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117話 レンの異世界チート

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 マナロードのスキル〈マナ消失〉にあせりを感じた俺は、この事の報告と対策を話し合うべくステータスウィンドウからチャットルームを開いた。

 ピロン♪

《トシオがチャットルームに入室しました》
 
『いやっふ~~~ぅ!』
『おかえりやで』
『よう』

 今朝からの気分の乱高下にテンションがイカレ気味の俺が適当な挨拶を飛ばすと、大福さんとレンさんから返事が返って来た。

 やはりこの時間だと現地時間深夜0時頃であるシンくんは普通に居ないな。
 
『うはははは! ねこさん聞いてくれ、ついに俺のところにも勇者を召喚したぞ』
『なんで笑ってんだよ!?』

 チャットIN早々、レンさんが妙に明るい口調でさらっとデンジャーなことを口走った。

 俺のテンションもおかしいと思ったが、もっとぶっ壊れたのがここに居た!?
 しかもまた勇者かよ!
 この世界の奴らどんだけ勇者好きなんだよ!

『ワシもさっき同じツッコんどったとこや。てか酔うとるやろ』
『少しなぁ!』

 大福さんがいぶかしむ様に聞くと、レンさんがあっさりと自供する。
 語尾にはネット的に言えば『wwwwwwww』と、大草原生やした感じで。

 勇者召喚な上に酒で酔った状態だ、だから言葉使いがおかしいのか。
 でもレンさんが酔っ払うとか珍しいな。

 彼は普段は呑んでいても楽しむ程度で酔っ払う程呑むことは無いが、稀にだが何かあるとこんな感じに羽目を外すことがある。
 こうなると困ったことに、頭が切れる半面普段の慎重さが取っ払われ、無鉄砲な程の強気になる。

 てか、一介の冒険者であるレンさんと、一国をマルマル背負う勇者に接点なんて……あるな。
 この人こないだ王族の末端とはいえ姫様を娶ったとかほざいてたし。
 だが状況がいまいち掴めない。

『んで、何かあったん?』
『よくぞ聞いてくれた! その勇者なんだが、さっき言ってた大福さんとねこさんと話してんだよ! マジだって! ははははー!」

 説明しようとした矢先、突然レンさんの話しが妙な具合に屈折した。

 もしかして誰かと話しながらチャットしてる?

『あぁスマン、それで勇者なんだが聞いて驚けよ、めでたくもぼちぼちぼっちさんが社畜から勇者に転職したぞおおおおお!』
『『……はい?』』

 あまりに予想外な名前が飛び出し、俺と大福さんの思考がフリーズ。
 二人揃ってマヌケな声と共に短く聞きなおす。

 イマナントイイマシタ?

『だからー、ぼっちさんを勇者としてこっちに呼んだんだって! くははははー!』

 ……あー、うん、トシオ理解した。
 レンさん酔い過ぎててなんか思考が明後日の方向に行っちゃったんだ。
 あと流石に草生やしすぎててなんかイラっとする。
 こっちは酔っ払いに付き合ってる心の余裕が無いので、こうなったら大福さんだけにでも相談しよう。

『そういうボケは今は良いから。ところで大福さん、実は聞いて欲しいことがあるんだけど良いかな?』
『かまへんで』
『待て待て待て、少し浮かれていたのは謝るから話を聞いてくれ』

 呑兵衛のんべえを無視して2人で話しを進めようとしたところ、やっと真面目な口調に戻ったレンさんが待ったをかける。
 急に素面しらふな口調に戻るって事は、完全に酔っ払っていた訳ではなさそうだ。

 状況に酔っていたって感じか?

 まぁそれならと、ひとまずレンさんの話しを聞くことにする。
 すると、レンさんが冒険者から姫騎士ゲットまでの事情や、ぼっちさん転移の経緯を最初から話してくれた。

 レンさんが新進気鋭の冒険者として名を馳せ始めた頃、その国の第二王子と言う物体が身分を隠し、お忍びで冒険者紛いのことをしていたそうだ。
 王子とは知らずギルドの依頼で同行することとなったレンさんは、そこでお互いのPTメンバーから好きな女性のタイプが発覚し、意気投合したのこと。

 マッチョ女性好きの同志とか、少数すぎて確かに貴重そうだもんなぁ。

『クリフォード――、その第二王子の好みの女も、よもやオーガやミノタウロスなどの素晴らしい肉体美を持つ女だとは……。まさしく同志と呼ぶべき奴だ。しかし、ミノタウロスがあれ程素晴らしい体格だとは思いもしなかった……。そうだ、ミノタウロスに関してはねこさんとも通じる所があるな』
『え、あー、うん、そうねだー』

 レンさんの得意気な声に、俺のケモナーとしての直感が違和感を訴えて来たが、反論するのも躊躇ためらわれたためあえて言葉を濁した。

 人間に化けたミノタウロスのモリーさんの本来の姿も確かに魅力的だけど、あんたらのそれは筋肉の部分だよね?
 絶対途中で話しがすれ違い、殴りあいの宗教戦争が勃発しかねないよね?

 普段のレンさんならこの違いを理解できるはずだが、気にすることなく話しを続けた。

 やはり酔ってるな。
 
 その後、王子を連れ戻そうとした国の関係者が迂闊にも口を滑らせたことで、クリフォードの正体が王子であると発覚し、周囲にもそのことがバレてしまった。
 王子は城に戻ることとなったのだが、別れ際に、

『周りに身分が知れてしまった以上、もう二度とここに顔を出すことは無い。……ナオキ、お前と過ごした日々は、これまでの人生で一番有意義な時間であった。さらばだ……』

 と告げられた直後、同志を失わない方法としてレンさんが取った行動は、自身が異世界人であることをバラし、国賓として城に同行するという、中々に胸熱な友情展開だった。

 なにそれかっこいい、後でよしのんにも聞かせてやろう。
 
 それからレンさんは国王付きの守護騎士の様な立場に就くと、国がレンさんを繋ぎ止めるべく、末席の王女と貴族令嬢で騎士の女性二名を娶らせる運びとなった。

 これが以前言ってた姫騎士と女騎士だな。

 レンさんは守護騎士の傍ら、国の財政健全化やら交易改革や軍事編成に人材育成案と街道整備案などなど、この世界よりも遥かに進んだ現代日本人の知識をフル活用し、次々と新たな案を打ち出す。
 これにより、数日の内には国王のお気に入りとなり、あっと言う間に将軍兼副大臣に任じられた。

 すげぇよレンは……。

 タダでこれほど有能な勇者モドキが転がり込んできたことで、国王の気が大きくなったのか、国が所持しているダンジョンコアによって貯蔵された魔力を使っての勇者召喚を行い、ダブル異世界人体制を取って周辺国を制圧する運びとなったのだが、そこでレンさんは、

『勇者の選定が必要なら私が行いましょうか? 良い人材を何人か知っておりますので』

 と、国王に持ちかけた。
 レンさんに全幅の信頼を寄せた国王が二つ返事で勇者選定を任せると、レンさんはあろう事か俺達のネトゲー仲間でレンさんとはリアルでも交流のある〈ぼちぼちぼっち〉さんこと原田隆はらだたかしさんを呼び寄せることにした。

 召喚する勇者って選べるのかよ!?
 だったらアイヴィナーゼとウィッシュタニアはもっとマシなの選べよ!

 と、ここまでは国王の思惑に乗る形で行動したレンさんだったが、彼が本領を発揮したのはここからだった。
 戦争で得をするのは、敗戦国の国民からありとあらゆるモノを奪いつくすからであり、敗戦国や住民のことなど何も考えなければの話しである。
 いくら軍事マニアで上昇志向の強いレンさんと言えど、そこは現代日本人。
 戦争にロマンは感じるが、それによって発生する犠牲者を想うと躊躇われるし、被害額を考えるとバカらしいと損得を考えちゃうのがエリートサラリーマンの悲しいサガ。

『戦争を起こして他国を占領しても、戦災復興にも莫大な金が必要だからな』

 そんな訳で、戦争は避けたい、だが国家は裏切れないレンさん。
 ではどうしたかと言うと、

『国家を裏切れないのなら、その国の頭を挿げ替えてしまえば良いではないか』

 と、経済改革などで顔見知りとなった商人ギルドから、街道整備費を国に出させたことで恩を売り、見返りとして個人で資金援助を受け、その金で各地の貧乏貴族を次々と買収。
 更に大物貴族の当主達とは夜な夜な酒を交えながら、日頃から面白いことに飢えていたおじさん達に異世界の小話等をこちらでも受ける様にアレンジを加えて聴かせ、社交界でも人気を博し、貴族の半数以上の抱き込みに成功した。
 何より貴族のご令嬢であった女騎士2人の父親がそれぞれ国を代表する二大公爵家の当主で、〝じゃじゃ馬で嫁の貰い手の無いと思っていた娘が、優秀な異世界人の嫁として嫁ぐがせることが出来た〟と喜び、2人ともレンさんに御執心ときているのだから手に負えない。

 そして本日レンさん時間での昼頃、勇者召喚の準備が整うと、貴族の後ろ盾を得て国王には退位して頂き、第一王子共々国王派を軟禁。
 この国の第二王子であるクリフォード殿下を国王に据え、自身は大臣の地位に就いた。
 これで国庫を自由に出来るようになり、新国王誕生を祝して〝これより三年間、筋肉質な女性の税を免除とする〟という御触れを出してしまった。

 アホだ。
 この短期間でそれをやってのけたのはすごいけど、権力手に入れて最初にしたことがそれかよ!
 もうホントなにやってんだこの人!?

 正直その手の知識や世情を見る目、コミュニケーション能力の無い俺には知識チートで成り上がるなんて思考は無かったが、レンさんは俺とは頭の出来が違う。
 この人が権力を手に入れその気になれば、本気で周辺諸国すら征服できるだけの知識と知性、そして行動力がある。
 そんな人が、末席とは言えその国の王族を妻にし、自身も将軍という地位に就き、実際に権力を持ってしまった。
 あとはもう本人がその気になれば行動に移すだけだが、その本人が国王とは別のベクトルで本気を出してしまったのだからどうしようもない。

 しかも今回のこの騒動は〝最近の改革案は全て第二王子が計画した事で、その才を評価した国王が彼に王位を継がせるために打った芝居〟と噂を流し、賢王としての偉業を称え、無理やり退位した前国王の面子も守って見せた。
 これまでなんら偉業も成さず、凡骨の王と国民に思われていただけに、この国王英断(?)を国民は褒め称えたそうだ。

 自分を裏切ったレンさんのお陰で、後世に語り継がれるかもしれない行いをしたことになったのだから、きっと国王本人は居心地悪いだろうなぁ……。

 でもこれでもし前国王が叛乱返しを企てようものなら、賢王乱心&もうろく老害として処分され、自分で名声に泥を塗ることとなる訳だから、叛乱なんて起こす気にもならないだろう。
 仮に叛乱返しをしようにも、相手は勇者モドキの異世界人で、話しを聞く限り商人ギルドと大多数の貴族から支持を得ている本物の化け物だ。
 今更隠居させられたおじさんに付いて敗北確定ルートを態々歩む人間が居るとも思えないので、総勢一名で叛乱する羽目になる。

〝総勢一名、参戦!〟を地で行くのか、胸熱だな。
 そしてこれは第一王子にも言えることだな。

 ちなみに召喚されたぼっちさんだが、御触れを出した後にレンさんが悠々と召喚し、今後はレンさん達の居る国とその周辺国の世情を叩き込まれ、外交官として手腕を発揮するそうだ。
 営業社畜のぼっちさんを呼び寄せた辺りにレンさんのガチさが伺えるが、そのぼっちさんはと言うと、

『ビバ異世界!これで社畜とおさらばだ! つーかこんなことならクソ部長をぶん殴っておけばよかったぜ! それで、俺専属の長身メイドはつけてくれるんだよな?』

 と、レンさんと第二王子、いや、現国王とお酒を酌み交わしながら騒いでいるそうだ。

 ぼっちさんは背の高い女性が好みですもんねー。
 
『それで、ねこさんの話しとはなんだ?』
『え、あ、ああ~…』

 酒の入ったレンさんが自身の起こした電撃的な無血クーデターを陽気に語ったっていたかと思うと、今度は急に真面目な口調で聞いてきた。
 再びの真面目口調で話しを振られたため付いていけず、どう話せばいいのか言葉に迷う。

『んー、何て言うか、最上級職の上のジョブ〈マナロード〉になったは良いんだけど、とんでもスキルのせいで魔法使い終了のお知らせかも知れない』
『どういうことだ?』
『〈マナ消失〉ってスキルが出た。自分の周辺のマナを文字通り消し去るスキルで、魔法も〈マナ〉の内に含まれるんよ』
『それって敵に魔法を打ち込んでも、相手がマナロードやったら魔法が消されるってことかいな?』
『うい、スキルを発動されたらごっそりまるっと消える。さっき試したら身近にキープしていた魔法が消えた』
『ふむ……、マナロード同士だとお互い手詰まりになる可能性もあるな。……物理スキルは問題ないんだよな?』
『まだ試して無いからなんともだけど、たぶん大丈夫じゃないかな? あとボーナススキルのワープゲートも消えない』
『ワープゲートって魔法とちゃうんか……』
『あ、そうか』
 
 大福さんのぼやきの様なツッコミに、自分で言っておきながら今更気付かされた。

 確かにマナ消失で消えないってことは、ワープゲートも魔法じゃないんだよな。
 ……じゃぁワープゲートってどういった原理で開いてるんだ?
 謎過ぎだが、今はそういうスキルってことで片付けよう。

 脳内でマッチョなおっさんが腕力で空間をこじ開けるシーンを想像をしてしまったが、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎたのですぐに頭の中からかき消した。
 空間を開けたマッチョビルダーが、親指を立てながら白い歯を見せニカッと笑いやがったのがなんとも腹立たしい。

『これはねこさんも近接職に転向するしかないんとちゃうか?』
『それが一番手っ取り早い対策だな。なに、ねこさんならすぐに慣れるだろ』
『えー……』

 やはり真っ先に飛び出してきたのは、さっきも誰かに言われた脳筋路線だった。

 うーん、だけどそれしか道は無いのかなぁ……。

『折角魔法でここまでやってきたんだから、近接職のレベルも上げつつ魔法の道も模索するわ』
『この前言っていた〈魔導書Ⅲ〉ってやつにはなにか書いていないのか?』
『あー、そういえばそんなのあったな』

 レンさんに言われて、ここで魔導書の存在を思い出す。
 以前見た時にはなにも書いてなかったので、思考から抜け落ちていたのだ。

『忘れとったんかい』
『ねこさんはそういうところが抜けているからな』
『ははは。んじゃ、そろそろ出かけなきゃだからこれで落ちるわ、ありがとね』
『おう、またな』
『気いつけてな』

 2人に別れを告げてチャットルームを後にした。

 問題はなにも解決しなかったが、魔導書の存在を思い出せたことは大きな収穫だ。
 
 文字が浮かび上がってくれていればいいけど。

 魔導書に想いを馳せながらも、レンさんが国王の野心に乗っかって周辺諸国を攻め落とすなんて事態にならなかった事だけは良かったと心の底から安堵した。

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