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静寂の歌姫と冷徹公爵の契約婚
第4章:囁きの真価
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公爵邸での生活は、驚くほど穏やかだった。ゼファーはリリアンヌに家庭教師をつけ、歴史や薬学、そして魔力制御の基礎を学ばせた。
「なぜ、私にこのような教育を?」
ある日の夕食後、リリアンヌはゼファーに尋ねた。
「君の力を、正しく扱えるようになってほしいからだ。それは君自身を守る盾となり、いずれは国を救う矛ともなる」
「国を、救う……? 私が、ですか?」
「そうだ」
ゼファーは静かにワイングラスを置くと、重い口を開いた。
「五年前、私は隣国との国境紛争で、敵の罠にかかり瀕死の重傷を負った。部下も失い、一人で森を彷徨っていた時だ。どこからか、不思議な歌声が聞こえてきた」
リリアンヌは息を呑んだ。
「それは、どんな薬よりも心を癒し、絶望を打ち払う力を持っていた。私はその歌声に導かれるように歩き続け、意識を失う直前、国境警備隊に発見された。後で聞いた話では、私が倒れていた場所は、本来なら誰も気づかないような場所だったらしい」
ゼファーは、リリアンヌの瞳をじっと見つめた。
「ずっと探していた。あの時の歌声の主を。そして、先日の夜会で君を見つけた。君が、アレクシスに罵倒され、心を閉ざしかけていた時……君の魂が、あの時と同じ悲しみの音色を奏でていた」
「……あの時の歌は、私……?」
五年前、リリアンヌは父の領地である国境近くの森で、死にかけた小鳥を見つけ、夢中で歌をうたった記憶があった。小鳥が元気を取り戻すようにと、ただ一心に。
「そうだ。リリアンヌ、君は私の命の恩人なのだ」
衝撃の事実に、リリアンヌは言葉を失った。自分のような存在が、この国の英雄であるゼファーを救っていたなんて。
「だから、君があのような扱いを受けることは、私が許さない。君を貶める者、利用しようとする者、その全てから、私が君を守る」
「公爵閣下……」
「ゼファーと呼べ。私たちは、婚約者なのだから」
初めて呼ばれた名前に、リリアンヌの頬が熱くなる。
「……ゼファー、様」
「『様』はいらない」
「……ゼファー」
名を呼ぶと、氷のようだった公爵の貌が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。その微かな変化に、リリアンヌの心臓が大きく跳ねる。
その日から、二人の距離は急速に縮まっていった。ゼファーはリリアンヌに、彼女の力の本当の価値を教え続けた。それは植物を育てるだけでなく、人の精神に直接働きかけ、傷を癒し、狂気を鎮める力があること。そして、大規模に使えば、干魃に苦しむ大地に雨を呼ぶことさえ可能かもしれないということ。
「君は、誰よりも強い力を持っている。だから、自信を持て」
ゼファーの言葉は、乾いた大地に染み込む水のように、リリアンヌの自己肯定感を満たしていった。彼女は生まれて初めて、自分自身であることを誇らしく思えた。
そして、リリアンヌは気づき始める。ゼファーが自分に向ける視線に、ただの庇護欲や恩義だけではない、もっと熱い感情が込められていることに。執務の合間に届けられる花。彼女の好物を覚えていて、さりげなく食卓に並べさせる気遣い。夜、眠れない彼女のために、書斎から静かな音色のオルゴールを持ってきてくれる優しさ。
それは、まさしく「溺愛」と呼ぶにふさわしいものだった。
「なぜ、私にこのような教育を?」
ある日の夕食後、リリアンヌはゼファーに尋ねた。
「君の力を、正しく扱えるようになってほしいからだ。それは君自身を守る盾となり、いずれは国を救う矛ともなる」
「国を、救う……? 私が、ですか?」
「そうだ」
ゼファーは静かにワイングラスを置くと、重い口を開いた。
「五年前、私は隣国との国境紛争で、敵の罠にかかり瀕死の重傷を負った。部下も失い、一人で森を彷徨っていた時だ。どこからか、不思議な歌声が聞こえてきた」
リリアンヌは息を呑んだ。
「それは、どんな薬よりも心を癒し、絶望を打ち払う力を持っていた。私はその歌声に導かれるように歩き続け、意識を失う直前、国境警備隊に発見された。後で聞いた話では、私が倒れていた場所は、本来なら誰も気づかないような場所だったらしい」
ゼファーは、リリアンヌの瞳をじっと見つめた。
「ずっと探していた。あの時の歌声の主を。そして、先日の夜会で君を見つけた。君が、アレクシスに罵倒され、心を閉ざしかけていた時……君の魂が、あの時と同じ悲しみの音色を奏でていた」
「……あの時の歌は、私……?」
五年前、リリアンヌは父の領地である国境近くの森で、死にかけた小鳥を見つけ、夢中で歌をうたった記憶があった。小鳥が元気を取り戻すようにと、ただ一心に。
「そうだ。リリアンヌ、君は私の命の恩人なのだ」
衝撃の事実に、リリアンヌは言葉を失った。自分のような存在が、この国の英雄であるゼファーを救っていたなんて。
「だから、君があのような扱いを受けることは、私が許さない。君を貶める者、利用しようとする者、その全てから、私が君を守る」
「公爵閣下……」
「ゼファーと呼べ。私たちは、婚約者なのだから」
初めて呼ばれた名前に、リリアンヌの頬が熱くなる。
「……ゼファー、様」
「『様』はいらない」
「……ゼファー」
名を呼ぶと、氷のようだった公爵の貌が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。その微かな変化に、リリアンヌの心臓が大きく跳ねる。
その日から、二人の距離は急速に縮まっていった。ゼファーはリリアンヌに、彼女の力の本当の価値を教え続けた。それは植物を育てるだけでなく、人の精神に直接働きかけ、傷を癒し、狂気を鎮める力があること。そして、大規模に使えば、干魃に苦しむ大地に雨を呼ぶことさえ可能かもしれないということ。
「君は、誰よりも強い力を持っている。だから、自信を持て」
ゼファーの言葉は、乾いた大地に染み込む水のように、リリアンヌの自己肯定感を満たしていった。彼女は生まれて初めて、自分自身であることを誇らしく思えた。
そして、リリアンヌは気づき始める。ゼファーが自分に向ける視線に、ただの庇護欲や恩義だけではない、もっと熱い感情が込められていることに。執務の合間に届けられる花。彼女の好物を覚えていて、さりげなく食卓に並べさせる気遣い。夜、眠れない彼女のために、書斎から静かな音色のオルゴールを持ってきてくれる優しさ。
それは、まさしく「溺愛」と呼ぶにふさわしいものだった。
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