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アツモリ、地獄の養成所へ行く

第81話 突撃だ!

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 その後も不死生物アンデッドの襲撃は続き、『地獄の養成所』の門の前に着くまでに20回以上も戦闘を余儀なくされた。しかも『地獄の養成所』が近付くにつれて亡骸ゾンビの出現割合が増えている!

「・・・こ、この鎧の紋章は子爵家の物です」

 バネットはエミーナの『火球ファイヤーボール』で焼かれた3体の亡骸ゾンビが残した3つの鎧を見て絶句した。しかも3つの首飾ペンダントは全て『戦の守護者アルマーニ』の物だ。
 敦盛とバネットは顔を見合わせた。
「・・・アツモリ様、子爵夫人は最初から騎士団を全滅覚悟で送り出したとしか思えませんよ」
「だろうな。そうでなければ魂が残った状態で不死生物アンデッドになった死霊ゴーストになるんだろ?」
「その通りです。今まで見付かったグロリア大公の騎士たちの死体が全部亡骸ゾンビになってた事を考えたら、子爵の騎士たちも亡骸ゾンビになっていて当たり前です。つまり、ここで死ねば絶対に不死生物アンデッド化するのが分かってたのです。不死生物アンデッドになって、ましてや肉体が残った死霊ゴーストが館に戻ってきたら一般の人々に見付かって収拾がつかなくなりますからね」

 その時、シルフィが空を見上げて呟いた。

「・・・おかしい」

 その声を聞き留めたエミーナがシルフィの方を振り向いた。
「・・・シルフィ、どうした?」
 エミーナはシルフィに声を掛けたけど、シルフィの表情は重苦しいままだ。
「・・・風の精霊シルフたちの動きが一定だ」
「おいおいー、それって、もしかして『地獄の養成所』に向かって流れてないか?」
「どうして分かるのだ?もしかしてエミーナには風の精霊シルフが見えるのか?」
「いんや、風の精霊シルフは自然の中では自由気ままに動き回るのは常識として知っている。ボクは今までの傾向から『ひょっとして』という仮説を立てていたのだが、今のシルフィの言葉で、仮説が99%の確率で正しいと思えてきたのさ」
「「「「 どういう事? 」」」」
 エミーナの言葉にシルフィだけでなくルシーダとココア、それと満里奈までエミーナの方を向いたが、そのエミーナは自信満々だ。
「・・・おーい、アツモリ!」
 エミーナは左手を高々と上げて敦盛を呼んだから、敦盛とバネット、それとモコは立ち上がってエミーナの方を向いた。
「・・・ん?エミーナ、どうした?」
「その騎士も死骸ゾンビだったんだろ?それも子爵の騎士だろ?鎧の形が大公の物と微妙に違ったからね」
「子爵の騎士だよ。御丁寧に『戦の守護者アルマーニ』の首飾ペンダント付きだよー」
「だろうな。これで確信したよ。あの『地獄の養成所』には絶対、瘴気しょうきの発生源があるのさ」
「「「「「「「 瘴気? 」」」」」」」

 エミーナは自信満々に言い切ったけど、他の7人は一斉に顔を見合わせた。
「・・・シルフィが『風の精霊シルフたちが地獄の養成所の方向へ動いている』と言ったから疑惑が確信に変わった。瘴気は、いわば負のエネルギーだから、要するに小型の台風みたいに周囲のエネルギーを吸い取って負のエネルギーにしている。だから周囲の風が瘴気の発生源に向かって流れ込んでるのさ。この辺りで自然発生的に瘴気が発するような事は地形的にも有り得ないし、だいたい、そのような天変地異があったら、この周辺の村どころかアリアドネの教会の関係者が異常に気付く筈だ。それがない以上、誰かが意図的に瘴気の発生源を『地獄の養成所』に作った。瘴気の発生源として考えられるのはただ1つ!」
黒水晶くろすいしょう!」

 エミーナの発言を遮るかのようにルシーダが叫んだ!エミーナは大きく頷くとルシーダの言葉を肯定した。
「黒水晶を使うとしたら、考えられるのはただ1つ!死体を使った魔術、通称死霊魔術ネクロマンシーだよ。恐らく、死んだ魔法使いを使った、何らかの死霊魔術ネクロマンシーの研究をしてたんだ。それを子爵夫人も知っていた!だから子爵夫人は子爵を迎えに行かせたのではなく、黒水晶を壊す為に騎士団を向かわせたんだ!それも全滅覚悟でね。そう考えば全てが1本の線で繋がる!!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいエミーナ様!という事は、子爵が集めた魔術師の中に死霊魔術師ネクロマンサーがいたと言いたいのですか?」
 バネットはエミーナの言葉を遮るかのように大声を上げたが、そのエミーナはバネット言葉に大きく頷いた。
「魔法騎士候補の中に死霊魔術師ネクロマンサーがいたのか、何らかの理由で死霊魔術師ネクロマンサーが研究材料欲しさに子爵に擦り寄って来たのかまでは分からないが、とにかく、あそこには死霊魔術師ネクロマンサーがいた。いや、今でもいる可能性があるけど、少なくとも子爵が魔術師でないのは確かだ。死霊魔術ネクロマンシーは禁忌の魔術として研究そのものが禁止されているけど、その禁忌の魔術の研究が『地獄の養成所』で行われていたんだ。それを隠す為なのか逃げ出すのを防ぐ為なのかは知らないが『地獄の養成所』周辺に巨人ジャイアントを意図的に配置して、いわば番犬のようにしていた。巨人ジャイアントが『関係者以外は全て殺せ』と一種の呪いをかけられていたとしたら、殺戮を繰り返していたとしても不思議ではないし、鈍器で殴られたような魔物モンスターが大量に不死生物アンデッド化していた事の説明になる。だが、一番の問題は、これらの事を子爵夫人は知っていた!これだけでも子爵家は取り潰し確定なんだよ。だから子爵夫人はグロリア大公に言えなかった。いや、もし言えばグロリア大公にも連帯責任が及ぶ可能性大だから、恐ろしくて言えなかった可能性もあるけどね」
 エミーナはそう言うと「はーー、勘弁して欲しいぞ」とポツリと言ったけど、エミーナのボヤキは敦盛にも分かるほどだ。敦盛が見てもバネットやモコは達人級なのに、それらがボヤキを発するくらいの不死生物アンデッドとの戦いの連続に敦盛も辟易へきえきしていたのだ。その原因が人間だったのかと思うと、無性に腹が立ってきた。
 だが、このまま放っておくわけにもいかないのは分かる。これがおおやけになればパニックになるのは必死だ。しかも近くにはアリアドネという大きな街がある。何が何でも事件を解決しないと、この国が大混乱に陥るのは必至だ。

 敦盛たちはその後も前進したが、門の前に辿り着くのにさらに20回以上もの戦闘を余儀なくされた。しかも3体目の大地の巨人アースジャイアントまで出現したのだ。8体の亡骸ゾンビを引き連れた大地の巨人アースジャイアントは他の2体よりも頭1つ大きかったから、大地の巨人アースジャイアントのボスと思われたけど、さすがに1体しかいなかったから戦闘そのものは短時間だった。シルフィが素早く弓矢を射て両目を潰した事で、大地の巨人アースジャイアントは戦闘力を失ったも同然になった。亡骸ゾンビはエミーナとルシーダの魔法の前にアッサリ姿を消し、満里奈の魔法のマジックヨーヨーで巨人の足を絡め取ってしまったから、後は敦盛たち3人が地面に倒れながら腕を振り回すだけの大地の巨人アースジャイアントに集中攻撃を食らわせて勝負ありだ。ココアがニコニコ顔で3つ目の巨大な魔石に片足を乗せながら両手を突き上げて感動していたほどだ。

 門の前には崩れた石が転がっていた。どうやら決死部隊が魔法兵士マジックソルジャーを破壊した跡のようだが、『再生』の術式を使った魔法をかけられてない魔法兵士マジックソルジャーのようで、復活してなかった。

 だが、ここから先は確実に不死生物アンデッドの楽園だ。

 8人は『地獄の養成所』の門を一気に駆け抜けた!

 魔法騎士の訓練場として使われていただけあって、門の中は殺伐とした風景が広がっていたが、門の外と違っているところがある!
「・・・不死生物アンデッドの襲撃が無いぞ!」
「だろうな。恐らく大地の巨人アースジャイアントが掃除役を引き受けてたから、門に着く前に魔物モンスターが全滅したんだ。もし魔法兵士マジックソルジャーにやられたなら剣による傷跡が残るけど、それが無かったのが最大の証拠だ!」
 敦盛が叫ぶとエミーナが明快な答えを返した。実際、門から別荘の建物の玄関前までは不死生物アンデッドどころか魔法生物の襲撃も無かった。それもそのはず、あちこちに魔法兵士マジックソルジャー樋嘴ガーゴイルの残骸と思われる石が散らばっている!
 だが、あと僅かで玄関の階段という時に、突然、階段上に敵が出現した!やむを得ず全員が足を止めて武器を構えた!
 全部で18体、しかも全員が亡骸ゾンビだ!!

「ここで不死生物アンデッドは勘弁してよー」

 ココアがボヤいたけど、口調の割に目は真剣だ。
「さっきまでの亡骸ゾンビと恰好が同じだぞ!」
「ああ。子爵か大公の決死部隊のなれの果てと見て間違いない!」
「でも多過ぎるぞ!」
「言いたくないけど、玄関扉の前には剣を持った敵が姿を隠して潜んでる!そいつらに全滅させられたとしか思えない!」
 敦盛とエミーナが互いに怒鳴ってるが、怒鳴ったところで解決する訳ではない。エミーナも右手の杖を掲げて精神を集中し始めた。
 突然、エミーナの『魔法の巾着袋マジックポーチ』に手を突っ込んだ者がいる!エミーナの集中が途切れた格好になって意識がそっちに行ったが、ルシーダが怒りの表情で右手を突っ込んだのだ!
 そのルシーダが右手を『魔法の巾着袋マジックポーチ』から抜いた時、その手には魔晶石が握られていた!

「眠れぬ者たちよ!我が言葉に耳を傾け、安息の地に赴け!」

 ルシーダの『退魔ターンアンデッド』の呪文の声が響いた時、亡骸ゾンビは一斉に白い炎に包まれて消えた!魔晶石で強制的に自分の魔法力を引き上げ、一気に消し去ったのだ!
 『退魔ターンアンデッド』を玄関周辺にかけたから、姿を隠していた25体のゾンビも姿を現したかと思ったら一気に消えたのだ!

「はあ!?どうなってるんだあ?」

 敦盛は思わず間抜けな声を上げてしまったが、エミーナは全然笑ってない。
「魔法の暴走で死んだ魔術師の亡骸ゾンビが使った『姿隠しハイド』の呪文で、25体を隠していたのさ。決死隊に魔法使いがいなかったから、魔法で姿を隠してた奴に気付かず、この玄関前で次々に殺されたと考えれば納得がいく!姿を隠してしまえば、ペーパークラスの素人同然の奴でも騎士をメッタ斬りにするのは容易い!」
 そう言うとエミーナは敦盛を連れて少しずつ玄関に近付いて行ったが、玄関扉からは魔法の波動を感じない。だからエミーナはココアに目配せをして、玄関前の階段や扉の前に物理的なトラップがないかチェックを要求したが、ココアがトラップが無い事を確認したからエミーナは玄関前に立った。バネットとモコは改めてゾンビたちが残した服や道具、武器を確認したが、間違いなく姿を消していた25体の亡骸ゾンビたちは決死隊の服とは違う!
「はーー・・・ボクも信じたくないけど、まだ相当な数の魔法使いの亡骸ゾンビが建物の中にいるって事だぞー。幸いなのは不死生物アンデッドになった事で『神聖魔法』の使い手はペーパークラスの剣士並みの攻撃力しかない奴に成り下がってるけど、『古代語魔法』と『精霊魔法』の使い手は人間だった時より力が増してるから厄介だぞ。いや、逆に言えば魔法が使えないから玄関前の番人になっていたと考えるべきだから、中にいるのは全部、魔法を使える亡骸ゾンビ』だ」
 そう言うとエミーナはもう1回「はーー」とため息をついた。

「・・・お兄ちゃん、いや、敦盛様!ここから先は『草薙剣くさなぎのつるぎ』の使用を許可します」

 満里奈が厳かに言った時、敦盛は「ああ」とだけ短く言った。ただ、その言葉と共に表情は一段と引き締まった。
「『草薙剣くさなぎのつるぎ』は天照大御神アマテラスオオミカミの力、すなわち光の力を持った剣。汚れた存在である者たちに最大限の力を発揮するでしょう」
「ああ、それは俺も分かってる!」
 それだけ言うと敦盛は左手を『草薙剣くさなぎのつるぎ』の鞘にかけ、親指でつばを『ピン!』と弾いたが、その瞬間、剣が僅かに抜けた。つまり『草薙剣くさなぎのつるぎ』自身も使い時であるのを認めた訳だ。
「ただし、36代目当主和盛の三女満里奈として、改めて忠告致します。決して剣の。まだ『継承の儀』を済ませてない敦盛様では、剣の力を解放した後の制御が出来ません」
「分かってる。俺だって馬鹿じゃあない」
「お願い致します」
 満里奈は深々と頭を下げたが、エミーナとルシーダは何故満里奈が深々と頭を下げたのか、その理由が分からなかった。誰もが『阿佐家の伝統』か、あるいは、世界観の違いからなのだろうとしか思って無く、二人のやり取りに口を挟む事はしなかった。

 満里奈はエミーナの方を向いて「聖剣を」とだけ短く言ったから、エミーナは無言のまま首を縦に振ると『魔法の巾着袋マジックポーチ』から聖剣デュランダルを取り出して満里奈に渡した。その聖剣を満里奈は黙って『海の神ネプトゥーヌス外套コート』のベルトにかけたから、敦盛は『スケバンの特攻かよ!?』とツッコミしたくなったが、さすがに失礼かと思ってグッと堪えた。
 ただ・・・シルフィだけは深刻な表情をしている。普段のニコニコ顔が全然見られない。あの、一番最初に会った時のような、非情に冷たい目で扉を睨んでる。
「・・・シルフィ、怖いのか?」
 敦盛は心配になってシルフィに聞いたけど、シルフィは首を横に振った。
「フン!不死生物アンデッドが怖いのではないとだけ言っておく。わたくしが怖いのは、この細剣レイピアが言い伝え通りの細剣レイピアでなかったら、という不安だけだ」
 それだけ言うとシルフィは左手で細剣レイピアの鞘を握ったが、腕が震えているような素振りは全く見られない。つまり、恐怖を感じてない。
 ルシーダは全員の体力を『治癒ヒール』で回復させ、エミーナとシルフィ、それとルシーダも『神の酒』で魔法力を回復させた。これで全ての準備は整った。

 敦盛は他の7人を見渡したが、全員が黙って首を縦に振った。つまり、いつでも突入OKという事だ。
「・・・ココア、扉にトラップはあるのか?」
 敦盛はココアの方を向いて尋ねたが、ココアは首を横に振った。つまりトラップはないという事だ。敦盛はエミーナにも聞いたが、エミーナも首を横に振った。魔法もかけらていない、普通の扉という事だ。

「いくぞ!一気に突撃だ!!」
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