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静寂の歌姫と冷徹公爵の契約婚
第3章:ヴァルハイトの温室
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リリアンヌが次に目を覚ましたのは、天蓋付きの豪奢なベッドの上だった。見たこともないほど広い部屋。窓の外には、手入れの行き届いた美しい庭園が広がっている。
「お目覚めですか、リリアンヌ様」
傍に控えていた初老の侍女が、優しく微笑みかけた。
「ここは……」
「ヴァルハイト公爵邸でございます。閣下のご命令により、リリアンヌ様をこちらへお連れいたしました」
公爵邸。あの後、自分は気を失ってしまったらしい。リリアンヌは混乱しながらも、侍女に助けられて身を起こした。
「公爵閣下は、どちらに……?」
「閣下は執務室におられます。ですが、リリアンヌ様がお目覚めになったら、まずはゆっくりと休んでいただくようにと」
用意された温かいハーブティーを飲みながら、リリアンヌは昨夜の出来事を反芻する。婚約破棄、嘲笑、そして、突然現れた救世主。なぜ、あのヴァルハイト公爵が自分を? まるで出来の悪い夢のようだ。
その日の午後、リリアンヌはゼファーに邸内を案内されることになった。
「気分はどうだ?」
「……おかげさまで。ですが、閣下。どうして、私のような者を……」
歩きながら尋ねるリリアンヌに、ゼファーは前を向いたまま答える。
「言ったはずだ。君の価値がわかるからだ、と」
「私の、価値……」
彼女が知る自分の価値など、無能で役立たずな伯爵令嬢、というものだけだ。
案内された先は、ガラス張りの巨大な温室だった。中には色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが満ちている。その美しさに、リリアンヌは思わずため息を漏らした。
「ここは……」
「私の趣味だ。ここで過ごす時間が、唯一心が休まる」
冷徹と噂される男の、意外な一面だった。ゼファーは一輪の青い薔薇を手に取ると、リリアンヌに向き直った。
「リリアンヌ。君は、自分の力を卑下しているな」
「……!」
「君の力は『無能』などではない。それどころか、この世の何よりも尊く、稀有な力だ」
ゼファーの蒼い瞳が、まっすぐにリリアンヌの心を見透かすように見つめてくる。
「君の力は『音を操る』。違うか?」
「な……ぜ、それを……」
「風の囁き、花の歌、人の心臓の鼓動。その全てに干渉し、調和させる力。それは、ただ破壊しかもたらさない派手な魔力などとは比べ物にならん、生命を癒し、育むための力だ」
誰も理解してくれなかった。家族でさえ、その力を気味悪がった。それなのに、目の前の男は、まるで見てきたかのように語る。
「試しに、この花に君の歌を聞かせてやってくれないか」
「歌、ですか?」
「ああ。君が好きな歌でいい」
戸惑いながらも、リリアンヌは促されるままに、小さな声で歌い始めた。それは、幼い頃に母から教わった、古い子守唄だった。彼女の声は、魔力を乗せて温室の中に響き渡る。すると、信じられないことが起きた。
ゼファーが手にしていた青い薔薇の蕾が、ゆっくりと、しかし確実に綻び始めたのだ。そして、歌が終わる頃には、見事な大輪の花を咲かせていた。
「……すごい」
「これが、君の力だ。リリアンヌ。君は、生命の歌をうたえる唯一の存在なのだ」
ゼファーは咲いたばかりの薔薇をそっと摘むと、リリアンヌの髪に優しく挿した。その指先が耳朶に触れ、リリアンヌはびくりと肩を震わせる。
「あ……」
「すまない。驚かせたか」
「い、いえ……」
ゼファーの表情は相変わらず硬い。だが、その瞳の奥に宿る熱の色に、リリアンヌは気づいてしまった。それは、決して冷徹なだけではない、深く、そして燃えるような色をしていた。
「お目覚めですか、リリアンヌ様」
傍に控えていた初老の侍女が、優しく微笑みかけた。
「ここは……」
「ヴァルハイト公爵邸でございます。閣下のご命令により、リリアンヌ様をこちらへお連れいたしました」
公爵邸。あの後、自分は気を失ってしまったらしい。リリアンヌは混乱しながらも、侍女に助けられて身を起こした。
「公爵閣下は、どちらに……?」
「閣下は執務室におられます。ですが、リリアンヌ様がお目覚めになったら、まずはゆっくりと休んでいただくようにと」
用意された温かいハーブティーを飲みながら、リリアンヌは昨夜の出来事を反芻する。婚約破棄、嘲笑、そして、突然現れた救世主。なぜ、あのヴァルハイト公爵が自分を? まるで出来の悪い夢のようだ。
その日の午後、リリアンヌはゼファーに邸内を案内されることになった。
「気分はどうだ?」
「……おかげさまで。ですが、閣下。どうして、私のような者を……」
歩きながら尋ねるリリアンヌに、ゼファーは前を向いたまま答える。
「言ったはずだ。君の価値がわかるからだ、と」
「私の、価値……」
彼女が知る自分の価値など、無能で役立たずな伯爵令嬢、というものだけだ。
案内された先は、ガラス張りの巨大な温室だった。中には色とりどりの花々が咲き乱れ、甘い香りが満ちている。その美しさに、リリアンヌは思わずため息を漏らした。
「ここは……」
「私の趣味だ。ここで過ごす時間が、唯一心が休まる」
冷徹と噂される男の、意外な一面だった。ゼファーは一輪の青い薔薇を手に取ると、リリアンヌに向き直った。
「リリアンヌ。君は、自分の力を卑下しているな」
「……!」
「君の力は『無能』などではない。それどころか、この世の何よりも尊く、稀有な力だ」
ゼファーの蒼い瞳が、まっすぐにリリアンヌの心を見透かすように見つめてくる。
「君の力は『音を操る』。違うか?」
「な……ぜ、それを……」
「風の囁き、花の歌、人の心臓の鼓動。その全てに干渉し、調和させる力。それは、ただ破壊しかもたらさない派手な魔力などとは比べ物にならん、生命を癒し、育むための力だ」
誰も理解してくれなかった。家族でさえ、その力を気味悪がった。それなのに、目の前の男は、まるで見てきたかのように語る。
「試しに、この花に君の歌を聞かせてやってくれないか」
「歌、ですか?」
「ああ。君が好きな歌でいい」
戸惑いながらも、リリアンヌは促されるままに、小さな声で歌い始めた。それは、幼い頃に母から教わった、古い子守唄だった。彼女の声は、魔力を乗せて温室の中に響き渡る。すると、信じられないことが起きた。
ゼファーが手にしていた青い薔薇の蕾が、ゆっくりと、しかし確実に綻び始めたのだ。そして、歌が終わる頃には、見事な大輪の花を咲かせていた。
「……すごい」
「これが、君の力だ。リリアンヌ。君は、生命の歌をうたえる唯一の存在なのだ」
ゼファーは咲いたばかりの薔薇をそっと摘むと、リリアンヌの髪に優しく挿した。その指先が耳朶に触れ、リリアンヌはびくりと肩を震わせる。
「あ……」
「すまない。驚かせたか」
「い、いえ……」
ゼファーの表情は相変わらず硬い。だが、その瞳の奥に宿る熱の色に、リリアンヌは気づいてしまった。それは、決して冷徹なだけではない、深く、そして燃えるような色をしていた。
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