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124話 尋問
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イルミナさんを信じてワープゲートを四十七階層へ開くと、カシャ達が集団で布袋を被って縛られ地面に転がされた男を囲ってくつろいでいた。
ボス部屋を見回すと、他にも燃え盛る車輪を連結させるシャフトの上に乗ってあくびをする者や、車輪を転がし追いかけっこをする者も居る。
だがここに居るカシャは、全て俺が懇切丁寧に車輪をぶち壊してから連れて来た者しかいないはず。
つまり、あの車輪はここに来てから数時間の間に再生したことになるのだ。
てかアレって直るんだ……。
そこへ唐突に巨大ラミアが入ってきたものだから、猫達が毛を逆立てて飛び上がり、脱兎の如く部屋の隅まで避難した。
猫なのに兎とはこれ如何に。
逃げられた本人は悲しい面持ちで目尻に少し涙を浮かべ、警戒する猫達を見つめる。
「なにも泣かなくても……」
歳の差10倍以上もある妻の頭を撫でて宥めると、涙を拭いながら「皆の前で童の様に扱うでない!」と朱に染まった頬を膨らませるも、尻尾の先をくねらせ嬉しそうに悶えていた。
態度が尻尾に出てるぞクソ可愛いな。
リシア達もそれに気付いているため、暖かい笑みを浮かべて見守っている。
ぐう優しい世界。
そんなかわいい恥じらいを振りまきながらも気を取り直したイルミナさんは、男の元に進んだので俺達も彼女の後に続く。
先程すごいドヤ顔かましていたので、ここはお手並み拝見と行こうじゃないか。
イルミナさんが男の頭に被せられている布を引き剥がすと、大きく目を見開き男の瞳を覗き込んだ。
男もイルミナさんに驚くも、声一つ上げやしない。
今のでも声を出さないのか、すごいなこいつ。
男の胆力に感心していると、イルミナさんの眼に妖艶な光が宿る。
その眼光を直視していた男の眼から、ふっと意思が抜け落ち、口元も半開きとなり、目の前の女性を浮かれた表情で見つめ始めた。
「これよりきさまは我の下僕じゃ。良いな?」
「はい、女王様……」
妖艶な笑みを浮かべるイルミナさんの言葉に、男が蕩けきった顔で頷く。
あぁ、魅了の邪眼を発動させたのか。
ボーナススキルの耐性で無効を持ってると存在を忘れがちになるが、耐性の無い相手には一種の洗脳なため、かなり有効だ。
そしてあれ程プロフェッショナルに徹していた男がこうもあっさり篭絡される事に、今更ながら状態異常の恐ろしさを実感させられる。
麻痺や石化なんて、戦闘中にかかれば死亡とほぼ同義だもんな。
そして人道的に尋問ができるのは有り難い。
「では尋ねる、きさまはどこの何物じゃ?」
「自分の名はオズウェル……。神聖バラドリンド教国の諜報員です……」
予想外の国名に思考が止まる。
しんせいばらどりんどきょうこく?
前にも聞いたことがあるな……。
てかウィッシュタニアの関係者じゃないのかよ!
「バラドリンドってどこだっけ?」
「ウィッシュタニアの更に東隣りの宗教国家でふ」
「バラドリンドは魔法を魔族から伝わった悪しき力と決めつけ、魔法技術が進んだウィッシュタニアを一方的に敵視している国です」
「あぁそうだった」
俺の疑問にフィローラが場所を、ユニスが国情を答えてくれる。
また後で近隣の国政や関係性を聞いておいた方が良いな。
「誰の命で何が目的で我が家を探っておったのじゃ?」
「グフタム様の命令で、逃亡した勇者とそれをかくまう者達の監視と内情調査が目的でした……」
「グフタム?」
「グフタムとは何者じゃ?」
「神聖バラドリンド教国、神罰代行部隊の隊長です……」
実行部隊の隊長からの直接の指示か。
ならこいつ自身はたいした情報は持っていなさそうだな。
それからイルミナさんに代わり尋問を続けると、面白いようにペラペラと答えてくれた。
彼は神罰代行部隊の情報収集班に属しており、ウィッシュタニアの内情をスパイしていたのだが、よしのんが逃亡するやそのまま彼女の後を追い、ライシーンまで来たとのこと。
グフタムの目的は逃亡中の勇者ヨシノのスカウトであることなどだ。
「なぜこの家だと分った?」
「女勇者が連れていたケットシーに聞いた……」
「あいつらああああああああ!」
もうホント何やってるのあいつら!
下手したら他の国にもばれてるって事じゃないか!
俺の中のケットシー株がここ数日で大暴落してるぞコンチクショー!
だがそれでも猫だから可愛いと思っちゃう自分が悔しい!(びくんびくん)
「落ち着いてくださいトシオ様」
「一之瀬さん、彼らにも何か事情があったんですよ!」
叫びを上げる俺にリシアとよしのんが宥めてくる。
だがよしのんの顔を見ると余計に腹立たしさが増す。
「よしのん動くな」
「へあ?」
短く命じると、彼女のかけている眼鏡をゆっくりと外して額に乗せて、そのまま頬に両手を添える。
突然の奇行に硬直する彼女の頬を、これでもかと縦横無尽に捏ね繰りまわしてやる。
「にゃああああ!」
文学美少女の変顔コンテストの開幕だよっと。
「ひゃふぁっ!? いきなり何するんですか!?」
「いや、行き場の無い怒りとやるせなさをぶつけさせてもらった」
慌てて飛びのきイルミナさんの後ろに隠れるよしのんにそう言い捨てると、再び男に向き直って大きく深呼吸。
顔を赤らめ抗議してくるよしのんを無視して話を戻す。
「そのケットシーはどうした?」
「餌を食い終わると何処かへ走り去っていった……」
「……餌?」
「あぁ、餌を与える代わりに情報を聞き出した……」
「「「………」」」
餌につられてこちらの命に関わる情報を売りやがったと。
俺が死んだ様な目で皆に振り返ると、その場に居た全員がなんとも言えない苦い顔となる。
特によしのんは擁護出来ない事実を聞かされ固まった。
「よしのん、言うことはある?」
「……いえ……ありません……」
信じていた者達に裏切られた絶望感に陰る少女の顔。
わかる(わかる)
「……それで、あんたは捕まってからお仲間にはなんて報告をしたのかな?」
「捕まったがお前が勝手にウィッシュタニアの関係者だと思い込んでいると……」
「で、報告を受けたお仲間は何て言ってる?」
「〝今は口を閉ざし、そのままそう思わせておけ〟と……」
「なるほどね……、ところであんたのこの街でのお仲間と活動拠点はどこだ?」
「仲間は2名……、潜伏先は街の東口付近にある宿屋〈光の福音亭〉だ…」
「仲間の名前と特徴は?」
「宿の亭主アーマンとその妻ベルタだ……」
宿屋の亭主なら宿泊客や食材なんかの卸業者から情報収集も案外容易かもしれないし、専門の諜報員が突然来ても客として扱えば誰も不審に思わないわな。
でも宗教国家だからか店の名が〈光の福音〉は流石に安直すぎやしないか?
念のためこの国や近隣諸国にある活動拠点を聞き出すと、これらはセシルにメモしてもらっておく。
何かの役に立つかも知れないしな。
「おい、バラドリンドに勇者は居ないのか?」
ユニスが男に問う。
「居ない……。だが恐ろしく腕の立つ男が居ると噂されている……」
「どんな奴だ?」
「自分は見たことが無いのでわからない……。ただ、伝説の勇者の如き強さだとも噂されている……」
「勇者では無いにしろ、異世界人が居る可能性がありますね」
「でしゅね」
男の噂話にリシアとフィローラが頷き合う。
噂話ってことは、居る可能性は十分考えられるな。
むしろ噂話だからこそ信憑性があるとも言える。
それはよしのんを取り巻く環境を見ればわかることだ。
勇者や異世界人は居るだけで強力な戦略兵器だ。
例え本人が無能でも、同じPTの人間を経験値ブーストからマナロードへと駆け上がらせ、一気に数十人単位の超生物兵器を生み出すのだ。
ちなみに近接ジョブにはマナロードの様なジョブでバトルマスターなる職業が、弓職にはバリスタなる固定砲台職が存在するのを確認している。
そんな戦略兵器をこんな末端の人間に教えたりなど、普通ならばしないだろう。
だが機密情報はどこかから漏れることは往々にして起こり、それが噂という形でこいつが知る事になったとするのはあり得る話だ。
伝説の勇者って言うと、トトの様に迷宮の壁を切り裂いたり出来るんだよな。
そんな存在とはやり合いたくないなぁ……。
「イルミナさん、魅了の効果時間ってわかります?」
「我が解くまで効果は永続じゃ」
「おお、魅了すげぇ」
「ただし、見ての通り思考力が著しく欠如しておるでのぅ。こやつを使うてなんぞさせようにもまず失敗するえ。…それよりも我はおぬしを魅了したいのじゃが♪」
「大丈夫ですよ、イルミナさんには初めて会った時から魅了されてますから」
再び身をくねらせて告げてくるイルミナさんの頬を撫でながら微笑み返すと、宝石のような煌めきを宿した笑顔で抱きしめてきた。
そしていつもの様に悶えるよしのんと、羨ましげに俺を睨む拘束中の男。
女性に返す言葉としては完璧かもしれないが、状況的には間違えたかな。
興奮するイルミナさんを鎮め、知りたい情報は大体聞けたので、この辺りで尋問を終了とする。
「とりあえず、このまま捕獲継続で」
だがこいつをどう扱う?
誤情報を配信させるか?
いや、俺達が素人考えで利用しようとしても、勘付いた向こうさんが逆にそれを利用してくる可能性だってある。
ここは何も情報を流さない方向で行くとするか。
「おい、この尋問を受けていることは仲間は知っているのか?」
「いや、まだ報告していない……」
「ならこのあともこの事は報告するな。なにを聞かれても呻き声だけ返しておけ」
「わかった……」
猫達に再び男の監視を命じてから皆を連れてリビングへ戻ると、対策はこっちで考えておくからとよしのんに伝え、用事から解放した。
よしのんが自室へ戻った後も、俺はまだ寝る訳にいかない。
「さて、どうしたものか」
「奴の持つ情報を元に、片っ端から活動拠点を潰して行くのはどうでしょう?」
「ん~……」
ユニスの案に頷いてから頭の中で捏ねてみる。
仮にそんな事をしたとして、得をするのはこの国と隣国ウィッシュタニア。
損をするのは当然バラドリンド。
そして俺達のメリットとしては、後任が来るまで情報が止まるだけで、一番知られたくない住所を知られてしまっているので既に手遅れ。
デメリットとしては、下手を打つと一般人の住居を襲撃した犯罪者になる可能性だ。
メリットの割りにデメリットのリスクでかいなぁ……。
なんたってローザのお父さんはこの街の顔役の一人であるリベクさんだ、もし婿さんが犯罪者なんて事になったらあの人にまで迷惑が及ぶ。
隠密&魔法爆撃で誰にも見つからずにやれるか…?
これも一般人も巻き込みかねないのでこれも却下だな。
それなら泳がせて尻尾を出したところを捕まえ、イルミナさんの魅了の餌食にしてやれば良いか。
そのあとは当然猫と暮らす365日迷宮生活の刑だ。
……なんだよその羨ましい刑罰、俺が受けたいわ!
「拠点襲撃はやめておこう。他の人に見られると、下手しなくてもただの犯罪者にしか見えないから」
「それもそうですね」
ユニス以外の皆が納得を示す。
「それよりも、情報を流しているケットシーを捕まえるのが先ではないですか?」
「確かに」
リシアの提案に頷く。
「だけど、あいつらが何処に居るかが問題だ」
「それなら大丈夫でしゅよ」
「ケットシー同士は仲間の居場所を有る程度察知することが出来るようです……」
「なるほど、それであやつらは何も無い様な場所で大集会をしおるのか」
フィローラとセシルの知識に、イルミナさんがなにやら納得した口振りで二人の頭を撫でる。
そんな状況に出くわしたことがあるのかな?
ケットシーの大集会……すごく見てみたい。
頭の中で大量の猫が森の中で〝あそこの漁村で取れる魚がおいしいにゃー〟とか言いあってる光景を思い浮かべながら、我が家唯一のケットシーであるルーナルアに目を向けると、ミリビングの片隅で寝息を立てていた。
申し訳ないが起きてもらうか。
「ルゥ~ナァ~」
「嫌にゃ」
猫なで声で近付こうとすると、目を瞑ったまま速攻で拒否られた。
てかその反応速度は寝たふりしていただろ。
普段なら諦めるところだが、今回そんな余裕も無いので食い下がることにする。
そう思いルーナに近付こうとしたところで、ククがお手に待ったをかけた。
「庭の方から人の足音がします」
「またかよ」
一瞬でその場にいた全員に緊張が走る。
恐らく軽口をほざいた俺が一番緊張しているかもだが。
「……正面玄関の前で止まりました」
ククの再報告の直後、正面玄関の扉をノックする音が響くと、皆の緊張も更に高まる。
「……敵さんなら正面からノックはしてはこないんじゃないかい?」
「それもそうですね」
モリーさんのツッコミにリシアが納得を示すが、それでも緊張が解けることは無い。
もし敵じゃないなら、こんな夜中に一体誰だよ、しかも立て込んでるってのに……。
続くノックと共に、男のイケメンボイスで「ごめんください」と聞こえてくる。
慌てて服を着ながら出て行こうとすると、またもユニスに止められた。
「敵でないにしろ、こんな夜更けに来る者が真っ当うな輩とは限りません」
「そうだね、ありがとね」
寝室の時と同じように礼を述べ、栗色のさらさらロングストレートを撫でる。
フィールドプロテクションを重ね掛けしてから玄関の扉を開いた。
そこに立っていたのは見覚えのある、長身で精悍な顔付きの若い男だった。
昨晩焼肉パーリィに居た斜向かいに住む冒険者だ。
一見細身だが、上質そうな服の上からでも分かる盛り上がった筋肉の鎧が、この男の屈強さを物語っている。
フリッツ
人 男 26歳
パラディンLv21
「夜分恐れ入ります。斜向かいのフリッツです。むしろ貴殿にはこう自己紹介をするべきですね。自分はウィッシュタニア第三王子直轄第二部隊の隊長を勤めるフリッツと申します。以後お見知りおきください、勇者トシオ様」
男は何食わぬ顔でとんでもないことを口走りやがった。
ボス部屋を見回すと、他にも燃え盛る車輪を連結させるシャフトの上に乗ってあくびをする者や、車輪を転がし追いかけっこをする者も居る。
だがここに居るカシャは、全て俺が懇切丁寧に車輪をぶち壊してから連れて来た者しかいないはず。
つまり、あの車輪はここに来てから数時間の間に再生したことになるのだ。
てかアレって直るんだ……。
そこへ唐突に巨大ラミアが入ってきたものだから、猫達が毛を逆立てて飛び上がり、脱兎の如く部屋の隅まで避難した。
猫なのに兎とはこれ如何に。
逃げられた本人は悲しい面持ちで目尻に少し涙を浮かべ、警戒する猫達を見つめる。
「なにも泣かなくても……」
歳の差10倍以上もある妻の頭を撫でて宥めると、涙を拭いながら「皆の前で童の様に扱うでない!」と朱に染まった頬を膨らませるも、尻尾の先をくねらせ嬉しそうに悶えていた。
態度が尻尾に出てるぞクソ可愛いな。
リシア達もそれに気付いているため、暖かい笑みを浮かべて見守っている。
ぐう優しい世界。
そんなかわいい恥じらいを振りまきながらも気を取り直したイルミナさんは、男の元に進んだので俺達も彼女の後に続く。
先程すごいドヤ顔かましていたので、ここはお手並み拝見と行こうじゃないか。
イルミナさんが男の頭に被せられている布を引き剥がすと、大きく目を見開き男の瞳を覗き込んだ。
男もイルミナさんに驚くも、声一つ上げやしない。
今のでも声を出さないのか、すごいなこいつ。
男の胆力に感心していると、イルミナさんの眼に妖艶な光が宿る。
その眼光を直視していた男の眼から、ふっと意思が抜け落ち、口元も半開きとなり、目の前の女性を浮かれた表情で見つめ始めた。
「これよりきさまは我の下僕じゃ。良いな?」
「はい、女王様……」
妖艶な笑みを浮かべるイルミナさんの言葉に、男が蕩けきった顔で頷く。
あぁ、魅了の邪眼を発動させたのか。
ボーナススキルの耐性で無効を持ってると存在を忘れがちになるが、耐性の無い相手には一種の洗脳なため、かなり有効だ。
そしてあれ程プロフェッショナルに徹していた男がこうもあっさり篭絡される事に、今更ながら状態異常の恐ろしさを実感させられる。
麻痺や石化なんて、戦闘中にかかれば死亡とほぼ同義だもんな。
そして人道的に尋問ができるのは有り難い。
「では尋ねる、きさまはどこの何物じゃ?」
「自分の名はオズウェル……。神聖バラドリンド教国の諜報員です……」
予想外の国名に思考が止まる。
しんせいばらどりんどきょうこく?
前にも聞いたことがあるな……。
てかウィッシュタニアの関係者じゃないのかよ!
「バラドリンドってどこだっけ?」
「ウィッシュタニアの更に東隣りの宗教国家でふ」
「バラドリンドは魔法を魔族から伝わった悪しき力と決めつけ、魔法技術が進んだウィッシュタニアを一方的に敵視している国です」
「あぁそうだった」
俺の疑問にフィローラが場所を、ユニスが国情を答えてくれる。
また後で近隣の国政や関係性を聞いておいた方が良いな。
「誰の命で何が目的で我が家を探っておったのじゃ?」
「グフタム様の命令で、逃亡した勇者とそれをかくまう者達の監視と内情調査が目的でした……」
「グフタム?」
「グフタムとは何者じゃ?」
「神聖バラドリンド教国、神罰代行部隊の隊長です……」
実行部隊の隊長からの直接の指示か。
ならこいつ自身はたいした情報は持っていなさそうだな。
それからイルミナさんに代わり尋問を続けると、面白いようにペラペラと答えてくれた。
彼は神罰代行部隊の情報収集班に属しており、ウィッシュタニアの内情をスパイしていたのだが、よしのんが逃亡するやそのまま彼女の後を追い、ライシーンまで来たとのこと。
グフタムの目的は逃亡中の勇者ヨシノのスカウトであることなどだ。
「なぜこの家だと分った?」
「女勇者が連れていたケットシーに聞いた……」
「あいつらああああああああ!」
もうホント何やってるのあいつら!
下手したら他の国にもばれてるって事じゃないか!
俺の中のケットシー株がここ数日で大暴落してるぞコンチクショー!
だがそれでも猫だから可愛いと思っちゃう自分が悔しい!(びくんびくん)
「落ち着いてくださいトシオ様」
「一之瀬さん、彼らにも何か事情があったんですよ!」
叫びを上げる俺にリシアとよしのんが宥めてくる。
だがよしのんの顔を見ると余計に腹立たしさが増す。
「よしのん動くな」
「へあ?」
短く命じると、彼女のかけている眼鏡をゆっくりと外して額に乗せて、そのまま頬に両手を添える。
突然の奇行に硬直する彼女の頬を、これでもかと縦横無尽に捏ね繰りまわしてやる。
「にゃああああ!」
文学美少女の変顔コンテストの開幕だよっと。
「ひゃふぁっ!? いきなり何するんですか!?」
「いや、行き場の無い怒りとやるせなさをぶつけさせてもらった」
慌てて飛びのきイルミナさんの後ろに隠れるよしのんにそう言い捨てると、再び男に向き直って大きく深呼吸。
顔を赤らめ抗議してくるよしのんを無視して話を戻す。
「そのケットシーはどうした?」
「餌を食い終わると何処かへ走り去っていった……」
「……餌?」
「あぁ、餌を与える代わりに情報を聞き出した……」
「「「………」」」
餌につられてこちらの命に関わる情報を売りやがったと。
俺が死んだ様な目で皆に振り返ると、その場に居た全員がなんとも言えない苦い顔となる。
特によしのんは擁護出来ない事実を聞かされ固まった。
「よしのん、言うことはある?」
「……いえ……ありません……」
信じていた者達に裏切られた絶望感に陰る少女の顔。
わかる(わかる)
「……それで、あんたは捕まってからお仲間にはなんて報告をしたのかな?」
「捕まったがお前が勝手にウィッシュタニアの関係者だと思い込んでいると……」
「で、報告を受けたお仲間は何て言ってる?」
「〝今は口を閉ざし、そのままそう思わせておけ〟と……」
「なるほどね……、ところであんたのこの街でのお仲間と活動拠点はどこだ?」
「仲間は2名……、潜伏先は街の東口付近にある宿屋〈光の福音亭〉だ…」
「仲間の名前と特徴は?」
「宿の亭主アーマンとその妻ベルタだ……」
宿屋の亭主なら宿泊客や食材なんかの卸業者から情報収集も案外容易かもしれないし、専門の諜報員が突然来ても客として扱えば誰も不審に思わないわな。
でも宗教国家だからか店の名が〈光の福音〉は流石に安直すぎやしないか?
念のためこの国や近隣諸国にある活動拠点を聞き出すと、これらはセシルにメモしてもらっておく。
何かの役に立つかも知れないしな。
「おい、バラドリンドに勇者は居ないのか?」
ユニスが男に問う。
「居ない……。だが恐ろしく腕の立つ男が居ると噂されている……」
「どんな奴だ?」
「自分は見たことが無いのでわからない……。ただ、伝説の勇者の如き強さだとも噂されている……」
「勇者では無いにしろ、異世界人が居る可能性がありますね」
「でしゅね」
男の噂話にリシアとフィローラが頷き合う。
噂話ってことは、居る可能性は十分考えられるな。
むしろ噂話だからこそ信憑性があるとも言える。
それはよしのんを取り巻く環境を見ればわかることだ。
勇者や異世界人は居るだけで強力な戦略兵器だ。
例え本人が無能でも、同じPTの人間を経験値ブーストからマナロードへと駆け上がらせ、一気に数十人単位の超生物兵器を生み出すのだ。
ちなみに近接ジョブにはマナロードの様なジョブでバトルマスターなる職業が、弓職にはバリスタなる固定砲台職が存在するのを確認している。
そんな戦略兵器をこんな末端の人間に教えたりなど、普通ならばしないだろう。
だが機密情報はどこかから漏れることは往々にして起こり、それが噂という形でこいつが知る事になったとするのはあり得る話だ。
伝説の勇者って言うと、トトの様に迷宮の壁を切り裂いたり出来るんだよな。
そんな存在とはやり合いたくないなぁ……。
「イルミナさん、魅了の効果時間ってわかります?」
「我が解くまで効果は永続じゃ」
「おお、魅了すげぇ」
「ただし、見ての通り思考力が著しく欠如しておるでのぅ。こやつを使うてなんぞさせようにもまず失敗するえ。…それよりも我はおぬしを魅了したいのじゃが♪」
「大丈夫ですよ、イルミナさんには初めて会った時から魅了されてますから」
再び身をくねらせて告げてくるイルミナさんの頬を撫でながら微笑み返すと、宝石のような煌めきを宿した笑顔で抱きしめてきた。
そしていつもの様に悶えるよしのんと、羨ましげに俺を睨む拘束中の男。
女性に返す言葉としては完璧かもしれないが、状況的には間違えたかな。
興奮するイルミナさんを鎮め、知りたい情報は大体聞けたので、この辺りで尋問を終了とする。
「とりあえず、このまま捕獲継続で」
だがこいつをどう扱う?
誤情報を配信させるか?
いや、俺達が素人考えで利用しようとしても、勘付いた向こうさんが逆にそれを利用してくる可能性だってある。
ここは何も情報を流さない方向で行くとするか。
「おい、この尋問を受けていることは仲間は知っているのか?」
「いや、まだ報告していない……」
「ならこのあともこの事は報告するな。なにを聞かれても呻き声だけ返しておけ」
「わかった……」
猫達に再び男の監視を命じてから皆を連れてリビングへ戻ると、対策はこっちで考えておくからとよしのんに伝え、用事から解放した。
よしのんが自室へ戻った後も、俺はまだ寝る訳にいかない。
「さて、どうしたものか」
「奴の持つ情報を元に、片っ端から活動拠点を潰して行くのはどうでしょう?」
「ん~……」
ユニスの案に頷いてから頭の中で捏ねてみる。
仮にそんな事をしたとして、得をするのはこの国と隣国ウィッシュタニア。
損をするのは当然バラドリンド。
そして俺達のメリットとしては、後任が来るまで情報が止まるだけで、一番知られたくない住所を知られてしまっているので既に手遅れ。
デメリットとしては、下手を打つと一般人の住居を襲撃した犯罪者になる可能性だ。
メリットの割りにデメリットのリスクでかいなぁ……。
なんたってローザのお父さんはこの街の顔役の一人であるリベクさんだ、もし婿さんが犯罪者なんて事になったらあの人にまで迷惑が及ぶ。
隠密&魔法爆撃で誰にも見つからずにやれるか…?
これも一般人も巻き込みかねないのでこれも却下だな。
それなら泳がせて尻尾を出したところを捕まえ、イルミナさんの魅了の餌食にしてやれば良いか。
そのあとは当然猫と暮らす365日迷宮生活の刑だ。
……なんだよその羨ましい刑罰、俺が受けたいわ!
「拠点襲撃はやめておこう。他の人に見られると、下手しなくてもただの犯罪者にしか見えないから」
「それもそうですね」
ユニス以外の皆が納得を示す。
「それよりも、情報を流しているケットシーを捕まえるのが先ではないですか?」
「確かに」
リシアの提案に頷く。
「だけど、あいつらが何処に居るかが問題だ」
「それなら大丈夫でしゅよ」
「ケットシー同士は仲間の居場所を有る程度察知することが出来るようです……」
「なるほど、それであやつらは何も無い様な場所で大集会をしおるのか」
フィローラとセシルの知識に、イルミナさんがなにやら納得した口振りで二人の頭を撫でる。
そんな状況に出くわしたことがあるのかな?
ケットシーの大集会……すごく見てみたい。
頭の中で大量の猫が森の中で〝あそこの漁村で取れる魚がおいしいにゃー〟とか言いあってる光景を思い浮かべながら、我が家唯一のケットシーであるルーナルアに目を向けると、ミリビングの片隅で寝息を立てていた。
申し訳ないが起きてもらうか。
「ルゥ~ナァ~」
「嫌にゃ」
猫なで声で近付こうとすると、目を瞑ったまま速攻で拒否られた。
てかその反応速度は寝たふりしていただろ。
普段なら諦めるところだが、今回そんな余裕も無いので食い下がることにする。
そう思いルーナに近付こうとしたところで、ククがお手に待ったをかけた。
「庭の方から人の足音がします」
「またかよ」
一瞬でその場にいた全員に緊張が走る。
恐らく軽口をほざいた俺が一番緊張しているかもだが。
「……正面玄関の前で止まりました」
ククの再報告の直後、正面玄関の扉をノックする音が響くと、皆の緊張も更に高まる。
「……敵さんなら正面からノックはしてはこないんじゃないかい?」
「それもそうですね」
モリーさんのツッコミにリシアが納得を示すが、それでも緊張が解けることは無い。
もし敵じゃないなら、こんな夜中に一体誰だよ、しかも立て込んでるってのに……。
続くノックと共に、男のイケメンボイスで「ごめんください」と聞こえてくる。
慌てて服を着ながら出て行こうとすると、またもユニスに止められた。
「敵でないにしろ、こんな夜更けに来る者が真っ当うな輩とは限りません」
「そうだね、ありがとね」
寝室の時と同じように礼を述べ、栗色のさらさらロングストレートを撫でる。
フィールドプロテクションを重ね掛けしてから玄関の扉を開いた。
そこに立っていたのは見覚えのある、長身で精悍な顔付きの若い男だった。
昨晩焼肉パーリィに居た斜向かいに住む冒険者だ。
一見細身だが、上質そうな服の上からでも分かる盛り上がった筋肉の鎧が、この男の屈強さを物語っている。
フリッツ
人 男 26歳
パラディンLv21
「夜分恐れ入ります。斜向かいのフリッツです。むしろ貴殿にはこう自己紹介をするべきですね。自分はウィッシュタニア第三王子直轄第二部隊の隊長を勤めるフリッツと申します。以後お見知りおきください、勇者トシオ様」
男は何食わぬ顔でとんでもないことを口走りやがった。
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