婚約破棄と溺愛のアンソロジー[短編集]

イアペコス

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夜明けのティアラ

第四章:セドリックの妨害とゼノの過去

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私とゼノの婚約は、社交界で最も注目される話題となった。以前の私を知る者たちは、私の変貌ぶりに驚き、謎に包まれた大富豪ゼノ・クォーツの素性を探ろうと躍起になっていた。

その筆頭は、言うまでもなくセドリックだった。彼はプライドを酷く傷つけられ、私を取り戻すことに執着していた。
「あの男は、何者なんだ! 金の力だけで、リラを誑かしおって!」
彼は躍起になってゼノの身辺を調査させ始めた。

そして、ある日の夜会で、ついにその時が来た。
セドリックは、まるで裁判官のように尊大な態度で、私とゼノの前に立ちはだかった。
「皆、聞いてくれ! このゼノ・クォーツという男の正体が判明したぞ!」
彼の声に、ホール中の注目が集まる。

「この男は、隣国エルドリアの元王子、**ゼノビアス・エル・ドラド(Xenobias El Dorado)**だ! 7年前、クーデターを画策した罪で国を追放された、大罪人なのだ!」

ゼノビアス……。その名前に、ホールは水を打ったように静まり返った。追放された王子。その響きは、甘美であると同時に、危険な匂いを放っていた。

セドリックは、勝ち誇ったように続けた。
「そんな男が、なぜこの国にいるのか! 決まっているだろう! アステル伯爵家を利用し、我が国の貴族社会に潜り込み、彼の祖国を乗っ取った者たちへの復讐を企んでいるに違いない! リラ、君は利用されているだけなんだ! 目を覚ませ!」

セドリックの告発は、衝撃となって人々を駆け巡った。
「追放された王子ですって……?」
「なんて恐ろしい……」
「リラ嬢は、反逆者に加担しているということか?」
疑念と恐怖の視線が、ナイフのように私とゼノに突き刺さる。

私の心も、激しく揺れていた。ゼノが、追放された王子? 復讐のために、私を利用した?
あの優しい言葉も、温かい眼差しも、全てが嘘だったというのだろうか。
隣に立つゼノの横顔を見上げた。彼は、表情一つ変えず、ただまっすぐにセドリックを見つめていた。

「……ゼノ様、本当なのですか?」
震える声で尋ねると、彼は初めて私に視線を向けた。その銀色の瞳に、深い哀しみの色が浮かんでいるように見えた。

「屋敷に帰ってから、全てを話そう」
彼は私の手を強く握り、そう囁いた。その力強い感触に、私はなぜか、少しだけ安堵した。

屋敷に戻り、二人きりになった書斎で、ゼノは重い口を開いた。
「セドリックの言ったことは、半分は真実で、半分は嘘だ」

彼は、自分がエルドリアの元王子、ゼノビアスであることを認めた。王位継承を巡る争いに敗れ、濡れ衣を着せられて国を追われたこと。クォーツという姓は、母方の旧姓であること。全てを静かに、淡々と語った。

「では……復讐のために、この国へ?」
私が最も恐れていた質問を投げかけると、彼は静かに首を振った。
「復讐など、考えていない。私から全てを奪った者たちに、もはや何の興味もない。私は、過去を捨て、新しい人生を歩むためにここへ来たんだ」

「では、なぜ私を……?」
「君を利用した、と言われれば、否定はできないかもしれない」
彼の言葉に、心臓が凍り付いた。
「最初は、そうだった。アステル伯爵家という、由緒ある家柄の令嬢と婚約することで、社交界での足掛かりを得ようとした。君が婚約を破棄され、同情を集めやすい状況だったことも、私にとっては好都合だった」

やはり、そうだったのだ。彼の目的は、私自身ではなかった。涙が、頬を伝った。
しかし、ゼノは続けた。彼は私の前に膝をつき、私の涙をそっと指で拭った。
「だが、リラ。それは、君という人間を知るまでの話だ」

彼の銀色の瞳が、真摯に私を見つめていた。
「君の聡明さに触れ、君の優しさに心を動かされ、君の努力する姿に、私はいつしか心を奪われていた。君が日に日に美しくなっていくのを、誰よりも側で見ていられることが、私の最大の喜びになっていたんだ。偽りの婚約のはずが、いつの間にか、私にとっては何物にも代えがたい真実になっていた」

「……ゼノ様……」
「君を騙していたことを、許してほしいとは思わない。だが、これだけは信じてほしい。君を愛している。この気持ちに、嘘偽りはない」

彼の告白は、私の心を激しく揺さぶった。
彼が私に近づいた動機は、純粋なものではなかったかもしれない。でも、彼がこれまで私に与えてくれたものは、紛れもなく本物だった。自信、知識、そして、愛されているという実感。

私は、彼の正直な告白と、これまでの彼が見せてくれた優しさを信じたいと思った。いや、信じると決めた。
「……顔を上げてください、ゼノ様」
私は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。
「私は、あなたを信じます。ゼノビアス様ではなく、ゼノ・クォーツという一人の男性として、あなたのお側にいたいです」

私の言葉に、ゼノの瞳が驚きに見開かれた。そして、次の瞬間、彼は力強く私を抱きしめた。
「リラ……! ありがとう。君こそが、私の探し求めていた光だ」

彼の腕の中で、私は固く誓った。
もう、守られるだけのか弱い令嬢でいるのはやめよう。これからは私が、この人を支えるのだ。たとえ、全世界が彼を敵に回したとしても。
私たちの間にあった「偽り」の壁が崩れ、本当の絆が生まれた瞬間だった。
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