四人で話せば賢者の知恵? ~固有スキル〈チャットルーム〉で繋がる異世界転移。知識と戦略を魔法に込めて、チート勇者をねじ伏せる~

藤ノ木文

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113話 実地訓練

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 冷静になって対策を考えてみると、ブリットビートルの超速の体当たりは危険すぎるが、運動エネルギーそのものはあっても質量が無さ過ぎる。
 防御魔法と凍結魔法、咄嗟とは言え対策が二つも出たと言うことは、つまりその程度のモンスターだということでもある。

 敏捷性が売りの軽装甲前衛や普通の後衛職からすれば、初見殺しもいいところだが。

 なので常に防御魔法フィールドプロテクションを重ね張りしつつ、遭遇即凍結魔法攻撃で全てを対処してしまおうと指示を出したのだが、意外な事にトトとメリー、それにククまで待ったをかけてきた。

「あの速度に対応できるようになっておきたく思いますので、練習させていただいてもよろしいでしょうか?」
「次は遅れは取らない」
「あてもやってみたい!」
「う~ん……」

 装甲の無い箇所とは言え、防御スキル〈マナコート〉込みの成人男性の太ももを貫通してみせる魔物の体当たりに、彼女達を晒しても良いものだろうか?
 いや、どう考えても良くは無いわな……。
 だが俺達には実践経験が圧倒的に不足している。
 今後高速で動き回る敵と出会ったときのためにも、訓練はしておいたほうが良いのも事実。
 
「あの程度であれば防御魔法プロテクションをかけておけば問題無かろう」
「あ、危険が無いなら私もやってみたいです!」
「よしのんもか」

 イルミナさんからの安全のお墨付きによしのんも元気よく挙手をした。

 この流れでは俺もやらない訳にはいかないな。
 まぁ俺もよしのん同様、安全なら試しておきたいところだけど。

 とは思うものの、足に大きな穴が開くほどの重傷を負ったばかりなので、どうしても気後れしてしまう。

「向上心があるのか良いことですにゃ」
「うわっ!?」

 唐突に後ろから現れたモーディーンさんに意表を突かれ、思わず仰け反る。
 
「ですが、こうも容易く後ろを取られて気付かないのは、君がまだまだ未熟な証拠ですにゃ。一流の冒険者を目指すのなら、修練あるのみですにゃ」

 もし仮に、今のが暗殺目的だった場合、俺はあっさりと殺られていただろう。
 いくら異世界人のスキルが優秀でも、まだまだこの人の足元にも及ばないのだと実感する。

「わかりました。それじゃぁ順番に訓練を開始するけど、許可するまで勝手に突っ込まないこと。いい?」
「「「はーい」」」

 ククが頷き他の三人も元気良く返事をする。
 右足血まみれの俺を見てもこれなのだから、皆タフなハートをしてやがる。
 俺なんてトラウマになりそうだってのに。
 
 サーチエネミーを頼りに進んでいくと、早速5つの反応を示す場所にやってきた。
 イルミナさんにフィールドプロテクションのかけ直しを頼むと、ククには俺からプロテクションを重ねがけしておく。

「準備できたからもう行っていいよ」
「はい!」

 ククが力強く俺に頷き返し、全身に鬼気迫る程の気迫を纏い、ブリットビートルへと歩みを進める。
 それに反応した5匹の甲虫が壁から落下し、ククに目掛けて殺到した。
 ククの耳も弾丸の羽ばたき音を捉え大盾を前面に押し出すと、そこから放たれたシールドバッシュが完璧なタイミングで玉虫を捕らえ弾き飛ばした。

 一回で合わせるのかよ!?

 最初反応すら出来なかったククだったが、たった一度の立会いで完全にコツを掴んでしまっている。

 たいしたヤツだ、さては……天才。

 弾き飛ばされた甲虫が空中で体勢を立て直すと、再び羽ばたきを開始した。
 ククがそれを見越し、全身から白い鱗粉を発行させ、キャッスルウォールらしきものを展開する。
 通常のキャッスルウォールよりもより強固で堅牢な、白い輝きを帯びた半透明の巨大な城壁だ。

 盾で防げているのに今更キャッスルウォールってなにするんだ?

 などと疑問に思いながら観察すると、ククが右手の大盾を左肩の方へと振りかぶる。
 それに伴ない城壁も連動して下がりった次の瞬間、腕を力いっぱい振りぬいた。

「〈シタデルバッシュ〉!」

 腕の振り抜きと共に空間に固定された巨城の壁が、時間差を置いて猛スピードで追従し、ブリットビートルを打ち据えた。
 城壁に激突された甲虫が全身をバラバラにして吹き飛び、その残骸が地面に散らばり粒子散乱を起こして消えていく。

 ……え?

「終わりました♪」

 我が家の神獣がスッキリしたのか、顔に笑みを浮かべて振り返り、優雅な足取りで俺の元まで戻ってきた。
 目の前に来たククが誉めて欲しそうな顔をしているので、思考停止したまま彼女の兜の隙間から手を差し入れ頬を撫でる。

 ククサンナンデスカ、ソノイカレタコウゲキハ……?

 ククがやったことを簡単に言えば、強化キャッスルウォールによる超特大のデコピンだ。
 キャッスルウォールを引き下げ固定し、振り抜く動作と共にスキルでの強化と引っ張る力を増加させ、溜めた力を一気に解放した。
 俺の知っている限り、そんなスキルを彼女は持ってなどいなかった。
 だが、思い当たるのはククに着いているジョブの〈ククテナ〉だ。
〝自身の名を冠したジョブには、持ち主が望む力がスキルとして形となる〟
 それが彼女の望む力を具現化させている可能性は否定できない。

 てことはトトやミネルバ、それにイルミナさんにも同じようなことが起こり得るのか。

 同じ種族固有ジョブを持ち、尚且つ現在種族ジョブを着けていないメリティエとクサンテを呼びつけると、この推測を話してみた。

「だったらあたしのグラディエーターを外して、リザードマンを着けてくれるかい?」
「……私はこのままで構わない」

 クサンテは変更を望み、メリティエは首を横に振った。

「メリーは変えなくていいの?」
「スキル構成が性に合わない」

 短い言葉で簡素に理由を述べる。
 ラミアのスキルの大半が〈魔眼〉による状態異常などの絡め手や、魔法に関するモノが殆どで、近接戦闘を好むメリティエには不満のご様子だった。
 次に敵が7匹の場所に到着すると、今度はそのメリティエに任せる。
 襲ってくる玉虫のその尽くを弾きいなし躱してみせていたのだが、しばらくすると足裁きだけで避けるようになり、次第にその動きが洗練されて行くと、最終的にはまるで舞っているように優雅なものになっていた。

 舞を踊る和風幼女可愛い。

 何かを掴んだように顔が自信で満ち溢れると、拳や蹴りによってカウンターを合わせて七匹を瞬時に粉砕してみせた。
 宣言通り遅れを取ることは無く、それどころか途中から心配することを忘れて見惚れてしまう程に美しかった。
 ドヤ顔で俺の元まで戻ってきたので黒いロングヘアを撫でて誉めておくが、彼女の動きの凄さに嫉妬している俺の心の矮小さ。

 俺もそれくらい動けるようになりたい!
 いや、アレはもう明らかに達人の域に足を踏み入れてるので出来る気がしない。
 俺は俺なりの強さを模索しなければ。
 
「次はあての番だからね!」

 俺と同じくメリティエに触発されたトトがそう宣言して飛び出して行った。
 それを即座に拘束魔法バインドで絡めてふん縛る。

「だから許可無く突っ込んじゃダメだって言っただろ」
「そうだったっけ?」

 あれだけ元気に返事してたのにもう忘れるとかハトか? お前の記憶力はハトなのか?

「ダメよトト、ご主人様の言う事をちゃんと聞かないと」

 ククが笑顔のまま凄みを利かせてトトの兜を鷲掴みにすると、そのまま頭部を容赦なく揺らす。
 誰かに似てるなぁと思って目の前のリシアに目を向けると、リシアが何の前触れも無く突然振り向いた。
 
「今似てるとか思いませんでした?」
「え、いや、ククもリシアの様に頼もしくなってくれて嬉しいなと思っただけで、決して悪い意味では思って無いからね?」
「なら良いのですが」
 
 少し拗ねたように頬を膨らませるリシア。

 この子は頭も良い上に勘も鋭いので侮れない。
 というか心臓に悪いよリシアさん?
 その勘の鋭さがちょっとかっこいいとも思っちゃったけど。

 トトの拘束を解いて歩き始めると、今度は10匹の群れと遭遇した。

 ブリットビートルは5~10匹で固まってる事が多いな。
 サーチエネミーの範囲を広げてみたところ、そういう群れが点在しているのが確認できる。

「トシオ、行っても良い? 行っても良い?」
「ちょっと待ってね」

 興奮しているトトの愛らしい声を聞きながらプロテクションの重ねがけを施し、GOサインを出してあげた。
 ククとメリティエが予想外の動きをして見せた。
 ならばトトも凄いことをしでかすのではと期待感に胸が膨らんだ。

 たーのーしーみー。

「うりゃー!」

 トトが雄叫びを上げて突撃を敢行するも、別段何かをおっぱじまるそぶりも無く。
 普通に槍斧ハルバードを力任せに振り回して空振りし、逆にブリットビートルに滅多打ちを食らっている。
 その一発で顔面に直撃を受けるも全く意に介さず、豪快に振るわれるハルバードの風切り音が耳を打つ。

 今のはプロテクションが無かったら死んでたんじゃないのか!?
 その後もトトの攻撃は一向に当たるどころか掠る様子も見せず、攻撃スキル込みの斬撃も尽くが空振りに終わる。
 
「もー、小さくて当たんないー!」

 とうとう癇癪を起こしたトトがやけになってありったけの攻撃スキルを槍斧に込めて打ちはじめると、全身から発零れる金色の燐光が量を増し、それがハルバードへと集中していく。
 そして突如金色に光り巨大化したハルバードを頭上から真っ直ぐ縦に振り下ろした。

「りゃああああああ!」

 力いっぱい振り下ろしたハルバードが、通路の天井を裂き地面を割った。

 ビイィィィィィィィィ!

 通路に響く羽虫の音、その数10。

 また空振ったのだ。

「なんで当たんないのー!!」

 盛大な空振りにトトが悔しがり、甲虫の弾丸を全身に浴びながらも気にせずその場で地団太を踏んでいるが、恐らくトトだけが気付いていない。
 迷宮の地肌は一見その辺の土や石が発光してるようにしか見えず、踏みしめてもそれは土や石の質感でしかないのだが、その強度は俺やエキドナでさえも傷一つ付けられない程の頑強さを有している。
 そんな迷宮の天井と床を、トトは割って見せたのだ。
 破壊力のあまりの規格外っぷりに、全員が言葉を出せないでいる。
 そして今ではトトの一番の親友でありケンカ友達でありライバルでもあるメリティエが、その状況を目の当たりにして一番奇妙な表情を浮かべている。
 あまりにでたらめでバカバカしい攻撃力に一瞬笑ったかと思えば、歯を食いしばりトトを睨みつけ、そして幽鬼の如く壮絶な笑顔を浮かべてトトを見詰めた。
 和風幼女が浮かべた恐ろしくも美しい笑みに、不意に鼓動が高鳴り胸に痛みが走る。
 畏怖する程の美しい横顔に胸が締め付けられるほどの愛情を感じしまう、そんな自分の頭のイカレっぷりに思わず失笑がこぼれた。
 だが今はトトのことだ。
 メリティエから目を離し、口で吸った息を鼻から出して深呼吸をし、感情を無理矢理押さえ込む。

「トト、良い事教えてあげるから戻っておいで。よしのん、あとお願い」

 広域に吹雪を叩きつける魔法〈ダイヤモンドダスト〉を放って甲虫の動きを封じると、よしのんに地面に落ちた虫の後始末を任せてトトを呼び戻した。
 そしていかにトトが凄い事をやってのけたかを教えてあげると、悔しさで涙まで滲ませていたトトの顔が花見が出来るほど満開の笑顔が咲く。
 
「あてすごいの? めちゃんこすごい?」
「すごいよー、トトさんマジかっこいいよー」
「よくやったわトト、これならより一層ご主人様に愛して頂けるわ」
「よかったねトト」

 相変わらずの語彙力の無さで誉め称え頬を撫でると、ククが妹を抱きしめ我が事の様に喜び、リシアもトトの背に手を添える。

 それじゃぁまるで、役立たずは愛さないみたいで人聞きが悪い。
 だが困った、嫁達が有能すぎて否定出来ない状況になってる。
 どこかに役に立たない美少女居ませんか?
 今なら三食昼寝付きで囲ってあげますよ。
 自己保身のためになに言ってんだか。
 自分で条件を提示しておいてなんだが、そんな妖怪〝食っちゃ寝〟なんて傍においても精神衛生上良い訳が無いし、他の妻達に悪影響なのでまずありえないが。

「トト殿がこれ程の力を秘めてまだ改善の余地が有るとは、末恐ろしいですね」
「迷宮をきじゅ付ける人なんて、伝承にある勇者様意外に聞いたことがありません!」
「頼もしいです……」
「主様の沽券に関わる一大事じゃのぅ」

 ユニスとフィローラとセシルが感嘆の言葉を漏らすと、イルミナさんがにんまりとした口元で痛いところを突いてからかってくる。

 くっ、今のはなかなかヘビィな一撃を打ち込んでくれる。
 てか過去の勇者はこれくらい出来たのか。
 
「凍ってると簡単に潰せるんですね」

 その可能性を秘めた少女が、地べたで動けなくなった魔物を仕留めて得意げに戻って来た。
 なんとも締まりのない口元だが、未来の大勇者様の今後に期待しよう。

「えへへ~、メリーどうだったー?」
「…ふ、ふん、当たらなければどうと言う事は無い」
「その内当てられるようになるもんねー」
「ならば私も地面に穴を開けられる様になるまでだ」

 浮かれ気味のトトがメリティエの強がりの煽りに気を引き締めると、メリティエも不適な笑みで言い返す。

 ホントに仲良いな。 
 だがどうにかしないと、このままでは本気で彼女達の影に消えかねない。
 アキヤの例もあるし、万が一のことを考えて俺も何とかしなければ。

 真剣に考えていると、奥から敵が向かってくる音と反応が8つ。

「よしのん、そのまま行ってみようか」
「ふぇぇ!?」

 事態の唐突さに驚き、情けない声を出し慌てふためきオロオロと狼狽し始めたので、仕方なくプロテクションを重ねてかけてあげる。

 さぁよしのんはどうすれるのかな?

 覚束ない足取りで前に出たよしのんへ、飛翔してくる玉虫の群れ。
 よしのんがそれを慌てながらもギリギリのところでダイビングヘッドで回避すると、起き上がり様に抜いた剣の先に拘束魔法バインドで生み出した魔法の鎖で籠を形作り、即席の虫網が完成した。

 アレで捕獲する気か、面白いな。

 と思っていたのだが、大量のブリットビートルに及び腰になったよしのんが、先程のトトばりの空振りを決めてみせると、そこに弾丸の雨を打ち込まれすっ転んだ。
 転んだ拍子に地面に頭部を打ち付け、眼鏡を地面に落としてしまった。
 だが防御魔法のお陰で痛みは無かったようで、直ぐに四つ這いになるも、無くした眼鏡を手探りで探し始める。

 メガネメガネ。

 そこにおまけとばかりに追加で5匹も飛んできた。
 これで合計13匹。
 地面に四つ這いよしのんが、全方位から滅多打ちに。
 ズボン越しとはいえ、少し大き目のお尻がムチムチしていてとてもエロ――もといはしたない。 

「思いのほか痛いです! やっぱり無理です無理無理ですよ!」

 これまでか。

 マジックシールドを2枚展開して左右と正面からの攻撃を防いであげる。

「眼鏡なら右膝のすぐ横にあるから戻っておいでー」
「あ、ありました! うきゅっ!?」

 よしのんが落としたメガネを見つけて拾うと、一目散にこちらへと走り出す。
 途中マジックシールドの隙間を通り抜けた1匹に背後から攻撃を受けるも、悲鳴を上げながらフィールドプロテクションの中に逃げ込んだ。

 戦闘経験の浅さが如実に出たな。

 仕方が無いので俺はプロテクションを自身にかけ、よしのんと入れ替わる様に安全領域の外へと飛び出した。
 フレアボールで得た初速を生かし、一足飛びで皆から20メートル離れた前方に滑りながら急停止。
 そこへ群がるびーとるず。
 手にした槍で弾き、身を躱しながらひたすら視覚とサーチエネミーによる敵の位置把握に努める。
 後ろに回られても敵の位置が把握できるため、やはりサーチエネミーは優秀だ。
 サーチエネミーと自分の敏捷力をもってしっかり警戒していれば、メリティエほど洗練された動きは無理だが、なんとかなるかもしれない。
 瞬発力と機動力で躱すことなら余裕ではあるが、その場に留まってとなると避けきれない。

 最小の動きでギリギリ紙一重で躱す様な、あんな達人の動きは到底真似、常人が早々出来てたまるかよ。

 槍で弾き身を躱すも、全方位からなる甲虫の突撃に着弾を許す。

 身構えていても、13匹から集中されるとこんな物だ。
 それと、よしのんの言う様に確かに痛い。
 やはり小さいとはいえ、弾丸と同等の運動エネルギーはバカにならないな。
 怪我した様には感じられ無いが、痣くらいにはなってるかも。
 にもかかわらず、顔面に受けても微動だにしなかったトトって、防御力も凄かったってことか。

 トトに感心しながら更に槍で弾きまくっていると、なんとなくではあるがコツのようなものが掴めて来た。
 それでもメリティエの様な余裕も洗練さも無く、ただ向かってくる敵を必死に捌いているだけに過ぎないが。

 まぁ練習にはなる。
 とりあえず今は俺に出来る事をやってみよう。

 右側を前にした自然体の構えを取ると、斬撃短槍を握り込む。
 向かってきた甲虫に意識を集中し、片っ端から弾き斬り付け撃ち落とす。
 ショートパルチザンでさばききれない飛翔体は左手の手甲や足の装甲で防ぐ。
 一直線に向かって来るため、タイミングこそシビアだが、飛んでいるハエの軌道を読むよりは簡単である。
  更に調子に乗って突きまくり、額に飛んできた固体をゴルフスイングの要領で下から叩き、手首を捻って槍を回転させ、後続も下から切り上げる。
 続いて手甲で弾き、グリーヴで覆われた脛で防ぎ、足の裏で蹴り飛ばして、振り下ろした槍で落とす。
 槍と要所に装着した金属防具を使い回避も混ぜていくと、着弾箇所のコントロールも思いのままとなり、次第に意図しない被弾が減っていく。
 終には甲虫13匹からなる銃撃を全てシャットアウトしてみせた。

 コツは掴んだ。

 確かな手応えを持って断言する。
 華麗さなんて無いかも知れないが、これも防御技術の内である。
 出来る事が増えれば自然と自信に繋がり、先ほどまでの鬱屈した気持ちが晴れていく。
 フレアボール式空中走法を初めて行った時と同質の楽しさが沸き上がる。

 楽しくてずっとやっていたいが、後続がつかえている。
 今はこれくらいにしておこう。

 数匹が纏まって突っ込んできたところを、MPを大量消費し伸ばした左手に連続で圧縮展開。
 
「〈フレズヴェルク〉!」

 裂帛れっぱくの気合と共に通路へと放ったのは、1羽の白き大わしだ。
 ダイヤモンドダスト20発分にも相当する広域凍結魔法を圧縮して生み出された魔鳥が、一直線に通路の奥へと飛翔した。
 大鷲が通った後は寒波が吹き狂う。
 直進した大鷲が甲虫に当たると、爆散と共に超低温の膨大な冷気を一気にまき散らし、通路を氷に支配された幻想的な世界へと作り変えた。

 フレズヴェルグは着弾と共に圧縮していた冷気を一気に開放する凍結榴弾魔法。
〝マルチプルキャストが十発までしか同時に打てないなら、その十発を連続展開後に圧縮してやれば良いじゃない〟という思考の下に生まれた指向性散弾魔法クラウ・ソラスをベースに、〝他属性で何かできれば〟と生まれたのがこれである。
 結果は御覧の通り、凍結して動く物がなくなった通路で粒子散乱の光が確認される。
 冷気によって生命力を失った甲虫が、俺達の糧となって消えていく。
 
「こんなところか……ってクソ寒っ!?」

 張り詰めていた緊張を解いて大きく息を吐くと、寒さで白い息が出た。
 そしていきなり背後からの衝撃に襲われる。

 おおう、仕留め損ねたか!?

 一瞬焦るもブリットビートルよりも明らかに大きな質量なので、振り返るまでも無く違うとわかるが。

「トシオすごい!」

 特攻してきたのはキラキラと目を輝かせたトトだった。
 
「あて全然避けられなかったのにどうしたらそんなことできるのー?!」

 アレで避けようとしてたのか?

 内心でトトにツッコミを入れつつ、先程の戦闘結果を冷静に分析を開始する。

「全部避けようとはしなかったからね」

 メリティエの様に身体が小さくないし、回避技術もありはしない。
 俺が出来るのは精々被弾場所を見極め攻撃を選んで弾き、槍で防いで不用意な場所への着弾数を減らすことくらいだ。
 敏捷力に物を言わせれば避けるだけなら簡単ではあるが、誰かを庇うとなると逃げるわけにも行かなくなる。
 だから弾きまくってみたら、結果的に全弾防げたと言う訳だ。

 やはり防御力は今後の課題だな。

 指を鳴らして魔法を解除すると、氷で彩られた世界が砕け、また元の迷宮の風景へと戻る。
 気温は下がったままだが。

「でもすごく寒いねー」
「そだね、早く戻ろう」

 トトをあやしながらフィールドプロテクションの中に入ると、暖かい空気が肌に触れる。

「すごいですご主人様!」
「トシオもなかなかやるな」
「どうしたらそんなことが出来るんですか一ノ瀬さん!」
 
 戻って来るなり皆から称賛が巻き起こり、皆のテンションに驚きを禁じ得ない。

「え、メリティエの方が全然すごかっただろ?」
「メリティエ殿も華麗でしたが、トシオ殿も十分すごかったですよ!」
「そう? ありがとね」

 ユニスの称賛にも釈然としないまま定位置に戻ると、リシアが微笑みを浮かべていた。

「気分は晴れましたか?」
「……うん、そうだね」
「それは何よりです。では参りましょう」

 問うてきたリシアに俺も微笑んで頷くと、太陽の様な明るい笑顔で俺の手を取り先を促す。
 敵を見誤り、皆を危険に晒してしまった事で気分が沈み、先程の戦闘で自信を取り戻した俺の鬱屈が消えたのを感じ取っての今の問い。
 リシアには何もかもお見通しという訳だ。
 そして全てを分かった上で一切口を出さずに見守ってくれていたのだから、彼女の優しさと賢さが尊すぎて愛しさが止まらない。
 
「ところでトシオ殿、私もやってみてもよろしいですか?」
 
 愛しの妻と視線で通じ合っていると、よしのんに出来た痣などを確認していたユニスが、試してみたいと名乗り出た。

「え、別に良いけど、なんでまた?」

 彼女は後衛職だ、態々こんなことをする必要は無い。
 それに、若干頬が上気しているのが気にかかる。

 風邪かな?
 でもさっきまで普通だったけど。
 
「いえ、避けながらでの弓の精度などを試してみたくて」

 なるほど、防御魔法で防げるのなら、そういう練習にも打って付けか。

「わかった。この先にも数匹居るみたいだし丁度いい。セシル、ユニスに防御魔法をかけてやってくれ」
「は、はい!?」

 唐突に話を振られ、慌てながらユニスへと歩み寄る。
 こう言うところでコミュ障の陰キャ臭を漂わせてこそ、真正の陰キャというものだ。

「トシオ様、変な笑いが出てますよ」
「おっと」

 セシルらしさにニヨニヨとしていると、リシアの注意され素早く平時の顔を作る。
 陰キャオタ臭い所を最愛の妻に見られてしまい、非常に恥ずかしい。

「セシル殿、痛いくらいの方が緊張感も生まれますので、少し薄めにお願いします」
「わかりました」
 
 ユニスがそう注文を付け、よしのんと同等の強度の防御魔法がかかるや否やフィールドプロテクションから飛び出し練習を開始する。
 勇ましく駆けだしたユニスであったが、その有様はと言うと、ところどころで避けそこない、その度に人馬の身体に弾丸がバチンバチンと音を立ててめり込んだ。

 うへぇ、痛そう。
 だが撃たれる当の本人は、なんだか嬉しそうに見えるのは気のせいであろうか?
 でも、あれで喜んでいたらドMだな――って、前にもなんかそれらしい反応してた気がする。
 そういう目で見てみると、もうそれにしか見えてこない。

 最後にはユニスの腰が抜けたようにへたり込んだ。
 そこへブリッドビートルが殺到したのを、イルミナさんが魔法の盾で防いで追い払った。
 皆が心配して駆け寄る。

「くっ、はぁはぁ……、やはりトシオ殿やメリティエ殿の様にはいきませんか……」
「ユニしゅさんは前衛じゃないでふから仕方ないでふよ」
「それに態々防御魔法を薄くしたのじゃ、衝撃と痛みが増えたであろうに、ようやった方じゃ」

 肩で息をし上気した顔を悔し気に歪めるユニスに、フィローラとイルミナさんが労いを贈る。
 そんなユニスを、俺には〝最後の一斉攻撃をその身に浴びれず悔しがったから顔を歪めた〟様に見えてしまった。

 普段真面目な優等生が、とんでもない魔物を内に秘めているとはな。
 いや、それはきっと俺の心が汚れているからに違いない……。

 自分にそう言い聞かせ、自身の汚れを払拭するように首を振った。

「あの、私ももう一度やってみても良いですか?」

 ユニスのチャレンジ精神に触発されてか、よしのんが再度挑むことを希望してきた。

「じゃぁちょっと待ってね」

 なのでユニスが相手をしていた5匹の内4匹を魔法で仕留めてGOサインを出す。
 よしのんは最初こそ勇ましく前に出るも、攻撃が来た途端再び腰が引け、何度となく攻撃にさらされるもなかなか上達しやしない。
 途中、あまりの進歩の無さに待ちくたびれたレスティー達が「私らも練習がてら別の道を探索するから、終わったら連絡ちょうだいね~」と出かけて行き、ベクスさんとアメリアさん、ヴァルナさんとレナルドルさんもレスティー班に付いて行く。
 こちらに残ったモーディーンさんとマルグリットさんの指導を受けたよしのんが、盾を利用した防御と回避をマスターするのに1時間を要した。

「ど、どうでしょうか……?」
「んー、最初だしこんなもんじゃないの?」

 汗だくで髪を乱したよしのんに、困惑を無理やり押し込めたマルグリットさんが肯定的な感想でお茶を濁す。

「1匹相手に漸くか、才能無いな」
「ヨシノンダメなー」
「ひどっ!?」
「こらあんた達、事実でも言って良い事と悪い事ってあるのよ!」

 メリティエとトトの歯に衣着せぬダメ出しに、マルグリットさんがうっかり口を滑らせる。

「やっぱり才能無いんだ……」

 よしのんが半泣きでへこんだ。
 
 大勇者への道は険しそうだ。

「……酷な話だけど、あんたの置かれてる状況は変わらないんだし、例え才能が無くてもやるしかないだろ?」

 落ち込むよしのんにマルグリットさんが現実を突き付けると、よしのんが更に項垂れた。
 俺の庇護下にあるとはいえ、俺にだってどうしようもないことが起こる可能性は十分にある。
 彼女が逃げているのはこの大陸では最大の国家からだ。
 下手をすると新たな勇者を召喚して連れ戻しに来る可能性だってあり得る。
 本来ならそれを跳ねのけるための力は、彼女自身が持たなければいけない。
 16歳の少女には辛いが、マルグリットさんの言ってることも正しい。

「ヨシノさん、最初から才能がある者など、世の中には一握りしかいませんにゃ。貴方が才能があると思う人も、それは彼らが他の人には見えないところで努力しているからこその力であり、それを羨むだけでは決して強くなれはしませんにゃ。だからこそ、我々凡人は踏ん張り、努力を積み重ねるしかないのですにゃ」
「………」

 モーディーンさんの優しく諭す言葉に、よしのんが項垂れていた顔を上げる。

「努力すれば芽が出るかもしれませんし、しなければ一生芽吹くことなんてありませんにゃ。君が努力をし続けるのであれば、我々は協力を惜しみはしませんにゃ」
「が、頑張りますのでよろしくお願いします」

 差し出されたモーディーンさんの手を握り返したよしのんの視線が、彼の薄い手袋の中を透視でもするかのように凝視しながらにぎにぎと感触を確かめる。

 わかる。
 モーディーンさんの手って人の手の形をしてるんだけど、明らかにモコっとしててぬいぐるみと握手してるような感覚で気持ちいいんだよね。
 
 モーディーンさんも自身の手の感触に違和感を感じているよしのんに気付き、苦笑いを浮かべていると、ビアンカさんがそっと背後に近付き旦那のお尻を力いっぱいひねった。
 はたから見てると、若い女の子にデレデレしている様にも見えなくない。
 
 良い話が色々と台無しである。

「……まぁあれだ、なにも馬鹿正直に悩まなくても、ゲーム感覚で楽しくやって、その結果強くなっても良いと思うよ?」
「もう、なんですか、そのいい加減なセリフは。折角の良いお話が一ノ瀬さんのせいで台無しです」

 泣き笑いみたいな顔のよしのんに、〝お前が言うな〟心の中で盛大なツッコミを入れた。
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