婚約破棄と溺愛のアンソロジー[短編集]

イアペコス

文字の大きさ
64 / 82
黒曜石の瞳に宿るは、ただひとつの真実

第四章:芽生える想いと過去の影

しおりを挟む
カイエンとの生活は、驚きの連続だった。彼はある日、山のようなドレスや宝飾品をセレスティアナの部屋に運び込ませた。

「これは…?」
「お前のためのものだ。次の夜会で着ていけ」
「ですが、こんなに高価なもの…」
「公爵夫人として、みすぼらしい格好をさせるわけにはいかん」

カイエンはそう言うと、宝石箱の中から、夜空の星屑を散りばめたようなサファイアのネックレスを手に取った。そして、セレスティアナの背後に回ると、その冷たい指先で彼女の首にネックレスをかけてやる。鏡に映った自分の姿に、セレスティアナは息を呑んだ。深い青の輝きが、彼女の肌の白さを際立たせ、ドレスと見事に調和している。

「…やはりな」
カイエンが、満足げに呟く。
「お前は、どんな宝石よりも美しい」

鏡越しに、彼の深紅の瞳と視線が絡み合う。その真摯な眼差しに、セレスティアナの頬がカッと熱くなった。ゼノンはいつも彼女の家柄や体裁を褒めたが、彼女自身をこんな風に真っ直ぐに褒めてくれたことは一度もなかった。

これが、巷で噂されるカイエンの「溺愛」なのだろうか。彼は、手に入れたものをとことん甘やかし、飾り立てることで、己の所有欲を満たしているだけなのかもしれない。そう頭では理解しようとしても、心は彼の言葉に甘く痺れていく。

夜会の日、カイエンにエスコートされて会場に現れたセレスティアナは、全ての注目を一身に浴びた。以前の彼女を知る者たちは、そのあまりの変貌ぶりに目を見張る。自信に満ち、凛とした空気を纏った彼女は、もはや捨てられた哀れな令嬢ではなかった。

「セレス…ティアナ…?」

呆然と呟いたのは、リリアーナを伴ったゼノンだった。彼は、自分が捨てたはずの女が、悪名高いカイエンの隣で、以前とは比べ物にならないほど輝いているのが信じられない、という顔をしていた。リリアーナもまた、扇の陰で悔しそうに唇を噛んでいる。

その様子を冷ややかに一瞥し、カイエンはセレスティアナの耳元で囁いた。
「いい気味だろう?」
「……ええ、少しだけ」

セレスティアナは、小さく笑った。ゼノンの前では決して見せられなかった、自然な笑みだった。

カイエンの隣は、不思議なほど居心地が良かった。彼は、セレスティアナが難しい歴史の話をしても、退屈そうな顔一つせず耳を傾けた。彼女が庭の隅に咲く素朴なスミレの花が好きだと言うと、次の日には温室一つをスミレで埋め尽くした。やり方は極端で横暴だが、その全てがセレスティアナに向けられたものであることは、疑いようもなかった。

いつからだろう。彼の無愛想な横顔を、目で追うようになったのは。彼の低い声を聞くと、胸が温かくなるようになったのは。

しかし、同時に疑問も深まっていく。カイエンは、なぜこれほどまでに自分に尽くしてくれるのだろう。彼ほどの男なら、もっと家柄も良く、美しい令嬢をいくらでも手に入れられたはずだ。彼には何か、隠している秘密がある。彼が自分を選んだ、本当の理由が。

その答えを知るのが、少しだけ怖いと、セレスティアナは思い始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

彼女の離縁とその波紋

豆狸
恋愛
夫にとって魅力的なのは、今も昔も恋人のあの女性なのでしょう。こうして私が悩んでいる間もふたりは楽しく笑い合っているのかと思うと、胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりました。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。

夫に捨てられた私は冷酷公爵と再婚しました

香木陽灯
恋愛
 伯爵夫人のマリアーヌは「夜を共に過ごす気にならない」と突然夫に告げられ、わずか五ヶ月で離縁することとなる。  これまで女癖の悪い夫に何度も不倫されても、役立たずと貶されても、文句ひとつ言わず彼を支えてきた。だがその苦労は報われることはなかった。  実家に帰っても父から不当な扱いを受けるマリアーヌ。気分転換に繰り出した街で倒れていた貴族の男性と出会い、彼を助ける。 「離縁したばかり? それは相手の見る目がなかっただけだ。良かったじゃないか。君はもう自由だ」 「自由……」  もう自由なのだとマリアーヌが気づいた矢先、両親と元夫の策略によって再婚を強いられる。相手は婚約者が逃げ出すことで有名な冷酷公爵だった。  ところが冷酷公爵と会ってみると、以前助けた男性だったのだ。  再婚を受け入れたマリアーヌは、公爵と少しずつ仲良くなっていく。  ところが公爵は王命を受け内密に仕事をしているようで……。  一方の元夫は、財政難に陥っていた。 「頼む、助けてくれ! お前は俺に恩があるだろう?」  元夫の悲痛な叫びに、マリアーヌはにっこりと微笑んだ。 「なぜかしら? 貴方を助ける気になりませんの」 ※ふんわり設定です

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

あなたのことなんて、もうどうでもいいです

もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。 元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...