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2.凛ちゃんの病室!
しおりを挟む『ちょ、ちょっと! ねぇ、ゆい! ねぇってば。どこに行くつもりなの?』
「いいからついて来て! わたしから、絶対に離れちゃだめだからね!」
全速力で走るわたしの後ろを、ふよふよと地面から三十センチぐらい浮いている凛ちゃんがついてくる。
ゆうれいの凛ちゃんが現れたとき、わたしはひとしきり泣いた。
ああ、凛ちゃんが死んじゃったんだって、そう思ったからだ。
だけど、いつまで経っても病院から連絡がなくて。だから、おそるおそる病院に電話したんだ。
そしたらね、病院の人に、凛ちゃんは生きてるよって言われた。
慌てて電話を切って、向かった先は大きな総合病院。
大きな自動扉から病院内に入って、エレベーターの列に並ぶ。だけど待っていられなくて、階段で一気に三階まで駆け上がった。
三階の角を曲がって着いた先は、とある病室。
神谷(かみや)凛(りん)と書かれているプレートをみて、ものすごく胸が苦しくなった。
落ち着かせるために大きく息を吸ってから、病室の扉を思いっきり開けた。
「凛ちゃんっ!」
わたしの声にびっくりしたのか、中にいた凛ちゃんのお母さんが、勢いよく振り返った。
無機質な白い部屋にある、一台のベッド。
その上には入院服を着た凛ちゃんが横たわっていて、いつ目が覚めるかもわからない深い眠りについている。
取り付けられたたくさんの生命維持装置。
ベッドのそばにある心電図モニターからは、断続的な機械音が狭い部屋内に鳴り響いていた。
ついさっきまでは、怖くて見られなかったかわいそうな凛ちゃんの姿。
でも今は、全然怖くない。だってここに凛ちゃんがいるんだもん!
わたしは後ろを振り返って、幽霊の凛ちゃんを見た。
「ほら凛ちゃん! 早くもどって!」
そう声をかけると、幽霊の凛ちゃんは目を丸くした。
『え、何。どうすればいいの?』
「身体にもどるんだよ! 多分、凛ちゃんは幽体離脱しちゃったんだよ! だからすいーって飛んで! 元の身体にもどって!」
『ああ、そういうこと。分かった』
そう言うと、やっと凛ちゃんは、ぴんときたらしい。
ふよーって高く浮いて、眠っている身体と重なる。
わたしはドキドキしながらその様子を見守っていた。
だけど、眠ったままの凛ちゃんは一向に目が覚めない。
『……ごめん、ゆい。戻れないよ』
やがて幽霊の凛ちゃんは、諦めたようにぽつりとつぶやいた。
その言葉に血の気が引いていくのが分かる。
わたしは否定するように、思い切り首を振った。
「も、戻れないわけないじゃん! きっとやり方があるんだよ! あ、口からとか、鼻の穴からとか決まりがあるのかも! 全部試してみてよ、凛ちゃん!」
『……ええ。さすがに小さいでしょ』
「いいから早くやって! 早く起きてよ、凛ちゃん!」
幽霊の凛ちゃんに向かって声を荒げていた、とのときだった。
「――もういい加減にしてよッ!」
傍にいた凛ちゃんのお母さんに叫ばれて、身体がびくりと震える。
凛ちゃんのお母さんは立ち上がって、身体を震わせていた。優しかった凛ちゃんのお母さんが、憎しみのこもった目で、わたしを見ている。
その目からそらせないまま、わたしは一歩、後ずさった。
「ご、ごめんなさ……」
「さっきから何を叫んでいるの!? 悪い冗談はもうやめて! こんなときまでふざけないでよ! 誰のせいで凛がこんなことになったと思ってるの!?」
「え……? だ、だって……ちがうよ、おばさん……」
首を振りながら、凛ちゃんのお母さんを見る。
どうして、そんな目でわたしのことを見ているんだろう。全然おかしくないでしょ。だってここに、幽霊の凛ちゃんがいるんだから。
「おばさん、見えないの……? ここに、ぷかぷか浮いてる凛ちゃんがいるよ……?」
たぶんそう言ったわたしは、嬉しそうに笑っていて。だけど少し泣きそうになっていたと思う。
急に怖くなったんだ。
だって、もし、もしさ。もしこの幽霊の凛ちゃんがね。
――ついに頭がおかしくなっちゃった、わたしの妄想だったらどうしよう、って。
そんな考えがよぎったからだ。
「お願いだから、いい加減にしてッ! もうしゃべらないでよッ! あなたが指した先に何も見えないわ! 凛が死ぬって言いたいのッ!?」
優しかった凛ちゃんのお母さんの、今まで聞いたことのないような金切り声が、部屋中に響いた。
ガッツーン。
まるで、後ろから大きなハンマーでなぐられたみたいな衝撃だった。
振り返ると、確かに凛ちゃんはそこにいる。
会話を聞いているせいか、心なしかおどおどして、わたしの顔を見てる。
……ねえ、凛ちゃん。
わたしの目の前にいるこの凛ちゃんは、わたしの妄想なの?
自分のせいでこんな風になっちゃった凛ちゃんを見るのが悲しくて辛くて、耐えられなくなったわたしが作り出した、妄想の凛ちゃんなの?
病室がしん、と静まりかえる。
わたしは、真っ白な病室の床を見下ろした。
ぽた、ぽた、と涙がおちる。身体のふるえがとまらなかった。
「……ねぇ、凛ちゃんは、わたしの妄想なの?」
わたしの上をぷかぷかと浮いている、凛ちゃんにそうたずねる。
幽霊の凛ちゃんは驚いたみたいに、すぐにわたしの傍まで降りてきて、大きく首を振った。
『え、ゆい。ちがうよ私は』
「――出ていってッ! 今すぐこの部屋から出ていきなさいよッ! 凛を返してッ! あああああああッ!」
凛ちゃんのお母さんは大声を上げて、その場に泣き崩れてしまった。
その間も、幽霊の凛ちゃんは、何度も何度もわたしの名前を呼んだ。
ゆい、ゆい、って。
わたしの大好きな声が、何度もわたしを呼ぶの。
ぼろぼろと涙をこぼしながら、大きく首を振り続けた。
――やめて。やめてよ。
わたしの妄想なら、わたしを傷つけないで。わたしの前から消えてよ。
「――ッ!」
耐えられなくて、病室から飛び出した。
わたしの妄想の凛ちゃんが焦ったように、わたしを追いかけてくる。
もう、なんなの。わたしの妄想なんでしょ。だったら、追いかけてこないでよ。
あ、そっか。わたしが凛ちゃんに追いかけてほしいって思ってるから、凛ちゃんはわたしを追いかけてくるんだ。
情けないぐらい涙をこぼしながら、鼻水まであふれてきた。
もうわたしの顔はぐちゃぐちゃで。
だけど、足を止めることなんてできなかった。
でも、そのとき。そのときね。
『―――ゆ、いッ!』
いつもクールな凛ちゃんがさ。
今まで聞いたことがないような、大きな声で、わたしを呼んだんだ。
だから、思わず止まって振り返ってしまった。
凛ちゃんは相変わらずぷかぷか浮いていて。足だってなくて。
だけどなぜか、ゼェゼェと息を荒らげていた。
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