とあるダンジョンのラスボス達は六周目に全てを賭ける

太嘉

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主と従者の章

再序章─1─

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王都から山一つ越えた、東国との国境の側に、かつて最高難易度の迷宮の上に造られた都市があった。

かつて『トーリボル』と呼ばれた城塞都市は、領主リ・ボーの死去後、王都に攻め入られ、城と地下迷宮以外は一度破壊され尽くした。

最高難易度の地下迷宮『試練場』の主、エルドナスを捕える、ただそれだけの為に、である。

二十門もの攻城大砲で城壁ごと都市が破壊され尽くしても、城と地下迷宮はまるで護られたかの様に無傷だった。
つまり、エルドナスを捕えるには、この迷宮を最深部まで攻略しなければいけなかったのである。

困難を極めたが、攻略され、エルドナスは半死半生で捕えられた。しかし、王都への連行中に、討伐したはずの側近の魔のモノに、エルダナスは首を刎ねられる。

理由は伏せられているが、ダンジョンマスターは『生け捕り』にする必要があり──故に、エルドナスの死体は、自らの迷宮の最深部に、迷宮まるごと封印されたのである。
そしてその側近は───

だから『試練場』はとっくの昔に攻略された、今は立入不可能な地下迷宮のはず、だった。

────

一度破壊され尽くしたといえども、そこにはそれまでに住民達が生活していた街でもある。
ダンジョンマスターを捕縛後、愚かにも捨て置かれたトーリボルの街は、やがて、かつての城と地下迷宮を観光資源とした街へと一度は復興を遂げる。

その後に思い出した様に派遣された数人の領主の中で、一人だけ、城を居とした者が居たが、その領主の死去後、かつての『試練場』の起動というありもしない理由でトーリボルの街は王都に再び蹂躙された。

二度の壊滅を経て、城近辺は整備されたものの、復興後に思い出した様に派遣された領主は城には住まなかった。

トーリボル領主リ・ボー。
最高難易度の地下迷宮の真上に城を建て、あまつさえそこを自身の兵の『訓練所』としていた、一代でこの街を発展させた豪気な領主──彼もまた、悪名を轟かせる『狡猾なる領主』だったと伝えられている。

そんな事もあり、数えきれない程の恨みを買っているであろう元城主の城に住みたいと思う者など、誰も居なかったのだ。

───

変わらずに威風堂々とした様を見せる城の裏口に、人が4~5人は並んで入れる位には大きい穴が、ぽかりと空いている。
そこに、このあたりでは見かけないはしばみ色の髪を後ろで一つに括った、頬のそばかすが目立つ青い瞳の青年が立つ。
どこにでもある様な金属製の胸当てに、必要最低限の革製の籠手やブーツを身につけて、背負い袋の下に大剣を背負い、腰には片手剣を佩いた、戦士の出立だ。

前の領主の任期満了に伴い、この街に新たに派遣されてきた領主で、名をリヴォワールドという。
派遣されて間もないが、良く身体を動かすことを厭わず、的確に状況を把握して復旧指示を出す様は、好感を持って街の者たちに受け入れられていた。

普通なら、従者の一人もついていておかしくはないであろう身分の者が、たった一人でこの穴に入っていく───そして、まるで勝手知ったると言わんばかりに、下へ下へと歩を進めていく。

──まるで「最深部への道」を「行き慣れた」かの様に。

ヒカリゴケと雑草が共生する籠った臭いが、地下に進むにつれて濃く、酷くなっていく。
が、それも地下九階までだった。

次の階へのショートカットである落とし穴に躊躇なく飛び込むと、そこは整備された通路だった。

最深部、地下十階。
かつて最狂の恐ろしき魔のモノ、技を極めた武人達が犇いていた異界は、今は空しく男の靴音が響くのみ。
「……」
玄室の扉を開けても、迎える気配はどこにもない。しかし。

「……生きていたか」
その若さには似合わない風格が滲み出る、呟き。

部屋の一角には移動用の魔法陣がうっすらと輝いている。
リヴォワールドが躊躇なく足を踏み入れると、数秒後、一瞬強く輝き、別の場所へと転移した。
このタイムラグ──最大六人で編成されるパーティ全員が逸れることなく同じ場所に転移される為のもの──に、リヴォワールドは口の端を吊り上げた。

生きている。
このダンジョンは『生きている』。

それはダンジョンマスターの帰還を意味していた。

誰も足を踏み入れない最下層の最深部に、息を潜めて、あの男は──

幾度か転移し、リヴォワールドは最後の扉の前に立つ。ノブに簡素な木の板がぶら下げられている。

ここが『エルドナスの居室』と称された、最深部。
居室と言ってもただの玄室。
エルドナス本人と、魔のモノの王アークデーモン、不死なりしノーライフキング、側近たる小さき道化師フール、武を極めた武士(もののふ)ミフネ、堕ちたるレイバーロード。最強の化物達との最終決戦の場でしかない──否、なかった。

コン、コン。
リヴォワールドは律儀に二回、ノックする。
ここは朽ちたる迷宮。本来なら必要も無いのだが、それでも『礼』として男はせざるを得ない気分であった。

キィ、と小さな音を立てて、戸が内側に開く。

招かれるままに入ると、薄明るい玄室の奥──朽ちたる玉座に一人座す男の姿があった。

(──朽ちたる座にしがみ付くか、エルドナス)

一種、声が、脳裏を過ぎるのをそのままに、リヴォワールドは武器を取らぬまま、ダンジョンマスターに真っ直ぐ近づく。

気配は二つ。
目の前の男と、何処かに潜んでいる筈の──

ヒュッ、と小さく空気が鳴った。
誰もが聞き漏らすはずのごく僅かなその音を、しかしリヴォワールドの耳は拾い、捕らえ、自分の首をを過たず狙う獲物を素手でいなす。
思っていたよりも質量を伴うソレを獲物ごと床に叩きつけると、リヴォワールドは目を見開いた。

そこには、見たことのない男がいた。
叩きつけられた衝撃に未だ身じろぐ痩躯の丈は自分と同じ程。
短く刈り上げた黒い髪に無精髭。
その手には片手でも使える細身の槍──

(───否、否、否!
あの男の側に立つのはアレのはず。アレでなければならぬ!ならぬのだ!)

自分のものにして自分のものではない記憶が、今までに得てきた知識が、目の前の事実を否定し、しかし同時に裏付ける。

「どういう事だ、エルドナス!」
リヴォワールドは自分の命を狙った見知らぬ男を捨て置いて、一気に距離を詰めると未だ座る男に掴み掛かる。
「何があった!余に、余に全て詳らかにせよ!エルドナス!」
余、と自らを呼ぶその言葉に、玉座の男の眉がぴくり、と上がった。そして。

「……控えよ、フー」

小さく、はっきりと聴き取れる嗄れた声が、リヴォワールドの横を過ぎていった。
カツリ、と小さな音がする。見やると、先ほどの痩躯の男が、獲物を引き、膝を付いて控える所だった。

「……ダナ……」
警戒も敵意も隠さず、しかし主人の言葉に従うその姿は。

「エルドナス。余だ……リ・ボーだ。
五度の生死を繰り返して、やっとここまで辿り着いた」

首元を掴み上げる手を緩め、今や誰も口にしない『狡猾なる領主』の名を口にしたリヴォワールドは、エルドナスをそっと立たせ直した。

最高難易度の地下迷宮を訓練所として兵力を増強し、自身も東国と交渉を重ねて国境を護った狡猾なる領主。
王都から危険視されるものの、王都からの干渉を前もって封じ、自身が死ぬまで王都の干渉から都市を守り抜けたその理由は、『盟友』エルドナスと地下迷宮『試練場』との癒着。

ダンジョンマスターを護る『堕ちたるレイバーロード』の表の顔。それがリ・ボーだった。

その事実は、病死による埋葬と共に、誰にも知られる事なく土に還った。
故に、それを知る者は、自身と盟友、その側近含む六人──否、三人と三体。

「ミフネは」
「居らぬ」
「あの二体は」
「未だ戻らず」

エルドナスの声にかつての張りは無い。
身体中に刻まれた紋と陣で、最盛期の姿のままに、人間としては限りなく老化を抑えた身であるというのに、だ。
事実、最後に死に別れた時から外観は然程老いてはいない。
それなのに、世を倦む様な声色なのだ。

「──王都の暴挙は噂程度だが」
原因に、リヴォワールドの方は心当たり無くもなかった。

十五年前の壊滅的な損壊を受け、王都は遷都した。
リヴォワールドが知るのは、新たな王都で今も密やかに行われている「闇地下迷宮」による腐った貴族達の遊興だった。

地下迷宮を立ち上げるのに必要なのは、未だ解析不能とされる遥か古代の迷宮展開維持システムと、それらを起動させた「マスター」の魔力だ。それらシステムがこの大陸の地下に相当数眠っているらしく、その発掘が進むのと同くして、地下迷宮乱立時代が始まった。

最初期の地下迷宮は、システムが大掛かり過ぎたが故に、発掘された場所での展開しかなかったのだが、後にシステムの簡素化や小型化がなされた、運ぼうと思えば運べるサイズのものが発掘、解析され、出回り始めてからが、街おこし程度のノリで乱立に至ったのである。

うまくすれば人もカネも集まる『地下迷宮運営』に、王都の腐った貴族どもが手を出さない訳がなかった。
しかも、自分たちには起動させ続けるどころか起動させる魔力すらも無かった為、ダンジョンマスターを捕らえて仮のマスターとして据え、より残虐に、より難易度を高く…と魔改造していったのである。
そこまですると一人のダンジョンマスターではとてもではないが魔力を賄えず、奴隷未満の扱いで、複数人掛かりで休む間もなく維持が行われてるとも言われている。
そこに飛び交う黒いカネはいかほどかは想像も付かない。

そして、最初期から最高難易度を誇る『試練場』が腐った貴族の目に付いた。

「フールは私の代わりに捕まり、魔のモノのサンプルとして散々な目に合い続けた」

『試練場』の起動維持に必要な魔力は、エルドナス一人で起動し賄える程度であったが、その維持運営に一役買っていたのがフールだった。『試練場』に搭載されたシステム全てを瞬時に理解し、組み合わせる事で、人間が持つ程度の魔力で最高難易度を叩き出していたのである。

フールがシステム担当だというのが貴族側に看破されなかったのは、ひとえに幸運でしかなかった。彼がシステムに詳しいと分かれば、弄ばれるだけでは済まなかったはずだからだ。

まず、魔道具による拘束を持って魔力を封じられ、その後善なる神の御名のもとに身体を改造された。子供と同程度の大きさしかないその身体は、時にはそのまま幼女に、時には大人と同じくらいに引き伸ばされ、五度目にエルドナスが腕の中に納めた時には元の面影など全く残っていない、壮年の草臥れた男の背格好だった。
薬漬けにされ、身体を暴かれては神の奇跡と最高級の錬金薬を贅沢に使われて再生回復させられては、の、終わりの無い繰り返し。

最初は四年、耐えた。
次に一年半、そして一年、半年。
最後は三ヶ月だった。
エルドナスの拒絶からのループで、蓄積された年数は7年と3ヶ月。

いくらヒトではないとはいえ、フールの精神を削り減らすのには十分過ぎる時間だった。それでも完全に壊れなかったのは──

「アークデーモンとノーライフキングを伴って、北へ落ち延びた。辺境の村で、アレが自力で動ける様になるのを待った」
名を変え、姿を変え、王都の残党の手が来ない所でまず療養を計った。
フールがそろそろ自力で動ける様になりかけるまで三年、王都の残党の手が村にまで伸びてきた。
エルドナスとフールを逃がす為に、アークデーモンとノーライフキングはその場に残った。

国境を超えて、ダンジョンを渡り歩きながら旅を続けた。やっと動ける様になっただけ、というフールに無理はさせられず、距離は遅々として進まなかった。
やっと辿り着いたダンジョンの主に、魔力の増強とシステムの触り方のノウハウと引き換えに匿ってもらいながらの旅だった。

かつては杖を獲物としていたフールだったが、身体を支えるためのものであっても、杖を持つ事は最早叶わなかった。過去を思い出させるモノは、エルドナス以外は物ですらも、怖がった。
それでも身を護る術は必要だった。
エルドナスが持たせたのは、杖よりも少し長いだけで、杖と同じ様に扱え、いざとなれば投げられる片手槍だった。

二人の外観に成長はほとんど起こらない。
それもあり、ただ一つ所に長く留まる事は、あまりにも危険だった。

トーリボル東側の国境を超えて、『試練場』に戻って来るまでに十二年掛かった。

かつてトーリボルと呼ばれた街は、復興を遂げているかと思ったら、破壊の後も生々しかった。聞けば、二代目前の領主の死去後、王都に非ぬ云われを受けて蹂躙されたのだという。
次の領主は頑張ってはいたものの、王都を頼れぬ以上、物資が足りず遅々として復旧は進まない状態だった上に、任期満了で交代になるという。

ここでも術で姿を変えて二人は街に入った。
フールはともかく、銀髪碧眼というエルドナスの見目は目立ちすぎるからだ。

城までの道はそこそこ整えられてはいたものの、城を使う者は居らず『試練場』への入口は荒れ果てていた。

街がこんな状態でも──だからこそ、か。
外資を獲る少ない手段の一つとして、城は僅かな金さえ出せば誰でも入られる観光資源となっていた。観光客のフリをして入ると、城と『試練場』を護るシステムはまだ残っていたのが肌で分かった。
人目を避けて、十年以上経っても秘匿の術に護られていた不可視の横道に入る。フールの手を引いて、小走りでかつてリ・ボーが迷宮へと降りる際に使っていた直通の転移陣へと辿り着き、最下層へと飛ぶ。

そこは空気が澱み切っていたものの、自分が『甦った』その時の、ままだった。

「ここに戻ってきて、地下十階だけに魔力を流して起動させた。その程度なら地上に見張りが居ようとも問題ない」
エルドナス本人が一階層とはいえ起動させた事で、墓所として上書きされて作り替えられた迷宮は元の『試練場』の姿を取り戻した。
「私一人でも維持位なら、可能だ」
ぼそぼそと、エルドナスは言葉を続ける。
そう、維持位なら、だ。
魔物も召喚せず、外敵の侵入検知すら不可能。
階層侵入時に自動的に発生する強制弱体化も無い──だから攻め入られたらロクに抵抗もできない。
運営など二の次の状態で、それでもここが二人には一番『安らげる』場所だったのだ。

しかし、維持だけでも毎日魔力を消費する。消費した分は、自分が召喚したモンスターを経由して倒した侵入者から取り戻すのが地下迷宮の運営なのだが、それも無い為ただただ細々と消費だけが嵩んでいく──

「私、は」

そこから先の言葉は続かなかった。
控えていた男が、慌てて飛び出して、ぐらりと傾いたエルドナスの身体を受け止める。
リヴォワールドは二人を見やると、ほう、と呆れた様な溜息を漏らし
「一度戻ってすぐに迎えに来る」
と踵を返した。
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