異世界だから何でもあり、しかしこの世界は幾ら何でも多すぎる。

いけお

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侯爵からの頼まれ事

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 リア達が別荘での休暇から、侯爵家の屋敷へと戻ってきた。
 侯爵は3人の関係にどんな変化が訪れているか興味津々だったが、現実は想像の斜め上をいっておりその変化に呆れかえっている。

「カイ、あなたの所為で少し太ってしまったのよ。 一緒にジョギングして、痩せるのに協力して頂戴」

「そんなのは自業自得じゃないですか、ところでカイ。 別荘に行っている間に少し部屋が汚れてしまいました、スラミンだけでは足りないので手伝って頂けませんか?」

「それこそ自業自得でしょうが!?」

 皆の前で、取っ組み合いの喧嘩へと発展する2人。
 ちなみにスラミンとは、アニスのペットのスライムに名づけられた名である。
 この痴話喧嘩の原因であるカイは2人の首根っこを掴んで立たせると、お仕置きとして容赦無く2人の頭に拳が振り下ろされた。

 ゴンゴンッ!

「いい加減にしろ2人共、今のはお仕置きだから反省しろよ」

 ドゴッ!

「カイ! 貴様、リア様に何て事を!? 土下座して謝れ!」

 すると今度はカイに侍従長の鉄拳制裁が加えられる、これが最近の侯爵家での恒例行事である。

(こんな調子で、王都に3人だけで行かせて良いものか?)

 侍従達の不安をよそに、王都への出立を明日に控えた日の午後。
 侯爵が、急に3人を執務室に呼び出した。



「急にどうなさいましたか? お父様」

「いよいよ明日王都へ出立する事になるのだが、その前にどうしても伝えておきたい事が有るのだよ」

 先日の別荘での成果を聞くつもりだと考えていたリアとアニスは、肩すかしを食らった感じとなる。

「伝えておきたい事?」

「うむ。 どうやら今回の3人の招聘は魔法研究院では無く、王家の何者かが手を回している可能性が高い事が分かった」

 魔法研究院が3人を調べてデモンに対抗しようとするのだと予想していたが、どうやら少し違うらしい。

「無論、魔法研究院に力を貸せと王から勅命を受ける可能性だってある。 まずは王都内で様子を探ってみて、それから判断すれば良いだろう」

 侯爵は机の引き出しの中から路銀の入った袋を取り出すと、3人に手渡した。

「少し多めに入れてあるから旅の途中で必要な物が出来たら、これを使いなさい。 あとは、これも3人に渡しておこう」

 銀製のプレートを配る侯爵、そのプレートには大樹の装飾が施されている。

「これは我が侯爵家の紋章を模したもので、侯爵領の外で効力を発揮する。 いざという時はこれで身元も保証されるから、肌身離さず持っておくように」

「ありがとうございます、お父様」

 2人しか供を連れていなければ侯爵令嬢のリアが名乗ったとしても、誰からも相手にはされないだろう。
 挙句の果てには、虚言の罪に問われ捕らえられる可能性だってある。
 このプレートは、そのトラブルを回避する為の物なのだ。

「今晩は早めに寝なさい、あと済まないがカイ君。 君だけは、ここに残るように」

 リアとアニスを先に部屋に帰らせると、侯爵はカイと男同士の会話を始めた。



「あの2人を残して話をすると少々面倒になりそうでな、席を外してもらった。 さてと単刀直入に聞こう、君はこの国……いやこの世界の人間では無いね?」

「何故、そう思われたのですか?」

 侯爵の読みは正しい、しかしすぐに認める訳にもいかない。
 カイは話を誤魔化せないか、逆にその疑問に至った理由を聞いてみる事にした。

「そうだな、まず侍従奴隷となった者が主に手を上げる事など普通考えられない。 また言われたことに対して、反論をしたり拒否したりする事もない。 その意味ではアニスも、ボロを出してきている感じだな」
 
 たしかに主従の関係にあるにも関わらず、主の頭を叩いていたら誰もがおかしいと思うのも無理もない。
 やれやれと頭を掻きながら、カイは侯爵に誤魔化そうとしていた事を謝罪する。

「そこまで分かっているのなら、これから話す事を聞いても混乱されないと思うので正直に言いますね。 確かに俺は、こことは違う世界から来ました。 ただし、その世界も俺が本当に住んでいた場所ではありません」

「本当に住んでいた場所ではない? 一体それは、どういう意味かね?」

 侯爵の疑問に、カイは分かりやすいように答えた。

「俺の本当の名前は、渡世(わたせ) 界(かい)と言います。 日本という国から勇者として異世界へ召喚され、そしてその世界からこちらの世界へ逃げてきました」

「この世界へ逃げてきたとは、向こうの世界で何か有ったのかね?」

「はい。 リアにもこの事は話してありますが、魔王を倒した後で俺の力を恐れた権力者や仲間達に裏切られ、命を狙われたのです」

 そこまで聞いた侯爵は腕組みをすると、目を閉じながらカイに語りかける。

「魔王を倒せるだけの力を持つ者が、今度はいつ敵に回るのか分からない。 ならば今の内に始末してしまおう、そんなところか。 まったく自分の都合で召喚していながら、用が済めば消してしまうなど言語道断だ。 よくそんな世界から逃げてこれたな?」

「それもリアやアニスにも話しましたが城から飛び出して別の国へ逃げようとしていた時、目の前に召喚陣が現れたので飛び込んだらこっちの世界だったという次第で……」

 どこの世界に繋がっているかも分からない召喚陣に飛び込むあたり、目の前に居る若者は思った以上に肝が据わっているのかもしれない。
 侯爵の中で、カイの評価が更に一段階上がった。



「そういえば、リアの奴は君とどんな関係だったのかね? 口ぶりからすると、裏切った仲間では無さそうだが……」

「ははは……それは、精神衛生上知らない方が良いかと」

 転生先の実の父親に『あなたの娘の前世は魔王でした』、などと言える筈が無い。
 アニスに対しても同様の質問が出たが、そっちの方は物騒なので回答は避ける。
 こちらの世界でリアと再会した時の話などでお茶を濁していると、侯爵がカイに急に頭を下げてきた。

「どうされたのですか、急に!?」

「君の態度を見ておおよそは理解出来たのだよ、リアとどんな関係だったのか。 恐らく君と敵対する側、多分魔族だったのではないかね?」

 自分の娘の前世が魔族だと言い当てた侯爵、その洞察力には舌を巻くしかない。
 だが元魔族だと気付いているのに、動じた様子が全く無いのに違和感を覚えた。

「どうして娘の前世が魔族だと分かったのに、動揺されないのですか?」

「ああ、それはあの子は隠し事が下手でね。 本人は隠しているつもりなのだろうが、前から両親に打ち明けられない悩みを抱えている事には気付いていたのだよ」

 なるほど、たしかに隠し事をしていてもすぐに顔に出そうだリアの奴は。

「そして先程、君が前の世界で勇者だったと言った時に確信が持てた。 親である私達にも打ち明けられない、隠し事の内容に。 権力者や裏切った仲間以外で君と面識があるのは、敵対する魔族しかないからね」

「いやぁ、完敗です。 侯爵のことを少々侮りすぎていました、実は前の世界で俺は魔王だったあいつと殺し合いの決闘をして、あいつを討っていたんですよ」

「娘が前世で魔王だったとは、さすがの私も思わなかったよ……」

 徐々に顔が青ざめていく侯爵、余計な事を言ったかもしれない。

「でもほら今のリアはこちらの世界で暴れる気も無いみたいですし、前世の時の記憶と力を全て受け継いでいますが、心配しなくても大丈夫ですよ」

 ピシャーン!

 侯爵に頭上から雷が落ちたようなエフェクトが見えた気がした……。
 前世で目の前の男と殺し合いをしただけじゃなく、今の時点でもこの世界を壊せるだけの力を実の娘が持っている事に、凄まじいショックを覚えているみたいだ。

「実は最初は娘の頭を叩くのは控えて欲しいと言うつもりだったが、撤回しよう。 カイ君頼む、娘が暴走しそうになったら遠慮せず止めてやってくれ。 それから、私の頼みも1つ聞いてはもらえないだろうか?」

 何か嫌な予感を感じたのでカイは咄嗟に部屋から逃げようとしたが、その前に侯爵に腕を掴まれてしまう。

「もし良かったら、娘を嫁に貰ってはくれないか? この世界が滅びないように」

 王都への出立前に、別の世界へ逃げ出したくなったカイであった。
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