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忘れられた歌姫と隻眼の公爵の契約婚約
第一章:偽りの契約
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夜会から連れ出されるようにして、フィロメーラはゼファニアスの用意した馬車に乗っていた。重厚な紋章が刻まれた扉が閉まると、先ほどの喧騒が嘘のように静まり返る。
「あの……公爵様。先ほどのお言葉は、一体……」
「言葉通りの意味だ。フィロメーラ・フォン・クラインシュミット嬢。私と、婚約してほしい」
「ですが、私には何の取り柄も……それに、私たちは今日初めてお会いしたばかりです」
混乱するフィロメーラに、ゼファニアスは静かに告げた。
「これは、真実の愛を求めるものではない。いわば、契約だ」
「契約、ですか?」
「そうだ。君には、私の『偽りの婚約者』を演じてもらう。その見返りとして、君の家族が後ろ指をさされぬよう、私が後ろ盾となろう。クラインシュミット子爵家への援助も惜しまない」
あまりに突飛な提案だった。だが、婚約を破棄された令嬢の末路は悲惨だ。家族にまで迷惑がかかることは火を見るより明らかだった。フィロメーラには、この提案を断るという選択肢が浮かばなかった。
「……なぜ、私なのでしょうか」
「君でなければ、ならない理由がある」
ゼファニアスはそう言うと、窓の外に視線を移した。その横顔は、彫像のように美しくも、どこか深い憂いを帯びていた。
「私の領地は、今、緩やかな死に向かっている。原因不明の呪いによって、土地は痩せ、人々は活力を失っているのだ」
「呪い……」
「古文書によれば、その呪いを解く鍵は『魂を癒やす歌声』。そして私は、その歌声を持つのが君だと確信している」
「しかし、私はもう、歌えません」
フィロメーラは唇を噛んだ。最大のコンプレックスを、目の前の男はいとも容易く暴いていく。
「今は、な。だが、君は本来、歌えるはずだ。何かが君の心を縛り付けているに過ぎない。私は、その呪縛を解き放つ手伝いをしたい」
「私の声に、そんな力が……?」
「ある。私は、かつて一度だけ君の歌を聴いたことがある。五年前、君が声を失う直前の、王宮の音楽会で。あの時の君の歌声には、確かに不思議な力が宿っていた」
五年前。それは、フィロメーラにとって忘れたい記憶。あの事件以来、彼女の喉は固く閉ざされてしまったのだ。
「契約の期間は、君の声が戻り、領地の呪いが解けるまで。もし声が戻らなくとも、君が望むなら、契約はいつでも破棄して構わない。君に不利益は与えないと誓おう」
彼の言葉は、不思議な説得力を持っていた。失うものは何もない。いや、このままでは全てを失うのだ。ならば、この奇妙な契約に賭けてみるしかないのではないか。
「……わかりました。その、契約をお受けいたします」
フィロメーラがそう答えると、ゼファニアスの表情が、ほんのわずかに和らいだように見えた。
「あの……公爵様。先ほどのお言葉は、一体……」
「言葉通りの意味だ。フィロメーラ・フォン・クラインシュミット嬢。私と、婚約してほしい」
「ですが、私には何の取り柄も……それに、私たちは今日初めてお会いしたばかりです」
混乱するフィロメーラに、ゼファニアスは静かに告げた。
「これは、真実の愛を求めるものではない。いわば、契約だ」
「契約、ですか?」
「そうだ。君には、私の『偽りの婚約者』を演じてもらう。その見返りとして、君の家族が後ろ指をさされぬよう、私が後ろ盾となろう。クラインシュミット子爵家への援助も惜しまない」
あまりに突飛な提案だった。だが、婚約を破棄された令嬢の末路は悲惨だ。家族にまで迷惑がかかることは火を見るより明らかだった。フィロメーラには、この提案を断るという選択肢が浮かばなかった。
「……なぜ、私なのでしょうか」
「君でなければ、ならない理由がある」
ゼファニアスはそう言うと、窓の外に視線を移した。その横顔は、彫像のように美しくも、どこか深い憂いを帯びていた。
「私の領地は、今、緩やかな死に向かっている。原因不明の呪いによって、土地は痩せ、人々は活力を失っているのだ」
「呪い……」
「古文書によれば、その呪いを解く鍵は『魂を癒やす歌声』。そして私は、その歌声を持つのが君だと確信している」
「しかし、私はもう、歌えません」
フィロメーラは唇を噛んだ。最大のコンプレックスを、目の前の男はいとも容易く暴いていく。
「今は、な。だが、君は本来、歌えるはずだ。何かが君の心を縛り付けているに過ぎない。私は、その呪縛を解き放つ手伝いをしたい」
「私の声に、そんな力が……?」
「ある。私は、かつて一度だけ君の歌を聴いたことがある。五年前、君が声を失う直前の、王宮の音楽会で。あの時の君の歌声には、確かに不思議な力が宿っていた」
五年前。それは、フィロメーラにとって忘れたい記憶。あの事件以来、彼女の喉は固く閉ざされてしまったのだ。
「契約の期間は、君の声が戻り、領地の呪いが解けるまで。もし声が戻らなくとも、君が望むなら、契約はいつでも破棄して構わない。君に不利益は与えないと誓おう」
彼の言葉は、不思議な説得力を持っていた。失うものは何もない。いや、このままでは全てを失うのだ。ならば、この奇妙な契約に賭けてみるしかないのではないか。
「……わかりました。その、契約をお受けいたします」
フィロメーラがそう答えると、ゼファニアスの表情が、ほんのわずかに和らいだように見えた。
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