軽やかな足音が近づいてきた。
「あら、カシウス様。まだこんな地味な方とお話をされていたの?」
イザベラが扇で口元を隠しながら、嘲るような視線をリリアンジェに向ける。その瞳は、彼女の存在そのものを見下していた。
「イザベラ嬢。今、終わったところだよ」
カシウスはイザベラの手を取り、その手の甲に恭しく口づける。その親密な仕草が、リリアンジェの最後の希望を打ち砕いた。
周囲の貴族たちが、遠巻きにこちらを窺っているのがわかる。同情、好奇心、そして侮蔑。様々な感情の視線が、リリアンジェに突き刺さる。顔から血の気が引き、指先が氷のように冷たくなっていく。
「クラインフェルター伯爵令嬢。あなたには気の毒だけど、これが現実よ。カシウス様は、もっと広い世界へ羽ばたくべき方。あなたは、あなたの居場所に帰りなさいな。そうね……あなたの好きな、土の匂いがする田舎の庭にでも」
イザベラの言葉に、周囲からくすくすという笑い声が漏れた。
もう、ここにはいられない。
リリアンジェは、唇を強く噛みしめ、溢れ出しそうな涙を必死にこらえた。背筋を伸ばし、震える足で一礼する。それが彼女に残された、最後のプライドだった。
「……お二人の、ご多幸をお祈りしております」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、弱々しかった。
彼女は踵を返し、その場から逃げるように立ち去った。背後でカシウスとイザベラの勝ち誇ったような笑い声が聞こえたが、もう振り返ることはできなかった。
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