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紫電の瞳に浄化の光を宿して
第二章:新しい居場所と芽生える想い
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ゼファニヤの工房は、下町の喧騒から少し離れた場所にひっそりと建っていた。見た目は古びた石造りの建物だが、一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。天井まで届く本棚には、びっしりと専門書が並び、作業台の上には見たこともないような道具や、輝く魔石が雑然と置かれている。空気中に、微かに甘い薬草と金属の匂いが漂っていた。
「汚いところだが、我慢しろ。奥に空き部屋がある。そこを使え」
ゼファニヤはぶっきらぼうに言うと、すぐに作業台に戻ってしまった。
わたくしは、セレスティアナ・フォン・クラインフェルトという名前を捨て、「セレス」として、彼の助手として働くことになった。
最初の仕事は、工房の掃除と整理整頓だった。貴族令嬢としての生活しか知らなかったわたくしにとって、それは重労働だったが、不思議と苦ではなかった。自分の手で居場所を作っていく感覚が、心地よかった。
そして、ゼファニヤは約束通り、わたくしに魔力の制御方法を教え始めた。
「いいか、セレス。お前の力は、蛇口から水を出すようなものじゃない。湖の波紋のようなものだ。無理に力を引き出すな。意識を集中させ、お前の内なる静けさを、対象にそっと広げていくんだ」
彼の指導は的確だった。わたくしは生まれて初めて、自分の内にある力が、確かに存在し、自分の意志で動かせるのだと実感した。
最初の実践は、少しだけ不安定になった小さな魔石の浄化だった。
「やってみろ」
促され、わたくしはおそるおそる魔石に手をかざす。ゼファニヤに教わった通り、意識を集中させる。自分の心の中にある、静かで穏やかな湖をイメージする。その湖の水面が、ゆっくりと魔石を包み込んでいくように――。
すると、チリチリと微かな音を立てていた魔石が、ふっと静かになった。不純な光が消え、澄んだ青色の輝きだけが残る。
「……できた」
「上出来だ。筋がいい」
ゼファニヤは、わたくしの頭をくしゃりと撫でた。その不器用な賞賛に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
それからというもの、わたくしは夢中で働いた。ゼファニヤが扱うのは、どれも強力で扱いが難しい魔石や、古代の遺物ばかり。それらは時として暴走し、危険な魔力を撒き散らすことがあった。そんな時、わたくしの浄化の力が役立った。わたくしが触れると、荒れ狂う魔力は嘘のように静けさを取り戻すのだ。
「セレス、こいつを頼む」
「はい、ゼファニヤ様」
いつしか、わたくしは彼の仕事に不可欠な存在となっていた。ゼファニヤは相変わらず口は悪かったが、わたくしの仕事を正当に評価し、一人の人間として対等に扱ってくれた。彼が時折見せる、研究に没頭する真剣な横顔や、成功した時に少年のような見せる笑顔に、わたくしは次第に惹かれていった。これが、恋というものなのだろうか。リシャールに対して抱いていた淡い憧れとは全く違う、深く、確かな感情だった。
ある日のこと、わたくしが工房の片隅で古い文献を読んでいた時、不意にゼファニヤが隣に座った。
「何を読んでいる」
「古代魔法具に関する記述です。この呪われた短剣の浄化方法が、もしかしたら載っているかと…」
「そうか。……セレス」
「はい」
「明日は休みだ。街に出るぞ」
「え? あ、はい。何かお買い物ですか?」
「違う。お前の服を買いに行く」
見れば、わたくしが着ているのは、相変わらず働きやすい簡素なワンピースだった。
「ですが、今の服で十分ですわ」
「十分じゃない。お前は女だろう。もっと綺麗なものを着るべきだ」
彼の紫電の瞳が、少しだけ気まずそうに揺れる。
「……それに、たまには外の空気を吸わせてやりたい。お前、ずっとここに籠りきりだからな」
ぶっきらぼうな口調に隠された優しさに、わたくしの心臓が大きく音を立てた。
翌日、連れて行かれたのは、貴族も利用するような高級なブティックだった。
「さあ、好きなものを選べ」
「で、ですが、このような高価なもの…」
「俺がいいと言っている。遠慮するな」
ゼファニヤはそう言うと、手ずからいくつかのドレスを見立ててくれた。彼が選んだのは、わたくしの髪の色に合う、落ち着いたラベンダー色のドレスだった。
「……綺麗だ」
試着室から出てきたわたくしを見て、彼がぽつりと呟いた。その言葉と、真っ直ぐな視線に、顔に火がつきそうだった。
その帰り道、彼は小さな箱をわたくしに差し出した。
「これもやる」
中には、紫水晶のついた繊細な銀の髪飾りが入っていた。
「ゼファニヤ様の瞳の色と同じですわ…」
「……うるさい。いいから受け取れ」
照れたようにそっぽを向く彼が、とても愛おしく思えた。
彼はわたくしをただの助手としてではなく、一人の女性として見てくれている。その事実が、婚約破棄で凍りついていたわたくしの心を、ゆっくりと溶かしていく。この人の隣にいたい。この温かい場所を、失いたくない。わたくしの想いは、日に日に大きく、確かなものになっていった。
「汚いところだが、我慢しろ。奥に空き部屋がある。そこを使え」
ゼファニヤはぶっきらぼうに言うと、すぐに作業台に戻ってしまった。
わたくしは、セレスティアナ・フォン・クラインフェルトという名前を捨て、「セレス」として、彼の助手として働くことになった。
最初の仕事は、工房の掃除と整理整頓だった。貴族令嬢としての生活しか知らなかったわたくしにとって、それは重労働だったが、不思議と苦ではなかった。自分の手で居場所を作っていく感覚が、心地よかった。
そして、ゼファニヤは約束通り、わたくしに魔力の制御方法を教え始めた。
「いいか、セレス。お前の力は、蛇口から水を出すようなものじゃない。湖の波紋のようなものだ。無理に力を引き出すな。意識を集中させ、お前の内なる静けさを、対象にそっと広げていくんだ」
彼の指導は的確だった。わたくしは生まれて初めて、自分の内にある力が、確かに存在し、自分の意志で動かせるのだと実感した。
最初の実践は、少しだけ不安定になった小さな魔石の浄化だった。
「やってみろ」
促され、わたくしはおそるおそる魔石に手をかざす。ゼファニヤに教わった通り、意識を集中させる。自分の心の中にある、静かで穏やかな湖をイメージする。その湖の水面が、ゆっくりと魔石を包み込んでいくように――。
すると、チリチリと微かな音を立てていた魔石が、ふっと静かになった。不純な光が消え、澄んだ青色の輝きだけが残る。
「……できた」
「上出来だ。筋がいい」
ゼファニヤは、わたくしの頭をくしゃりと撫でた。その不器用な賞賛に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
それからというもの、わたくしは夢中で働いた。ゼファニヤが扱うのは、どれも強力で扱いが難しい魔石や、古代の遺物ばかり。それらは時として暴走し、危険な魔力を撒き散らすことがあった。そんな時、わたくしの浄化の力が役立った。わたくしが触れると、荒れ狂う魔力は嘘のように静けさを取り戻すのだ。
「セレス、こいつを頼む」
「はい、ゼファニヤ様」
いつしか、わたくしは彼の仕事に不可欠な存在となっていた。ゼファニヤは相変わらず口は悪かったが、わたくしの仕事を正当に評価し、一人の人間として対等に扱ってくれた。彼が時折見せる、研究に没頭する真剣な横顔や、成功した時に少年のような見せる笑顔に、わたくしは次第に惹かれていった。これが、恋というものなのだろうか。リシャールに対して抱いていた淡い憧れとは全く違う、深く、確かな感情だった。
ある日のこと、わたくしが工房の片隅で古い文献を読んでいた時、不意にゼファニヤが隣に座った。
「何を読んでいる」
「古代魔法具に関する記述です。この呪われた短剣の浄化方法が、もしかしたら載っているかと…」
「そうか。……セレス」
「はい」
「明日は休みだ。街に出るぞ」
「え? あ、はい。何かお買い物ですか?」
「違う。お前の服を買いに行く」
見れば、わたくしが着ているのは、相変わらず働きやすい簡素なワンピースだった。
「ですが、今の服で十分ですわ」
「十分じゃない。お前は女だろう。もっと綺麗なものを着るべきだ」
彼の紫電の瞳が、少しだけ気まずそうに揺れる。
「……それに、たまには外の空気を吸わせてやりたい。お前、ずっとここに籠りきりだからな」
ぶっきらぼうな口調に隠された優しさに、わたくしの心臓が大きく音を立てた。
翌日、連れて行かれたのは、貴族も利用するような高級なブティックだった。
「さあ、好きなものを選べ」
「で、ですが、このような高価なもの…」
「俺がいいと言っている。遠慮するな」
ゼファニヤはそう言うと、手ずからいくつかのドレスを見立ててくれた。彼が選んだのは、わたくしの髪の色に合う、落ち着いたラベンダー色のドレスだった。
「……綺麗だ」
試着室から出てきたわたくしを見て、彼がぽつりと呟いた。その言葉と、真っ直ぐな視線に、顔に火がつきそうだった。
その帰り道、彼は小さな箱をわたくしに差し出した。
「これもやる」
中には、紫水晶のついた繊細な銀の髪飾りが入っていた。
「ゼファニヤ様の瞳の色と同じですわ…」
「……うるさい。いいから受け取れ」
照れたようにそっぽを向く彼が、とても愛おしく思えた。
彼はわたくしをただの助手としてではなく、一人の女性として見てくれている。その事実が、婚約破棄で凍りついていたわたくしの心を、ゆっくりと溶かしていく。この人の隣にいたい。この温かい場所を、失いたくない。わたくしの想いは、日に日に大きく、確かなものになっていった。
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