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紫電の瞳に浄化の光を宿して
第四章:王都の危機と愛の告白
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リシャールが去ってから数週間後、事態は最悪の局面を迎えた。王都の魔力供給を一手に担う中枢機関、「王都の魔力炉」が暴走寸前だという知らせが、国中を駆け巡ったのだ。原因はやはり、リリアーナの不安定な魔力が魔力炉のコアに悪影響を及ぼし続けた結果だった。このままでは、王都全域を巻き込む大爆発が起こり、計り知れない被害が出るという。
王家はあらゆる魔術師を動員したが、誰一人として荒れ狂う魔力を鎮めることはできなかった。そしてついに、最後の望みをかけて、白羽の矢がわたくし――セレスに立てられた。王宮からの使者が、ゼファニヤの工房を訪れたのだ。
「レンフィールド辺境伯、並びにセレス殿。女王陛下からの勅命である。セレス殿の『浄化』の力をもって、魔力炉の暴走を鎮めていただきたい」
使者の言葉に、ゼファニヤは即座に反論した。
「断る。あれは制御不能の魔力の塊だ。万が一のことがあれば、彼女の命が危ない。そんな危険な場所に、セレスはやれん」
彼の断固とした態度に、使者は狼狽える。しかし、わたくしの決意は固まっていた。
「ゼファニヤ様。行かせてください」
わたくしは、彼の前に進み出て、その紫の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「これは、わたくしにしかできないことです。ここで逃げたら、わたくしは一生後悔します。それに、この街には、わたくしが守りたい人たちが…守りたい、貴方がいます」
わたくしの言葉に、ゼファニヤは目を見開いた。彼の瞳が、苦悩に揺れる。
しばらくの沈黙の後、彼は深いため息をついた。
「……分かった。お前の意志を尊重しよう。だが、条件がある」
彼はわたくしの肩を掴んだ。その手は、強く、そして震えていた。
「俺が、お前のために最高の保護具を作る。それを必ず身につけていくこと。そして――」
彼は言葉を切り、わたくしを強く抱きしめた。彼の心臓の音が、わたくしの耳に直接響く。
「――そして、必ず、生きて俺の元へ帰ってこい」
彼の声は、掠れていた。
「お前がいなければ、俺の世界は意味をなさない。俺はもう、お前のいない日々など考えられないんだ。…愛している、セレス」
それは、わたくしがずっと聞きたかった言葉だった。涙が、後から後から溢れてくる。
「ゼファニヤ様…」
「ゼファニヤでいい。様なんていらない」
「…ゼファニヤ。わたくしも…わたくしも、貴方を愛しています。だから、必ず戻ってきます。貴方のいる、この場所に」
わたくしたちは、しばし固く抱き合った。愛を確かめ合う、束の間の時間。
ゼファニヤはそれから三日三晩、寝る間も惜しんでわたくしのための保護具を作り上げた。それは、彼の魔力と技術の粋を集めた、銀色に輝く美しいドレスと、紫水晶の護符だった。
「これがお前を守る。だが、最後にお前を守るのは、お前自身の力と、生きたいと願う強い意志だ。忘れるな」
そう言って、彼はわたくしを送り出してくれた。その瞳には、不安と、そしてわたくしへの絶対的な信頼が宿っていた。
魔力炉の前に立った時、その凄まじいエネルギーの奔流に、思わず足がすくんだ。空気が歪み、地面がビリビリと震えている。
でも、怖くはない。わたくしには、守ってくれる彼の想いがある。帰るべき場所がある。
わたくしは目を閉じ、意識を集中させた。自分の内なる静寂の湖を、これまでにないほど深く、広く、広げていく。
荒れ狂う魔力が、奔流が、わたくしの心に触れようとする。しかし、ゼファニヤの作ってくれた保護具が、それを優しく弾き返す。
大丈夫。わたくしは、一人じゃない。
わたくしの浄化の光が、ゆっくりと、しかし着実に、魔力炉の中心へと染み渡っていく。それは、嵐の海に一滴の油を垂らすようなものかもしれない。でも、その一滴が、波を鎮めるきっかけになる。
どれほどの時間が経っただろう。意識が遠のきかけた、その時。
暴風のような魔力の唸りが、ふっと止んだ。
荒れ狂っていたエネルギーが、穏やかな光の粒子となって、静かに霧散していく。
「……終わった…」
膝から崩れ落ちそうになったわたくしの体を、駆けつけてきた兵士が支えてくれた。
王都は、救われたのだ。
王家はあらゆる魔術師を動員したが、誰一人として荒れ狂う魔力を鎮めることはできなかった。そしてついに、最後の望みをかけて、白羽の矢がわたくし――セレスに立てられた。王宮からの使者が、ゼファニヤの工房を訪れたのだ。
「レンフィールド辺境伯、並びにセレス殿。女王陛下からの勅命である。セレス殿の『浄化』の力をもって、魔力炉の暴走を鎮めていただきたい」
使者の言葉に、ゼファニヤは即座に反論した。
「断る。あれは制御不能の魔力の塊だ。万が一のことがあれば、彼女の命が危ない。そんな危険な場所に、セレスはやれん」
彼の断固とした態度に、使者は狼狽える。しかし、わたくしの決意は固まっていた。
「ゼファニヤ様。行かせてください」
わたくしは、彼の前に進み出て、その紫の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「これは、わたくしにしかできないことです。ここで逃げたら、わたくしは一生後悔します。それに、この街には、わたくしが守りたい人たちが…守りたい、貴方がいます」
わたくしの言葉に、ゼファニヤは目を見開いた。彼の瞳が、苦悩に揺れる。
しばらくの沈黙の後、彼は深いため息をついた。
「……分かった。お前の意志を尊重しよう。だが、条件がある」
彼はわたくしの肩を掴んだ。その手は、強く、そして震えていた。
「俺が、お前のために最高の保護具を作る。それを必ず身につけていくこと。そして――」
彼は言葉を切り、わたくしを強く抱きしめた。彼の心臓の音が、わたくしの耳に直接響く。
「――そして、必ず、生きて俺の元へ帰ってこい」
彼の声は、掠れていた。
「お前がいなければ、俺の世界は意味をなさない。俺はもう、お前のいない日々など考えられないんだ。…愛している、セレス」
それは、わたくしがずっと聞きたかった言葉だった。涙が、後から後から溢れてくる。
「ゼファニヤ様…」
「ゼファニヤでいい。様なんていらない」
「…ゼファニヤ。わたくしも…わたくしも、貴方を愛しています。だから、必ず戻ってきます。貴方のいる、この場所に」
わたくしたちは、しばし固く抱き合った。愛を確かめ合う、束の間の時間。
ゼファニヤはそれから三日三晩、寝る間も惜しんでわたくしのための保護具を作り上げた。それは、彼の魔力と技術の粋を集めた、銀色に輝く美しいドレスと、紫水晶の護符だった。
「これがお前を守る。だが、最後にお前を守るのは、お前自身の力と、生きたいと願う強い意志だ。忘れるな」
そう言って、彼はわたくしを送り出してくれた。その瞳には、不安と、そしてわたくしへの絶対的な信頼が宿っていた。
魔力炉の前に立った時、その凄まじいエネルギーの奔流に、思わず足がすくんだ。空気が歪み、地面がビリビリと震えている。
でも、怖くはない。わたくしには、守ってくれる彼の想いがある。帰るべき場所がある。
わたくしは目を閉じ、意識を集中させた。自分の内なる静寂の湖を、これまでにないほど深く、広く、広げていく。
荒れ狂う魔力が、奔流が、わたくしの心に触れようとする。しかし、ゼファニヤの作ってくれた保護具が、それを優しく弾き返す。
大丈夫。わたくしは、一人じゃない。
わたくしの浄化の光が、ゆっくりと、しかし着実に、魔力炉の中心へと染み渡っていく。それは、嵐の海に一滴の油を垂らすようなものかもしれない。でも、その一滴が、波を鎮めるきっかけになる。
どれほどの時間が経っただろう。意識が遠のきかけた、その時。
暴風のような魔力の唸りが、ふっと止んだ。
荒れ狂っていたエネルギーが、穏やかな光の粒子となって、静かに霧散していく。
「……終わった…」
膝から崩れ落ちそうになったわたくしの体を、駆けつけてきた兵士が支えてくれた。
王都は、救われたのだ。
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